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くまもとアートポリス事業(熊本県)

第7章  ニュー・パブリック・ガバナンスの事例検証−NPGの有用性の考察− . 146

2  くまもとアートポリス事業(熊本県)

  くまもとアートポリス事業は、1988 年に当時の熊本県知事細川護煕の発案ではじまっ たプロジェクトである。「結局行政に残せるものは文化しかない」という知事の考えのもと、

公共的な建築物はもとより、民間のものまで含めて、建築博覧会的なまちづくりができな いかという当初の動機であった28。その思いには、日本の画一的なまちづくりに対し、本 当はそれぞれの地域でもっと特色のあるものをつくれば、魅力的なまちづくりができて、

それによって人も集まってくるといった発想であった。知事から建築家磯崎新氏に協力を 要請し、磯崎氏がコミッショナーに就任する形でスタートした。アートポリスの命名は知 事によるものである。事務局は熊本県土木部建築課及び住宅課の職員で構成された。

1990

年に竣工した熊本北警察署を皮切りに、これまで

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の公共建築物及び民間建築物がプロ ジェクトとして進められた。これまでの設計者には伊東豊雄、安藤忠雄、レンゾ・ピアノ など国内外の著名な建築家も名を連ねているが、むしろくまもとアートポリスのプロジェ クトの設計を担当し建築家として頭角をあらわした者も多い29

  これまでのコミッショナーは、初代が磯崎新、二代目が高橋禎一、そして現在の伊東豊 雄といった著名な建築家ばかりであるが、アートポリスを中期的に継続させている特徴の 一つはそのプロジェクトの進め方にある。磯崎新の時代は、設計者の選定はコミッショナ ーからの推薦であった。二代目の高橋禎一から、コンペ方式が取り入れられ、現在の伊東 豊雄からは事業主(建築依頼者)や利用者等も巻き込んだ公開審査や、設計段階において も公開型のワークショップが主流となり、多くの相互影響の機会がある30。またコミッシ ョナーを支えアートポリスに関する助言を行うアドバイザーとして、桂英昭(熊本大学)、 末廣香織(九州大学)、曽我部昌史(神奈川大学)が就任し、公開審査やワークショップ等 の活動などを支えている31。こうした場において多様な意見を取り入れながら相互影響を 行いつつ設計を進めていくといった手法が基本となり、建築物がつくられていく。熊本地 震後の仮設住宅の集会所(みんなの家)では特に仮設住宅の住民等との相互影響を行いな がら設計や建築が進められてきた。そうした場づくりを担うコーディネーターとしての役 割が熊本県庁である。また、熊本県庁の事務局は基本的にプロジェクトのための財源調達 はせず、事業主が財源を確保するようコーディネートを行う立場である。県庁事務局は基 本的にプロジェクトが適切に進むようにコーディネートや場づくりを行うための財源と担 当者等の人的資源の確保を行う32

  現在のアートポリスのビジョンは、「後世に残り得る文化的資産を創る」、「地域への波及

効果を生み出す」、「新しい生活文化を創造する」、「県内全域に広がる」である。プロジェ クト事業は、「コミッショナーが国内外から適性と能力を兼ね備えた建築家を推薦したり、

設計競技などを実施してその事業に最適な設計者を選ぶ」とされ、現在の手法は設計競技 の手法が基本となっている。設計者は建築物に関わる多くの人々とコミュニケーションを 繰り返しながら建築物の設計を進めるとされている33。これは通常の入札主体の公共建築 物とは一線を画し、画一的な建築手法はとられていないということであり、地域特性や事 業主、利用者等の地域の意向を可能なかぎり柔軟に取り入れようとするということである。

  図表7−7はくまもとアートポリスを、地方自治体、アクター、顧客別に、NPGにと って重要となる視点ごとに分析したものである。アクターは、コミッショナー、プロジェ クト設計者、事業主、建物利用者、建築家である。

  協働における役割について、熊本県がコミッショナーやアドバイザーと対話を行いなが ら事業の企画やコーディネートを行っている。また、アクターでもあり、アートポリスの キーパーソンのコミッショナーは、プロジェクトの設計者の選定を行う役割がある。また、

選ばれた設計者は、事業主や利用者等との相互影響により設計を行う役割である。プロジ ェクトの建築物を依頼する事業主は、設計者との打ち合わせやワークショップ等を通じた ニーズや意向の反映を行う役割であり、また設計や建築に必要となる財源確保を行う役割 を持っている。アクターとしての建物利用者は、ワークショップ等を通じたニーズや意向 の反映を行う役割がある。また、建築家については、プロジェクトの公募があった場合の 設計候補者として提案する役割や、アートポリスへの共感により、自らの普段の業務にお ける設計等において、建築文化やまちづくりへの貢献となるような業務を行うことのでき る役割がある。

  協働による経営資源の拡大について、熊本県の財源、人的資源に加え、協働することに よって、コミッショナーの建築界を代表する建築家としての専門的知識という資源が得ら れている。また、プロジェクト設計者の専門的知識、人的資源もプロジェクトの中核をな す資源となっている。事業主は、意向の反映につながる知識や経験という資源と、プロジ ェクトの実施に不可欠な設計や建築にかかる財源を提供している。建物利用者は、設計へ のニーズの反映につながる知識や経験を提供している。建築家は専門的知識を提供してい る。

  アートポリスを通して創造される価値について、顧客としての事業主の個別価値はニー ズや意向が反映された建築物である。顧客としての建物利用者の個別価値は、ニーズが反

映された建築物である。顧客としての建築家の個別価値は、専門的知識の向上である。ア クターとしてのコミッショナーの個別価値は、プロジェクトによる建物であり、新たな建 築文化への貢献という実績である。またプロジェクトにより輩出される優れた建築家が価 値ともなる。プロジェクト設計者の個別価値は、プロジェクトによる建物が自ら創造に貢 献した価値であり、結果として建築家としての評価を得られる。アクターとしての事業主 の個別価値は、ニーズや意向が反映された建築物である。建物利用者の個別価値は、ニー ズが反映された建築物である。アクターとしての建築家の個別価値は、普段の業務での設 計等を通じて実現した建築文化やまちづくりに貢献できる建物である。社会的価値は、建 築文化の創造やまちの魅力の創造である。

地方自治体 アクター 顧客

熊本県 コミッショナー、プロジェ

クト設計者、事業主、建物 利用者、建築家

事業主、建物利用者、建築

ビジョン 「後世に残り得る文化的資産を創る」「地域への波及効果を生み出す」「新しい生活 文化を創造する」「県内全域に広がる」

事業内容 コミッショナーによる参加プロジェクトへの設計者の推薦・コンペの実施    等 協働

(地方自治体及び各アク ターの役割)

・事業の企画・コーディネ ート、広報

・コンペ等設計者選定の場 づくり

・設計者と事業主・利用者 等との相互影響の場づ くり

【コミッショナー】

・プロジェクトの設計者の 選定

【プロジェクト設計者】

・事業主や利用者等との相 互影響による設計

【事業主】

・設計者との打ち合わせや ワークショップ等を通 じたニーズや意向の反

・設計や建築に必要となる 財源確保

【建物利用者】

・ワークショップ等を通じ たニーズや意向の反映

【建築家】

・設計候補者としての提案

・アートポリスへの理解を 前提とする建築文化や まちづくりへの貢献

経営資源

(各主体によって提供さ れたヒト・モノ・カネ・知 識等)

※地方自治体にとっては、ア クターの資源が活用できる こととなり、必要とする資 源が最少化される。

・企画・コーディネートや 広報のための財源、人的 資源

【コミッショナー】

・建築界を代表する建築家 としての専門的知識

【プロジェクト設計者】

・専門的知識、人的資源

【事業主】

・意向の反映につながる知 識や経験

・設計や建築にかかる財源

【建物利用者】

・ニーズの反映につながる 知識や経験

【建築家】

・専門的知識

創造される価値

(個別価値、社会的価値)

【社会的価値】

・建築文化の創造

・まちの魅力の創造

【個別価値(コミッショナ ー)

・プロジェクトによる建 物、新たな建築文化

・プロジェクトにより輩出 される優れた建築家

【個別価値(プロジェクト 設計者)

・プロジェクトによる建 

・建築家としての評価

【個別価値(事業主)

・ニーズや意向が反映され た建築物

【個別価値(建物利用者)

・ニーズが反映された建築

【個別価値(建築家)

・建築文化やまちづくりに 貢献できる建物

【個別価値(事業主)

・ニーズや意向が反映され た建築物

【個別価値(建物利用者)

・ニーズが反映された建築

【個別価値(建築家)

・専門的知識の向上

【社会的価値】

・建築文化の創造

・まちの魅力の創造 図表7−7  NPGの重要な視点による検証(くまもとアートポリス) 

出所)筆者作成。 

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