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大都市圏と地方との連携による産業振興(熊本県天草市)

第7章  ニュー・パブリック・ガバナンスの事例検証−NPGの有用性の考察− . 146

3  大都市圏と地方との連携による産業振興(熊本県天草市)

公共領域におけるアクターとしては、企業も重要な役割を果たす。従来からのCSR活 動のレベルを超えて、本業へのメリットと社会貢献の両面を志向する動きがある。この点 について、Poter

et al. (2011)は、企業が公共的課題の解決を行う際に、本業への貢献と地

域貢献の双方を実現する価値共創の概念として「CSV(Creating Shared Value)」を提起 している34。地方自治体が、企業の本業にも貢献でき、公共的課題の解決につながる35ビ ジョンや事務事業を企業に対し提起できれば、地方自治体にとっては企業の活力を取り入 れた価値創造につなげることができるし、企業にとっては本業への収益等の価値も睨んだ 社会貢献活動の充実を図ることができる。このような動きは地方自治体の政策等の形成に 様々な影響をもたらしうる動きではあるが、

CSV

に着目した取組みを進めている地方自治 体はほとんどないのが現状である。

熊本県天草市では、雇用機会が少なく人口が急減する中、市内企業と市外企業の双方に メリットのあるプロジェクトとして「天草宝島二地域就労プロジェクト」を展開している。

市内企業と市外企業との組織間連携の構築を、市も含めた3者によるプロジェクト協定を 締結することで担保し、新事業の創造や中長期的な本格拠点の形成、雇用の創出を目的と している36。その代表的なプロジェクトが全日本空輸株式会社(以下、「ANA」という。) との共創プロジェクトである。これは、この事例の特徴の一つである。すなわち、ガバナ ンスを構成するアクターは通常は、地方自治体内でのアクターが想定される。しかし、こ の天草市の事例の特徴は、市外企業をアクターとしていることである。このことにより、

天草市内には存在していない資源が天草市の地域資源と結合し、新たなものを創造すると いうことにつながっていく。

  天草市とANAが連携し、ANAの社員を天草市役所職員として受け入れ、「6次産業化」

や「観光振興」目的とするプロジェクトを、2013年から

2017

11

月末現在でも進めて いる。ANA社員を通じ、航空会社グループの経営資源(ホテル、空港施設、販路)等を 活用し、天草産品の販路拡大や商品開発、観光振興を図っており、売上の大幅増につなが っている地場企業もある。ANAには、地域への貢献という視点だけでなく、地域活性化 を通じた交流人口の増加と企業イメージの向上を通じた本業の利益の増加への寄与といっ たCSVの視点がある。ANAホールディングス株式会社では、「日々の事業活動で培われ た、人材・ノウハウを地域へ積極的に提供していることもANAグループの特徴」37とし、

「地域の観光資源を第三者の目線で見つめ直し、魅力ある観光資源を発掘する取組みや、

地域の食材を首都圏で紹介する「マルシェ」開催など、新たな流通開拓」38を行っている としている。また、ANAと天草市のプロジェクトの推進役となった株式会社ANA総合 研究所は、「長期的な航空需要開拓を目指した地域活性化や観光振興等を、航空会社の事業 範囲に捉われず、大学や地方自治体をはじめ各種団体と連携しながら推進」39するとして おり、航空会社の本業への収益面での貢献と地域活性化といった公共的課題の解決の双方 を意識したCSVの視点で取り組まれていると言える。この事例では、市内の資源と市外 の資源(ANAの経営資源)という異質な資源同士の組み合わせにより新たな価値が創造 されている。全国の過疎地域では、人口減少や少子高齢化、雇用機会の縮小等の共通課題 を抱えており、この政策フレームは過疎地域には有効であると考える。他の事例として、

島根県の海士町や、徳島県上勝町他よく知られている産業振興の事例は、地域の資源を外 部資源との組み合わせによる新商品やブランドを生み出した事例である。すなわち、成功 事例の共通項は、自ら保有する資源と自らにはない資源を組み合わせ、相互補完関係を構 築することによるガバナンスを生成し、新商品やブランドを提供していることである。天 草市の事例では、それが購買されることによって、アクターのANAにも顧客である天草 市内企業にも価値を提供している。

  図表7−8は当該事例を地方自治体、アクター、顧客別に、NPGにとって重要となる 視点ごとに分析したものである。ビジョンや事業内容は、天草市と市外企業であるANA、

との相互影響により決定され、市内企業・農林水産業者(以下「市内企業等」という。)に 共有される。ここでのアクターはANAと市内企業等であり、天草市と連携し、新商品の 開発やブランド化に取り組む。顧客は、天草市やANAからの支援を受ける立場でもある 市内企業等と、就業機会を得る立場にある住民、新商品等の提供を受ける市内外の消費者 である。顧客である市内企業はアクターとしての役割も有する共創者である。

  協働による役割について、天草市が事業の企画及びコーディネートを行う役割であり、

アクターとの連携によるプロジェクトの組成を行っている。また、ANA社員を天草市役 所に出向者として受け入れている。また、コーディネーターとしてプロジェクトの進捗管 理を行う役割がある。また、ANAには、天草市内企業等との連携により、自社の経営資 源を活用した新商品の開発や販路拡大等の役割がある。その調整役として、ANA社員を 天草市役所に職員として派遣している。市内企業等は、自社の商品や食材をプロジェクト に投入し、人材や資金を投入し、新商品等の原資を提供する役割がある。天草市が市外企 業と市内企業と連携することによって、従来にはない産業振興策の実施スキームが可能と

なっている。このように、それぞれのアクターが明確な役割を持ち、相互影響を行いなが ら政策の形成と実践が進めされていることが分かる。

  経営資源について、天草市の経営資源としては、企画・コーディネート費用、広報費用、

プロジェクト組成のための初期費用、ANA社員の受入費用などにかかる財源、担当職員 の投入といった人的資源がある。これだけでは、このプロジェクトは成立しない。ANA は、自社の有する人材、流通資源、ブランド形成のノウハウなど様々な経営資源を投入す ることとなる。市内企業等については、プロジェクトに必要な素材や人的資源、コストの 投入が必要となる。このように複数のアクターによる多様な資源によるプロジェクトの遂 行が可能となる。

  こうした活動により創造される価値は、顧客としての市内企業等にとっては、売上の増 加や雇用拡大があげられる。また、住民にとっての個別価値は、市内企業等が雇用を拡大 する場合の雇用機会である。市内外の消費者にとっては、新商品の消費といった個別価値 が創造される。アクターとしてのANAの個別価値は、地域貢献力の向上や企業ブランド の向上、本業への収益といった価値が創造される。アクターとしての市内企業等の個別価 値は、新商品等の消費者への提供による企業ブランドの向上といった価値が創造される。

地域にとっての社会的価値は、産業振興と雇用機会の拡大などがあげられる。

本事例では、地場産業の停滞や雇用機会の縮小に直面する天草市が、外部資源と地域資 源とのマッチングによる産業振興を図るためのガバナンスの生成が行われているところが 特徴である。そのことにより、地域には存在しなかった資源の活用が可能となっている。

一方で、アクターである市外企業のANAにおいても地域活性化による交流人口の拡大、

ひいては航空業という本業への収益還元のために、CSVの概念による地域振興策を打ち 出しており、天草市と市外企業との利害が一致したことが、両者の連携と市内企業との協 働によるプロジェクトの創出に結びついている。

  3者が連携することにより、この事例において活用できる経営資源は大きく拡大してい るが、天草市による予算化は初期費用程度となっており、ANAの人的資源の派遣も天草 市の負担は一部の負担のみとなっている。基本的にはANAと市内企業等が直接的に連携 しプロジェクトが遂行されることを基本としており、従来型の補助金行政では実現できな かったガバナンスの枠組みが提案されているともいえる。

地方自治体 アクター 顧客

天草市 市外企業、市内企業・農林

水産業者

市内企業・農林水産業者、

住民、市内外消費者 ビジョン 市内企業と市外企業、市との組織間連携の構築による新事業の創造や中長期的な本格

拠点の形成、雇用の創出を目的

事業内容 市外企業(ANA)と市内企業との共同プロジェクトの組成(協定締結)により、新商 品開発や販路拡大等を進める。

協働

(地方自治体及び各アク ターの役割)

事業の企画・コーディネー

アクターとの連携による プロジェクトの組成 ANA社員の市役所への受

プロジェクトの進捗管理

【市外企業(ANA)

・市内企業等との連携によ る、ANAの経営資源を生 かした天草の商品等のブ ランド化や販路拡大

・ANA社員の天草市役所 への派遣

【市内企業等】

・自社の商品や食材の提 

・プロジェクトへの人材や 資金の投入

経営資源

(各主体によって提供さ れたヒト・モノ・カネ・知 識等)

※地方自治体にとっては、ア クターの資源が活用できる こととなり、必要とする資 源が最少化される。

・企画・コーディネート費 用、広報費用

・プロジェクト組成のため の初期費用

・ANA社員の受入費用

【市外企業(ANA)

・ANAの有する経営資源 の活用(人材、流通、ブ ランド形成ノウハウな ど)

【市内企業等】

・プロジェクトへの素材、

人的資源・コスト投入

創造される価値

(個別価値、社会的価値)

【社会的価値】

・産業振興

・雇用拡大

【個別価値(市外企業)

・地域貢献力の向上

・企業ブランドの向上

・本業への収益

【個別価値(市内企業等)

・新商品等の消費者への提

・企業ブランドの向上

【個別価値(市内企業等) 売上の増加、雇用拡大

【個別価値(住民) 雇用機会の拡大

【個別価値(消費者) 新商品の消費

【社会的価値】

産業振興、雇用拡大

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