第 2 章 先行研究調査
第 3 節 リーダーのインターナルコミュニケーション
2. 起業家的リーダーシップとインターナルコミュニケーション
変革型リーダーシップは、インターナルコミュニケーションを通じて、「生き残りの不安」が「学 習することへの不安」より大きくなるように従業員を誘導し、変革を実行する。
さて、ここで上記の先行研究調査によって明らかになった変革型リーダーシップとインター ナルコミュニケーションの関係を踏まえて、変革型リーダーシップのインターナルコミュニケ ーションを整理する。
[変革型リーダーシップのインターナルコミュニケーション]
① Envision(ビジョンの提示)し、従業員と価値観を共有し、従業員をEngage(巻き込み)
するコミュニケーションを行う。
② 新たに組織に入る従業員に対しては、先に述べたSense-making(意味生成)による組織 化のためのコミュニケーションを行う。
③ 業務の面では、従業員にエンパワーメント(権限委譲)して自由にやらせ、組織コミッ トメントを高めるコミュニケーションを行う。
④ 従業員の挑戦を推奨し、従業員の成長を促すオープンなコミュニケーションを行う。
⑤ トレーニングプログラムを実施しリーダーのコミュニケーション能力を開発する。
⑥ コミュニケーションを通じて、生き残りの不安が学習することへの不安より大きくなる ようにする。
成長ベンチャー企業は、社長がビジョンを創り、企業を急速に成長させるために価値観を同 じくする人達を集め、急増する従業員をコントロールしながら、組織としての体制を保ち、成 長発展させていくという過程をたどる。この過程を成功させるには、変革型リーダーシップの インターナルコミュニケーションは効果的な方法であり、必要な要素であると考えられる。そ こで、本研究では、この点も念頭におき、成長ベンチャー企業社長は、変革型リーダーシップ のインターナルコミュニケーションのやり方を行っているかについても調査し議論することと した。
続的な探索とアイディア創造を引っ張る能力を挙げる。起業家的企業は、戦略的価値創造を発 見し探索するための、アントレプレナーシップあふれる行動を助長することにコミットするリ ーダーシップを必要とする。起業家的リーダーシップは、ビジネスチャンスに対して、創造的 でプロアクティブな反応を含むため、行動形態において、イノベーター(或いはクリエーター)
と見られる。起業家的リーダーシップは、市場において、行動と価値の創造にコミットする創 造的なイノベーターである。彼らは変化の触媒である。起業家的リーダーは、この新しい価値 をフォロワーに対してより重要と感じさせるために、言葉でビジョンを語る。従業員の間で、
ビジョンやイノベーションのもととなる知識がよく理解されていないときは、価値観や倫理観 について、起業家的リーダーシップによる、より強いアピールが必要とされる。
Darling & Beebe (2007) は、起業家的リーダーシップの発現とコミュニケーションのあり方 につき、ジャック・ウェルチ、ビル・ゲイツ等の著名なリーダーの雑誌等に掲載されたインタ ビュー記事からモデルを導出し、起業家的リーダーシップのコミュニケーションのあり方にお けるキーワードを抽出した。そして、起業家的リーダーシップの倫理観と行動によるコミュニ ケーション、不断のコミュニケーションを通じた起業家的リーダーシップの価値の伝播プロセ スの重要性を提唱する。特に従業員は、リーダーの口先だけのビジョンではなく、行動を見て 判断すると主張する。リーダーの価値は、JOY、HOPE、CHARITY、PEACE といった倫理 観、哲学に根ざすべきであることを強調する。そして、従業員との行動を伴ったコミュニケー ションを通じて、結果として、従業員の中に、顧客ケア、持続的な技術革新、従業員の組織コ ミットメントといった価値観が生まれ、組織が強化されるメカニズムを示した。
Kuratko (2007) も、起業家的リーダーシップは、独自の高い倫理基準を確立しようとする
と訴える。従業員のモデルとなる起業家的リーダーシップによる価値観や倫理観の伝搬という プロセスは組織の大小に係らず重要であり、ベンチャー企業では勿論、大企業組織におけるコ ーポレートベンチャーにおいても存在するとした。
Fernald, Solomon & Tarabishy(2005)は、書籍、ジャーナル、雑誌等の136のソースの メタ調査によって、特に変化が必要なときには、リーダーは起業家的になることを示した。更 に成長ベンチャー企業においては、アントレプレナーシップだけではリーダーになれず、より リーダーとしてのスキルを身につけていく必要があると主張する。リーダーのスキルとして、
①明確な未来の方向性を見据えて、コミュニケーションする、②従業員をリードし、動機付け する、③チームに不足しているスキルを認識し補う、④そのために、経験させ、教育する、を 挙げ、成長ベンチャー企業におけるリーダーのインターナルコミュニケーションの重要な役割 を唱える。成長ベンチャー企業は、小さな組織から大きく成長する時期に、新入社員が急増す る。新たに加わった人々と、もともと組織にいるミドルは、社長との距離感において、どうし ても差ができてしまう。新人には、リーダーがもっている起業家的ビジョンの共有も薄くなる。
このことを防止するために、起業家的リーダーシップは、コミュニケーションを通じて、新人
をも巻き込んでいく必要があるとする。
ビジョンについての研究では、Collinsのビジョナリーカンパニーが有名である。Collins &
Porras (1994)は、ビジョナリーカンパニーという組織コンセプトを提唱し、企業ケースに当て はめ、卓越した企業の法則を見いだした。その中で、ビジョナリーカンパニーは、基本理念を 信仰に近い程の情熱をもって維持しているとする。基本理念を維持するためのリーダーの役割、
インターナルコミュニケーションの重要性を示唆する。更に、Collins (2001, 2005, 2009)は、
偉大な企業のリーダーが持つ、第5水準リーダーシップ(個人としての謙虚と職業人としての 意思の強さという矛盾した性格の組み合わせによって、偉大さを持続する企業を作り上げるリ ーダー)というコンセプトを提唱した。第5水準リーダーシップは、単なる有能な経営者では ない(これは第4水準リーダーシップとCollins (2001) は定義する)。そして、第5水準リー ダーシップは、驚く程の謙虚さを示すとする。
第5水準リーダーシップは、米国の大企業の調査によって明らかになったリーダーシップで あるが、起業家的リーダーシップの倫理観に通ずるものがある。両者には、ビジョンを共有し て卓越した企業になるためにの共通の法則がありそうである。起業家的リーダーシップであろ うが、第5水準リーダーシップであろうが、謙虚に従業員と向き合い、リーダーが会社の基本 理念に忠実に、従業員とビジョンを共有し、事業の発展に、共に邁進するリーダー像である。
ビジョン共有のための一つの方策は、ミッションステートメントの活用である。基本理念を 記したミッションステートメントを掲げる企業は多いが、問題は、その浸透である。卓越した 企業ならともかく、多くの中小・ベンチャー企業では、ミッションステートメントに魂が入っ ていない可能性がある。例えば、アイルランドにおける成長性が高い中小・ベンチャー企業(売 上高20億円から1800億円、平均170億円、115社)のミッションステートメントに関する研 究(O’Gorman & Doran, 1999)によれば、ミッションステートメントの分かりやすさは、高 成長企業と低成長企業の間で特に差がなかった。このことは、中小・ベンチャー企業の場合、
社歴も浅く、新入社員も多いため、ミッションステートメントを掲げるだけでは効力がないこ とを意味する。ビジョンの共有は、ミッションステートメントを通じてではなく、むしろ直接 的なコミュニケーション(対話)を通じて行う必要性を示唆する。この点においても、成長ベ ンチャー企業では、如何にインターナルコミュニケーションが重要であるかが改めて確認され る。
Swiercz & Lydon (2002)は、企業成長において、創業社長とプロの社長に差がないこと、起 業家的リーダーは、創業時とその後の成長過程において、自らを変化させていることを提唱し た。第一フェーズでは社長は新製品開発と新規顧客開拓に注力し、長期の安定飛行にはいった 第二フェーズでは、組織が成熟していくにつれて、組織的なマネジメント能力が必要になる。
第一フェーズでは、インターナルコミュニケーション、第二フェーズは、エクスターナルコミ ュニケーションの割合が増す。ある創業社長は、社内活動が 100%の状態から、社内活動と社
外活動が50%、50%の状態に変化したと報告している。成長過程において、創業社長は、全く
異なったリーダーシップコンピタンシーを手に入れる必要がある。どこかの段階で、プロ経営 者に交代しなければ継続的な成長は難しいともいわれる。Swiercz & Lydon (2002) が実施した 27人のハイテク創業社長へのインタビュー結果では、ほとんどが社長交代を経験した。ベンチ ャー企業の成長のためには、創業社長は、起業家的リーダーとしての限界を感じ、インターナ ルコミュニケーションのあり方、そしてエクスターナルコミュニケーションとの比重を含め、
より制度化、構造化された組織的なコミュニケーションの運用プロセスが必要になると考えら れる。
ここまでの起業家的リーダーシップとインターナルコミュニケーションの関係の議論を踏ま えると、起業家的リーダーシップのインターナルコミュニケーションは以下の通り整理される。
[起業家的リーダーシップのインターナルコミュニケーション]
① 倫理観と行動による従業員とのインターナルコミュニケーションによって、価値の伝搬
(ビジョンの共有、イノベーション志向)を行う。
② ビジョンの共有のためには、単にミッションステートメントを作成して掲げるだけでは 実効性はなく、新入社員が多い成長ベンチャー企業では、むしろ、対話によるインターナ ルコミュニケーションを通じて、リーダー自らがビジョン共有を行う必要がある。
③ 成長ベンチャー企業が拡大する過程において、組織的なマネジメント能力が必要となり、
インターナルコミュニケーションのあり方も変化し、エクスターナルなコミュニケーショ ンが増える。
④ コミュニケーションのあり方の変化に対応するためのコンピタンシーを習得するか、或は 習得できない場合、リーダーは交代する必要がある。
起業家的リーダーシップの議論を変革型リーダーシップの議論と比較すると、起業家的リー ダーシップのインターナルコミュニケーションは、社長から従業員への価値の伝搬に重きをお いている。組織の拡大発展過程におけるインターナルコミュニケーションを通じた従業員の巻 き込みという点では、変革型リーダーシップの方がより具体的である。但し、成長過程におい て、起業家的リーダーシップのコミュニケーションは、エクスターナルコミュニケーションの 比率が増えるという指摘や、創業社長はコミュニケーションのあり方を変化できない場合に交 代する必要があるかもしれないという主張は、変革的リーダーシップの議論では不足しており、
成長ベンチャー企業の発達段階を想起するとき示唆に富むと言える。