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第四章、 革命模範劇『沙家浜』

第四節、 『沙家浜』の「模範化」の過程

一、現代劇から模範劇へ

文革の中の八つの模範劇に関して、基本と実質性の問題がいくつかある。例えば、

どうしてそれらが選ばれて模範になったか。「模範」になるのはどんな条件を備えな ければならないか。或いは、「模範」になる標準は何か。それらはどのような模範化の 過程を経たか。どうやって模範になったか。これらの問題を注意し探究するのは非常 に必要で、意義があると筆者は考える。

世界のいかなるの事物もわけもなく発生することはなく、その成長に適した客観的 な環境と歴史的条件があり、形成発展の歴史過程がある。模範劇も同様であった。模 範劇は天から降ってきたものでも、一晩の間に突然形成されたものでもなく、それ自 身の形成の過程がある。すべての模範劇は創作から上演まで、しっかりした音楽の節 回しからきちんとした舞踏動作まで、繰り返し修正して、精細に彫刻する過程を経て

226 許晨、『人生大舞台:“様板戯”内部新聞』、黄河出版社、1990 年、127 ページ。

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形成されたものである。さかのぼれば、模範劇はほとんど 1964 年京劇現代劇競演大 会で上演された優秀な演劇を修正して加工したものである。つまり模範劇は現代劇の 基礎の上で発展して来たものである。それでは現代劇はどうして模範劇に発展するよ うになることができたのか、どのように模範劇に発展したかが、本節での考察の内容 である。

この問題に解答しようとするならば、我々はまず現代劇とは何か、現代劇は模範劇 のどんな構成要素を備えているかを明らかにしなければならない。関連資料の整理に よって、主に以下のようである。

(一)、現代劇とは

現代劇は、同時代の社会生活を題材とする演劇である。現代生活を反映するのは中 国演劇の優良な伝統であった。例えば、元代の雑劇『竇娥冤』、『拜月亭』、明朝の伝奇 劇『鳴鳳記』、『清忠譜』、清朝の伝奇劇『桃花扇』など、すべて同時代の時事を描写し た演劇である。辛亥革命の前後に、王鐘声などが創作して演じた革命を宣伝する新し い演劇、梅蘭芳と周信芳などが創作し演じた現代の衣裳の新しい演劇はすべてその同 時代の現代劇と言える。これらの演劇はほとんど当時の政治あるいは社会の現実を反 映して、革命的で先進的な思想を宣伝した。中国共産党の指導下でも、さまざまな革 命時期の任務の達成に協力するため、各根拠地でそれぞれ現代劇の公演が行われた。

中華人民共和国成立後も、全国各地で次から次へと現代劇が創作され演じられた。

1951 年、中央人民政府政務院が発表した『関于戯曲改革工作的指示』(戯曲改革工 作に関する指示)は、「地方劇特に民間の簡単な演劇は、形式が比較的に簡単で活発 で、現代生活を反映しやすく、しかも大衆も受け入れやすいので、特に重視するべき だ」と指摘した。それ以後、多くの地方劇は現代劇を上演することを堅持し、同時に 京劇など歴史が長い大演劇も多くの有益な実験をした。

1963 年 12 月 19 日中国京劇協会第四回常務理事会が開催された後、全国各地で、

現代劇を書き、現代劇を演じるという一大ブームが巻き起こり、かつてないほどの広 がりと深まりをみた。中年と青年の役者の反響が強烈だっただけではなく、たくさん のベテランの演劇芸術家さえ次々に参加して、自ら舞台に立ったり、演出指導をした りした。中国の演劇の王としての京劇もその役目は大きかった。京劇は歴史が長く、

基礎が深くて、組織が雄壮であるからだ。彼らは積極的に現代劇を創作し上演活動に 身を投じ、その他の劇に極めて大きくな影響をもたらした。それはやがて全演劇界の 様相を変えるに違いなかった。

1952 年第一回全国戯曲競演大会、1960 年現代題材戯曲競演大会、1964 年京劇現代 劇競演大会などの全国的な競演と各省、市などの競演の提唱と推進、歴史題材と現代 題材の「両方の上演」227及び新編歴史劇、整理して改作された伝統劇、現代劇の「三 者並挙」の演劇政策の提出によって、それぞれ種類の演劇に多く優秀な現代劇が生み

227 原文「两条腿走路」、直訳すれば、二本足で歩む。

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出されることになった。

(二)、現代劇の特徴

現代劇はいくつかそれ自身の特徴を持っているが、これらの特徴はちょうど文革の 政治的求めに適っていた。文化大革命は史上前例のない内部動乱とし、始められ、そ して十年の長期間続いたが、頼ったのは人々に「神化」された精神を絶えず注ぎ込む ことだった。このような精神の支配下で、人々は闘志を満たして、信念を固めた。し かしこのような精神を人々の思想に注ぎ込むあるルートが必要であり、そこで模範劇 が誕生した。

まず、現代劇が表現する生活の内容と主題の傾向は闘争精神に貫かれているが、こ のような闘争精神は重大な社会内容と歴史の発展過程を背景とする民族的、階級的な 対立と衝突でもある。現代劇のこの特徴は文革中に尊ばれた闘争精神とリズムが非常 に合う。現代劇を強力に提唱した 60 年代の前期には、中国の社会環境はとても複雑 であった。

1962 年 8 月の北戴河会議で、毛沢東は二回の講話を行い、階級がまだ存在し、社会 主義中国には階級矛盾と階級闘争があることを強調した。2289 月 24 日から 27 日まで 北京で開催された第八回十中全会では、毛沢東は開会式で、階級闘争は「年々、月々、

日々、大会を開くたびに、党代表大会を開くたびに、全会を開くたびに、一回開けば 一回語らなければならない」229と提議した。毛沢東のこの指示は、全国の主な工作の 重心を「階級闘争」に移動させ、主な矛盾も人民の「階級矛盾」に変わっていった。

1963 年 12 月 12 日と 1964 年 6 月 27 日、毛沢東は文化芸術界に対して二つの指示を 出し、「階級闘争」は文化芸術界にまで拡大した。そのためこの時代背景の下で誕生 した現代劇は、ほとんど尖鋭で、激烈な階級闘争あるいは民族衝突を表現する精神の 主軸に貫かれている。滬劇『蘆蕩火種』と京劇『蘆蕩火種』は激烈な民族矛盾に尖鋭 な階級矛盾の闘争が入り混じるさまを表現した。それは、阿慶嫂、郭建光などのプロ レタリアの前衛戦士、および共産主義精神の教育下で自覚した労農兵大衆の、自分を 犠牲にする献身的な闘争精神を賛美している。全劇は 2 本のプロットの軸に貫かれて いる、一つは地下連絡員の阿慶嫂と胡伝魁、刁徳一が直面する複雑な曲折の闘争であ る。もう一つは、郭建光等の負傷兵が取り囲まれ、闘争、包囲を突破することから隊 列が強大になるまでの発展過程である。阿慶嫂の線は演劇における衝突の主線で、郭 建光の脇線もなくてはならず、二つの線は互いに補完し合っていて、しかも軽重は明 らかだ。脚本家のこのような処理は、明らかに戦士の広大な闘争生活と主題の深さを 描くことに役立つ。滬劇『蘆蕩火種』と京劇『蘆蕩火種』のプロットに対する配置は、

228 李晨主編、『中華人民共和国実録』第二巻、「曲折与発展:探索道路的艱辛 1962-1965」、吉林人民出 版社、733-734 ページ。

229 李晨主編、『中華人民共和国実録』第二巻、「曲折与発展:探索道路的艱辛 1962-1965」、吉林人民出 版社、745-746 ページ。

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演劇が闘争生活と主題深化を表現するという社会的意義の要求を体現したものだと 言えよう。

次に、現代劇における指導者と英雄に対する崇拝が、文革の「個人崇拝」政治の必 要に適合したことである。

建国以来、極左思潮に感染し教条主義が猖獗するという社会思潮が存在していたた め、文芸作品の中で指導者を称揚し、英雄を表現することが流行っていた。特に 60 年 代に入ってから、文化芸術界が「写真実論」、「現実主義深化論」、「中間人物論」を批 判した後、英雄人物は更に文芸作品が唯一表現する対象になった。このような背景の 中で誕生した現代劇において特にそうである。作品が力を入れて賛美する阿慶嫂、郭 建光と沙婆さんなどの人物は、民族闘争の中で現れた進歩的英雄である。これらの人 物の英雄行為の精神の源は毛沢東思想である。毛沢東思想賛美及び毛沢東思想の教育 の下で成長した英雄人物を賛美することを中心内容とする現代劇は、文化大革命期の 熱狂的な指導者崇拝、英雄崇拝という現代の迷信思想とリズムが合っている。これも 模範劇がこの種の現代劇を選んで改作の基礎とした重要な原因の一つである。

第三、現代劇は演劇の形式として、伝統的な演劇と同様、大衆化、パターン化の特 徴を持っている。この特徴も文革時期の時代精神とリズムが合っている。

例えば、演劇上演の格式化、演劇人物の没個性化、演劇の節回しとせりふの条理化 などは、すべて一定の規範性とモデル性を示しており、模範性とも称される。これは 文革時期に極限的な形而上学の思想方法の制約下で現れた文芸創作のパターン化、演 劇人物の没個性化、人物の言語の理念化や文芸形式の公式化などと、すべて通じ合う ところがある。特に演劇形式の大衆化という特徴は、更に文革時代の政治に受け入れ られた。そのため、このような大衆向きの演劇を選んで文革精神を宣伝することは、

ちょうど文革時期の政治の必要に適い、順当な効果を挙げた。

最後に、現代劇は「政治闘争の道具」という属性を持っている。

現代劇という課題は階級闘争を「年々、月々、日々、大会を開くたびに、党代表大 会を開くたびに、全会を開くたびに、一回開けば一回語らなければならない」時代背 景の下で提出されたものである。その階級闘争が次第に拡大化になるあの年代におい て、古人の恩と恨を表現する伝統演劇では当時の闘争需要に全く適応することはでき ない。そのため、現代の闘争生活を表現することを内容とし、労農兵の英雄人物を表 現の対象とする現代劇は、階級闘争の「道具」と「武器」として提唱された。「社会主 義時代を表現する現代劇は、…直接に目の前にある社会主義革命と社会主義建設を推 進する重要な武器である」230とみなされた。現代劇を演じるかどうかは「イデオロギ ー上の激烈な階級闘争である」231と指摘された。当時の中国劇協の指導者も「現代劇

230 何明、「提唱現代劇」、『紅旗』、1964 年、第 2 期と第 3 期。原文「反映社会主义时代的现代 剧,……是直接推动当前社会主义革命和社会主义建设的一个重要武器」

231 「把文芸戦線上的社会主義革命進行到底」『人民日報』、1964 年 8 月 1 日。原文「演不演现代戏

“是意识形态上一场激烈的阶级斗争」