第四章、 革命模範劇『沙家浜』
第六節、 京劇『沙家浜』と滬劇『蘆蕩火種』の比較
一、先行研究
1993 年、ほとんど同時に宋光祖が「開不敗的蘆花――滬劇『蘆蕩火種』と『沙家浜』
対読」276を、著名な学者である陳思和教授が『民間的沈浮:従抗戦到文革文学史的一 個解釈』277を発表した。この二つの文章はすべて滬劇と京劇のこの二つの演劇に対し て比較研究を行ったものである。陳思和の文章は滬劇『蘆蕩火種』に高い評価を与え た。特に『智闘』などの幕は真剣に民間文芸の養分をくみ取り高い芸術の効果を得て おり、そして民俗学の角度から滬劇『蘆蕩火種』の豊かな生活内容と深い文化的基盤 に対してきわめて高い評価を与え、京劇に改作された時に大量の精華をなくしたと指 摘した。宋光祖の文章は更に具体的に滬劇『蘆蕩火種』において、独特な筋を設計し、
知恵比べの達人である阿慶嫂、陳天民と刁徳一等の人物像を創作することで得た芸術 的効果を指摘し、特に陳天民が医者に変装し、9 種類の民間薬「防風、水香、没薬、
当帰、天冬、寄生、紅花、石蜜、村醪」を使い、古人の「沓付」の形式を借り、阿慶 嫂に「防水没、当天寄紅石村」と指示した。そして、すぐに負傷兵を移し、敵の陰謀 を撃破したことを指摘した。また宋光祖の文章は、京劇『沙家浜』の改作の中で、『審 沙』のような一部の場所と阿慶嫂の人物像が原著の基礎の上で更に正確に生き生きと している描写を除いて、原著がすでに得た芸術的成果を大量になくし、特に中心人物 の配置の角度の上で、あくまで中心人物を阿慶嫂から郭建光に変えて、「改作の仕事 が段々と落とし穴に入り」、滬劇の原作の主旨を捉えていないのは、「嘆かわしいこと ではないだろうか」と指摘した。周錫山は「滬劇『蘆蕩火種』と京劇『蘆蕩火種』、『沙 家浜』は、音楽の節回しと当時の演技のレベルの上で、それぞれに長所があり、芸術 の特色も異なっているが、芸術のレベルは互角である。しかし文学のシナリオの方面 で、京劇本は明らかに元の滬劇の原作に及ばない」278と指摘した。
275 鳳凰衛視『鳳凰大視野・風雨様板戯』番組製作グループ、『風雨人生様板戯』、中国友誼出版公司、
2006 年、87 ページ。原文「经过第三次修改的《沙家浜》虽然在结构上更加简洁,但依然在塑造郭建光 的形象上缺乏了戏剧冲突的表现,而相反,阿庆嫂这个戏剧冲突集于一身的人物依然是该剧的一号人物,
给观众留下了深刻印象」
276 宋光祖、「開不敗的蘆花――滬劇『蘆蕩火種』と『沙家浜』対読」、『東方芸術』、1993 年、第 1 期。
277 陳思和、「民間的沈浮:従抗戦到文革文学史的一個解釈」、『上海文学』、1994 年、第 1 期。
278 周錫山、「京劇『沙家浜』対滬劇『蘆蕩火種』的侵権与改編得失」、『上海戯劇』、1997 年、第 2 期。
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筆者は、以上の学者の分析は道理がないわけではなく、しかし些か主観的な臆断で きると考える。二つの演劇は公演の際すべて大変高い評価を得ている。二つの演劇に は、共に、それぞれ独特の魅力があると考える。京劇『沙家浜』は滬劇『蘆蕩火種』
から改作されたが、これは演劇界と学術界において周知の事実である。1964 年の京劇 本『蘆蕩火種』の前書きは、「滬劇本はいくつかの鮮明な人物の性格を描写し、劇的な 筋に富むプロットを配置し、我々の改作に対して手厚い基礎を提供してくれた」、
「我々の改作の仕事は滬劇の基礎の上で行ったものである。人物、プロットに対して 少し変更を加えた以外、変更は主に京劇の公演に適合させるためである」と言明した。
両者はこのような関連が存在しているため、本節の中で、京劇『沙家浜』と滬劇『蘆 蕩火種』の比較分析を行うが、どちらが優れ、どちらが劣っているかを探究すること を目的とするのではなく、客観的な角度から整理し、両者の異同を明らかにしようと 思う。
二、脚本の比較279
滬劇『蘆蕩火種』で、はっきりと見て取れるのは阿慶嫂を主役にし、彼女の知勇 兼備を集中的に表現していることである。京劇『沙家浜』では模範劇の「三突出」
の創作理念の下で、郭建光をトップキャラクターに昇格せざるを得ず、彼の唱と話 しを強化している。しかし全劇のプロットから見ると、阿慶嫂は間違いなく最も肝 心な人物である。滬劇を京劇に移し替える試みは、ほぼ滬劇の基礎の上に忠実に行 われ、練り上げられ、京劇として完成させられた。だが、滬劇は地方劇であるた め、リズムがわりに速く、容量も比較的に大きかった。そこで劇は簡潔化のために 圧縮された。例えば、滬劇の『序幕』を第一幕に改め、エンディングの「劇中劇」
を簡潔な短いアクション劇に改め、医者の程謙明の処方を推測し、処方にこめられ た指示を理解するのを医者と阿慶嫂がその場で行動の指針を受渡しするように改め た。この他に、京劇の小規模な修正もかなりの意味を持ち、例えば刁小三が少女の 風呂敷を強奪しようとし、阻止された時、少女が阿慶嫂の保護を求めざるを得ない ようにさせのだが、この場面は滬劇の中で天子九が春来茶館をかき乱し、阿慶嫂を 連れて行かせるように言いふらすより更に当を得ている。再び例えば、阿慶嫂が刁 徳一のためにたばこの火をつける時、滬劇には何の転換もないが、京劇では「刁徳
279 『蘆蕩火種』から『沙家浜』までの演劇のシナリオ及び舞台の公演情況に対する比較分析に際し て、主に以下の 8 種類を根拠とした。
1959 年、滬劇『碧水紅旗』脚本、劇団内部油印、簡称“油印本”。
1964 年、滬劇『蘆蕩火種』脚本、上海文化出版社、簡称“滬劇本”。
1980 年、滬劇『蘆蕩火種』録画、上海電視台、簡称“復排本”。
1965 年、現代革命京劇『沙家浜』脚本、『人民日報』、簡称“京劇本”。
1967 年、京劇『沙家浜』録音、中国唱片上海公司、簡称“録音本”。 1970 年、革命現代京劇『沙家浜』脚本、人民出版社、簡称“定型本”。
1971 年、革命現代京劇『沙家浜』映画、長春電影製片廠、簡称“様板戯”。
1974 年、『革命様板戯劇本匯編』(第一集)、人民文学出版社。
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一が謝絶し、自分でライターの火をつけ」、「少し考えてから、たばこの箱を開け て阿慶嫂にたばこを吸ってもらう」ように処理をしており、刁徳一の暗く狡猾な企 みと、様子をうかがって究明する心理を更にクローズアップすることができてい る。
(一)、エンディングに対する処理
滬劇『蘆蕩火種』は文牧が脚本の初校を完成させた後、役者、観衆、専門家の提案 を聴き、絶えず加工を行い、修正した。例えば『智闘』、『開方』の二つの幕において、
阿慶嫂の歌詞を増やし、阿慶嫂が水を入れる音で沙七龍が(京劇本の中では沙四龍に 改名)飛び込む音をごまかし、衛生員の役を追加したりした。すべて順々に完成した ため、1964 年、上海文化出版社が正式に脚本を出版する時には、すでに 7 年が経過し ていた。280以上のことから、京劇に移植する前に、滬劇『蘆蕩火種』がすでに多くの 推敲を重ねていたことは明らかである。
京劇『沙家浜』と滬劇『蘆蕩火種』の最大の違いは、エンディングに対する処理で ある。滬劇は結末において一幕の「劇中劇」を設けた。謝柏梁、『中国当代戯曲文学 史』によれば、281胡伝魁が結婚すると聞き、阿慶嫂は、彼に派手で盛大な宴会を催し、
劇団にラッパを吹き琵琶を弾かせて彼が大物であることを示してみせるように勧め た。そして、これらの準備を引き受けた。十数日後、郭建光が戦士たちを率いて蘇州 の劇団と糸竹会に変装して、堂々と衣装や楽器の箱を担いで、手に劇に使う刀を持ち ながら沙家浜に入って来た。黒田、胡伝魁と刁徳一がこの「蘇州の劇団」に新四軍の 情報を尋ねた時に、「劇団の興行主」を装った郭建光はその機に乗じて、遊撃隊の郭 司令が劇団を尋問してから通過を許可し送ってくれた話を作り上げ、劇団員に扮した 十八名の抗日英雄が「もうすぐ沙家浜を攻撃し、漢奸を全滅させるだけでなく、陽澄 湖の周辺にいる日本軍も一掃する」ということだと伝えた。そう言い終わるやいなや、
郭建光たちは、現場にいる日本軍の大佐や偽満軍らを捕虜にし、寺の中で待ち伏せて いた日本軍も全滅させた。
このエンディングは、いきいきとし真に迫っている。しかし、次第に模範化に向か って発展する京劇に改作された後、毛沢東が「こういう筋書きだと、結末はドタバタ 劇になってしまう。劇全体が風格の違う二つのものになる。新四軍が全面から進撃す るように改めるべきだ。武装闘争の作用を突出させ、武装した革命が武装した反革命 を消滅させることを強調すべきだ」という指示を出した。劇の終わりが修正させられ たのは少し惜しいが、筆者は良いかどうかの判断は「観る人の立場によって異なる」
と考える。公平に見ると、京劇の終わりは確かにとても簡単である。前半は長い曲折 があるのに、最後に突然「突破」を成功させるのは、少し安易に見える。生活の息遣
280 沈恵如。「汪曾祺戯曲作品探究」、『東呉中文研究集刊』、2002 年、第 9 期。
281 謝柏梁、『中国当代戯曲文学史』、中国社会科学出版社、1995 年、160-161 ページ。