第 9章 新国 民 統合政策下に おける 「民族」のあり方
第 5節 華人青少年と 宗郷会館… 華人青少年の 意識調査から
こういつた状況の中、最近では、会館組織の中か ら、公に政府 と意見を交換する、民間 か らの推薦 による「官委議員」が3名出現 している。1997年 か ら中華総商会・ 会長鄭民川
(タ イ・ベ ンチユア ン)、 中華総商会理事張斉蛾 (ク レール・チヤン
)及
び庄紹平が官委議員を務め、政治に参与するようになつた。鄭民川は、「華人組織はシンガポールの歴史 上、非常に活躍 して きたが、独立前は宗郷会館や校友会は、非常に影響力を持 ち、政治闘 争に入 り込んでいつた。時代が移 り変わ り政治が安定 した現在、華人組織は政府 に敵対す るのではな く、公民社会組織 としてのあるべ き位置を見いださなければな らない。」 と、
政府 と華人組織の協調に肯定的だ。中2
‑方
、上述のように、宗郷会館聯合総会や宗郷会館が主催する活動に、政府 が支持を表 明 し、活動の開会式等にも政府の要人が出席することは、近年非常に多 くみ られるように なつている。また、政府の要人は、こういつた活動 に時に参加するだけではな く、例えば、リー・クアンユー (李光耀
)上
級相は李氏総会及び南洋客属総会、オン・テ ンチ ョン (王 鼎昌)大
統領が開瞬王氏公会、ジョージ・ヨー (楊栄文)准
将兼情報相が楊氏総会、 リー・シエンロン (李顕龍
)副
首相及び リー・ ヨックスアン (李玉全)貿
工相が李氏総会にお いて名誉顧間に、チュン・ ジッコン (庄日昆)元
社会発展部政務部長が庄氏総会、チヤン・ソーセ ン総理公署兼社会発展部政務次長が曽邸公会において会務顧間に就任するとい う ように、個人的にも宗郷会館内の高い地位 に就 くようになっている現象がみ られる。"
このように、政府 と華人組織 との関わ りは、組織のみな らず個人 レベルにも到達 し、政 府 と華人社会間の架け橋 となる傾向は次第に強 くなっているが、先述のように、政府 との 強調 に難色 を示す宗郷会館がなおも存在することは否めない。政府 と宗郷会館の協調によ る、華人伝統文化の更なる普及を考える時、政府 にとってこの問題は避けて通 ることので きない大 きな課題 となるであろう。
本節では、以下 に述べ る問題に答えるべ く、華人青少年の宗郷会館及び民族文化に対す る意識及びアイデ ンテ ィテ ィについて理解 を得 るために、以下の問題 に注意 しなが ら、1993 年 に調査 を行つた。・
1,現
在、 どれだけの華人青少年が宗郷会館 と関わ りを有 しているのか。2,近
年、宗郷会館の改革が行われる中で、実際に青少年は、宗郷会館の活動に対 して 興味を示すようになってきているのか。3,華
語の普及 と同時に方言の存在感が薄 らいで きている昨今、青少年は、 自らが属 す るサブ・エスニ ック・ グループに対 してどのような意識を有 しているのか。4,宗
郷会館や政府が、華人伝統文化 を継承・発揚 してい く動 きが強 くなつて きている が、華人青少年は華語及び華人文化に対 して どのような意識を有 しているのか。5,2言
語教育での必修科 日としての母語 を学び、近年、民族 のアイデンテ イテ イを持 つことの意義が重要視 されてきている中で、青少年は華人であることを認識 し誇 り を有 しているのか。6,思
想の欧米化が進む華人青少年は、伝統的組織である宗郷会館 に対 して どのような 見方を しているのか。本節で用いた調査方法は、アンケー ト調査 と聞 き取 りを中心 としたものであ り、特にア ンケー ト調査 に関 しては、
1993年
に、 シンガポールに居住する15歳
か ら29歳
の華人青 少年500人を対象にアンケー ト形式の調査票を配布 し、256人
よ り回答を得て、結果を分 析 した。調査票は、青少年の宗郷会館 との関わ り方、宗郷会館に対する意識、サブ・エス ニ ツク・グループに対する意識、華語及び華人文化に対する意識に照準を当てて作成 した。a,宗
郷会館 との関係表
33は
、青少年の家長 と宗郷会館 との関係についての調査である。青少年の家長の多 くは、華校で学んだ世代であるにもかかわ らず、会館の会員である率はさほど高 くない。全体の15。
2%で
ある42人
が「 家長が宗郷会館の会員である」 と答えているが、「 家長が 会員でなおかつ子女も会館活動に参与 している」のは、 この数字 よ り下回る17人
のみで ある。「 家長が宗郷会館 の会 員であ る」 と答 えた青少年5人
に対する聞 き取 りでも、「 父 が会館の会員なので、家族全員が家族会員になつている。」(中学生)以
外は、「祖父 と父 が会員だが、 自分は会員でない し、活動に参加 したこともない。」(大学生)、「父が会員 であるが、 自分は どうだかわか らない。」(社会人)と
い うように、家長が会員であれば 家族全員も会員になる場合が多かつた植民地時期 と比べて、現在は家長 に続いて家族が必 ず しも会員になるわけではな く、家族の意志に任せる風潮が強 くなつているということが わかる。*1
本節における調査結果は、筆者の「華人会館か らみたチヤイニーズ・アイデ ンテ イテ イーシンガポール・マ レーシア・タイ・ ミヤンマーを例 として」、『 社会学研究13号
』、甲 南女子大学大学院社会学研究室、1995年
3月 、32‑42頁 か ら抜粋 したものである。なお、本節 における聞き取 りは、特 に調査年を明記 しているものを除いては、
1993年
の調査の 際 に実施 したものである。172‑
表34は、青少年 自身の会館活動への参与についての調査である。調査結果をみると、「宗 郷会館のことを知 つているが、活動へ参加 したことがない」 と答えた者が、全体の約
7割
(185人、
69.8%)に
も上 つてお り、「宗郷会館の活動によ く参加する」 と答えた者が 1%(3人 )の
み、「 時々参加する」 と答えた者が9.5%(25人 )で
あつた。聞 き取 りでは、「福建会館の活動に参加 している親戚 に誘われて、何回か行つたことがある。」(社会人)、
「 自分は福清系だけれど、福清会館の場所 を移民 して きた中国の親戚 に尋ね られ、初めて その存在 を知 つた。」(社会人)、「宗郷会館 の活動を見 に行 つて もいい とは思 うものの、
気軽 にいける雰 囲気ではな く、 きつかけもな く行 きに くい。」(大学生)、「宗郷会館 は老 人の場所 とい うイメージがあつて、 どうも行 く気 になれない。」(大学生
)等
、多種多様の意見があつたが、宗郷会館 にはなお も旧来の古い とい うイメージが存在 し、それが青少 年の意識 を決定づけているようだ。なお、「 宗郷会館の存在 さえも知 らない」 と答えた者 は約
2割
(48人 、18.1%)も
いるが、それは、現在の宣伝力の弱さもさることなが ら、過去に華人社会で重要な役割を演 じて きた宗郷会館の存在が、シンガポールの歴史の中で あま り語 られて きていないことも要因であると考え られる。
表35は、青少年が「宗郷会館か ら経済的援助を得たことがあるか」とい う質問である。
現在、従来か らの慣習に従 つて、会員の子女或いは同郷 。同宗人に対する奨学金や助学金 の制度を設けている会館は少な くない。小規模な宗郷会館であつて も、奨学金、助学金の 制度が確立されている会館 も非常に多い。・ しか しなが ら、実際に「宗郷会館か ら経済援 助 を得 たことのある」 と答えた者は、
6.4%(16人 )だ
けであつた。これは、シンガポ ール経済が発展 し、国民が全体的に裕福 にな り、経済的援助を得 る必要がな くなったこと ったことが第 1の 要因であるといえるが、特 に1970年
代の経済成長期以降、会館以外に も政府、企業、財団などか らの多種の奨学金制度が設け られるようにな り、経済的に恵 ま れない学生であつても、以前 よ り経済的援助を得やす くなつたことがあげ られる。よつて 現在では宗郷会館の奨学金が、独立以前ほど貴重な存在ではな くなってきているのである。つ調査では、「 宗郷会館か ら経済的援助 を得たことがある」 と答えた会社員は、「父が宗郷 会館 に積極的に参与 していたので、中学、高校時代 に会館か ら奨学金 を受け取つた。その 後、悪いので仕方な く会員になったが、一度 も活動に参加 していない。」 と答えている。
青少年の場合、会館の会員であつて も、 この例のように、全 く会館活動に無関心な者もい るのだ。
表36は、「 宗郷会館が設立 した廟へ行つたことがあるか」 という質問である。シンガポ ールには、多 くの中国廟が存在 するが、その中で も有名な福建会館の「天福宮」、潮州系 の「尊海清廟」、南安会館の「 鳳山寺」、海南会館の「天后宮」、客家及び広東系の「 タン ジ ョンパガー福徳祠 (望海大伯公)」、安渓会館 の「城建廟」等は、歴史 も古 く設立は光 緒時代 に遡 り、特 に前
3者
は観光名所 にもなつている。第8章
第1節で述べたように、近 年の華人青少年の信仰は、キ リス ト教、 中国系宗教、無宗教が平均 して約3割
となつてお*1
筆者の、多 くの宗郷会館 での聞 き取 りによる。 (1996年 、1997年、1998年)*2
筆者 のチ ヤン・ ソーセ ン総理公署兼社 会発展 部政務 次長へ の間 き取 りによる。(1998 年)173‐
り、道教 と関わ りの深い会館の廟へは、
8割
近 く(204人
、77.0%)の
者が「行 つたこ とがない」 と答えている。聞 き取 りでは、「廟 がた くさんあるのを知 つているが、 どの廟 が宗郷会館 と関係がある のかわか らない。」、「 自ら行 つたことはないが、何かの機会があつて数回行つたことがあ る。J、「興味がない。」 といつた無関心派の大学生数人や、「観光地 として天福宮 に行 くこ とがあ る。」 と答えた社会人が
2人
いた他、「先祖が祀 られてい る碧 山亭 (広恵肇碧 山亭 公所の廟)へ
家族 とよ くお参 りに行 く。」(中学生)、「宗族 が横 山廟 (潜氏総会の廟)に
祀 られているので、たまに行 くことがある。」(中学生)、「 自分は南安系なので、鳳 山寺 には時 々行 く。」(社会人
)と
い うように、 自分の先祖やルーツか ら廟 と関わ りを持 ち続 けている者 もいた。テロック・アヤ・ ス トリー トにある福建系の「海唇大伯公」は、設立 が光緒年間に遡 る歴史の古い廟であつたが、この地域一帯の建築物が「 チヤイナ・スクエ ア」 と呼ばれる飲食街 として、観光局 によって リニユーアルされたのに乗 じて、1998年
に廟は観光地の博物館 として再生された。・ このように、現在では廟 も、宗教 とは関係の ない「歴史的建築物」や「観光地」のような存在であると位置付 けている青少年が多い中 で、 自分の属する宗族 と関係があつた り、祖先が祀 られているといつた華人の伝統的な価 値観 に基づ き廟へ行 く青少年 も、数は少ないなが ら存在 していることが、 この調査で確認 で きた。b,宗
郷会館 に対する意識表
37は
、華人青少年の宗郷会館 に対する意識の調査である。表4か
ら、約 6害J(158
人、
59.6%)の
青少年が、宗郷会館の必要性 について「 どち らで もよい」 とい う無関心 の態度をとつている。また、3割
以上 (94人、35.5%)の
青少年が、会館の存在 を必要 としているが、必ず しも会館 に参加 している、または参加 したい という意志があるわけで はない。聞き取 りでは、中高生を中心に「 自分は、宗郷会館 に参加 しようと思わないが、伝統文化 を残すためにも存在は必要。」、「 実際に会員になっていて、会館のメ リッ トは大 きい と思つているので、会館 を残す必要性はあると思 う。」 というような肯定的な意見が あ りなが らも、大学生 を中心 とする「 どち らで もいい。」、「 自分は参加 しないか ら関係な い」 といつた無関心派が多数を占めている。
c,サ
ブ 。エスニ ック・ グループに対する意識表
38は
、青少年の「 自分の属するサブ 。エスニ ック・グループ (同郷人)に
対 して親 近感 を持つか」 という質問である。調査結果は、3害J近 く(75人、28.3%)が
、程度の差 こそあれ、「 自分の属 するサブ 。エスニ ック・グループの人に対 して、親近感 を持 つてい る」 と答えているが、7割
近 く(179人
、67.5%)の
青少年が、特別な感情や親近感 を 持 つていない。その要因 として、非調査者のほ とんどが、シンガポール生 まれのシンガポ ール育ちであるため、祖先の原籍地 に対するイメージがわかな くなつて きていること。ま*1
筆者の参与観察による。同 じ通 りに位置する客家系の応和会館 も同時に リニューアル されることとなつた。174