第3章 地方自治体における政策形成とサービスマーケティング
2 サービスマーケティングの変遷
2 サービスマーケティングの変遷
動向等を概観し、わが国地方自治体の行政システムとの関連性にも触れながら、援用にあ たっての課題等について整理を行う。
マーケティングは、1950年代に北米において、マーケティングミックス16が提唱さ れて以来、ミドルマネジメントを主眼とするマーケティング・マネジメント17、トップマ ネジメントを主眼とするマネジアルマーケティング18が主流となり発展した。その後、P PM19等に代表される戦略的マーケティングや、ソーシャル・マーケティング20、リレー ションシップ・マーケティング21といったように、製造業主導の経済からサービス業主導 の経済への移行、CSR等に代表されるような企業の社会的責任の拡大や、非営利組織活 動の発展など、経営環境の変化や顧客ニーズの多様化に合わせて多様な発展を遂げてきた。
この間、Kotlerにより企業等の営利組織だけでなく、非営利組織への適用を図るなどマー
ケティング概念の拡張も行われている。
また、マーケティングの定義も変更が加えられている。AMA(American Marketing Association)による2013年のマーケティングの定義では、「マーケティングとは、顧客、
クライアント、パートナー、そして社会にとって価値のある提供物を創造し、伝達し、配 達し、交換するための活動であり、一連の制度やプロセスである」22とし、公共性に特に 関係のある「社会にとって」という文言が盛り込まれ、今日に至っている。消費者である 顧客を対象とするマーケティング論から、顧客を企業とともに価値を生み出す主体と捉え る価値共創のマーケティングが新たなマーケティングの潮流として注目されている。これ は、市場のサービス経済化や顧客ニーズの多様化・複雑化が進展するなかで、有形財志向 のマーケティングの限界や、無形財であるサービスを中心とするマーケティングの再構築 の必要性が指摘されるようになったためである。
Gronroosはすでに1970年代にサービスマーケティングの概念を提起し、従来型のマー
ケティングにとって代わるものだと主張している23。サービスが無形財であること、サー ビスはモノではなく活動であり、生産と消費が同時に発生することなどをサービス財の基 本的な特性とし、消費者が生産するプロセスに参画する相互影響によってサービス品質が 形成されると指摘している24。
そうしたなか、企業と顧客等との関係性の結合により、双方向性のある相互影響として 共創をとらえるRMが提起された。Dwyer
et al.
(1987)はリレーションシップの発展段階 を関係開始から終結までの①認識、②探索、③拡張、④コミットメント、⑤関係終結の5 つの段階に分けて、発展性のある概念として整理をした25。Gummesson(2007)は、RMは相互影響や関係性、ネットワークに焦点を当てるマーケティングであると定義し26、RM の文脈のなかで、企業対企業(Business to Business)と企業対個人(Business to Customer)
も対象となることや、供給者と顧客は共創者の関係にあることについても言及している27 。
また、Gronroos(2007)は、マーケティングの成功のために、「関係性ネットワークのなか
のサプライヤー、パートナー、流通業者、金融機関、その顧客が扱う最終顧客、そして時 には政府の意思決定者等を、その関係性のマネジメントに参画させなければならないだろ う」28としており、企業対個人や、企業と企業等の組織といった組織間連携の重要性のい ずれについても触れている。
(2) サービス・ドミナント・ロジックとサービス・ロジック
2004年にVargo and Rushが提唱したSDLにより、顧客を共創者と捉えた概念が注目 されるようになった。従来型のマーケティングのロジックであるグッズ・ドミナント・ロ ジックでは、企業は生産や流通等の過程において、グッズに価値を埋め込み、顧客はそれ を消費する主体に過ぎないとしている29。一方、SDLにおいては、10の基本的前提が提 起され(図表3−3を参照)30、サービスはグッズを包含するものとして全てのマーケテ ィングの基礎と捉えられている。また、顧客は常にサービス等の共創者とされ、企業は提 案者であると指摘されている。
図表3−3 SDLの10の基本的前提 1 サービスは交換の前提となる基礎である。
2 間接的な交換は、交換の前提となる基礎を隠す。
3 グッズは、サービス供給のための配分のメカニズムである。
4 オペラント資源は競争を有利にする基本的な資源である。
5 全ての経済はサービス経済である。
6 顧客は、常に価値の共創者である。
7 企業は価値をもたらすことはできないが、価値提案はできる。
8 サービスの中心的な視座は、顧客由来のものであり、関係性のあるものである。
9 全ての社会経済の行動者は、資源統合者である。
10価値は常に独自に受益者によって決定される。
この基本的前提のなかで、「顧客は、常に価値の共創者である」というものがある。この 点について、大藪は、グッズ・ドミナント・ロジックでは、生産や流通、マーケティング 活動を通して、企業がグッズやサービスに価値を埋め込み、消費者は、それを消費するだ
出所)Vargo, S. L., P. P. Maglio, M. A. Akaka.,“ On value and value co-creation:
A service systems and service logic perspective,” American Review of Public Administration VOL 36, 2006, p.148.を筆者訳出。
けであると捉えられるとし、対照的に、SDLでは、顧客やそのほかの主体間における相 互影響や交換を通じて、価値は共同的に創造され、そのため顧客は常に価値共創者である としている31。ここでいう価値は、消費者の経験を反映し、消費者が消費することによっ て創造される価値である。価値については、第5章において詳述をしたい。このSDLは、
4P’sやPPMのように、マーケティングの具体的手法として、社会経済活動に具体的な方 法論を与えてはいない。この点については、大藪がGronroos の文献を引用しつつ、SD Lの最大の問題点は実務的なインプリケーションに乏しいことと指摘している32。しかし ながら、より実務的な視点での研究も進みつつある。Chandler and Vargo(2011)は、ネッ トワークやエコシステムの考え方を取り入れ、単一の個人間のサービス交換といったミク ロレベルから、ネットワークにおけるサービス形成といったマクロレベルまでの複数の層 でサービスについて考察し、多様な主体間におけるサービス交換や資源統合、共創をより 包括的に捉えようとしている33。Fitshugh
et al.
(2011) は、①会話と学習、②顧客や組織 内部知識の活用、③価値提案、④ソリューションの共創、⑤サプライヤー・顧客間の仲介 者、⑥信頼や長期的関係の構築といった6つの活動の重要性を指摘している 34。また、Edvardsson
et al.
(2011) は顧客と供給者間に焦点を当てがちであることを指摘し、社会 的構造に焦点が当てられていないという問題を指摘し、社会的構造と価値共創の関係に注 目することによって、SDLに関する研究はさらに発展する可能性があるとしている35。 大藪が指摘しているように、各主体のなかで主観的に形成される価値は、客観的な社会的 構造を前提とし、またその価値は社会的構造を再生産しているため、主体と社会的構造を 切り離して考えることはできない36。Gronroos
et al.
(2014) は、SDLとの共通点や違いを明確にしながら、SLの概念を提 起している。SLでは、サービスを「個人や組織の価値創造を促進する日常のプロセスの ためのサポート」と定義している37。また、共創については、「2者かそれ以上の関係者に よる直接的な相互影響のプロセスにおいて、何かが創造されるプロセス」と定義している38。共創の場において起こる結合プロセスの重要性を強調し、直接的な相互影響のプロセ スとして統合されることを強調している 39。このような定義を踏まえ、Gronroos
et al.
(2014) は、SLとSDLとの共通点及び違いを図表2−3のように示している。両者の共
通点として、知識やスキルの適用について述べるとともに、有形、無形にかかわらず、供 給者によって利用される資源は重要でないとしている。また、相違点として、SDLの曖 昧さを指摘する形でSDLの不完全性を指摘している。例えば、価値の定義について、S
Lにおいては、「利用における価値」、すなわち顧客によって利用されることにより認識さ れる価値と定義しているのに対し、SDLでは、違った文脈で違った意味合いで定義され るとしている。また、SDLにおいては、重要なプロセスとされる相互影響の定義の曖昧 さ、関係者の関係性の不明確さを指摘している40。サービスが創造されるプロセスにおい て、SLは最終的には顧客主導であるとしているのに対し、SDLは供給者主導であると している41。
図表3−4 SLとSDLの共通点と相違点
SL SDL
共通点
目的 ビジネスとマーケティングのための価値創造の展望 サ ー ビ ス の
手段
価値創造を支える資源として、知識やスキルを適用すること 利 用 さ れ る
資源
供給者によって利用される資源(モノ、サービス行動、情報、あるいは有形のまたは無形のあ らゆる資源)はサービス展望の実行にとって重要ではないこと
相違点
価値 「利用における価値」と定義 違った文脈で違った意味合いで定義 相互影響 直接的な相互影響と間接的な相互影響の
明確な区別がなされている。直接的な相互 影響は、共創を可能とする聡明な資源(人 やシステム)、間接的な相互影響とは、共創 を可能としない資源(ほとんどの生産物や システム)
明確には定義されておらず、基本的な前提とし て示されているだけである。
共創 共創の場がつくるような、供給者や顧客な どすべての関係者が、一つの協調的で対話 的なプロセスに統合されていく相互影響 的なプロセス
互いにどれくらい関係があるかに関わらず、供 給者や顧客などプロセスに関わるすべての関係 者によってとられる行動
価値共創 共創の場における関係者によってとられ る行動であり、関係者は直接的に積極的に 相互のプロセスに影響を与えること
関係者が相互に連携しているかに関わらず、す べての関係者によって包含される価値創造プロ セスによって顧客の価値に貢献する行動 価 値 創 造 ド
ライバー
顧客が価値創造を促進する 供給者が価値創造を促進する 価 値 創 造 に
お け る 役 割 分担
供給者は顧客の価値創造や顧客との価値 共創に従事する
顧客は供給者のプロセスに従事し、供給者と価 値を共創する
顧客の役割 顧客は価値を共創し決定する 顧客は価値を決定する 供 給 者 の 役
割
供給者は、顧客の価値創造を促進すること を通じ、利用による潜在的な価値が埋め込 まれた資源を収集する
供給者は価値を共創する
出所)Gronroos,C., and J. Gummerus, “The service revolution and its marketing implications: service logic vs service-dominant logic,” Managing Service Quality Vol.24, 2014,p213を筆者訳出。
Gronroos