第四章、 革命模範劇『沙家浜』
第七節、 模範劇の魅力に対する分析
世論における模範劇の善悪に対する評価はまちまちであるが、人々の模範劇に対す る関心と情熱は弱くなっていない。何故このような現象が現れたのか。筆者は模範劇 の一部の演劇は時間の選択を経ても、依然として芸術的魅力があると考える。模範劇 は再び公衆の関心を引き起こし、ある程度外部の推力によって力を得たが、最も主要 な原因は模範劇それ自身が人々の関心を引き起こす魅力を十分に持っているためで、
これは否定できない事実である。その次に、「政治標準第一、芸術標準第二」の文芸政 策の下で誕生した模範劇は、政治的基準と芸術形式が共に基準に達していたと言える。
そこで、政治的角度、文学芸術の角度のいずれから見るかに関わらず、模範劇は全否 定された歴史の文化形態ではない。中華文化史の上で創造性と革命性を持つこの文芸 形式に対して、批判的な研究を行うことはできるが、もっとこの中に豊富にある積極 的な文化的意義を掘り起こす必要があると考える。
模範劇は「国劇」として知られる京劇に依存し創作し上演されたいくつかの演劇で ある。京劇は歴史的伝統が比較的濃厚な全国的な規模の大きい劇の一種であるため、
模範劇の反映する中国の伝統的な演劇に対する継承と発展の状態は、必ず人目を引く に違いない。また、政治のコントロールを受けたが、芸術家達は依然として努力し芸 術の創作規則に従い、人物の描写、プロットの構造と言語の方面で成功した点が些か あると考える。本節において、模範劇『沙家浜』を例に、模範劇の魅力について考察 分析を行う。
一、模範劇の芸術的価値における魅力
模範劇は当時の最も良い脚本家、監督、役者と舞台美術の工作者を集中させ、「十 年で一つの演劇を磨きあげ」、力を尽くして精細に彫刻した。胡星亮は「御用創作ス タッフは江青が『心血を注いで』演劇を行うことにもちろん媚びへつらったが、模範 劇が節回し、舞踊、音楽、舞台美術上で更に良いものを求めたのは事実である。これ らは、模範劇の芸術の革新をとても高いレベルに引き上げた。中国の演劇の近代化と バレエ劇などの西洋の演劇の中国化のために豊富な経験を蓄積させた」285と指摘した。
党的思想是英雄性格的灵魂和力量的源泉,只有坚决执行党的方针政策,对革命无限忠诚的人,才能成为 大智大勇的英雄。」
285 胡星亮、『二十世紀中国戯劇思潮』、江蘇文芸出版社、1995 年、322-324 ページ。
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模範劇の製作を 10 年引き延ばし、一国の力を傾けた。この過程で、尋常ではないほ ど多くの人材を集中し、品質を保証し、および芸術を国家の政治の行為として対応し、
おろそかにせず更に良いものを求めた。これらのすべては模範劇の製作上の品質の保 証において、社会の常態の下では到達不可能な水準を提供した。例えば、作家の汪曾 祺、詩人の聞捷等の文学者は模範劇のシナリオのために言葉を精錬し、手直しした。
于会泳は管弦楽を担当し、李徳倫は交響楽を担当し、殷承宗はピアノの伴奏を担当す る等、各領域の優秀な人材を、模範劇を製作する芸術の作業の中に組み入れた。また、
一切の芸術的手段を集中させた。例えば照明、舞台、位置、人物関係、節回し、メロ ディーの格調などは、すべてプロレタリア英雄人物の描写に奉仕するのである。音楽 設計上においては、優美なメロディーを求め、できるだけ高く、広く、空高く進み、
最大限にプロレタリア英雄人物の広く高遠な共産主義思想を表現している。よって、
模範劇の持つ芸術的価値に対する否定は認められるものではないと考えられる。
総じて言えば、封孝倫286が指摘したように、模範劇は中国文芸の世紀的な美意識 の変化の全過程を濃縮している。第一に、写意から写実への変化は、古典美意識の 思想からの変化(和諧から崇高へ向かう変化)をはっきり示している。第二に、現 実から浪漫への変化は、崇高な美学思想の第一期から第二期に至る変化(悲劇期か ら英雄期への変化)を明示している。第三に、英雄期自身の生き生きとした英雄、
人々の英雄から異化された英雄、神格化された英雄に至る変化を顕示している。
二、模範劇の政治的魅力
「政治標準第一、芸術標準第二」の文芸政策の下で誕生した模範劇には濃厚な愛党、
愛国の思想及び毛沢東思想の実践に溢れており、これも改革開放初期の中国の政治環 境の需要に符合し、平和的転覆を防止すること、及び党の指導を堅持する当時の政策 に合致している。このため、胡志毅287は 「国家の儀式」を視角にして文革時期の模範 劇を透視した。いわゆる「国家の儀式」とは、国家の統治者が発動し、民衆がやむな く参与するか意識的に参与する政治(或いは革命)の運動である。288文化大革命もこ のような運動の中の一つで、それは一度神をつくる(個人崇拝の)運動である。この 時、演劇は次第に国家の儀式に跳ね上がり、更に国家の体制までに組み入れられ、国 家のイメージになる。ある意味、模範劇はユートピアの政治として、上から下まで展 開された狂喜の精神の体現であり、それは個人の記憶、集団記憶になるだけではなく、
「国家のイデオロギー」と関係がある人民の記憶であり。そこでは、模範劇の復活と 再演は、儀式の繰り返しであり、それは人々に絶えず思い出させ体験させる。このよ うな記憶と体験には歴史的意味があると言える。
286 封孝倫、『二十世紀中国美学』、東北師範大学出版社、1997 年、299 ページ。
287 胡志毅、『国家的儀式-中国革命戲劇的文化透視』、広西師範大學出版社 、2008 年、13-90 ペー ジ。
288 郭于華主編、『儀式与社会変遷』、社会科学文献出版社、2000 年、364 ページ。
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三、模範劇の文学的魅力
(一)、民間性
模範劇の多数は以前すでに完成した非情に知名度の高い作品を改作し移植するこ とを通じて完成されたものである。このような演劇における民間性の創作方法は、実 際に芸術のオリジナルな成果を絶えず累積する方法で、作品の成功率と成育率を保証 しており、そして異なる時間と空間に広く伝わる要求に基づいて作品を絶えず適応、
改善、高揚させる。これらのオリジナルな作品の中には民間文化の魅力が隠れており、
非常に強い吸引力を持つ「民間性」の美意識を形成した。これに対して陳思和は、「民 間の美意識に対する信頼と借用は、おそらく模範劇が成功した条件の一つであるかも しれない」289と述べている。明らかに、模範劇の芸術の品質もこのような優秀な作品 に対する移植のおかげであると考える。
ここでは『沙家浜』の改作を例にして考察分析を行う。
当時の江青の考えは、阿慶嫂を際立たせるか、それとも郭建光を際立たせるか、ど の路線を際立たせるかという大問題だった。このため、『沙家浜』の製作グループは できるだけ郭建光のシーンを強め、彼をもとの劇の主役である阿慶嫂を圧倒する一号 人物にした。もし郭建光が政治的記号であれば、阿慶嫂は政治的記号と民間的記号を 同時に兼ね備えている。それは阿慶嫂が党の地下通信員であり、また江南小鎮の茶館 の女将という二つの身分を持っているためである。同様に胡伝魁にも二つの記号があ り、彼は民間的英雄という民間的記号を持っており、「忠義救国軍」の司令官という 政治的記号も持っている。しかしながら、演劇の中で、大多数の観衆を引きつける人 物は政治的身分ではなく、民間的身分の人物である。濃厚な民間性の興味があるため、
陳思和が言ったように「最後に模範劇は改作されたが、阿慶嫂の三名の男との固定的 な関係はやはり全て直すことはできない。郭建光が絶えずシーンを奪い取っても、中 身がなく味気ない豪語を増やす以外に、芸術に積極的な要素を加えることができなか った、春来茶館の女将の主役の地位を変えることはできない。阿慶嫂が代表する民間 的記号でなくなれば、『沙家浜』における自身を失い、たとえ最高指示が劇名を『蘆蕩 火種』から『沙家浜』に変えたとしても、たとえ『三突出』の理論が散々唱えられた としても、『沙家浜』の舞台上では依然として同時に二つの主要な英雄人物が存立し ており、かつ本当の主役はこの世間の女であるほかない」。290 同時に、このような『沙 家浜』自身にあった民間芸術の魅力は、『沙家浜』に巨大な芸術的美意識の効果を持 って来させ、決して政府に依存し強制的に普及と拡大を行うだけではないと言える。
(二)、伝奇性
289 陳思和、「民間的沈浮:従抗戦到文革文学史的一個解釈」、『上海文学』、1994 年、第 1 期。
290 陳思和主編、『中国当代文学史教程』、復旦大学出版社、1999 年、168 ページ。