博士学位申請論文
成長ベンチャー企業の
インターナルコミュニケーションプロセスの構造解明
− 従業員の満足を実現する戦略的プロセスに関する探索的研究
–Internal communication process in growing venture companies:
An exploratory research by a mixed method on how internal communication satisfaction is increased through strategic communication process
2014 年 4 月
早稲田大学大学院 商学研究科 博士後期課程 学籍番号 35093010-6
古屋 光俊
Mitsutoshi Furuya
指導教授:東出 浩教 教授
目次
第
1章 序論
... 7第1節 研究の概要...7
第2節 研究の目的...21
第3節 研究の背景...23
1. 企業経営におけるインターナルコミュニケーションの重要性...23
2. 働きがいや幸せを増幅させるインターナルコミュニケーション...25
3. 企業におけるインターナルコミュニケーションの実態...29
4. インターナルコミュニケーションと企業パフォーマンス...29
5. 成長ベンチャー企業の組織拡大とインターナルコミュニケーション...30
6. 日本におけるインターナルコミュニケーション研究の現状...31
第4節 研究の意義...33
1. 成長ベンチャー企業研究における理論的な意義...33
2. 成長を加速させたいベンチャー企業の社長にとっての実務的な意義...35
3. 日本の成長ベンチャー企業輩出という社会的な意義...36
第5節 基本的用語の定義...37
第6節 論文の構成...40
第7節 1章のまとめ...43
第
2章 先行研究調査
... 44第1節 先行研究調査に基づく本研究のオリジナリティ...45
1. インターナルコミュニケーションの定義...45
2. インターナルコミュニケーションに関する先行研究調査結果...50
3. 先行研究分野A:従業員のインターナルコミュニケーション満足度...51
4. 先行研究分野B:リーダーのインターナルコミュニケーション...54
5. 先行研究分野C : 組織のインターナルコミュニケーションプロセス...56
6. 本研究のオリジナリティ...57
第2節 従業員のインターナルコミュニケーション満足度...60
1. インターナルコミュニケーション満足度が影響を与える変数...60
2. インターナルコミュニケーション満足度の測定方法...64
3. 測定尺度:Communication Satisfaction Questionnaire (CSQ)...67
第3節 リーダーのインターナルコミュニケーション...68
1. 変革型リーダーシップとインターナルコミュニケーション...69
2. 起業家的リーダーシップとインターナルコミュニケーション...72
3. 情報プロセス理論:リーダーの情報伝達におけるメディア選択...76
4. 場の理論:リーダーによるコミュニケーションの場のプロセス...77
5. ラーニングオーガニゼーション:リーダーによるビジョン共有のプロセス...79
第4節 組織のインターナルコミュニケーションプロセス...80
1. インターナルコミュニケーションを組織のプロセスとして研究する必要性...80
2. 組織のインターナルコミュニケーションプロセスの研究例...81
第5節 研究問題(リサーチクエスチョン)の定義...83
1. 既存のインターナルコミュニケーション研究の欠缺部分...83
2. リサーチクエスチョン...86
第6節 2章のまとめ...87
第
3章 研究方法
... 88第1節 リサーチデザイン...89
1. 研究戦略とアプローチ...89
2. ミックス法(並行的トライアンギュレーション戦略)の選択...91
3. データ収集手順とリサーチデザイン...94
第2節 サンプリング...99
1. サンプリング条件:コントロール変数の議論...99
2. サンプリング方法とサンプル数の考え方:妥当性と信頼性の議論...102
3. 調査協力企業一覧...105
第3節 データ収集...105
1. データ収集の手順...105
2. 量的データの収集①:日本語版CSQの作成と検証...108
3. 量的データの収集②:CSQサーベイの実施... 111
4. 質的データの収集①:インタビューデータの収集方法... 111
5. 質的データの収集②:インタビューの実施... 113
6. 質的データの収集③:CSQサーベイの自由回答... 114
7. トライアンギュレーションデータの収集:調査協力企業の情報検索... 115
第4節 データ分析... 115
1. 量的データの分析方法:CSQサーベイ... 115
2. 質的データの分析方法:Grounded Theory Approach (GTA) ... 116
3. 量的データと質的データの統合方法...120
4. 調査の質の向上策...120
第5節 3章のまとめ...121
第
4章
CSQサーベイ結果の量的分析とケースの分類
... 122第1節 CSQサーベイの調査結果...122
1. 調査結果とデータの分析...122
2. 調査データの信頼性と妥当性...125
第2節 インターナルコミュニケーション満足度 (ICS) と関係性がある変数...128
1. 仕事の満足度...128
2. 生産性...128
3. やる気度...129
4. 企業規模...129
5. 成長性...130
第3節 12ケースのCSQサーベイ結果による分類 : H (H2/H1) 群とL群...131
第4節 4章のまとめと命題...132
第
5章
GTAによる汎用プロセスモデルの生成
... 133第1節 CSQサーベイで分類された質的データのGTAによる分析...133
第2節 インターナルコミュニケーションプロセスの概念生成...135
第3節 概念間の関係とカテゴリーの生成...136
第4節 インターナルコミュニケーションの汎用プロセスモデルの生成...149
第5節 5章のまとめと命題...160
第
6章 成長ベンチャー企業社長のインターナルコミュニケーション意識
... 161第1節 調査した成長ベンチャー企業のプロファイル...161
第2節 社長のインターナルコミュニケーション意識...162
1. 強烈なメッセージを繰り返し送る...162
2. 強力なリーダーシップを発揮する...163
3. 場を設定する...164
4. 社員の理解度をチェックする...164
5. 企業文化を維持する...166
6. 価値観のあった人を採用する...167
7. 一体感を維持する新しいコミュニケーション手段を開発する...168
8. 社員に成長の機会を与える...169
9. ミドルをリーダーとして鍛える...169
10. 横のコミュニケーションを無理矢理取らせる...170
11. 評価は誰しも文句をいう...171
12. ベンチャーの成長は人の採用である...171
13. 社長のインターナルコミュニケーション意識のまとめ...172
第3節 社長のインターナルコミュニケーション意識に対するミドルの意識...173
第4節 社長のコミュニケーション意識の汎用プロセスモデルへの影響...179
第5節 6章のまとめと命題...183
第
7章 インターナルコミュニケーションの組織的な取組みの比較
... 185第1節 12ケースの整理...185
1. 整理方法...185
2. ケースA:H2群...189
3. ケースB:H2群...190
4. ケースC:L群...191
5. ケースD:L群...192
6. ケースE:L群...193
7. ケースF:L群...194
8. ケースG:H1群...196
9. ケースH:H1群...197
10. ケースI:L群...199
11. ケースJ:H1群...201
12. ケースK:H2群...203
13. ケースL:H2群...205
第2節 インターナルコミュニケーションのクロスケース分析...207
1. 分析軸の整理...207
2. クロスケース分析のための準備...208
3. 企業規模による分析(大規模企業/中規模企業/小規模企業)...210
4. CSQサーベイの結果による分析(H2群、H1群、L群)...212
5. 社長から従業員へのメッセージの分析...213
6. 従業員の声の分析...214
第3節 7章のまとめと命題...217
第
8章
CSQ統合プロセスモデルの生成(量的データと質的データの統合)
.... 219第1節 CSQサーベイのコミュニケーションパターン:準備...219
第2節 CSQサーベイのコミュニケーションパターン:完成...228
第3節 CSQサーベイと汎用プロセスモデルの統合...232
第4節 CSQ統合プロセスモデルを利用したCSQサーベイ結果の分析...241
1. トップ企業とスコア差が大きいICSディメンジョン...241
2. トップ企業とスコア差が大きいCSQサーベイの質問項目...244
第5節 8章のまとめと命題...247
第
9章 議論
... 248第1節 リサーチクエスチョンに対する答えと組織のプロセスモデル...248
1. リサーチクエスチョンに対する答え...248
2. 成長ベンチャー企業のインターナルコミュニケーションプロセスモデル...254
第2節 データから推測される追加的事柄に対する考察...256
1. 組織規模の拡大とインターナルコミュニケーションプロセスの発達...256
2. 社長のインターナルコミュニケーション意識のICSへの影響...267
3. 社長のエクスターナルコミュニケーションのICSへの影響...269
4. ICSと企業成長とのスパイラル効果...270
5. ICSと従業員の勤続年数、年齢、役職の関係...272
6. 成長ベンチャー企業における採用のコミュニケーションの重要性...273
第3節 研究への示唆...275
1. リーダーのインターナルコミュニケーション...275
2. 測定尺度としてのCSQ ...278
3. 組織の発達段階モデル...279
4. Engagement ...284
5. Entrepreneurial Orientation (EO) ...285
6. Organizational Citizenship Behavior (OCB)...286
第4節 実務への示唆...288
1. 成長戦略としてのインターナルコミュニケーション...288
2. 組織的活動としてのインターナルコミュニケーション...289
3. インターナルコミュニケーションにおける女性の役割...290
4. CSQ統合プロセスモデルのビジネスツールとしての実務での有効性...290
5. 実務への応用にあたっての制限...291
第5章 9章のまとめ...292
第
10章 結論
... 293第1節 研究のまとめ...293
第2節 研究の限界...300
第3節 今後の研究分野としてのインターナルコミュニケーション研究...302
1. 日本におけるインターナルコミュニケーション研究の発展性...302
2. インターナルコミュニケーション研究の今後のテーマ...302
第4節 結び...304
謝 辞... 306
第
11章 参考文献
... 308第
12章 付録
... 317第1節 日本語版CSQの作成と検証...317
1. 日本語版CSQの質問項目の構成...317
2. 日本語版CSQ作成における考慮点:ディメンジョンに関する考察...317
3. 日本語版CSQの作成...318
4. 検証調査の目的...319
5. 検証調査の結果...319
6. 調査データの探索的因子分析...320
7. 質問項目の内的信頼性(Internal Reliability)と因子相関...323
8. 質問項目の見直しと簡易版CSQの可能性...323
9. 調査データのサンプル数及び質...324
10. 日本語版CSQの利用価値...324
11. 日本語版CSQの質問項目...325
第2節 調査対象企業への調査依頼と調査の実施...327
第3節 調査に利用したCSQサーベイの調査票...336
第4節 Engagementの質問項目...345
第5節 GTAの分析ワークシート例...347
第6節 Entrepreneurial Orientation (Autonomy) の質問項目...351
第 1 章 序論
本章は、研究の概要、目的、背景、意義、基本用語の定義と論文の構成、1章のまとめから 構成される。研究の概要では、本研究の全体像を示す。従来「社内コミュニケーション」とい う言葉で、言い古されてきた企業活動に、「インターナルコミュニケーション」という新しい概 念を導入し、これまで解明されてこなかった、効果的な社内コミュニケーションとは何かにに ついて成長ベンチャー企業1をテーマとして構造を解明する。先行研究から、従業員のインター ナルコミュニケーションに対する満足度が高まると、最終的に企業成長の実現に到るというモ デルを発見し、その根本原因として、「組織のインターナルコミュニケーションプロセス」を定 義し、インターナルコミュニケーションによる企業成長モデルの旅の概要を説明する。
研究の目的では、「成長を目指すベンチャー企業の社長に、どうすれば、成長を促進する組織 のインターナルコミュニケーションを実現できるかという問いに答える。」という目的を説明す る。研究の背景では、グローバル競争の時代におけるインターナルコミュニケーションへの戦 略的取組みの必要性や、インターナルコミュニケーションの巧拙が従業員の働きがいをアップ させるにも係わらず、企業の実態調査からは、コミュニケーション不足が報告されていること、
成長ベンチャー企業という組織拡大の過程では、より一層、インターナルコミュニケーション への組織的な取組みが必要であること、にも係わらず、日本ではこれまでインターナルコミュ ニケーションの研究例は非常に少ないことを述べる。研究の意義では、成長ベンチャー企業研 究における理論的な意義と実務的な意義を述べる。理論的意義は、ベンチャー企業の成長を組 織のインターナルコミュニケーションプロセスの視点から、その仕組みを理論的に解明した研 究としては初めての試みであることを述べる。実務的意義は、本研究成果を利用すれば、ベン チャー企業社長は、企業成長を加速できる可能性があることを述べ、国内におけるより多くの 成長ベンチャー企業の創成に資することを説明する。基本的用語の定義では、本研究で使われ る多くの概念や用語の定義を明確にする。最後に、論文の構成を説明して、1章のまとめで締 め括り、次章への流れを概説する。
第
1節 研究の概要
本研究は、「成長ベンチャー企業は、どのようにして組織や人員の拡大を実現し、毎年のよ うに急激に増大する従業員を有効活用し、組織運営として卓越したパフォーマンスを持続し続 けているのか。」という疑問に対し、そのダイナミックなベンチャー企業の成長プロセスを、
企業の組織内における社内コミュニケーション(以下、「インターナルコミュニケーション」
という。)の視点で解明するものである。
1 松田(2005)は、ベンチャー企業を「成長意欲の強い起業家に率いられたリスクを恐れない若い企業で、製品や商品の独 創性、事業の独立性、社会性、さらに国際性をもったなんらかの新規性をある企業」と定義する。
ベンチャー企業は、アントレプレナー2による新しいビジネスアイディアによって生まれる。
そして、アントレプレナーである社長の不断の努力により組織が作られ、拡大していく。高成 長を維持し、短期間の間に、従業員数十名の規模から、100名、数百名、1000名、数千名と組 織規模を拡大していく。そのためには、新しいビジネスモデルによる新市場の開拓、拡大とい う外部要因もさることながら、社長と価値観を共有し、社長とともに働く一人ひとりの従業員 が、やる気を起こし情熱をもって仕事に向き合い、やりがいを感じて日々の業務に取り組める 環境やチャンスが必要である。従業員が、仕事の満足感や達成感を感じて、100%、或は100%
以上の力を、目指す方向に向かって力を注ぐことで、ベンチャー企業は飛躍的に成長する。新 しい事業は、社長1人ではなし得ない。従業員を巻き込んで、一つの方向に無駄なく効率的に 向かわせ、従業員自身もそのベンチャー企業で働くことに個人的な満足感を覚え、働きがいを 感じる。そういう好循環の結果として、ベンチャー企業は失速することなく成長を持続する。
先行研究によって、企業の成長は、従業員の仕事の満足度、生産性、組織コミットメントと いった様々な要因に影響されることが分かっている。そして、仕事の満足度や生産性、組織コ ミットメントは、これもまた様々な要因に影響されて、高くなったり低くなったりすることが 分かっている。その中で、インターナルコミュニケーションは、これらの変数に大きな影響を 与えることが分かっており、過去、多くの研究が行われ、インターナルコミュニケーションを 有効活用した企業成長の重要性が提示されてきた(古屋, 2010)。
本研究では、インターナルコミュニケーションによる企業成長モデルを、筆者の研究上の関 心である成長ベンチャー企業のダイナミックな成長プロセスに当てはめる。成長ベンチャー企 業の成長とインターナルコミュニケーションに対する従業員の満足度(以下、「インターナル コミュニケーション満足度」という。)の関係を明確にする。すなわち、成長ベンチャー企業 では、インターナルコミュニケーション満足度は高いのか。満足度の高さの違いは、どのよう なことが原因で起こるのか。成長ベンチャー企業のインターナルコミュニケーションは、どん な風に営まれているのか。これらの疑問に対して、「社長のインターナルコミュニケーション 意識」「組織のインターナルコミュニケーションプロセス」という新しい概念を提示し、企業 におけるインターナルコミュニケーションの巧拙が従業員のインターナルコミュニケーショ ン満足度の違いを生み、それが、仕事の満足度、生産性等に影響を与え、最終的に企業成長を 左右するというインターナルコミュニケーションによる企業成長のモデル(図1)を考えた。
2 アントレプレナーという言葉は、Schumpeter (1928)による「新結合」を行う企業家であり、Schumpeterは、「新結合」
として、有名な5つ、①新しい生産物又は生産物の新しい品質の創出と実現、②新しい生産方法の導入、③産業の新しい組 織の創出、④新しい販売市場の開拓、⑤新しい買い付け先の開拓、を挙げる。
図 1:インターナルコミュニケーションによる企業成長のモデル(筆者作成)
(実線は直接的な影響、点線は間接的な影響)
先行研究を調査した結果、インターナルコミュニケーションを、図1のモデルのように企業 成長のドライバーとして捉え、従業員のインターナルコミュニケーション満足度の原因として、
組織のインターナルコミュニケーションを位置づけて行われた研究はほとんどなく、リサーチ ギャップがあることが分かった。更に、リサーチギャップという点では、これまでのインター ナルコミュニケーション分野の研究は、主に大企業を事例にした実証的な研究が多く、ベンチ ャー企業を事例にした研究は少ないことも分かった。
本研究のテーマは、「ベンチャー企業の経営者は、どのようにインターナルコミュニケーショ ンを有効活用したら、高い成長、例えば、年率20%以上の勢いで成長を実現できるか。」であ る。言い換えれば、成長ベンチャー企業に焦点を絞って、ベンチャー企業の成長のダイナミズ ムを、インターナルコミュニケーションのダイナミズムによって説明できるかを解明すること である。このように、ベンチャー企業の成長のダイナミズムとインターナルコミュニケーショ ンのダイナミズムという、2つのダイナミズムを組合せた点が本研究の新規性であり、本研究 の価値、オリジナリティである。
そこで、筆者は、本研究の核となるリサーチクエスチョンとして、以下を設定した。
「成長ベンチャー企業の従業員のインターナルコミュニケーション満足度は高いのか。」
「成長ベンチャー企業の組織のインターナルコミュニケーションプロセスの汎用的なモデルと はどのようなものか。」
「成長ベンチャー企業社長のインターナルコミュニケーション意識とはどのようなものか。」
「インターナルコミュニケーション満足度を高めるためには、どのようにインターナルコミュ ニケーションを実践すればいいのか。」
「得られたモデルを統合して、ベンチャー企業のインターナルコミュニケーション満足度の診 断、改善に有効なツールやフレームワークを生成することは出来るか。」
従業員の仕事の 満足度、生産性 等の様々な媒介
変数 従業員のイン
ターナルコミ ュニケーショ ン満足度 社長のイン
ターナルコ ミュニケー ション意識
本研究領域(筆者のオリジナリティ) 先行研究
企業 成長 の 実現 組織のイン
ターナルコ ミュニケー ションプロ
セス
これらのリサーチクエスチョンに答えることによって、インターナルコミュニケーションに よる企業成長のモデルを筆者は提示することとした。
コミュニケーションは、人間の営みの本源的な部分であり、これまで多くの研究がなされて きた。経営学の世界においては、組織論、組織文化、組織行動(金井・高橋, 2004)、リーダー シップ、モチベーションといった文脈において言及されてきた。コミュニケーションの特徴は、
それが発し手と受け手による相互作用であり、個別の事情、置かれた状況、会社の雰囲気、コ ミュニケーションの背景、企業の経営環境に左右されやすく、一般化が難しいことである。こ のような難しさが、企業におけるコミュニケーションの研究を、個別のケーススタディに留め させてきた理由と考えられる。インターナルミュニケーションは、組織の様々な階層の人達が、
発し手や受け手になり、それぞれの目的に応じて実施する。インターナルコミュニケーション は、企業内部における情報の伝達という観点で、その伝達プロセスがあるはずであり、プロセ スとして解明されるべきである。筆者は、本研究を実施するにあたり、敢えて、これまであま り研究されてこなかったインターナルコミュニケーションのプロセス的側面を重視し、その一 般化を試みた。特に、筆者の研究の関心の中心であるベンチャー企業研究との組合せにおいて、
成長ベンチャー企業のインターナルコミュニケーションプロセスのダイナミズムに研究の焦点 を絞って、その謎の解明を行うこととした。
先行研究の調査結果からは、インターナルコミュニケーションプロセスという研究分野は、
研究デザインが未整備な状況であることが分かった。本研究の本質は、インターナルコミュニ ケーションプロセスという、全く未知の分野におけるプロセスの解明や理論を構築する営みで ある。従って、帰納的な研究方法である質的アプローチによる探索的研究が主体となる。近年 の研究アプローチとして、質的アプローチと量的アプローチを統合した新しい研究デザインで あるミックス法による発表が増えている。ミックス法は、質的リサーチによるデータと量的リ サーチによるデータを統合して分析することで、事象に対するより深い理解を得ることができ る研究デザインである(Creswell, 2003)。
多くの量的アプローチによる先行研究によって、インターナルコミュニケーション満足度に ついては、その測定尺度が確立され、学校、政府機関、民間企業における実証研究によって、
測定尺度の妥当性、信頼性は明確になっている。そして測定されたインターナルコミュニケー ション満足度の高さと仕事の満足度等の他の変数の高さとの正の相関性3も明確になっている。
他方、質的アプローチについては、シングルケースによるケーススタディ(Saini, 2001)や、
限定的な複数のケース(Asif & Sargeant, 2000)による研究がある程度である。そこで、イン
3相関性がある、或は相関係数の値が大きくても、一方の変数ともう一方の変数に関係性があるだけで、因果関係があると は必ずしもいえない。因果関係とは、一方の変数(原因、又は独立変数)によって、もう一方の変数(結果、又は従属変数)
が説明できることをいう。因果関係があるというためには、第1に、独立変数が従属変数より時間的に先行していること、
第2に理論的な観点からも因果の関係に必然性と整合性があること、第3に他の変数の影響を除いても、2つの変数の間に 共変関係があることである(小塩, 2012)。本研究ではこの定義に従い、相関関係と因果関係を区別して記述する。
ターナルコミュニケーション満足度という統一された測定尺度(量的データ)を利用して、調 査対象となるベンチャー企業を、インターナルコミュニケーション満足度の高さによって分類 し、満足度の高い企業と低い企業のインターナルコミュニケーションプロセスを質的データの 分析によって、その違いを比較すれば、従業員のインターナルコミュニケーション満足度が向 上するような組織のインターナルコミュニケーションプロセスとは何かという問いに対して、
答えが得られるのではないかという、本研究のアイディアが筆者に生まれた。本研究では、こ のような思考を経て、方法論としては、先に述べたミックス法アプローチの考え方を適用し、
質的アプローチに、多くの量的アプローチによる先行研究の成果をうまく組み合わせて、これ までにない新しい発見を狙うこととした。
サンプリング方法は、質的アプローチが主体であることから、ランダムサンプリングではな く、理論的サンプリングとした。サンプリング数については、汎用的なプロセスモデルの生成 という本研究の目的からは、シングルケースを深く調査するのではなく、複数の企業ケースを 理論的にサンプリングした。複数のケースを理論的にサンプリングして、量的データと質的デ ータを収集する方法は、いくつかのパターンがあるが、本研究では、最も一般的なミックス法 である並行的トライアンギュレーションデザインを採用した。並行的トライアンギュレーショ ンデザインとは、量的データと質的データを時間的に同時並行的に収集する研究方法である。
両者を同時並行的に行うことで、理論的飽和を効率的に達成することが出来る。幸い、インタ ーナルコミュニケーション満足度には、先行研究によって確立された測定尺度があり、調査対 象企業をシステマチックに分類出来る。そこで、分類されたケースの質的データを比較し、理 論的に飽和するまで、継続的にデータの収集、比較、概念化、統合を繰り返すことで、一般化 された理論の構築を目指すこととした。
調査対象企業の選定基準については、試行錯誤の連続であった。成長ベンチャー企業とは何 か、どんな基準をもって成長ベンチャー企業と定義すべきか。売上基準か、営業利益か、或は 従業員数か。様々な基準がある中で、本研究の主題である「人」に立ち返り、従業員数の増加 を中心に考えた。従業員数の増加は、最終的には売上の成長、営業利益の成長につながり、ベ ンチャー企業成長の源泉と考えたからである。勿論、従業員数が増えて、すぐに売上、利益の 成長を実現できているベンチャー企業、或は、将来の成長のために、従業員数を戦略的に先行 的に増やしたものの、売上、利益の成長にはまだ繋がっていないケース、更には、市場の急拡 大に伴い売上、利益が急成長し、従業員不足に悩む成長ベンチャー企業もある。このようにベ ンチャーの成長には、様々なパターンがある。
そこで、調査対象企業の成長性の基準としては、売上、営業利益、従業員数の増加の時間差 も考慮し、従業員数が増加しているか、或いは従業員数が増加していなくても、売上、又は営 業利益が増加していれば成長ベンチャー企業と定義した。具体的には、過去5年間の売上、営 業利益、従業員数のどれか1つでも2倍以上になっているベンチャー企業を成長ベンチャー企
業と定義した。更に、インターナルコミュニケーションは組織のパラメーターである、企業規 模(組織の大きさ、従業員数)、経営者の方針(組織運営の考え方)、業種業態(実際の組織運 営)によって影響を受けると考えられる。そこで成長性に加えて、企業規模、経営者、業種も サンプリングのコントロール変数とした。
企業規模は、組織的なインターナルコミュニケーションを必要とすると思われる最低限の人 数(30 名)から、成長の伸びしろが大きい 300 名規模の企業を中心に、国内に留まらずグロ ーバル展開を追求する3000 名規模の企業までとした。経営者は、創業社長、或はオーナー社 長とした。業種は、成長余地のある、IT、インターネット、サービス、小売り、特殊技術製品 のメーカーとした。
調査協力の依頼から協力の受諾、実際の調査準備に至る交渉を、限られた調査期間の中で現 実的に実施するために、中小・ベンチャー企業を組織する団体に所属する企業群を母集団とし て理論的にサンプリングすることとした。調査は、2012年と2013年の2回に分けて実施した。
2012年、2013年の2回のデータ収集方法は同じ方式であり、量的調査と質的調査を同時並行 的に行う並行的トライアンギュレーションデザインである。2012年に7ケース、2013年に5 ケースの合計12ケースを調査した。12ケースのうち2ケースは、2012年と2013年の2年連 続して調査することが出来たケースであり、経年変化の比較データとしても有効なデータが得 られた。
量的データは、従業員のインターナルコミュニケーション満足度(ICS)である。ICS の測 定尺度は、1980年代から米国において妥当性と信頼性を高く測定できる尺度として利用されて いる代表的な4つの尺度の中から選択することとした。比較検討の結果、ICSの調査経験のな い国内企業での調査の実行性を考え、短時間で従業員の負荷が少なく ICS を測定できる Communication Satisfaction Questionnaire(以下、「CSQ」という。)を採用した。7ケース の調査の開始前に、英文のCSQを日本語に訳し、日本語版CSQ(以下、本文中ではCSQと 記載する。特に断りがない限り、本研究用に開発した日本語版CSQをさす。)を準備した。日 本語版CSQは、第1回目の調査開始前に、111名の国内のビジネスパーソンを対象とした検証 調査によって、測定尺度の妥当性、信頼性を検証した(古屋, 2012)。CSQは、7点リカート方 式(7点=とても満足、1点=とても不満足)で、合計51問(そのうち2問は自由回答形式)か ら構成される。質問項目は、インターナルコミュニケーション満足度(ICS:40問。8つのデ ィメンジョンで定義し各 5 問。)、仕事の満足度(JS:3 問。うち1問は自由回答形式)、生産 性(Pro:3問。うち1問は自由回答形式)、やる気度(Ded:5問。日本語版オリジナル部分。
Engagementの1要素であるDedicationをやる気度と定義、Utrecht Work Engagement Scale 2003を利用。)である。調査方法は、調査対象企業の従業員に質問票を配り、回答を収集、集 計する方法である。
質的データは、インタビューデータである。第一回目の調査では社長のみ、第二回目の調査 では、社長、ミドル、コミュニケーション専門部門に対して実施した。組織のピラミッド(社
長、ミドル、一般従業員の3層構造)を想定し、階層間でのインターナルコミュニケーション について聞き取り調査した。インタビューの内容は、それぞれの立場でのインターナルコミュ ニケーションに対する思いや感じ方、考え方である。予め、CSQサーベイに基づく質問内容、
CSQサーベイに欠けていると思われる内容を、インタビューガイドとしてまとめ、半構造化さ れたインタビュー形式で実施した。なお、一般従業員にはインタビューは実施せず、CSQサー ベイによる自由形式の回答を従業員の声として質的データ分析に利用した。
2012年に実施した第一回目の調査は、三菱東京UFJ銀行の青年経営者の会の会員企業(創 業社長、2 代目、3 代目のオーナー企業。財務体質がしっかりしていて長年堅実に成長してい る企業。経営者の基準と成長性の基準が合致する企業群。)を母集団として調査協力企業を探 した。事前に、筆者が、直接経営者に企業規模、業種をヒアリングし、調査基準に合致するこ とを確かめた上で、調査協力を打診した。調査協力の承諾が得られた場合には、当該企業に対 する調査を実施した。未上場の会社が多かったため、調査前に当該企業の成長性が分からず、
ヒアリング調査後に、成長性が高い企業(High群)、中程度の企業(Middle群)、低い企業(Low 群)の3つに分類した。1社ずつ順にデータを収集し、それまでに調査済みの他のケースとの 比較分析を継続的に行いながら、理論の構築、理論の飽和が得られるかを検証した。最終的に は、このようなスノーボールサンプリング方式で、従業員数が30 名から300 名規模の合計 7 ケースの調査データを収集することが出来た。しかし、残念ながら第一回目の調査では、成長 性が高い企業(High群)は発見できず、調査した企業の成長性は、Middle群とLow群であっ た。
量的データであるCSQサーベイの結果から、ICSが高い企業(H群)とICSが低い群(L 群)の2つのグループに分類できることを確認した。そして、H群とL群の質的データ(イン タービューデータ)をGlaser & Strauss (1967) によるGrounded Theory Approach (GTA) に 基づく分析を行った。GTAには多くの流派があるが、本研究では、Strauss版をベースに、コ ーディング手法を具体的に研究者が利用しやすい形式にまとめた木下(2003)の修正版グラウ ンデッド・セオリー・アプローチの考え方を参考にした。
第一回目の調査によって、以下の4点が明らかになり、本研究の主題である「社長のコミュ ニケーション意識→組織のインターナルコミュニケーションの実施→従業員のインターナル コミュニケーション満足度」の基本的な関係性を示唆する結果とミックス法による研究デザイ ンの有効性が確認された(Furuya, 2013)。
① ICSが高いとJSが高いという相関性があること。
② CSQサーベイでシステマチックにICS = H群、L群に分類できること。
③ 社長のインターナルコミュニケーション意識の違いがICSの高さの違いに現れること。
④ 社長の意識の違いがインターナルコミュニケーションのやり方に影響を与えること。
しかしながら、目的とする成長ベンチャー企業のインターナルコミュニケーションプロセス そのものは明確には発見できなかった。その理由としては、調査した7ケースは、企業規模が 30 名から300 名程度と小さく、組織的なインターナルコミュニケーションプロセスの必要性 が少なかったためであり、成長性の点でも、従業員数、売上、営業利益の面で過去5年間に2 倍以上という成長性を実現したベンチャー企業は調査出来なかったためと考えた。
そこで、2013年に第二回目の調査(古屋, 2013)として、より大規模で、より成長性の高い 企業を調査することとした。企業規模が300 名以上、3000 名程度までの成長ベンチャー企業 に調査協力を依頼した。売上高、営業利益、従業員数を公表している上場企業を中心に、5 年 間に2倍以上という成長性基準に合致する調査対象企業を選定することとした。調査協力企業 を1社1社探すことは時間的に現実的でなかったので、日本を代表するベンチャー企業の組織 であるニュービジネス協議会のIPO大賞受賞企業(IPOを通じて大きく成長している企業)、 アントレプレナーオブザイヤージャパン大賞受賞企業(日本を代表するアントレプレナーがリ ードする成長ベンチャー企業)は成長性が著しいと考え、ホームページから企業名を検索し、
当該企業の財務データを調べ、成長性基準を満足している企業を理論的にサンプリングして調 査候補企業とした。企業への調査協力依頼は、時間的制約を考え、ニュービジネス協議会、ア ントレプレナーオブザイヤー事務局、日本ベンチャー学会を通じて実施し、調査の主旨を説明 の上協力企業を募った。断られるケースも多々あったが、1 社、2 社と協力企業が現れ順に調 査を実施した。2013年の調査では、組織規模が大きいベンチャー企業であったので、インター ナルコミュニケーションプロセスのより深い理解を得るために、社長だけでなくミドルやコミ ュニケーション担当部門へもインタビューを実施した。理論的に飽和するまで継続的に調査を 実施した。300名から3000名規模の成長ベンチャー企業3ケース(成長性High群)、比較の ために長い歴史を持つ堅実企業2ケース(成長性Middle 群 1ケース、Low 群 1ケース)の 5 ケースの調査を終了した時点で、理論的飽和は得られた。調査によって、成長ベンチャー企 業のインターナルコミュニケーションプロセスの際立った特徴を明らかにすることが出来た。
2012年のケースと合わせて合計12ケースというサンプル数については、妥当性、信頼性の点 から議論は残るかもしれない。しかし、快く調査に協力してくれるベンチャー企業数に限りが あること、特に5年間で2倍の成長という成長性基準に合う国内の成長ベンチャー企業数に制 約があることも事実であった。先行研究(Eisenhardt, 1989)を参考に、現実的に収集可能な 範囲での十分なサンプル数の議論を踏まえ、12ケースでも理論的飽和に十分なサンプル数であ ると考えた。
分析は、4 つのステップで実施した。第一ステップとして、12 ケースのデータを企業規模、
成長性、CSQサーベイ結果(ICS、JS、Pro、Ded)を使って、それらのの関係性を分析した。
ICSと JS、Pro、Ded の相関性については、CSQサーベイのフレームワーク通り、ベンチャ
ー企業でも、ICSが高い企業はJS、Pro、Dedも高くなる傾向が確認された。但し、ICSとの
関係性の強さについては差があり、ProはJSやDedと比較して関係性はそれほど高くはなら なかった。また、ICSとJSの関係は、完全な線形の関係でははく、個別の企業の状況の違い によって、ICS が同じでもJSの値には違いがあった。そこで、ICS とJSの高さの違いから 12ケースをグループ分けすることとした。具体的には、ICSの高さで2グループ(ICS = High、
Low)にわけ、更にICS = H群を、JSの高さの違いで2グループ(JS = High、Low)に分類 した。結果として、12ケースは、3つのグループ(ICS=H、JS=HのH2群、ICS=H、JS=L のH1群、ICS=L、JS=LのL群)に分類できた。成長性とICSの関係についても、成長性が 高い企業はICSが高く、成長性が低い企業はICSが低いことが分かった。これで、第1のリ サーチクエスチョンに答えることが出来た。
第二ステップとして、成長ベンチャー企業の汎用的なプロセスモデルを GTA によって生成 した。ICS = H群のインタビューデータ(質的データ)をGTAで分析し、インターナルコミ ュニケーションプロセスを構成する24個の概念、概念間の関係からもう一段抽象化した6個 のカテゴリー、そしてカテゴリー間をプロセス的に結び付けることで、汎用的なプロセスモデ ルを生成することが出来た。汎用プロセスモデルは、社長のインターナルコミュニケーション 意識を起点として、従業員のインターナルコミュニケーション満足度を終点とする組織的プロ セスである。6個のカテゴリーがプロセス的に繋がり、「社長のメッセージ創造と継続的な伝達 意思」から始まり、「強いリーダーとしての目に見える社長の存在感」「ミドルのリーダーシッ プ育成と中核的な存在としての自由で、チャレンジングな部門管理」「専門スタッフによる積 極的な活性化とぬくもりの伝達」を経由して、「仕事に対する誇りとチャレンジを通じた成長 の実感」「一体感を感じられるオープンで活発な社内の雰囲気」にいき、最終的に「従業員の インターナルコミュニケーション満足度の向上」に至る。カテゴリー間をつなくコミュニケー ションパスによって、プロセスとして、前段のカテゴリーから後段のカテゴリーにコミュニケ ーションが流れていく。汎用プロセスモデルは、成長ベンチャー企業における様々なインター ナルコミュニケーションの流れをプロセス的に説明する。これで、第2のリサーチクエスチョ ンに答えることが出来た。
第三ステップとして、インターナルコミュニケーションプロセスの原因として定義した、社 長のインターナルコミュニケーション意識を成長ベンチャー企業の社長のインタビューデー タから生成した。5年間で2倍以上の従業員数の増大を実現する成長ベンチャー企業3ケース のデータから、共通して現れる社長のインターナルコミュニケーション意識を抽出した。結果 として、12個のインターナルコミュニケーション意識が生成された。これらが、汎用プロセス モデルに影響を与えているかを検証したところ、確かに社長のインターナルコミュニケーショ ン意識は、汎用プロセスモデルに影響を与えており、汎用プロセスモデルのいくつかの重要な 要素や特徴を説明できることが分かった。これで、第3のリサーチクエスチョンに答えること が出来た。
第四ステップとして、成長ベンチャー企業は実際にどのようなインターナルコミュニケーシ
ョンを組織的に行っているかを、12 ケースのクロスケース分析を通じて明確にした。分析に あたっては、企業規模(大規模/中規模/小規模)による違い、CSQ サーベイ結果(H2 群/H1 群/L群)の違いを分析の軸として、企業規模やCSQサーベイ結果の違いは、どのようなイン ターナルコミュニケーション上の違いを引き起こしているかを分析した。特に、経営層、ミド ル層、一般従業員層の各階層間のインターナルコミュニケーションを「誰が」(発し手)、「誰 に」(受け手)、「何を」(メッセージ)、「どんな場で」(メディア)、「どんな風に」(ウェイ)の コミュニケーションの5要素で分析した。ICSの8つのディメンジョン(会社情報の伝達:OP、
部門情報の伝達:OI、コミュニケーションの風土作り: CC、メディア品質の維持: MQ、上司の コミュニケーション:SC、部下のコミュニケーション:Sub、横のコミュニケーション:HC、
評価のフィードバック:PF)と関係づけて分析を行った。結果として、ICS、JSともにHigh の企業群であるH2群を、ICSは高いがJSは低いH1群、ICS、JSともに低いL群と比較す ることで、インターナルコミュニケーションにおけるH2群の優れた組織的な取組みを明確に した。『一体感』『成長』といったキーワードを抽出し、社長のメッセージの伝え方、全社集会 やイベントでの強いリーダーとしての社長の存在感のアピールが重要であること、専門スタッ フによる組織的アプローチの重要性がはっきりした。また、ICSの8つのディメンジョンのう ち、会社情報の伝達(OP)、コミュニケーションの風土作り(CC)、メディア品質の維持(MQ)、 横のコミュニケーション(HC)への組織的な取組みや具体的なアクションの違いが、最終的 なICSスコアに影響することも分かった。これで、第4のリサーチクエスチョンに答えること が出来た。
最後のステップとして、CSQサーベイと汎用プロセスモデルを統合して、どうやったらICS を高くできるかを説明するCSQ統合プロセスモデルを生成した。初めに、CSQサーベイのICS ディメンジョンを整理して、コミュニケーションの5要素(発し手、受け手、メッセージ、メ ディア、ウェイ)を用いてコミュニケーションパターンを記述した。コミュニケーションパタ ーンの作成においては、クロスケース分析で得られたH2群の成長ベンチャー企業の優れた組 織的な取組みを参考にして、CSQサーベイの記述だけでは不足する要素を補充した。その過程 で、成長ベンチャー企業固有の採用のコミュニケーション(RC : Recruiting Communication)
を発見し、ICSの9つの目のディメンジョンとして追加した。
結果として、9つのディメンジョン、11のコミュニケーションパターンが明確になった。パ ターンごとに、発し手(誰が)、受け手(誰に)、メッセージ(どのようなメッセージを)、メ ディア(どういう場で伝えるか)が異なることが分かった。そこで、パターンを汎用プロセス モデル上で表現するために、それぞれのパターンで使われるメディアとプロセス上のコミュニ ケーションルートを紐付けた。このような方法で、CSQのコミュニケーションパターンによる プロセスの違いを汎用プロセスモデル上に表現することが出来た。これを筆者は、CSQ統合プ ロセスモデルと命名した。
CSQ 統合プロセスモデルは、CSQサーベイの測定結果を用いて、ベンチャー企業のインタ
ーナルコミュニケーションをICSのディメンジョンごとに分析し、どこを改善すればいいかを 明らかにする実務的な診断ツールとして有効であることを示した。これで、第5のリサーチク エスチョンにも答えることが出来た。このようにして、5 つのリサーチクエスチョンに全て答 えることで、本研究の結論として、成長ベンチャー企業の成長を実現するインターナルコミュ ニケーション診断・改善フレームワーク(図2)を提示することができた。
議論としては、リサーチクエスチョンでは想定していなかったこととして、組織規模の拡大 によるインターナルコミュニケーションプロセスの発達モデルを提示した。これは、12ケース のデータを比較することで得られた考察であり、組織の発達段階モデル(Daft, 2001)を実証 的に証明するという研究上の示唆も与えた。また、社長のインターナルコミュニケーション意 識(12 個)と ICSのディメンジョンの関係についても考察を加え、それぞれの意識がどのよ うにICSのディメンジョンに影響するかを検証した。研究への示唆としては、インターナルコ ミュニケーション意識の高い成長ベンチャー企業の社長は、変革型リーダーシップと起業家的 リーダーシップの特徴を有することを示唆した。測定尺度の CSQ についても、ベンチャー企 業のサーベイによりフィットするように、ディメンジョンの見直しを行うべきであること(9 番目のディメンジョンの追加、オリジナルディメンジョンの細分化)を提示した。実務への示 唆としては、成長戦略としてのインターナルコミュニケーションの重要性、組織的活動として のインターナルコミュニケーションのあり方、そして、CSQサーベイを利用したインターナル コミュニケーション診断と改善法を提示した。
図 2: 成長ベンチャー企業のインターナルコミュニケーション診断・改善フレームワーク (筆者作成)
注)網掛けは、コミュニケーションが行われるエリア。番号は、コミュニケーションパス。
2点鎖線は、コミュニケーションルートの例。カテゴリーとカテゴリーがパスで繋がる。
専門スタッフによる積極的な 活性化とぬくもりの伝達 社長のメッセージ創造 と継続的な伝達意思
強いリーダーとしての目に見える社長の存在感
従業員のインタ ーナルコミュニ ケーション満足
度の向上 仕事に対する誇りとチャレ
ンジを通じた成長の実感 ミドルのリーダーシップ育成と中
核的存在としての自由でチャレン ジングな部門管理
一体感を感じられるオープンで活発な社内 の雰囲気
①
②
③
⑨
⑧ ⑫
⑩
⑦ ⑪
④ ⑤ ⑥
会社情報の伝達プロセス(OP)の拡大図 組織のインターナル
コミュニケーション プロセス
OP のプロセス OP の満足度 OI のプロセス OI の満足度 CC のプロセス CC の満足度 MQ のプロセス MQ の満足度 SC のプロセス SC の満足度 Sub のプロセス Sub の満足度
HC のプロセス HC の満足度 PF のプロセス PF の満足度 RC のプロセス RC の満足度
仕事の 満足度 生産性
やる気度 従業員のインターナルコ
ミュニケーション 満足度
ベンチャー企業の成長に影響する変数
社長の インター ナルコミ ュニケー ション
意識
CSQ統合プロセスモデル(プロセス診断) CSQサーベイ(ICS測定)
結論として、成長ベンチャー企業とインターナルコミュニケーションの組合せによって、国 内における初めての試みとして、オリジナリティある研究を達成できた。本研究によって明ら かになったことは以下の通りである。
① これまで大企業に対する調査で有効であったCSQサーベイは、ベンチャー企業の調査で も有効である。そして、成長ベンチャー企業のインターナルコミュニケーション満足度 は高い。
② 成長ベンチャー企業のインターナルコミュニケーションプロセスは、汎用プロセスモデル として記述できる。成長ベンチャー企業の中でも、特に、CSQサーベイがICSの面でも、
JSの面でも高いH2群の企業は、ICSを高めるための組織的な活動であるインターナル コミュニケーションプロセスに、社長のイニシアチブの下、戦略的に取り組んでいる。
③ 成長ベンチャー企業の社長は、インターナルコミュニケーションに対する意識が高く、
12個の共通意識がある。
④ CSQサーベイと汎用プロセスモデルを統合したCSQ統合プロセスモデルを使えば、ICS のディメンジョンごとのスコアの高低をインターナルコミュニケーションプロセスの違 いにより説明できる。CSQ統合プロセスモデルは、ベンチャー企業のインターナルコミ ュニケーションを診断し、その改善点を指摘するツールとして有効である。
⑤ H2群の企業は、ICSのディメンジョンの中で会社情報の伝達(OP)、コミュニケーショ ンの風土作り(CC)、横のコミュニケーション(HC)、メディア品質の維持(MQ)のス コアが高い。
⑥ 成長ベンチャー企業では、ICS の 9 つ目のディメンジョンとして採用のコミュニケーシ ョンが重要である。
⑦ ベンチャー企業の成長過程において、インターナルコミュニケーションはダイナミックに 発達している可能性が高い。30名、300名、そして3000名と規模が拡大しても失速し ない組織作りを、社長はインターナルコミュニケーションを通じて実践する。組織の発 達段階によって、インターナルコミュニケーションプロセスにも違いが生まれる。
研究の限界としては、調査協力企業(サンプル数)の制限、調査した企業の業界バイアス、
インタビューした発言者のバイアス、一回限りの調査によるバイアス、博士課程という限られ た年数による研究の限界(1つの企業の成長や発達段階を調査した訳ではなく、企業規模の異 なる企業のスナップショットの組合せによる推論であるという限界)がある。
ここで、本研究の主題である、ICS → 企業成長という関係性について捕捉する。ICS とベ ンチャー企業の成長との関係については、ICSが高いから、結果としてベンチャー企業が成長 しているのか、或は逆に、成長しているからコミュニケーションが良くなりICSが高くなるの か、その因果関係は本研究だけでは明確ではない。本研究の調査データは、企業のICSと成長
性のスナップショットである。従って、どちらが先行して起こるのか、遅行して何が起こるの かという議論を追えるようなデータでは無い。経験的には、ICSと成長性は、片方がもう一方 の原因となっているという単純な関係ではなく、ICSが成長性に影響し、そして成長性がICS に影響するという、双方向に作用しあって高め合う関係である。つまり、両者がスパイラルな 構造をとって企業が成長、発展していくというのが実態である。これらの点は、本研究の限界 として、今後の研究においてより多くの調査を実施し、理論の肉付けを行っていく必要がある。
プロセス研究は、新しい分野であり、本研究によって今後の研究の発展可能性を示した。研 究を進めるための新たな研究デザイン(CSQサーベイとインタビューの同時並行による効率的 な理論的サンプリング方法)も提示し、実際の調査で実践することで、今後のインターナルコ ミュニケーション研究のための礎を作ることが出来た。汎用プロセスモデルについては、モデ ルの精緻化を行う必要がある。例えば、コミュニケーションルートに対する各カテゴリーの強 さ、カテゴリー間を結ぶコミュニケーションパスの相対的な強さ、従業員規模、業種業態の違 いによるプロセスモデルの変化である。CSQについても、採用のコミュニケーションに対する 質問項目、細分化したディメンジョンの取り扱いも改善点である。先に述べたように、1つの ベンチャー企業の成長を長期間、例えば、10 年、20 年に渡って調査研究して組織の発達段階 とインターナルコミュニケーションプロセスの発達の関係を解明することも重要な研究分野 である。そして、何よりも、ベンチャー企業の成長プロセス全体における、インターナルコミ ュニケーションプロセスの重要性、位置づけの明確化を行うことによって、今回提示したイン ターナルコミュニケーションによる企業成長モデルの適用度を、質、量の両面において検証す ることを今後の大きな研究テーマとして宣言したい。
日本の社会において、ベンチャー企業の創出、そして、成長は喫緊の課題である。日本経済 にとって、新たな企業の創出、企業成長の促進は、雇用の創出、経済の活性化、日本の未来に とって、避けては通れない道である。本研究成果を、ベンチャー経営者やベンチャービジネス に関係する方々にも広く活用して頂くことで、日本経済の発展に寄与できれば、望外の喜びで ある。30名から3000名規模の成長ベンチャー企業や、成長予備軍である中小、中堅、ベンチ ャー企業の社長が、成長を加速するドライバーとして本研究成果である『インターナルコミュ ニケーションによる企業成長モデル』を利用して、成長を促進し、より多くの成長ベンチャー 企業が登場することを期待する。
第
2節 研究の目的
本研究は、筆者の疑問から始まった。それは、急成長するベンチャー企業の社長は、どのよ うな意識をもって、従業員とのコミュニケーションを行っているか。急成長を実現するために、
従業員とのコミュニケーションをどのようにしたいと思い、実際、どのようなことをコミュニ ケーションとして実践しているのか。そこに、何か特別なことはあるのか。言い換えれば、ベ ンチャー企業の成長を一層向上させられるような効果的、戦略的なインターナルコミュニケー ションは存在するのか。インターナルコミュニケーションをプロセスとして捉えた時に、ベン チャー企業の成長を促進するインターナルコミュニケーションの汎用的なプロセス理論は作 りえるのか。生成した汎用的なプロセス理論は、単なる理論として終わらせるのではなく、ベ ンチャー企業の社長にとって、実務的に利用できるような形で提示できるのか。社長が、提示 された汎用プロセス理論を使えば、組織的な活動としてのインターナルコミュニケーションが より効果的に実践でき、成長を加速できるような、そんな理論はできるのか。これらが、筆者 の疑問である。
筆者は、成長ベンチャー企業における戦略的なインターナルコミュニケーションのあり方に ついて想起し、その理論的解明のために本研究を開始した。成長ベンチャー企業では、日々従 業員が増加し、新しい人が入り、新しいコミュニケーションが生まれる。組織は拡大し続け、
社長は、どうやって求心力を失わずに、組織を維持発展していくのかについて思い悩むはずで ある。そこには、必ず何らかの組織的な仕掛けがあり、戦略的な取組みがあり、多くの仕掛け によって、インターナルコミュニケーションが活性化し、従業員は満足感を覚え、やる気がわ き、情熱をもって仕事に取り組む。そんな、成長ベンチャー企業の姿が目に浮かぶ。
ベンチャー企業は、アントレプレナーである社長により起業され拡大する。ベンチャー企業 の成長は、社長の意志であり、社長は、成長のために日々あらゆる手を打つ。社長による意識 的、能動的、そして効果的、戦略的なコミュニケーションは、ミドル、一般従業員を鼓舞し、
巻き込み、一つの方向にまとめあげ、組織がふらつくことなく、一つの壮大な目標、ビジョン、
理念に向かって突き進むためのドライバーである。そして、社長のコミュニケーションによっ てミドル、一般従業員のコミュニケーションが生まれ、波動となって組織に伝搬する。インタ ーナルコミュニケーションは、成長ベンチャー企業の成長のドライバーである。
社長の発する言葉は、従業員と価値観を共有させ、従業員の姿勢・行動を会社の目標に向か わせる。これまでの多くの研究により、インターナルコミュニケーションの重要性は訴えられ てきた。共通の目的をもって活動する企業において、インターナルコミュニケーションの重要 性に異論を唱える人はいないであろう。しかしながら、内部に対して発せられるインターナル コミュニケーションは、外部に対して発せられるエクスターナルコミュニケーションに比べ、
複雑で、研究範囲も広く、企業の個別の事情にも影響される。そのため、多くの事例研究はあ るものの、一般化された理論は少ない。また、とかくコミュニケーションというと、スキル面
や結果としての満足度に焦点が当てられ、コミュニケーションというダイナミックな活動を、
組織的なプロセスとして解明した研究は少ない。本研究分野は、従来、組織コュニケーション (Organizational Communication)と呼ばれ研究されてきた分野であり、企業内の全てのコミュ ニケーションを研究対象とする。しかし、これまでのインターナルコミュニケーション研究は 限定的で、大企業における研究が主流であり、成長ベンチャー企業をテーマにした研究は少な い。
ベンチャー企業や大企業といった企業規模を問わず、企業において、従業員が生き生きと働 け、仕事の満足を感じ、組織にコミットする、このような環境を用意することは社長の努めで ある。社長は、従業員の当事者意識の醸成、価値観の共有のために、インターナルコミュニケ ーションの重要性は認識している。しかし、インターナルコミュニケーションについては、社 長や企業の人事部も明確な方針や戦略をもつケースは少なく、現場任せになり、上司は部下と コミュニケーションをよくしなさいとか、飲みニケーションを取っているかといった号令や掛 け声だけの場合が多い。価値観の共有や企業文化の醸成、理念の浸透が、成長ベンチャー企業 に欠くことのできないものであることを念頭におくとき、インターナルコミュニケーションの 戦略的必要性は、大企業より、むしろ従業員の増加の速度が激しい成長ベンチャー企業にこそ 存在していると言える。
成長ベンチャー企業といっても、その成長には様々なパターンがあり、それらを十把一絡げ のようにまとめてしまうことは危険を伴う。対面する市場が急成長しているのか、それとも競 争激しい分野で独自のビジネスモデルを創出しているのか。成長要因としての外部要因は様々 である。筆者は、外部要因ではなく、内部要因にスポットライトを当てる。特に、「人」に焦 点を当てる。社長が、インターナルコミュニケーションを有効活用して、「人」を活かし、強 い組織を作り、従業員を成長させ、企業を成長に導く。そのために、社長はどのような意識を もって、コミュニケーションに対して組織的に取り組む必要があるかを探索する。
コミュニケーションの当事者は、発し手であり、受け手である。そこで、本研究では、イン ターナルコミュニケーションの主たる発し手である、社長やミドルの意識を探求すると同時に、
受け手であるミドルや一般従業員のパースペクティブを調査する。これらを統合することで、
成長ベンチャー企業における効果的、戦略的なインターナルコミュニケーションプロセスとは 何かを解明する。これまでのインターナルコミュニケーション研究によれば、インターナルコ ミュニケーション満足度が高い従業員は、仕事の満足度も高い傾向がある。仕事の満足度は、
企業成長に繋がる。従って、成長ベンチャー企業の従業員は、インターナルコミュニケーショ ン満足度が高いはずである。本当にそうなのか。本研究では、ベンチャー企業の成長、従業員 のインターナルコミュニケーション満足度、インターナルコミュニケーション満足度に影響を 与えるインターナルコミュニケーションプロセスの関係を調査することで、社長のコミュニケ ーション意識を起点とした成長ベンチャー企業のインターナルコミュニケーションプロセス の構造を解明し、汎用的なプロセスモデルを生成する。そして、最終的にはベンチャー企業社