第 2 章 先行研究調査
第 5 節 研究問題(リサーチクエスチョン)の定義
失敗事例から理想のモデルを作るという手法を用いたため、得られたモデルの有効性は、更な る事例研究による検証を必要とするものの、企業が成長する過程においてインターナルコミュ ニケーション全体の変化のダイナミズムを表現しようという試みには価値があり、本研究に示 唆を与える。
ベンチャー企業が成長し、組織が拡大していくことにより、インターナルコミュニケーショ ン上の課題が増大することは想像に難くない。では、成功している成長ベンチャー企業は、ど のような課題にぶち当たり、その課題をどうやって克服してきたのか。これらの疑問に答える ためには、成長ベンチャー企業のインターナルコミュニケーションを組織のプロセスとして構 造解明する必要がある。上記の先行研究の例は、大企業の金融機関における GTA による組織 プロセスの質的調査 (Asif & Sargeant)、成長ベンチャー企業における組織発達プロセスの質 的調査 (Saini)、成長ベンチャー企業における上司・部下の関係性の質的調査 (Farr-Wharton
& Brunetto)、成長ベンチャー企業におけるプロセス変数の量的調査(Nelson et al.)と整理で きる。これらの限定的な先行研究のギャップを明確にした上で、次節にてリサーチクエスチョ ンを定義する。
プとして変革型リーダーシップや起業家的リーダーシップが存在する。リーダーシップ研究で は、リーダーのインターナルコミュニケーションに対して、どのように行うべきか要求事項は 記述されているが、具体的な実践プロセスまで踏み込んだ記述は殆どない。一方、情報プロセ ス理論、場の理論、学習する組織は、それぞれコミュニケーションにおけるメディア選択の重 要性、対話型メディアとしての場の活用、ビジョン共有と学習におけるリーダーの役割といっ たテーマに対して、それらを組織のプロセスとして捉えて理論展開する。しかし、従業員の満 足度を向上させるという視点での組織プロセスではなく、特定の目的を達成するための組織プ ロセスである。インターナルコミュニケーションプロセスの一部は取り扱うが、組織全体のプ ロセスとしては体系化されていない。更に、研究対象も大企業が中心であり、成長ベンチャー 企業を例とした研究は見当たらない。先行研究で判明していることを整理すると以下の通りと なる。
① 変革型リーダーシップは、従業員に魅力的な未来のビジョンや価値観を与え、従業員が納 得する方法で目的や戦略を伝え、信頼を得るようなインターナルコミュニケーションを実 践する。結果として、オープンなコミュニケーションで、従業員を巻き込み(Engagement)、 エンパワーメント(権限委譲)を強くし、組織コミットメントを高める。
② 起業家的リーダーシップは、倫理観と行動を通じた、自らの価値観を伝搬するリーダーの インターナルコミュニケーションを実践する。組織が拡大していくと、リーダーのインタ ーナルコミュニケーションも変化が必要になり、起業家的リーダーは自らのコミュニケー ションのあり方を変更する必要に迫られる。
③ 情報プロセス理論によれば、定型的業務か非定型的業務かによって、伝達すべき情報の不 明瞭性、不正確性が異なり、リーダーは、適切なメディアを選択することで効果的なイン ターナルコミュニケーションを実現できる。社長は、非定型的なコミュニケーションによ って、自らのメッセージを伝えることが多いため、社長のプレゼンスを高める対面コミュ ニケーションを重視する必要がある。
④ 場の理論によれば、リーダーは、価値観の共有や連帯意識の生成のために、対話型メディ アとしての場を作り、場の舵取り役として、場によるインターナルコミュニケーションを 行う必要がある。
⑤ ラーニングオーガニゼーションによれば、リーダーは、リーダー個人のビジョンを組織の ビジョンとして共有するために、対話型のインターナルコミュニケーションを通じて、従 業員の学習を促す必要がある。
[先行研究分野C:組織のインターナルコミュニケーションプロセス]
ケーススタディとして、金融機関(大企業の 2 ケース)のコミュニケーションプロセスの GTAによる質的分析、成長ベンチャー企業(複数ケース)のコミュニケーションプロセス変数 と仕事の満足度等との量的分析、ベンチャー企業(1 つのケース)の組織拡大におけるコミュ ニケーションの発達の質的分析といった限定的な研究があるだけで、成長ベンチャー企業の組 織のインターナルコミュニケーションプロセス全体をモデル化した研究例は無い。更に、成長 ベンチャー企業の成長モデルの視点で、社長のインターナルコミュニケーション意識を起点と して、組織のプロセス、従業員の満足度との関係を念頭におき、最終的には、従業員の満足度 向上につながる組織的なプロセスとは何かについて、構造解明した研究も無い。
先行研究A、B、Cを総合すると、リーダーは、それぞれの意図やリーダーシップに基づき、
ビジョンや価値観の共有、従業員の巻き込みのために効果的なインターナルコミュニケーショ ンを実践しようとする。先行研究で、リーダーがどのように実践すべきか、多くの要求事項が 示されている。リーダーは、インターナルコミュニケーションを実践し、プロセスとして組織 内で運営する。結果として、「受け手」である従業員は満足、或いは不満足を表明する。本章第
1節1.で定義したように、これらは、「社長のインターナルコミュニケーション意識」を原因と
し、「組織のインターナルコミュニケーションプロセス」が発生し、結果として従業員の満足又 は不満足が発生するモデルと表現できる。研究フレームワークとして整理すると図 14 のよう になる。この図から、成長ベンチャー企業の社長のインターナルコミュニケーション意識と組 織のインターナルコミュニケーションプロセス、そして従業員のインターナルコミュニケーシ ョン満足度との関係はブラックボックスであり、これまでほとんど研究されていない、研究の 欠缺部分であることが分かる。
図 14: 研究フレームワーク
(実線は直接的な影響、点線は間接的な影響)
組織の インターナルコ ミュニケーショ
ンプロセス 社長の
インターナル コミュニケー ション意識 リーダーコ
ミュニケー ションへの
要求
研究の欠缺部分 先行研究
従業員の インターナル コミュニケー ション満足度
先行研究
成長ベンチャー企業のインターナルコミュニケーション
2. リサーチクエスチョン
研究の欠缺部分が明確になったことから、本研究のリサーチクエスチョンを提示する。本研 究の目的は、成長ベンチャー企業を対象としたインターナルコミュニケーションプロセスの解 明であり、リサーチクエスチョンは、以下の通りである。
[リサーチクエスチョン]
(1) インターナルコミュニケーション満足度と仕事の満足度、生産性の正の関係性(CSQ サ ーベイのフレームワーク)は、国内の成長ベンチャー企業でも成り立っているのか。成長 ベンチャー企業のインターナルコミュニケーション満足度(ICS)は、低成長ベンチャー 企業と比べて本当に高いのか。CSQ サーベイは成長ベンチャー企業の従業員満足度を測 定する調査方法として有効か。
(2) 組織のインターナルコミュニケーションプロセスは、社長のインターナルコミュニケーシ ョン意識を原因とし、従業員のインターナルコミュニケーション満足度を結果とするプロ セスと考えられる。この時、成長ベンチャー企業における汎用的なプロセスモデルとはど のようなものか。
① プロセスを記述するための要素として、どのような概念があるか。
② それらの概念は、どのようにカテゴリー分けできるか。
③ カテゴリーを使って、プロセスを汎用的なプロセスモデルとしてどのように記述でき るか。
(3) 成長ベンチャー企業社長のインターナルコミュニケーション意識には、どのような特徴が あるか。それは、汎用プロセスモデル全体に影響を与えているか。
(4) ICSが高い成長ベンチャー企業は、インターナルコミュニケーションにおいて、実際に、
どのような組織的取組みを実践しているのか。ICSが低い企業とは、組織的な取組みの点 でどのような違いがあるのか。そのような組織的な取組みは、ICSにどのような影響を及 ぼすのか。
(5) CSQ サーベイとインターナルコミュニケーションの汎用プロセスモデルを統合したモデ
ルを作ることはできるか。出来上がったCSQ統合プロセスモデルは、成長ベンチャー企 業におけるICSのスコアの高さを、プロセス的に説明できるか。CSQ統合プロセスモデ ルは、成長ベンチャー企業にとって、実務的に有効な診断ツールと成り得るか。