第3章 市民の声のテキストマイニング分析
第 2 節 自治体広聴の枠組みと市民の声の分析の現状
2.1 自治体広聴の枠組み
行政機関は社会のなかに顕在化している問題のみならず、潜在的な問題についても発 見・解決を図っていかなければならない。とくに住民に最も身近な行政機関である自治体 においては、市民の声は地域の潜在的な問題発見の重要な契機となる可能性がある。理論 的には市民の意見は市民の選んだ代表(自治体では首長と議会)を通じて表現されること になっているが、「行政が日常的接触や、ここでいう市民の苦情などを専門に所管する課(た とえば市民相談室)から入ってくる情報を吸収することも、現代の行政システムには不可 欠の過程である」(村松,2001,p.268)とあるように、実務の現場において日常的に市民の 声を聴く広聴活動は政策形成において重要な役割を果たしているのである。第 1 章でみた ように、行政広報広聴は、「行政と住民との情報循環により新たな価値を創造し、政策への 反映を通して信頼関係を戦略的かつ継続的に構築・維持することを目的とする活動」であ り、とくに広聴活動は市民の声を収集・分析によって新たな情報の開発、価値の創造を目 指すものである。
広聴活動は、実務上はその機能と形式から個別広聴・集団広聴・調査広聴に分類2)される ものであるが、ここでは、自治体広聴の枠組みとして実務上の分類と自治体の情報収集態 度(受動的・能動的)(辻,1962,阿部,1998)を用いて分類整理を行った(表 3-1)3)。
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表3-1 自治体広聴の枠組み 収集態度
情報の特徴等
自治体の収集態度
受動的:住民が主体 能動的:自治体が主体
実務上の分類 個別広聴 集団広聴 調査広聴
手 法 面談、手紙、はがき、
電話、メール、SNS
対話集会、懇談会、モ ニター制度など
統計的手法を活用した 世論調査・意識調査・ウェブ調査など
情報の性質 個別情報 [集まるデータ]
個別的な意見・要望・苦情など
構造情報 [集めるデータ]
提示した問題群に対する意見構造分布
情報の形式 主にテキストデータ 主に数値データ
一部テキストデータ
傾 向 情報量の増加 情報品質の低下
期待される活用 事業の改善・課題発見 政策形成の基礎
問 題 点 意見の個別性・代表性 調査票の制約
(注)筆者作成
表 3-1 に示したとおり、自治体の広聴活動はその情報収集態度によって受動的活動と能 動的活動に分類することができる。前者の受動的活動においては、伝統的手法として面談、
電話、手紙、はがき、対話集会、懇談会といった手法がとられてきた。2000 年以降は自治 体ウェブサイトとともに電子メールの活用が本格的に広がり、2010 年以降は Facebook や
TwitterといったSNSも市民の声を収集する手法として広く利用されるようになってきて
いる。受動的活動によって得られる情報は住民の個別的な意見・要望といった定性的なテ キストデータが中心である(表 1-3 の「個別情報」)。また、後者の能動的活動においては、
サンプリング理論等の統計手法を活用した世論調査や意識調査とともに、最近ではウェブ 調査やネット調査などの活用も始まっている。能動的活動によって得られる情報は調査票 で示した問題群に対する住民意見の構造や分布といった定量的な数値データ(自由記述など 一部テキストデータ)が中心である(表 1-3 の「構造情報」)。個別情報には意見の個別性 や代表性といった問題点が指摘されるものの、事務事業の改善や地域の課題発見のための 資料としての役割が期待される。これ対して、構造情報には調査票の制約といった問題が あるものの、「時系列の推移においてこそ、その客観性が確保される。変化の指標として世 論調査結果を取り扱うことの肝要さはいうまでもない」(松本,2003,p.185)とあるように、
長期的視点での政策形成の基礎資料としての役割が期待されている。
昨今は、情報通信技術の発達と情報端末の高機能化を背景にインターネットを活用した新 たなサービスが次々に登場し、ユーザ一人ひとりが発信する情報量が爆発的に増加してき ている。それに伴い自治体に寄せられる住民の個別的な意見・要望、自治体に対する評価、
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評判、風評等の定性的なテキストデータが急増してきている。他方、地方分権の進展や自 治体経営の本格化、多様化する市民ニーズの増加のもとで世論調査によって得られる「構 造情報」もますます重要になってきている。ただし、この構造情報の品質はプライバシー 意識やセキュリティ意識の高まりや住宅環境の変化等によって低下する傾向にある(これ については第 4 章を参照)。
2.2 自治体における市民の声の分析の現状
それでは、自治体の広聴活動によって収集された市民の声(テキストデータ)はどのよ うに分析されているのであろうか。ここでは、東京都特別区(23 区)に属する足立区、豊 島区、荒川区が公表している市民の声に関する報告書をもとに、個別的な意見・要望とい った定性的なテキストデータの分析状況を確認する。これら三区を対象にしたのは、特別 区が人口密集地域であり、多様性・多義性をもつ市民の声が収集されていると推測される からである。
(1)個別広聴(受動的活動)
個別広聴の事例として足立区と豊島区をとりあげる。足立区は、個別広聴の分析結果と して『区民の声報告書』を毎年公表している。この報告書には、区に寄せられた市民の声 の総件数、手紙や電子メールなど媒体別の内訳件数、回答に要した平均対応日数、実現し た要望の件数、性年齢別のクロス集計表が掲載されている。ただし、これらはあくまでも 受動的活動によって得られた情報であるのため、性別、年齢などの属性が不明な件数も少 なくない4)。個々の意見については、性質別(苦情・不満・要望・意見・質問・感謝)およ び政策項目別に分類され、代表的な「市民の声」の原文(一部加工)とそれに対する区の 対応が掲載されている。なお、意見、要望等の分類基準である政策分類表(大項目:8、小 項目:70)は明示されている。
また、豊島区が個別広聴の分析結果として公表する『広聴一年』においては、区に寄せ られた市民の声について、媒体別、性質別および組織別件数が掲載されている。個々の意 見、要望については、代表的なものに限り、意見と回答の要旨が掲載されている。性別、
年齢といった属性による分類表示は記載されてはいない。
(2)調査広聴(能動的活動)
調査広聴の事例として、足立区と荒川区をとりあげる。足立区は毎年世論調査を実施し、
その報告書を毎年公表している。『第 41 回足立区政に関する世論調査報告書』(2012)では
「区政についてのご意見、ご要望」という質問文により自由記述回答を求めている。報告 書では、得られた自由記述回答の内容によって「区政全般」、「交通機関・道路の整備」、「治
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安対策」、「マナーについて」など 22 項目に分類整理されている。しかし、前述した個別広 聴の分析結果における政策項目との整合性はなく、その分類基準も明示されていない。広 聴活動によって得られた個別的な意見・要望といった定性的なテキストデータについて、
データ内容からの分類分析はなされているが、継続的な視点からの分類基準や一定のルー ルにもとづく分析は行われていない。時系列の変化の把握や個別広聴で取得したデータと の比較分析は行われていないことが推察される。
また、荒川区の『第 38 回荒川区政世論報告書』(2013)でも、「区政についてのご意見・
ご要望」という質問文で自由記述回答を求めている。そこから得られた自由記述回答は、
その内容から「区政全般」、「財政運営」、「事務手続き」などの項目に分類され、各回答に は回答者の居住地区、性別、年齢の属性が付加され掲載されている。特徴的なのは、この 世論調査で得られた自由記述に対する荒川区の対応・回答が、荒川区ウェブサイトの独自 のコンテンツとして掲載されていることである。このことは、荒川区がどのようなチャネ ルで得た市民の声であっても、適切に対応するという姿勢を示すものであり、市民の声へ の対応を重視していることの表れといえる5)。
以上をまとめると、市民の声に関する三つの区の報告書を確認する限りでは、自治体は 市民の声(定性的なテキストデータ)に対する分類基準や分析手法を確立しているとはい えず、個々のデータ内容からの政策別や属性別といった分類分析にとどまっているのが現 状である。