第 1 章 序論
第 4 節 研究の意義
1. 成長ベンチャー企業研究における理論的な意義
本研究の理論的な意義は、本研究のテーマが、これまで日本においてほとんど研究されてこ なかった分野であるということである。本研究のテーマは、以下の3点において理論的な意義 がある。
第一は、コミュニケーション研究という面である。本研究は、ダイナミックなコミュニケー ションプロセスを経営戦略として位置づけ、社長のコミュニケーション上の意識に着眼し、仕 事の満足や企業パフォーマンスに影響を与える組織のコミュニケーションプロセスの構造に ついて包括的に説明する理論を提示する。社長のコミュニケーション意識と行動を起点として、
組織のダイナミックなコミュニケーションの実践、従業員の満足度に至るプロセスとして、一 気通貫で研究した例はほとんどない。ここに、本研究のオリジナリティがある。
海外では、インターナルコミュニケーションプロセスに関する研究例がいくつかある。例え ば、Asif & Sargeant (2000) やSaini (2001) は、組織の構造とコミュニケーションプロセスに 関して研究し、インターナルコミュニケーションプロセスの要素を記述するモデルを提示した。
しかしながら、それらの研究は、大企業や特定のケースによる事例研究であり、インターナル コミュニケーション満足度を組織が拡大発展するための汎用的なドライバーとして捉えてい ない。そして、インターナルコミュニケーションを社長のコミュニケーション上の意識を起点 とするプロセスとして捉えていない。なぜ、そのようなコミュニケーションの仕方、スタイル、
パターン、コミュニケーション上の行動やプロセスを、社長や企業が組織として行うのかにつ いて研究されていない。企業は、どのようなコミュニケーションプロセスを、その成長過程に
おいて実践するべきかというテーマに関する研究は手薄である。その意味で、本研究のように、
企業成長を促進する、効果的、戦略的な組織のインターナルコミュニケーションプロセスの構 造を解明することは、理論的な意義が高い。そして、本研究にて、一度、理論化、モデル化の ベースができれば、今後、企業規模の大小や業種による違いを丁寧に検証していくことで理論 が拡張され、より汎用的な理論も構築可能となる。
第二は、ベンチャー企業研究という面である。従来、ベンチャー企業の成長は、革新的な技 術、ビジネスモデル、外部の市場環境といった側面や、社長のアントレプレナーシップ、リー ダーシップの発現といった切り口で研究されてきた。しかし、資質ある社長と従業員の相互作 用であるインターナルコミュニケーションという内部的な要因に焦点をあて、成長ベンチャー 企業の成長プロセスを、インターナルコミュニケーションプロセスの面から解明し、どうすれ ば失速することなく、拡大、発展し続けられるかについて法則を見出そうとした研究例はほと んどない。数10名から1000名を超える規模に急拡大する成長ベンチャー企業の成功の法則を、
インターナルコミュニケーションプロセスの視点から解明することの意義は大きい。
第三は、インターナルコミュニケーションプロセス研究という、動態的なプロセス研究とい う面である。インターナルコミュニケーションは、本来ダイナミックなプロセスである。プロ セスの解明であることから、研究アプローチとしては質的アプローチが要求される。研究にお いては、動的な変化を探索的に捉えるような質的な調査、研究手法が必要となる。インターナ ルコミュニケーションプロセスには企業固有の事情が色濃く反映する可能性があり、それが故 に研究対象として、統一的な取り扱いが難しくあまり研究されてこなかった。先に引用したAsif
& Sargeant (2000) やSaini (2001) のように、2社の比較研究やシングルケースの事例研究と いった研究しかない。本研究では、このような研究アプローチ上の困難さを克服するために、
質的アプローチだけでなく、理論的に確立しているインターナルコミュニケーション満足度に よる量的研究アプローチも併用することで、汎用性のあるプロセス理論の構築を試みた。
質的アプローチと量的アプローチをミックスする方法は、ミックス法として知られている。
ミックス法は、片方のアプローチでは得られない深い洞察を得ようとするアプローチである。
本研究では、ミックス法の一つのアプローチである、並行的トライアンギュレーションアプロ ーチを採用する。具体的には、比較対照できる調査企業群に対して、インターナルコミュニケ ーション満足度という測定尺度による量的分析と、半構造化されたインタビューという質的デ ータの分析を同時並行的に実施し最終的に統合することで、成長ベンチャー企業の汎用的なプ ロセスモデルを生成する。本研究で確立した研究アプローチは、今後のインターナルコミュニ ケーション研究における新しい研究方法として有効である。
幸いにも過去の研究により、本研究の量的アプローチに利用できるインターナルコミュニケ
ーション満足度の理論的枠組み、調査のフレームワーク、測定尺度は揃っている。更に、筆者 は、三菱商事における開発型ベンチャービジネスの育成、成長経験、ベンチャーキャピタリス トとしてのハンズオン投資経験、Price Waterhouse Coopers (PwC) やIBMにおける経営コン サルタントとしての方法論的アプローチと仮説検証型実務経験、そして、ITベンチャー企業の マネジメントとしての経営経験を有する。これまでの長年のビジネス経験を踏まえて、ベンチ ャービジネス、中小企業ビジネスの実際の状況や課題をリアルに経験している。このような経 験を経た研究者が、インターナルコミュニケーションの実務的なテーマを研究した例は過去に なく、実際、経営陣としてのベンチャービジネス経験があるからこそ、同じ目線で、社長との 深いインタビューも実現できた。成長ベンチャー企業とインターナルコミュニケーションプロ セスというこの新しい取組みと、ミックス法アプローチという新しい研究方法によって、新し い研究分野を開拓し、リサーチギャップを埋めることの理論的な貢献は大きく、独自性が高い 研究と言える。
2. 成長を加速させたいベンチャー企業の社長にとっての実務的な意義
本研究のビジネス現場への意義としては、成長志向のベンチャー企業社長に対して、経営戦 略として効果的なインターナルコミュニケーションプロセスの実践法を、体系化された理論的 枠組みの形で提供することである。社長は、明確な意識をもってインターナルコミュニケーシ ョン行動やプロセスを管理することができるようになる。理論的な枠組みがはっきりすれば、
組織的な活動に落とし込むことが可能になり、社長の指示のもと担当する部門を決めて運営で きるようになる。
ベンチャー企業の成長に伴い、企業規模、人員数は飛躍的に大きくなる。成長を持続するた めには、社長が一人でインターナルコミュニケーションを管理する状態から、組織活動として 管理できる体制の構築が必要である。社長にとっても、インターナルコミュニケーション戦略 の立案と実行を専門部門に任せることができれば、自分は内憂外患の状態を脱し、外に打って 出る活動に専念することができる。成長ベンチャー企業の組織の中に、価値観を共有して、生 き生きと志をもって働く従業員が多くなれば、従業員の仕事の満足度も高まり、組織コミット メントも高まり、企業パフォーマンスにもいい影響を与える。
インターナルコミュニケーションは、継続するプロセスである。定期的にインターナルコミ ュニケーション満足度調査を実施すれば、組織におけるインターナルコミュニケーション上の 問題点が明確になり、打ち手もわかる。すなわち、インターナルコミュニケーションにおける PDCAサイクルを回すことができるようになる。社長は自ら、或いは専門部門の担当者と一緒 に、共通の材料をベースにコミュニケーション上の問題点や課題をオープンに議論し、ともに 解決策を探すことができるようになる。
インターナルコミュニケーション満足度の測定方法が普及し、国内企業の事例発表が増えれ ば、他社と自社とを比較することも可能になり、同一業界内における自社のコミュニケーショ
ン上のウィークポイントがはっきりする。業界単位でのベンチマークや、改善手法の発表例を 参考にできれば、TQC活動のように日本的な現場改善によって自社に応用することで、自前で インターナルコミュニケーションが改善できるようになる。その意味で、現場主義の日本だか らこそ、コミュニケーションを通じた改善の効果は高く、ビジネス現場への意義も大きいと言 える。経営学の成果は、実践性、或は現実性を重視すべきであるとされる(藤田, 2011)。本研 究の成果は、まさに、ベンチャー企業の社長が、直接的に、具体的に利用できる内容である。
3. 日本の成長ベンチャー企業輩出という社会的な意義
社会的な意義としては、より多くの成長ベンチャー企業が輩出される、ベンチャーの成長速 度が速まる、ベンチャー企業だけでなく、より広く生き生きと働く従業員が多い企業が増える、
といったことが挙げられる。これらは、全て日本の未来につながる。
インターナルコミュニケーションプロセスを意識した社長が増え、それらの企業での仕事の 満足度や働きがいの改善に関する多くの成功例が出てくることで、これまでどうすれば仕事の 満足度や働きがいを高めることができるかについて自問自答していた社長に気付きを与えるこ とになる。特に、ベンチャー企業の成功例が出てくれば、積極的に成功例を取り入れて、自社 の成長速度を速めようとするベンチャー経営者も増えてくる。IPO市場の持ち直しによる市場 環境の好転も手伝い、起業家の上場意欲も高まりつつある。IPOに向けた成長志向も強まり、
より積極的にインターナルコミュニケーションを利用しようとする機運も増加する。IPO後に ついても、継続的な成長の打ち手としてインターナルコミュニケーションを利用することで、
失速することなく、成長を持続し、1000名、2000名規模の突き抜けるベンチャー企業が増加 する。結果として、成長ベンチャー企業による株式市場の興隆、社会への還元という好循環が もたらされる。
勿論、ベンチャー企業だけでなく、中小企業、オーナー企業、或いは大企業においても、イ ンターナルコミュニケーションプロセスを通じた仕事の満足度や働きがいの向上は、企業成長 に効果がある。特に、日本は中小企業社会である。何百万という中小企業が元気になれば、国 内経済の閉塞感の打破が起こる。縮小しつつある日本経済を活性化させる一助となり、新しい ビジネスモデル、働き方のモデルを与えることにもなる可能性がある。インターナルコミュニ ケーションプロセスを通じた、会社と従業員、社長と従業員の新しい関係性の実現により、従 来考えられなかった新しい形の企業スタイルが生まれるかもしれない。