第八章、 テレビドラマ『沙家浜』
第二節、 テレビドラマ『沙家浜』と模範劇『沙家浜』の比較
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原著に忠実だということである。
このテレビドラマの内容においては基本的に模範劇『沙家浜』と同様で、歴史的背 景、人物のイメージ、プロットの構成まで、ほぼ模範劇『沙家浜』の拡大と発展だと いうことである。人物の形象を例にとると、許晴が演じる阿慶嫂は少し艶やかで若く 見える以外、刁徳一、胡伝魁、郭建光などの人物のイメージはほぼ模範劇と大体似通 っている。プロットの上で、『智闘』などの段落は、せりふさえ観衆がとっくに聞き慣 れていて詳しく説明できる歌詞をそのまま用いた。内容の上の具体的な相違はテレビ ドラマ『沙家浜』と模範劇『沙家浜』を比較する節の中で詳しく述べる。
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2、テレビドラマ『沙家浜』415
テレビドラマ『沙家浜』はもと二時間余りの革命模範劇から、30 回の連続ドラマま でに拡大されたため、その容量の大きな芸術的特質とマスメディアの持つ優れた特質 を発揮することになった。テレビドラマ化されたことにより更に多くのストーリーを 取り込み、たびたび矛盾や衝突を起こしながら多様な展開をみせた。改作された後の テレビドラマ『沙家浜』は役柄の性格形成においてより一層整い充実しており、人物 関係の設定も更に入り組んで複雑になった。
テレビドラマ『沙家浜』は人物設定と物語の持続性の上で非常に大きな改善と増加 を行った。例えば、地下党員の白秀成、阿慶嫂の身辺の若い店員の阿貴と阿福、刁徳 一の父親の刁老太爺、刁徳一の家の管理人の刁管家、胡伝魁の妻の黄春、匪賊の蒋福 順、胡伝魁の父親の胡大、日本兵の小野などの人物を加えた。これは劇の対立関係を 多元化させた。例えば、胡伝魁の妻の黄春を登場させることで、阿慶嫂が陽澄湖封鎖 というの苦境から脱する問題を解決した。ストーリーを新たに展開させた。刁老太爺 の阿慶嫂に対する信頼により、阿慶嫂は彼を利用して刁徳一と闘うことができた。同 時に、阿慶嫂と胡伝魁の情誼は阿慶嫂が村民を救援する可能性をもたらした……。
要するに、対立関係の設定の多元化は、テレビドラマのストーリーの発展にかなり 大きい想像の空間を提供して、観衆の注意力を引きつける有効な手段となった。
二、イデオロギーを弱める
テレビメディアはメディア方式であり、テレビドラマは視覚文化を伝播する最も 主要な番組形態として、人々を大量の想像力に頼る文字媒体の段階と決別させ、感 性に回帰させ、日常生活の中に帰らせた。ストーリーの矛盾関係及び視覚と聴覚か ら見ると、テレビドラマに登場する人物像や風物が元の形に近づいたことは疑いよ うがない。
例えば、テレビドラマ『沙家浜』の中で、陳道明が演じた刁徳一は典雅な中国服 を身にまとい、唐傘を手にし、典雅な書生のイメージで現れ、あれこれと悪巧みを 行う場合でも,瀟洒な風采を備えていた。郭建光が登場する時もまたその年代の典 型的な中国式の上着を着てズボンを穿いており、まさしくその年代の極めてごく普 通の庶民の姿であった。テレビドラマの中では、模範劇の中や、京劇にあった型と 規範はもはやなく、あまりに多くの審美的想像力がなくても理解でき、テレビドラ マの人物が人々に自分の身辺の人と同じように感じられるのである。
まさに前文で指摘したように、模範劇『沙家浜』は、強烈な政治的象徴の表現であ り、感情を現わし考えを述べることで、政治的雰囲気を誇張する効果を果たしていた。
しかし、テレビドラマ『沙家浜』の中では、政治的誇張の代わりに日常生活の感情表
415 テレビドラマの DVD に関する情報と内容は
(http://v.youku.com/v_show/id_XMTQwNjE5MDA0.html)を参照、アクセス日 2012 年 10 月 9 日。
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現を重視している。例えば、テレビドラマ『沙家浜』の第 18 回で、阿慶嫂が心の奥 底から発した独白は、テレビドラマの画面の細部、言語の細部、クローズ・アップを 借りて、草木生い茂る沙家浜の蘆蕩の傍らで、人々の哀れをさそう女が石の上に座り、
どんなに強い女でも疲れる時もあると嘆く場面を描写している。感情と景物がとけ合 って、適切な芸術的効果を生み出している。これは明らかに演劇のような芸術形式で は達することができない効果である。要するに、この場面はテレビドラマが内包する 情報量を格段に増加させ、濃厚な生活の彩りを現わすものであった。
三、原著に忠実に配置構造を整える
脚本を担当した高景文は、「郭建光のシーンを書くのは最も難しかった。模範劇の 中では、彼は完全無欠の人物像であった。京劇の中の最もすばらしい『智闘』は彼と 基本的に関係がなく、部隊が蘆蕩に入ってから彼に関する物語がやっと始まるが、し かし蘆蕩を堅く守ることだけでは、あまり多くのドラマは生まれない。その時私は智 慧を絞ってじっと考えた。一体郭建光をどのように描くか、彼をもっとユーモラスな 人物に、もっと普通人のようにするか。例えば、仕事ではない時には、彼も小王と冗 談を言ったり、老馬(国民党の古参兵の馬喜財)と服をかえて着たりする。彼の話は 少し大げさだが、しかし、戦闘となると勝れた働きをする。小凌が死んだ時、彼はと ても長い革命的性質の講話を行った。これはその当時の歴史の状況の下では、合理的 で、無理にでっち上げたのではない。」416と言っている。
この発言から見ると、脚本家は非常に努力しており、問題が適切に解決できるのを 望んでいる。しかし実際の効果は依然としておおむね満足できる。郭建光を中心にす る物語の軸は元々匿名の状態、あるいは郭建光の巨大な影に覆い隠された負傷兵達を 舞台の全面に出した。更に、革命隊伍の中に絶えずちょっとした過ちを犯す国民党の 古参兵の馬喜財という人物を加え、これによって物語のストーリーを形成する基本要 素とした。しかし一方、「怪我の養生はテレビドラマにはならない」のだ、傷を治療し たり注射したり薬を飲んだりするのは確かに物語のとしての価値がないから、この方 法では依然としてこれらの「要素」が大した効果をあげないということになる。一方、
もとの主題によって文章を作り、この基礎の上に派生した物語はやはり「主題先行」
の産物であり、このような物語は明らかに「うそっぱちだ」の嫌疑を免れ得ない。
高景文が表現が「とてもよくできた」と認めた一幕を例にすると、沙四龍は老馬と 砂銃を訓練していた時暴発して、誤って新四軍戦士の小王を傷つけた。沙婆さんは家
416 張守剛、「高景文、『沙家浜』没”戯説”」、
(http://cul.history.sina.com.cn/o/2006-05-28/021015.orl.cn/)、アクセス日 2012 年 6 月 19 日。原文「写郭建光的戏最难了。在样板戏中,他是高 大全的形象。京剧中最精彩的《智斗》和他基本没有关系,部队进了芦苇荡他开始有戏,但光坚守芦苇 荡,也没多少戏。当时我就苦思冥想,到底怎么写郭建光,让他更幽默一点、更平民一点。比如不是工作 的时候,他也跟小王开玩笑,跟老马换穿衣服;他说话有点夸夸其谈,但打仗的时候很能打;小凌死的时 候,他有大段的革命性讲话,这在当时的历史情境下,是合理的,不是硬凑」