第8章 自治体広報紙を活用した広告事業
第 2 節 広告業界の概要と自治体の広告事業の意義
2.1 広告業界の概要
自治体の広告事業の意義を議論する前に、前提知識として自治体が参入している広告業 界についての概略を述べる。
日本における 2006 年の総広告費は 5 兆 9,954 億円であり前年比 100.6%と 3 年連続の増 加となっているように広告業界は拡大傾向にある。この業界での取引は、広告予算と実行 に最終的な権限と責任を持つ広告主、広告を露出する媒体を持ち広告会社の要請に基づい て広告を消費者に伝達する媒体社、そして広告主と媒体社の双方代理の形をとり、広告主 と媒体社との間を媒介して取引を円滑化する役割を担う広告会社(広告代理店)3)の三者が 中心になり行われている。この取引構造を表したものが図 8-1 である。
図8-1 日本における広告取引(公正取引委員会,2005,p.15 より引用)
この図に示されているように、この業界では広告媒体社と広告会社との取引(取引Ⅰ)
と広告会社と広告主との取引(取引Ⅱ)がある。取引Ⅰは、広告媒体社が広告会社に広告 枠を販売する取引であり、広告媒体社が媒体枠の価格〔100〕を決定し、その価格に一定率 を乗じた額〔15〕を広告会社に報酬として支払うというものである。取引Ⅱは、広告会社 が広告主に媒体枠を販売する取引であり、広告会社は他の広告会社や媒体社との間で広告 主の獲得競争を行っている。もちろん、広告会社を通さない取引の場合は、広告媒体社と 広告主が直接取引を行うことになる。
このような取引構造のなかで、自治体が広告事業を行うということは、所有する財産を 広告媒体として活用すること、すなわち「媒体社」として業界に参入し広告主を顧客とし て営利活動を行うことといえる。
①媒体枠の販売 100 ③媒体枠料金の支払 100
媒体社 広告主
広告会社
②媒体枠の販売 100
④媒体枠料金の支払 85 媒体枠料金-報酬=媒体社に支払う媒体枠料金 100 - 15 (報酬) = 85
Ⅰ Ⅱ
171 2.2 自治体の広告事業の意義と特徴
それでは、自治体が民間企業と同様の広告事業=営利活動を行うことには、どのような 意義があるのだろうか。
一般的に、営利を目的としない団体が利益を収めるための活動(営利活動)を行う場合 を収益事業という。自治体が収益事業を行うことについて、黒沼(1956,p.808)は「事業 それ自体は、地方公共団体の本来の任務に基づく公共的な事業とはいいがたいが、そのあ げた収益を、住民の福祉のためのサービスにあてる、という点にその意義がみとめられて いる」としている。また、尼崎市における収益事業を事例にその財政的重要性を指摘した 中島(1975)によると、自治体にとって収益事業収入は臨時的一般財源であるとしつつも、
「市民生活を守るために都市環境や福祉施設の整備を進め、行政水準を引き上げていく」
(中島,同,p.58)ためには重要な税源であるという。さらに、収益事業の経営思想につい ては、収益事業の戦前と戦後における連続と断絶を明らかにした萩野(2004)の研究があ る。この研究では、地方財政における収益事業には広義と狭義の二元的な定義4)が示され、
「現在において『収益事業』に含まれる諸事業は、専ら一般会計の負担を軽減し、財源的 に貢献するために運営される事を義務付けられている」(萩野,同,p.48)とされている。
このように、自治体が行う収益事業は、「租税外に財源を求めるシステム」であり、財政 的貢献を実現するところにその意義が認められるのである。また、萩野(同,p.47)が示し た「本来営利目的を有していない団体がその事業に要する経費の一部を賄うため、収益を 伴う事業」という広義の収益事業の定義によると、収益事業(広義)に該当するか否かは、
①営利目的の団体ではないこと、②経費の一部を賄うかどうかという二つの要件から判断 することができる。
ここで、この二つの要件について自治体の広告事業を考えると、事業主体である自治体 は本来的に営利を目的とした団体ではないこと、および事業によって獲得した収益を住民 サービスの拡充のために活用していることから判断して、自治体の広告事業は広義の収益 事業として位置づけられる。また、昨今の自治体の広告事業は、戦後の復興を急務とする 地方財政対策として生まれた収益事業と同様に、いわゆる平成不況を背景とした財政危機 から拡がってきたものであり、すでに多くの民間企業が事業を展開している業界に媒体社 として参入していくところにその特徴がある。これは、自治体が民間企業との競争に勝っ てはじめて収益を獲得できるということを意味するものである。
以上のように、自治体の広告事業は広義の収益事業に位置づけられ、民間企業との競争 の結果得られた収益を住民サービスのために活用するところに意義が認められるものであ り、収益を獲得できなければ事業を継続する意味はない。広告業界において民間企業と競 争することは、住民に対して税負担以上の行政サービスを提供できる可能性がある一方で、
事業の結果次第では住民が本来受けられるサービスを提供できないというリスクを負って
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2.3 自治体広報紙への広告掲載に関する先行研究
自治体が広報紙に民間事業者の広告を掲載することは新しい取り組みではない5)。しかし、
多くの自治体が注目し始めたのはごく最近のことであり、自治体の広告事業に関する研究 は非常に限られている。ここでは、そのなかでも先駆的な川上(2005a)の研究と先進自治 体の事例報告をとりあげて整理を行った。
(1)広報紙への広告掲載と自治体の人口規模
川上(同)は、2004 年 12 月に全国の市区町村を対象にしたアンケート調査を実施して、
自治体の広告事業の状況を以下のように報告している6)。
この報告では、調査から得られた広告掲載自治体と広告非掲載自治体の人口規模と広報 紙の発行部数の平均値を比較することにより、①広告導入自治体の人口規模と発行部数は 導入していない自治体よりはるかに大きいこと、及び②広告の導入を検討している自治体 の人口規模も未検討の自治体よりも大きい傾向にあることを示して、自治体の広報紙への 広告掲載は一定のスケールメリットがとれることで需給関係が成り立っていると結論づけ ている。この川上の研究は、全国規模の調査に基づいたものであり、2004 年 12 月当時の自 治体の広告事業への取り組み状況、人口規模との関連を明らかにしている点で意義を持つ。
しかし、スケールメリットを活かせる大規模自治体ほど広告の導入がしやすいという結論 は、当時の調査結果から導かれたものであり、中小規模の自治体における導入事例が報告 されるようになってきた最近の状況を考慮すると、広告導入と自治体の人口規模との関連 については再検討する必要がある。
(2)広告導入時の障壁
また、川上(同)は、この調査の自由記述回答をもとに自治体広報紙への広告導入時の 障壁を以下の八つに整理している。すなわち、①自治体広報紙に広告を掲載することが適 切かどうか、②小規模な自治体において広告主がいるかどうか、③広告掲載に伴う事務コ ストはどの程度かかるのか、④掲載基準の設定は公平性を確保しているといえるのか、⑤ 民業圧迫にならないか、⑥広告掲載事業者を推奨しているという誤解を与えないか、⑦情 報掲載スペースが減少するのではないか、⑧住民の理解が得られるのか、という障壁であ る。
①は、公共性という観点から、行政広報紙に広告を掲載することが適切かどうかという、
根源的な疑問である。これは、「公共性の高い行政紙に商業広告を掲載することに市民のコ ンセンサスを得ることができるか」、「行政広報の使命として、本来有料広告が必要か」な
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どの意見に代表されるものである。②は、小規模な自治体を中心として、広告掲載の目処 が立つのかという懸念である。この問題については、「自治体規模からして、掲載依頼(業 者)の確保が難しい」、「発行部数が少ないため、広告掲載のメリットがないのではないか」、
「近隣自治体の導入が、昨今の不況で不調に終わったため、現在模様眺め」などの意見を 紹介している。③は、広告掲載に伴う事務コストの問題である。このコストについては、「一 頁あたりの制作費、広告掲載のための職員人件費を想定している。一頁の単価が、約二万 円かかっているので、かなり高額になる」、「広告収入に比して、事務量が増加」などの意 見を紹介している。④は、掲載基準の問題である。これについて、条例や要綱で公正性を 保てるのかという問題である。具体的に、「広告掲載の基準、業者・業種等の規制をどの程 度まで行うべきか」、「サラ金や風俗関係の規制」、「掲載基準と審査機関の確立が急務」な どの意見を紹介している。先進的な広告事業を展開する横浜市では広告掲載に関する基準
(『横浜市WEBページ広告取扱要領』)をウェブサイト上に掲載している7)。⑤は、行政の 広報紙への広告掲載が、民業圧迫になるのではないかという不安である。「地元紙との競合」、
「地元新聞社等、広告を収入とする民間企業の経営を圧迫するのではないか」など、規模 が大きい自治体で懸念があることを示している。⑥は、行政が広告を掲載した企業を推奨 しているのではないかと誤解される懸念である。「掲載した広告により、市民が不利益をこ うむった場合、訴訟まで発展することに躊躇している」、「掲載企業が選定の基準や方法で 制限されることより、掲載された企業は公的に認められたと受け取られ、住民とのトラブ ルを招きかねない」などの意見に代表されるように、たとえ推奨を謳うような表現がなく ても、このような懸念は考慮に入れるべきと述べている。⑦は、広告掲載により、情報提 供の掲載スペースが減少する懸念があることである。「市のお知らせ情報が年々増加してお り、紙面に広告を掲載するスペースが確保できない」、「掲載内容を削って広告を掲載する ことのメリットを考えると、今のところ二の足を踏んでいる状況」、「市からお知らせする 記事だけでも、年々増加しているなか、広告のスペースを確保するのが難しい」、「市の情 報を削ってまで紙面に広告を載せる必要があるのか」というように、記事スペースを削る 問題点を指摘している。⑧は、住民に対する納得が得られるかどうかという課題である。
これについては、「ただ単に財源確保のためだけに導入を考えるのは、少々安易過ぎると思 う」という自治体担当者の声を紹介している。これらは、広告導入の意思決定に大きな影 響を与える要因と考えられるが、あくまでも自治体職員からの自由記述回答をもとにして いることから、それぞれの課題が並列的に扱われていて個々の重要性の程度は明らかにな ってはいない。
また、最近では横浜市や大阪府といった先進自治体の導入事例が報告されている。前述 した横浜市は、広告事業を「市が所有する有形・無形の様々な資産を、事業者の広告出稿 や販売促進活動、タイアップ等によって積極的に有効活用し、新たな財源の確保及び事業