第7章 ニュー・パブリック・ガバナンスの事例検証−NPGの有用性の考察− . 146
2 お達者長生きボランティア制度(大分県臼杵市)
高齢者の社会参加を促し地域づくりにつなげていくためには、何らかのインセンティブ 策が重要である。その手段の一つとして注目されているものがボランティア通貨であるが、
導入自治体はそれほど多くない。導入自治体とそうでない地方自治体との差の大きな要因 の一つはガバナンスである。ボランティア通貨にかかる事業は、多様なアクターとの協働 によるガバナンス力が問われる事務事業であり、導入できない地方自治体はガバナンスの 生成がボトルネックとなっていることが想定される。導入している先行事例として、大分 県臼杵市の「臼杵市お達者長生きボランティア制度」をもとに事例検証を行う。
この制度は、高齢者がボランティア活動を通じて、地域貢献することを支援し、生き生 きとした地域社会を創るとともに、高齢者自身の介護予防および健康増進を図ることを目
図表7−3 NPGの重要な視点による検証(介護予防の事例検証)
出所)筆者作成。
的に創設された制度である15。市内在住の
65
歳以上の高齢者が介護保険施設や小中学校、幼稚園・保育園、地域振興協議会、自治会などでボランティア活動をする際に利用できる 制度である。ボランティア活動の実績によりポイントを付与し、年に一度、ポイント数に 応じてお金や商品券に交換できる地域通貨であり、住民の互助活動の促進システムである。
ボランティア活動の主な内容としては、①レクレーションの指導・参加支援、②お茶出 し、③食堂内の配膳・下膳、④シーツ交換等の補助、⑤散歩、外出又は屋内移動の補助、
⑥模擬店、会場設営、芸能披露等の行事手伝い、⑦話し相手、傾聴等、⑧本・絵本・紙芝 居等の読み聞かせ、⑨登下校時の見守り、声かけ、⑩伝統工芸等の講師、⑪施設内外の清 掃、⑫各種行事の手伝い、⑬各種行事の講師、など高齢者が意欲に応じて多様な能力や経 験を活かして参加できる内容となっている。ボランティア登録者数は、
2017
年3月末現在 で484
名と65
歳以上人口の3.2%が参加し、受入施設・団体登録数は 113
カ所となって いる。2016
年度のポイント交換実績は、交付申請者数が198
名、交換ポイント数が671,600
ポイントであり、内訳は、交付金が402,800
円、商品券が225,500
円となっている16。 図表7−4は、当該事例を地方自治体、アクター、顧客別に、NPGにとって重要とな る視点ごとに分析したものである。この事例でのアクターは、ボランティア参画者として の住民であり、ボランティア機会を提供する介護保険施設や学校等、地域通貨利用先を開 拓する商工団体等である。この地方自治体と多様なアクターとの相互影響がNPGの基本 原理の一つとなることである。顧客は、ボランティアの提供を受ける住民、ボランティア を受入れ利用者へのサービスを受ける介護保険施設や学校、ボランティアが受け取った地 域通貨で商品等を購入してもらう商工業者である。顧客のうち、住民と介護保険施設や学 校はアクターも担う共創者である。協働における役割について、臼杵市が事業の企画・コーディネートを行う役割である。
アクターとしての住民に対しては、ボランティア活動への参加を依頼し、介護保険施設や 学校等に対しては、ボランティア機会の提供を依頼する。また、商工団体に対しては、ボ ランティアが受け取る地域通貨の利用先の開拓を依頼する。そして地域通貨を発行、管理 するといったことが臼杵市の役割である。サービス提供者としての住民の役割は、ボラン ティアとして参加しサービスを実施することである。その中で、臼杵市やサービス利用者 等との相互影響によるサービスの改善や新たなサービスの開発の役割も期待される。これ は、Osborne
et al. (2015)が、顧客の経験がサービスの質を高めることを指摘していること
でもある17。商工団体の役割は、会員に協力を呼びかけ地域通貨を利用できる商店等を確保する役割である。このように、それぞれのアクターが明確な役割を持ち、相互影響を行 いながら政策の形成と実践が進めされていることが分かる。
創造される価値としては、顧客としての住民にとっては、ボランティアサービスから得 られる「健康で自立した生活」が継続できるという個別価値である。顧客としての介護保 険施設や学校にとっては、顧客(介護保険施設においては、サービス利用者であり、学校 においては学生・生徒)に対するサービスにおいて、ボランティアを活用できることによ る人手不足の解消や人的資源の確保、利用者に対するサービスの向上が個別価値となる。
顧客としての商工業者にとっては、地域通貨の利用による売上の増加や収益が大幅に増加 した場合には雇用拡大といったことが個別価値となる。地域全体の社会的価値は、健康寿 命の延伸や要介護認定率の低下、財政の軽減、産業振興、雇用拡大といったことが社会的 価値となる。このように当該プロジェクトは個人の健康の問題から地域の産業振興までの 幅広い価値の創造につながるガバナンスが生成されている。
元来、住民の互助活動については、高齢者、障がい者、子どもたちなどすべての住民が 安心な地域生活を送るうえで重要なものである。そうしたなか、互助を促進する手法とし て地域通貨の手法は有効な手法であり、事例も増加してきているが、全国的に取り組みが 浸透しているとはいえない。地域通貨が住民をはじめとする地域に普及するためには、ボ ランティアを担う人材確保とボランティアの受け入れ先の確保、地域通貨の利用先の確保 といった多様なアクターの協力と相互影響を前提とするガバナンスの構築が必要不可欠で ある。そのためには、それぞれのアクターに対して提供できる具体的な価値や当該事業の ビジョンをあらかじめ示し、実際に価値を提供することが求められる。
介護人材不足等が言われるなかで、介護サービス現場をはじめボランティア人材の受入 れができるシステムについては、市町村単位ではこれまでほとんどなされていない。この ように受入れ側、すなわち高齢者の社会参加によりサービスの提供を受ける側には、人材 不足の解消やサービスの提供といった具体的な価値を提供できるものである。一方で、提 供する側の高齢者は社会参加を行うことにより生きがいを持ち、結果として自らの介護予 防等にもつながっていくという価値を提供される取り組みである。
そのような複数の価値が創造される仕組みを事業に組み込んでいる臼杵市の取り組み はシステムそのものが先進的であり、内容も介護人材不足が深刻な施設の介護人材対策ま で踏み込んでいる面からも先進的といえる。また、元気高齢者の社会参加促進とそれを通 じた介護予防、福祉的ニーズに対するサービス基盤の充実、地場の商工業の振興につなが
るといった複数の事業効果があるものと評価できる。
地方自治体 アクター 顧客
臼杵市 住民、介護保険施設、学
校、商工団体等
住民、介護保険施設、学校 商工業者等
ビジョン 高齢者がボランティア活動を通じて、地域貢献することを支援し、生き生きとした地 域社会を創るとともに、高齢者自身の介護予防および健康増進を図ることを目的 事業内容 市内在住の65歳以上の高齢者が介護保険施設や小中学校、幼稚園・保育園、地域振興
協議会、自治会などでボランティア活動をする際に利用できる地域通貨制度。
協働
(地方自治体及び各アク ターの役割)
事業の企画・コーディネー ト
アクターへの協力依頼 住民、介護保険施設、学校 への周知
地域通貨の発行・管理
【住民】
ボランティア活動への参 加
【介護保険施設、学校】
ボランティア活動の機会 の提供
【商工団体】
地域通貨の利用できる機 会(商店)の開拓、提供
―
経営資源
(各主体によって提供さ れたヒト・モノ・カネ・知 識等)
※地方自治体にとっては、ア クターの資源が活用できる こととなり、必要とする資 源が最少化される。
・企画・コーディネート費 用、広報費用
・事業実施に必要な費用
【住民】
・ボランティアとしての人 的資源
・顧客との相互影響による 内容の改善・充実
【介護保険施設、学校】
・受入れ調整等の人的資 源・コスト負担
【商工団体】
・地域通貨利用先の開拓の ための調整等の人的資 源・コスト負担
―
創造される価値
(個別価値、社会的価値)
【社会的価値】
・健康寿命、要介護認定率 の低下
・財政の軽減
・産業振興
・雇用拡大
【個別価値(住民)】
・住民の生きがいづくり
【個別価値(介護保険施 設・学校】
・地域貢献力の向上
【個別価値(商工団体)】
・地域貢献力の向上
・会員へのメリットの提供
【個別価値(住民)】
・健康で自立した生活
・日常生活の充実
【個別価値(介護保険施 設・学校】
・人手不足の解消、利用者・
生徒へのサービス向上
【個別価値(商工業者)】
・売上の増加、雇用拡大
【社会的価値】
健康寿命、要介護認定率 地域活性化、産業振興