第1章 行政広報広聴の基礎的枠組み
第 3 節 行政広報広聴の先行研究
行政広報広聴研究における時代区分については、経済状況の変化に焦点をあてた区分(磯 辺,1981)、社会学・行政学などの研究分野に焦点をあてた区分(上野,2003)、国と都道府 県の行政広報の関係性に着目した(濱田,2007)などの先行研究があるが、ここでは行政が
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実施してきた広報広聴手法の変遷に着目して、①戦後~1950 年代、②1960 年代~1980 年代、
③1990 年代~2000 年以降の三期に分けて時系列で行政広報広聴の理論的研究を中心に概観 する。
3.1 戦後~1950 年代
(1)広聴
戦後、GHQにより民主化政策のひとつとして導入されたPR(Public Relations)3)のも とで、GHQの幕僚部局であったCIE(民間情報教育局)の指導・勧告により世論調査が導 入された4)。戦前の日本でも“府県統計書”(明治初期から太平洋戦争初期)、“月島調査”(高 野岩三郎ら,1918 年~1920 年)、“家族の研究”(戸田貞三,1926)など学術調査が行われてい たが、世論調査の導入を機に科学的な調査の確立のために日本人の専門家の育成が図られ た(本間,1995,pp.5-7)5)。1947(昭和 22)年には政府初の世論調査(『経済実装報告書に関 する世論調査』)が実施され、自治体にあっては 1948 年に熊本県がはじめて世論調査を実 施し、翌年には札幌市や松本市など基礎自治体でも四つの調査が実施された6)。当時実施さ れた自治体世論調査は、「調査主題は明確な行政目的をもち、特定問題に焦点を当てた調査 と県市政全般の総花的調査にわかれており、調査地域は例外なく自治体の範囲に限られ、
全体としてサンプリング調査となっている」(日本世論調査協会,1986,p.44)とあるように 科学的な調査として実施され高い評価を得ていた。1950 年代に入ると、戦後日本の世論調 査を指導したデミング(W. Deming)による数理統計に関する研究書が翻訳されるなど日 本にも標本調査が浸透し、自治体による調査件数も急増していった7)。
このような状況のもと、初期の広聴研究者として小山栄三をあげることができる。小山 は、戦後導入された世論調査の発達を踏まえて民主政治における世論把握の重要性を指摘 するとともに、科学的手法としての世論調査に期待が寄せられていた当時の状況を報告し ている。そして、世論調査の意義について、「近代調査法の基本原則と目的とは如何にして 事実を発見し、それを現実に反映せしめるのかという政策論の問題と連関し、世論調査の 用いる方法、技術の進歩は社会科学をして精密科学たらしめる最も重要な貢献をなした。」
との評価を行った(小山,1956,p.5)。また、同時に、当時の世論調査の現状に対して、「い い加減に行われた世論調査も科学的に正確を期すために多大の時間、費用、努力を注いだ 世論調査も同じ価値をもつものとして取り扱われがちである」ことを指摘し、その品質の 確保の重要性について言及した(同,p.5)。
(2)広報
この時代の広報については政府と市町村の対応に差がみられる。導入直後の政府にあっ
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てはPR概念の曖昧な理解にとどまり、手法・技術の理解が中心であったといわれている。
他方、市町村にあっては「広報の意義を理解しない粗雑、無責任なものも多く、全体とし ては、その技術性を論ずる以前の問題」(松田,1961,p.76)と評されたように非常に混乱し た状況が生じた。しかし、その後のCIEの指導により 1950 年代半ばまでには広報紙の発行 や報道対応等を中心に市町村の広報体制は整備されていった8)。
初期の広報研究としては、樋上(1951,1952a,1952b,1953a,1953b,1953c,1954,1955)およ び井出(1957,1958)をあげることができる。樋上は一連のPR概念及びその基礎理論に関す る研究のなかで、民主政治の二つの原則(民意反映の原則・公表公開の原則)を実行する ためのPRの必要性や民主政治の基本要素としての広報理論について言及した。また、井出 は行政広報の実態調査がほとんど実施されていない状況を指摘するとともに、自治体にお ける首長と広報の関係を明らかにしたうえで、広報主管課が担当する「一般広報」と運用 各部課が主管する「個別広報」に類型化して広報機構の枠組みを提示した。
3.2 1960 年代~1980 年代
(1)1960 年代
1960 年代は日本経済の発展の結果として公害問題や環境破壊が引き起こされ、都市の社 会資本整備の遅れにより生活環境が悪化した時期であり、首長と住民との関係の希薄化や 民意軽視の行政運営が顕在化してきた時期でもある。当時、反公害や福祉政策・憲法擁護 を訴えた革新首長は、「住民直結」や「市民生活優先」の理念のもと、対話や市民集会とい った行政と住民を結ぶ直接民主主義的な手法を導入して広聴活動を拡充させた9)。議会では 与党が圧倒的少数という政治構造における革新首長にとって、この広聴活動は市民との距 離を近づけるという重要な意味を持っていたのである。
こ の 時 期 の 広 聴 研 究 と し て 辻 (1962c) と 井 出 (1967) を あ げ る こ と が で き る 。 辻 (1962c,p.55)は、広聴活動を調査活動(能動的・集約的)とそれ以外の活動(受動的・個 別的)に分類するなど広聴活動の枠組みを示した。そして、広聴活動の中心的役割を担う 世論調査がその重要性に比して自治体において十分に実施されていない当時の状況を分析 するとともに、調査以外の広聴活動については市政懇談会、相談業務、苦情処理といった 活動の機能面からの考察を行った。また、井出(1967,p.141)は「『革新』自治体の登場は、
住民直結の基本姿勢を打ち出すことによって、この要請に応え広報活動を強化拡充すると ともに、そのあり方を質的に高める役割を果たそうとしている」と評し、行政広報の起源 が「草の根デモクラシー」の政治理念と結びついていることを論じた。
他方、広報研究として井出(1961a,1961b,1964,1967)、松田(1961)、辻(1962a,1962b,1962c) をあげることができる。井出(1967)は法的拘束がない広報広聴施策に対する評価や品質の
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の重要性とともに広報の構造モデルを提示した。また、松田(1961)は市町村に定着した広 報活動に対して、当時の広報の技術的側面に対する課題に批判が偏り、民主政治の基本要 素という観点からの議論の欠落について問題点を指摘した。さらに、辻(1962a,1962b)はこ の松田の研究を引用しながら政治広報とPRとの関係について考察を加え、行政広報の機能 と限界について理論的な分析を行った。広報実務に関しては、高木(1961)や海老原(1964) の研究がある。高木は 1960 年代はじめの広報の活動状況について自治省調査を引用しなが ら、当時の市の 98%、町村の 80%が広報誌・紙を発行していること示し、市町村において 広報活動が定着してきた状況を報告している。
(2)1970 年代~1980 年代
1970 年代は福祉行政の充実や公共施設の整備など住民ニーズが充足される一方で、高度 経済成長に伴う都市化や市町村合併を背景に多様な価値観を持つ住民が参加を模索した時 期である10)。また、革新自治体の持っていた「住民直結」や「市民生活優先」といった革新 的な考え方への評価が高まり、多くの自治体が対話や参加といった課題に直面することに なった時期でもある。革新首長らが行った「市長への手紙」、「住民集会」、「相談行政」と いった直接民主主義的な広聴施策に対する議会の反発はあったが、住民運動の多発化、自 治体と住民、住民同士との対立構造が顕在化するなかでそれらは着実に根付いていった。
70 年代の革新自治体の広聴施策は、首長と住民との関係の構築に貢献するとともに行政参 加を促進し、自治体の基本施策となったのである。80 年代には、国に先駆けた自治体によ る情報公開の制度化を背景に、行政による情報公開のみならず、行政広報による積極的な 情報提供についてもあらためて議論されるようになり、情報公開と広報広聴の機能に着目 した研究が数多く報告された11)。
この時期の広聴研究として、加藤(1970)および中村(1976)をあげることができる。加藤 (1970,p.125)は、住民からの要望・意見を収集、整理、分析して意思決定を行い、住民の 要望に対応するきめ細かい行政活動を実現することが行政広報広聴の最大の前提であると して、個別意見への対応の重要性を強調した。そして、中村(1976,p.269)は、革新自治体 で導入された直接民主主義的な広聴施策について、「それは行政側が市民の市政に対する潜 在的な不満や要求を掘りおこすために、積極的にその制度化を図り、同時に制度の運用過 程に行政情報を交流させることによって『市民意識』を啓発しようとするきわめて斬新な 試みであった」との評価を行った。しかし、80 年代は入ると「年に一度の世論調査(3 年 に一度程度の市町村も多いが)と『市長と語る集い』などの集団広聴活動くらいで、多く の市町村でパターン化されていた」(上野,2003,p.346)との指摘にみられるように、調査の 実施や意見の収集が広聴活動の目的であるといった広聴の形骸化が見られるようになって きた。このような状況のなかで、今川(1987,1989)は、広聴活動と民主政治との関係を、広
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聴活動の原点にもどり政治的な意義を強調していることは注目すべきである。
他方、広報研究としては、小山(1971,1975)や本田(1975,1979)、加藤(1978)、宮崎(1980) をあげることができる。小山(1971)は、広報広聴の目的達成のためには、「企画的」かつ「継 続的」に実践することが不可欠であるとして広報活動の展開に戦略性を求めた。また、本 田(1975)と加藤(1978)は、市民参加と行政広報の関係について、不十分な市民参加の補完 の役割を果たす広報の重要性をあらためて指摘した。70 年代の広報実務については、宮崎 (1980,p.16)が、「問題別広報・広聴、政策提起型広報・広聴など民主化・科学化という面 で進歩はみられる」との積極的な評価を行っている。80 年代における情報公開と広報広聴 との関係については、三浦(1981,1982a,1982b,1986)による一連の研究がある。これらの研 究のなかで、三浦は先進的な情報公開を行っていた神奈川県、埼玉県、滋賀県の職員を対 象に行った調査結果をもとに議論を行い、情報公開と行政広報とについて多角的な検討の 必要性を強調している。さらに、この時期に高度情報化社会における情報化と広報機能に 関する研究も報告されている(兼子他,1986)。
3.3 1990 年代~現在
1993 年の郵政省によるインターネットの商用利用の許可により電気通信事業者による個 人向けのプロバイダ事業が開始され、インターネットが個人にも身近なものになった。1990 年代半ば以降には、自治体ウェブサイトと電子メールの活用により行政と住民との間の双 方向かつ迅速なコミュニケーションが実現されることになった。このインターネットを活 用した行政と住民を結ぶチャネルは、それまでの印刷媒体を中心とした情報の流通形態・
循環環境を大きく変容させたのである。電子メールで寄せられる情報は、すべてデジタル データとして保存され、編集・分析も容易になった。また、デジタル化によって組織内部 の情報の共有化が進み、広報広聴の業務プロセスが大幅に効率化するなど自治体内部での インターネットの活用が進んだ。しかし、急速な情報化のなかでインターネット活用の有 無が情報の量的・質的格差の要因になるというデジタルデバイトの問題も提起された。さ らに、1990 年代後半から 2000 年代前半にかけて、電子政府・電子自治体の推進と情報通信 技術やソフトウェア技術の発達を背景にして、顧客との関係を的確かつ総合的に把握する CRM(Customer Relationship Management)の自治体への導入が検討され、住民の意見、
要望の政策形成への活用について活発な議論が行われた12)。その後、電子掲示板や電子会議
室、地域SNS(Social Networking Service)など情報通信技術を活用した新たなコミュニ
ケーション手法の導入が次々と試みられた。最近では、地域の新たな価値創造を目指すシ ティプロモーションやシティセールス、行政の透明性・信頼性の向上などを目的とするオ ープンデータなどの論点も行政広報広聴の文脈で議論されるようになり、これまでに広報 広聴が対象としてきた情報の再構成や拡張がみられるようになってきている13)。
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この時期における広聴研究として、自治体世論調査を分析対象にした大谷(2002,2003)や 具体的な市民の声を分析対象にした近藤(2003)、仙台都市総合研究機構(2003)がある。大 谷の研究では、大阪府下の 44 自治体および香川県 43 自治体を対象に行った自治体世論調 査の調査結果をもとに、サンプリング方法から調査項目のワーディングに至るまで詳細に 分析され、自治体世論調査の現状とその改善策が示されている。また、近藤や仙台都市総 合研究機構の研究においては、市民の声のテキストデータを対象にテキストマイニング分 析を行うことによって、政策形成に有用な具体的な知識の創出が試みられている。
他方、広報研究で注目すべきは本田(1995)である。本田は、この研究のなかで行政広報 広聴の本質と理念の重要性を指摘するとともに、その再検討を行い理論的な枠組みを提示 している。ただし、本田の提示した枠組みは、1990 年代後半以降の情報通信技術の発達や その活用は考慮されてはいない。また、中村(1996)、上野(1997,2003)、賀来(1998)は、政 策形成とインターネットの利用に関する論点に関連させて政策形成と広報との関係につい て議論を行っている。とくに、上野(2003,p.140)は、「『ネット市民』と呼ばれる新しい市 民層の出現が自治行政に新しい波を起こしつつある」という状況をとらえて、インターネ ットの即時性と双方向性が今後の行政広報広聴に威力を発揮する可能性を指摘し、「広報広 聴の担当者は、地域社会における生活者の動向に眼を向け、情報の受発信に新しいスタイ ルの開発を考えなければならない」との指摘を行った。さらには、デジタル媒体のみなら ず、印刷媒体にも大きな変化が見られる。従来行政が独自に制作していた、いわゆる「暮 らしのガイド」や「市民便利帳」といった冊子を、行政と民間企業が協働して制作する事 例が見られるようになった。これは、行政にとっての経費節減、民間企業による広告出稿 による可能性の広がり、住民にとって地域情報や生活情報に関連した広告情報といった「ト
リプルWIN」の典型と指摘された(川上,2008,p.43)。最近では、地域社会の共通課題に対
して、NPOをはじめとするステークホルダーが協働してその解決を図ることを通して相互 の信頼関係を継続的に深めていくという協働広報も提案されている(宮田,2012)。