第五章、 交響楽『沙家浜』
第三節、 交響楽『沙家浜』に対する江青の修正指示
本節では、筆者は『江青文選』323 、『江青同志論文芸』324、『江青同志対交響音楽「沙 家浜」的部分指示』325及び『中央首長講話』326を根拠とし、江青が交響楽『沙家浜』
に対して行った修正指示を見てみたい。これらの資料によれば、江青の指示は以下の ようである。
一、洋為中用327
1965 年 1 月 27 日、江青は中央楽団交響楽隊が演奏した「歌唱祖国」を聞いてから、
李徳倫に「楽器はいい、完全に人民や革命に奉仕することができると思う」328と言っ
321 政治の性質を特定する。
322 封建主義、資本主義、修正主義の略称。
323 吉林省通遼師範学院中文系編、『江青文選』、1969 年 10 月。
324 『江青同志論文芸』、中華民国国際関係研究所、1974 年。
325 「江青同志対交響音楽『沙家浜』的部分指示」、『井岡山』、1967 年、第 2 期。
326 『中央首長講話』、浙江大学紅衛兵編輯部、1967 年。
327 外国のものを中国に役立てる。
328 吉林省通遼師範学院中文系編、『江青文選』、1969 年 10 月。原文「乐器很好嘛,我看完全可以为人 民、为革命服务」
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た。また、楽団が民族音楽あるいは西洋音楽をするべきかの争論に対して、「いろい ろ争ったと思うが、私から見れば、革命という肝心なことに触れていないようだ。私 は資本主義の音楽を何曲か聞いたことがあるが、いわゆるクラシックの作品は数曲だ けだ、その後はいいものがなかなか出していない。だからもう未来がない、もう没落 だ。資本主義の音楽はいずれ死亡するが、あなた方は西洋人と一緒に死んではならな い。我々は独自のみちを歩み、自分のものを作ろう、失敗しても大丈夫、転んだら立 ち直ればいい」、「思いきって独自のみちを歩まなければならない、まさか楽団の発展 はここまでではあるまい。自分で道を探り出すべきだ。自分の民族らしいスタイルを 持つべきだ。」と「資産階級の上昇時期に作られた作品のうち、いまでも民衆に愛さ れる作品は歌劇であれ、舞劇であれ、その数は二十を超えない。彼らは数百年の間で それぐらいの能力しかなかった。崇拝することない。封建階級は数千年の間に僅かば かりのものを作っただけだ。我々は数年間頑張れば、やれる」、「一連のもの、まずは それを成り立たせることだ。それは大したことではない。まずは演出して、さらに時 間をかけて磨くのだ、こうした道が正しい」329などと言った。
二、交響楽の発展の道に対する指示
江青は中央楽団交響楽の発展の道について指示を下した。楽団は工農兵に属する民 族化の音楽を演奏し、京劇の現代劇のモデルに従い、交響楽に革命の道を歩かせると いう内容である。具体的には「あなた方は演劇からスタートしてよい、……京劇はた くさんの地方劇の良いものを吸収して、比較的に長い発展過程を経たもので、音楽的 には河北梆子330よりもさらに豊かな表現を持っている。……試しに京劇をやればよい。
……「沙家浜」からスタートしてよい、先ずは幾つかの段落の伴奏をやってみて、あ とはあなた方自身で楽団独自のものを書けばよい」331と指示した。1965 年 9 月 25 日、
リハーサルを見た後、江青は「これは行ける道だと思う、伴奏により独唱や合唱と楽 団を結びつければよい。「過門」332でもよい、だってあなた方楽団は舞台とはあまり関 係ない、昔のような派手な「過門」とか、たっぷり参考にしてよい。……古いしきた
329 吉林省通遼師範学院中文系編、『江青文選』、1969 年 10 月。原文「“我看争来争去就缺少‘革命’
二字。资本主义的音乐我也听过一些,所谓‘经典’作品也就是那么几个,以后也就没再搞出什么东西 来,它已经没有什么发展了,已经没落了。资本主义的音乐是要死亡的,你们不要跟着洋人去死,我们要 走自己的路,应该搞自己的东西,搞错了也不要紧,摔倒了再爬起来。”“胆子要大一些,一定要走自己的 路,难道乐队的发展就到此为止了吗?要自己摸一条路出来,我们有自己的民族风格嘛!”“资产阶级上升 时期的作品,到现在还能够被群众欢迎上演的作品,歌剧也好,舞剧也好,大概不会超过二十个。他们那 么几百年也不过那么一点本事,我们迷信它干什么呢?封建阶级几千年搞了那么一点玩意儿,我说我们用 几年的时间加把劲,可以搞。”“一系列东西。先使它站住,这个你们不要害怕,先演出,再慢慢磨,这样 路子对”。」
330 河北省の地方劇。
331 吉林省通遼師範学院中文系編、『江青文選』、1969 年 10 月。原文「你们可以从戏曲着手,……京剧 吸收了许多剧种的好东西,发展的时间比较久,它比河北梆子在音乐上更丰富。……你们可以搞京剧试试 看。……你们可以搞《沙家浜》,可以先搞几段伴奏试试看,以后也可以按照你们的意思写一个乐队的东 西。」
332 間奏。
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りのままではいけない。新しいものを出さずに封建階級のものを完全に反映してはい けない。批判を恐れなくていい。英雄人物のイメージさえ歪んでない限り、批判には 耐えられる」333と指示した。
三、役者に対する指示
(一)、郭建光
江青は、郭建光役を演じた張雲卿は「若干の気概があるが、[嗄調]334の高いところ までなかなか行けない」と指摘して、「声を張り上げて歌え」とアドバイスした。ま た、郭建光は民衆をリードする役目であるため、重要な時は合唱団をリードすること もあり、例えば「泰山の頂上に立つ一本の青松に学べ」という段落では、腰掛けにた たせて、合唱団のそばでリードさせるようアドバイスした。また、沙婆さんと郭建光 が歌う段落では、民衆がすべてを歌うのではなく、軍民関係を強調するために、最後 に郭建光が「あなたのような革命的なお婆さん」と独唱するようにアドバイスした。
(二)、阿慶嫂
阿慶嫂を演じた役者は梁美珍と陳瑜の二人がいた。江青は前者に対して「声を張り 上げて歌ってください」、後者に「音質があまり良くないから、聞いて不快や疲れを 感じさせる、特に二黄慢板335のところえです」、そして「『風声が緊迫する』の段落で は阿慶嫂の合唱が多すぎる」と指摘した。また阿慶嫂の服装に対しては「阿慶嫂は小 娘ではあるまいし」とか、「でも阿慶嫂の年齢なら、派手な衣装は合わないね」との意 見を述べた。
(三)、刁徳一
刁徳一という役に対して、江青は次のように評価した。悪役としての衣装や造形は
「鬼の色」で、これでよい。しかし「刁徳一をもっと陰険にして欲しい。美しい旋律 ではなく、もっと卑劣さが感じられるようなメロディーにしてくれ、伴奏の方はもう すでに注意を払っていると思うが、もっと陰険狡猾な雰囲気を表現してくれ」と述べ た。
四、音楽、節回し、舞台設計に対する指示
(一)、音楽について
音楽の方面において、江青は「劇として音楽形象ができているし、風格も悪くない」
333 吉林省通遼師範学院中文系編、『江青文選』、1969 年 10 月。原文「我看是条路,你们这个乐队通过 独唱、合唱,乐队结合起来。过门可以发展,你们与舞台上没有什么大关系,过去那些‘花调’过门,你 们完全可以参考。……不要按老规矩么!完全反映封建阶级的东西不出新怎么行?不要害怕,不要怕人家 批评,要顶得住,只要不歪曲英雄形象」
334 嗄調とは通常の歌う音域を超える高音である。
335 京劇の節回しの一種。
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と肯定すると同時に、「一組の撥弦楽器を加えれば良い。こうすれば低音、中音と高 音がみんな揃うから、恐れないで独自の道を歩もう、楽団の発展はここで止まるわけ ではないし、独自で道を探り出そう、民族の特色がなければならない、しかし民族に 限られる国粋主義のわけでもない」とか、楽団にはチャルメラを加えても良い、「導 板によく合うし、二黄もチャルメラを使ったらより素晴らしくなる」との意見を出し た。さらに「民族の音楽を熟知した上に、西洋の音楽も徹底的に研究すべきだ、大衆 がすぐに歌え、しかも歌いたがるような素晴らしい歌を作ろう」、「二黄から少し西皮 へ変える」という音楽の構造で人物像を作るべきだ、郭建光が一句をリードしてから、
導板に戻って、音楽のクライマックスに到達させる。次は軍歌進行曲で時代の息吹を 強調するのだ、音楽の完全性を保つために、「序曲」に軍歌を使うなら、「結末も『新 四軍軍歌』を使うべきではないか」とアドバイスした。
(二)、節回しについて
節回しの方面では、「台詞回しをもっと練習する必要がある。現代劇の役者にして もセリフの音楽性を念頭に入れなければならない」、「弾み」があるべきだ。白話で朗 誦詞を書くべきだともアドバイスした。「京劇には韻をふんだリズミカルなセリフの 韻白と北京語を使ったセリフの京白があるからこそ、話劇336との区別がつけられるの だ、京劇現代劇はセリフが長いと言う人もいるが、それは二つの勘違いだ、そもそも 我々は話劇に歌唱や舞蹈つまり打を加えたものをやっているのだ。違うところは「韻 白」と「京白」だ。これからはだんだんに京劇の特徴という「韻白」を取り除いてい くべきだ。だから、わざわざ「中州韻」337というものをやらなくていい、もっと大衆 化されたらずっとよいではないか。」と述べた。また、発音については、「女声をもっ と研究する必要があるのだ。西洋のソプラノも、中国の京劇も裏声だ。これに対して、
我々はセリフを話すから、地声を入れたほうがいい。歌にしても、西洋人の発声法は 良くないと思う、現代の英雄人物から遠く離れているからだ。」と言った。それに、江 青は「過門に合わずに、歌声に落ち着きが足りない」と言って、役者がリズムにおい て問題があると指摘した。
(三)、舞台設計等に対する指示
役者に対して、「歩くときは舞台の歩き方ではなく、身振りがあって良いが、現在 人らしい歩き方にしてほしい」、「蘆蕩の背景にはモーターボートのイメージを入れて 敵がいるぞとの緊張感を作ったほうがいい、でないと自然と戦っているように見える」
と指摘した。
336 台詞劇に当たる。
337 中州は今の河南省を指す。中州韻とは、近代の戯曲韻文の基本となる韻部のことである。北方語を 基礎として、韻の分け方には各地の特徴があるが、「皮黄戯」の「十三轍」に近い。張再峰、「中州韻和 湖広音」、『中国戯劇』、2011 年、第 7 期、参照。