第3章 地方自治体における政策形成とサービスマーケティング
Ⅳ 地方自治体の政策形成におけるサービスマーケティングの影響と課題
前節では、サービスマーケティングの有用性を検証した。SDL、SL、コア・コンピ
知識(暗黙知と 形式知)の共有 と共創
情報(取引デー タ)の共有
対等な取引関 係
運 命 共 同 体 に よ る 価 値 共創:新しい 事業機会 業務慣行の 統一と共同 イノベーシ ョン 仕入れ先、
主要顧客、
事 業 パ ー ト ナ ー と の協働
価値創造 従 来 の 事 業
手法
事業ユニット 間の市場に根 ざした取引主 体の協働
企 業 間 の 壁 を 越 え た 業 務 プ ロ セ ス の改善 新しい事業機会
の発見と創造
仕 入 れ 先 な ど も 巻 き 込 ん だ 共同開発
共通の目標 に向けたコ ア・コンピ タンスの活 用
協働の緊密度 協働への条件
出所)Prahalad & Ramaswamy, The Future of Competition – Co-creating Unique Value with Customers, Harvard Business Press, 2004. 有賀裕子訳『価値共創の未 来へー顧客と企業のCo-Creation』ランダムハウス講談社、2004年、256頁。
価値共創
タンスと共創のいずれにも共通するのは、多様な要素があるということであり、それら要 素が地方自治体の政策形成に与える影響を図表3−8に整理している。
第一に、サービスマーケティングは企業間だけでなく、Chandler and Vergo(2011)が個 人からマクロレベルでの複層的な顧客まで含めたネットワークの重要性を指摘51している ことである。このことがもたらす地方自治体の政策形成への影響としては、独自の強みを 有する各アクターの参画により、多様なニーズへの対応が可能となる点であり、行政単独 では実行が困難であった課題に対しても、より広い視点からの政策・施策・事務事業の形 成がなされる可能性が高まる。
第二に、協働による相互影響の重要性である。企業間だけでなく、顧客との協働の重要 性が指摘されていることである。こうした相互影響を進める手段としての意識を政策形成 の 際 に 有 す る こ と に よ り 、 適 切 な 場 の 設 定 や 対 話 等 が 促 進 さ れ 、
Prahalad and
Ramaswamy(2004)がその重要性を指摘している協働の緊密度
52を高めることにより政策形成力が高まると考えられる。また、共創により、相互理解の促進、相互のニーズの共有 等を通じ政策形成を進めることとなり、共通認識の形成力が向上するとともに、よりニー ズや実態に即した対応が可能となることから、課題解決力の向上につながると考えられる。
第三に、経営資源の拡大である。特に、
Prahalad and Ramaswamy(2004)では、図表 3-6
で示されているように明確に想定していることである、ネットワーク内でそれぞれのア クターが持つ強みである経営資源が共有化され、課題解決に利用できる経営資源が拡大し、多様化することである。この資源としては資金、人、ノウハウ等、各アクターが持つ資源 ということになるが、これらが共有され、保有する資源が拡大することから、政策形成の 範囲が広がり、形成力が高まると考えられる。この観点は、競争メカニズムの導入、成果 志向の観点からNPMの発展的な展開を推進するうえでも望ましいことである。サービス マーケティングのガバナンスへの適用については、現在は
Osborne et al. (2015)などが展
開するガバナンス論における先行研究以外に見当たらないが、有効性が一つの課題となっ ているNPMの今後のあり方を検討するうえでも有用性が高いのではないかと考えられる。第四に、供給者の中間的な促進者としての役割があるということである。地方自治体は ガバナンスの単なる1つのアクターではなく、矢吹が地域経営の責任の所在は地方自治体 にあるとしているように53、サービスマーケティングの観点からも、コーディネーターと しての役割を明確化し、地域経営を行っていくことが求められる。
サービスマーケティングの特徴 地方自治体の政策形成への適用 ネットワーク(企業間から顧客まで) ・各アクターの参画により、多様なニーズへの対応が
可能となる。そのため、行政単独では実行困難な課 題に対しても、より広い視点からの政策形成がなさ れる可能性。
相互影響(企業間だけでなく、顧客とも) ・政策形成を進める中で、適切な場の設定等を通じ協 働の緊密度を高めることにより政策形成力が高ま る。
・共創による相互の共通認識の形成力の向上と課題解 決力の向上。
経営資源の拡大 ・ネットワーク内の各アクターの経営資源が共有され ることによる政策形成力の向上
コーディネート ・コーディネーターとしての地方自治体の役割の明確 化
Osborne(2017)では、Osborne et al. (2015)
においてNPGの拠り所として重視してい たSDLからSLを重視する方向性で、PSDL(Public service dominant logic)からP SL(Public service logic)に修正が行われている54。Osborne(2017)は、PSDLについて、2つのルーツがあるとしている。第一に、公共サ
ービスの提供がサービス・ドミナントに影響されているとしている。これは、目に見えな いプロセス重視の性質のものであり、サービスの共創者としての利用者の役割や価値の共 創者としての役割があるとしている。第二に、Virgo and Luschが提唱しているSDLに 明らかな関連があるということである。しかしながら、この関係性は、次の2つの理由で 薄れてきているとしている55。その理由の第一は、公共サービスと民間サービスの明らかな性質の違いである。民間企 業では、顧客のリピートはビジネスの重要な要素であり、SDLの重要な要素としては、
顧客の価値創造の行動が現在も将来的にもいかに適合性があり利益を生むものかを探求す ることとなる。しかしながら民間企業と違い、公的機関では、顧客のリピートは成功とい うよりは失敗ととらえることが適切であるとしている 56。その例として、Osborne(2017) は、同じ症状での繰り返しの患者の訪問や、学習ができなかったあとの再教育などをあげ ている。また、公共による制約を受けた顧客は民間企業にはなじまないということである。
この例として刑務所でのサービスや児童の権利擁護をあげている57。さらに、民間企業の 顧客は特定されるが、公的機関の顧客は多様な利用者や利害関係者であり、サービスの成
図表3−8 サービスマーケティングの地方自治体の政策形成への適用
出所)筆者作成。
功は顧客ごとに捉え方が違うものであることを指摘している58。公的サービスの利用者の 役割の多様さ、すなわち利用者としての役割や公的サービスの社会的評価を行う役割等の 多さについても指摘されている。
理由の第二は、SDLの限界である。
Osborne(2017)は、SDLの限界点として、SDL
は、企業を顧客による価値の創造を促進する価値の共創者であり、相互影響を自らの価値 の創造にも利用するとしている点を指摘している。それに代わるロジックとして、Gronroos
が提唱するSL(サービスロジック)に拠る軌道修正を行っている59。この軌道修正を行ったということは、
2017
年11
月8
日に関西学院大学において、筆者がOsborne
本人に直接確認したことである。SLでは、価値は顧客によって利用されてはじめて創造 され、顧客だけが価値を創造すること、サービス提供組織は、価値を提供することはでき ないが、価値を提案することはできるとし、PSL(Public service logic)を提唱してい る60。併せて、コ・プロダクションがあまりにもグッズ・ドミナント・ロジックを想起さ せる言葉であるとし、SLの中心概念としてコ・クリエーションへの修正を提起している61。
以上のようにサービスマーケティングの特徴を公共サービスに援用しようとする欧州 を中心とする先行研究は、わが国地方自治体におけるガバナンスによる政策形成のアプロ ーチにも多様な示唆を与えるものである。しかしながら、わが国ではNPMにおけるガバ ナンス論は一定の先行研究が見られるが、その後の地方自治体のコーディネートのもとで の多様なアクターとの協働による新たなガバナンスに関する体系的な研究があまりなされ ていない。
NPGにおいては、相互影響や資源の共有など公共分野における協働を検討するうえで も、情報や知識の共有は、地方自治体と民間等ある意味異質な組織間が共通認識を持って 事務事業を進めるうえで重要な前提条件となるべきものと考える。また、一部の定例事務 やサービスを除き、地方自治体が単独で事務事業を進めなければならないといったルール 等はなく、多様かつ複雑な住民等のニーズに対応するために組織間連携によるガバナンス 型のアプローチが基本的には重要である。しかしながら、地方自治体内部の効率化や、例 えば法令に基づき地方自治体が主導するサービスの改善といったPAやNPMに基づくア プローチも継続的に必要である。
真山・藤井・林沼・正木・戸政(2000)が指摘しているように、地域のまちづくりや高 齢者対策において、地方政府としての地方自治体がすべてに対処しているのではなく、市