第 5章 ポスト 植民地時期に おける 華人社会 (1965・ 1985)
第 5節 英校生と 華校生から みた華人の 2元 l性
a,思
想の欧米化への懸念1980年 代 に入 ると、これ まで政府 によって推 し進め られてきた、経済の発展、工業化、
英語教育による、国民統合 とナショナル・アイデ ンテ イテ イの創造だけは、「 シンガポー ル独 自の文化」を創造することがで きない という結論に達 し、シンガポールは新たな問題 に直面することとなった。シンガポールには多民族グループによる文化の相違が存在 し、
英語が国民全員の母語にはな り得ない という結論 に達 したのである。言語は、価値観、文 化、伝統、宗教、人間関係、習慣等を左右するに値する力を有 しているために、 もし、英 語が各民族の母語や方言にな りかわつて、「 シンガポール独 自の文化」を創造することに なれば、その根底 にはア ングロ・サクソン文化を持つことになって しまい、シンガポール 国民が本来持ち合わせていた独 自の文化 を、否定 して しまいかねない と考えられるように なったのである。Ⅲ2
リー・ クア ンユーは、
1970年
前後か ら既 に、 シンガポール社会の欧米化 に対 して懸念 しは じめてお り、1966年
のシンガポール大学歴史学会で、「 この15年
間に得た1つの避 けがたい結論は、英語教育はこの多種族社会に共通の環境 と共通の言語、そ して共通の価 値観 さえ与えているが、同時に、 自前の文化 を保持 している民族の持つ気迫や活力や文化 的勢いを奪つているということです。」Ⅲ3と断言 し、
1967年
に、トアパヨ・コ ミユニテイ
・セ ンター及び居民諮問委員会合 同の新年パーテ イーにおいて、「教育部の統計では現在
*1
周清海「新加披華文教育的現況与展望」、馬臨編『 亜洲地区華人社会教育事業的展 望』、香港中文大学教育学院国際学術研討会論文集、1987年 、182頁 。*2 Cheng Liin Keak, "(〕 hinesc〔 〕lan Associations in Singapore: Social Change and Continuity", in Leo Suryadinata ed.,Sο 滋ιαs′As,ακ Cλj ιsι,Times 2へcademic Press,Singapore,1995,p71.
*3
黄彬華・呉俊剛編、田中恭子訳『 シンガポールの政治哲学 (上)一
リー・ クアンユー首相演説集―』、井村文化事業社、1988年、218頁。
‑96‑
就学年齢 の国民の
70%が
英校 で学 んでい ますが、 学校 では英語 を勉強 するべ きで あ るけ れ ども、 それ と同時 に英 国人ではない と自覚 しなければな りませ ん。英語 を学 び英語 を使 用 しよう と、残 すべ き遺産であ る 自分 たちの文化 、文明 を忘れてはいけ ませ ん。それ らが、現代 の知識 と価値観 へ の基礎 とな り、未来 に繋 が つて い くので す。」Ч
と国民 に対 し、民 族 文化 の保 留 と継承 を喚起 してい る。そ して 1972年に、「 も し、我 らが どこかの社会 の よ うに、 自 らの価値観 や文化 を持 たない まま、不用意 にアメ リカ人や イギ リス人 の猿 まね を して英語 を話せ ば、は つ き り言 つて、 この社会、 国家の建設 は もちろん、守 るこ ともで き ないで しよう。」Ⅲ2と
延べ、英語 のみ の習得 の危 険性 を指摘 し、母語 に よる伝 統 的価値観 の理解 を強調 している。
そ して、英校へ の人気 が上昇 し、英校 の数 が急激 に増加 してい た 1974年 には、「 も し、
自分が再 び学生 にな るな ら、 まず華校へ進学 す るで しよう。多 くの英語教育 を受けた華 人 の親 たちは、華語 を学んで も利益 にな らず、英語の レベル も低下す るか らとい つて、子弟 を英校へ行 かせ ようとす るが、 これは間違いです。浅はかな考 えです。華校で英語 を学ぶ こ とは難 しくあ りませ ん。」 と、む しろ華語 の重要性 を示す発言 を している。 リー・ クア ンユーが シ ンガポールの欧米化 に対す る懸念 を暗示す るように、その後、上述 のように、
実 際 に英語 を話 す英校生 の価値観 に変化 が生 じ、英校性 と華校生 の価値観 や考 え方 に大 き な格差が生 まれ、華人社会 に
2つ
の相容れない集 団を作 る結果 となったのであ る。宋 明順 は、1969年か ら1971年にか けて、英語系 と華語系の中学、高校、大学 に通学す る青少年 を対象 に した意識調査 を行 つた。その調査結果か ら、 当時の英校生及 び華校生間 の価値観 の隔た りが明確であ るこ とが検証 されたが、 当時のシンガポール華人社会の中に 存在 す る
2元
性 を説明す るため に も、 この調査結果 は有意義であ る と考 えたため、本節 で は宋 明順 の調査結果の一部 を取 り上 げ、再考察す ることとしてい る。b,中
学英校 であ るア ング ロ・ チ ヤイニーズ 中学校 (Anglo―Chinese School)、 ラ ッフルズ女子 中 学校 (Rames Girlゝ School)か ら74名 (男 34人、女40人)を 、華校 であ る華僑 中学(Chinesc High School)、 南僑 女子 中学 (Nanqiao Ginゝ Sch。。
1)か
ら76名 (男 37人、女39人)を
抽出 した、 ア ンケー ト形式 の調査 の結果 は以下 の通 りであ る。
「 階層 」 に関す る調査 (表
7参
照)で
は、両親 の教育 レベル にでは、英校及 び華校 間で は つき りとした差 が見 られただ けではな く、家庭 の収入 にも大差 が見 られた。中3これは、独 立前 の「 少数 のエ リー トの子弟 が英校 へ、多 くの労働 者階級の子弟 が華校へ 」 とい つた 構 図 を浮 き彫 りに してお り、独 立後 もこの構 図が残 つてい るこ とが裏付 け られてい る。
「 尊敬 す る人物」の に関す る調査 (表
8参
照)で
は、英校 生が上位2位
を政 治家、その 他 欧米 の著 名人 を挙 げて いるの に対 し、 華校生は上位2位
を両親、その他 に中国の著名人*1
新加披宗郷会館聯合総会、新加岐 中華総商会編『 李光耀談新加岐的華人社会』、新加 岐宗郷会館聯合総会、新加岐 中華総商会、 シンガポール、1991年 、68頁。*2 Lee Kuan Yew, "Traditional values and national identity",rLθ Mirr。′, Vol.8,No.47,pp.1,4.
*3宋
明順『新加崚青年的意識結構』、教育出版社、シンガポール、1980年 、51頁 。‑97‑
を挙 げてい るのが特徴 的であつた。Ч
特 に、華校生 は、学校 教育か ら、両親 や教師等 の 目 上 の者 に対 する敬意 を重視 する、 中国の伝統 的価値観、 とりわけ儒教の影響 を受けてい る
とい うこ とが考 え られ る。
「 良家の子女 は ミニスカー トを穿 くべ きで はない と思 うか」とい う問題 に関す る調査 (表
9参
照)で
は、英校生の7割
以上 に対 し、華校生 の場合 は2割
弱のみが「 穿いて もよい」と答えてい る。宋 明順は、 この調査結果 だけで華校生は保守的であると決めることはで き ないが、英校生 と華校生 の考 え方 の相違 が存在 す るこ とを証 明す る、
1つ
の指標 とな つてい ることを指摘 している。つ
c,高
校 (ジユニ ア・ カ レッジ)英校 であ るセ ン ト・ ジ ヨセ フ書 院 (St.Joseph lnstitution)、
ア ングロ 。チ ヤイニーズ 。ジ ュニア・ カ レッジ (Anglo―Chinese School)から文科 系 ω 名、理科 系
60名
を、華校 であ る黄哺 中学 (Wonpoa school)、 中正 中学 (Zhong Zheng SchOol)か ら文科 系60名、理科 系6Cl 名 を抽 出 し、前者 には英 文、後者 には華 文のア ンケー ト形 式の調査 を実施 した結果は以下 の通 りであ る。「 階層 」 に関す る調査 (表
10参
照)で
は、両親 の教育 レベル には、 中学 同様 、英校及 び華校間ではつき りとした差が見 られた。"普段 どの ような新 間 を読 んでい るか とい うのは、青 少年のみな らず、 その家族 を含 め た 華 人の生活 と価値観 を知 る手 がか りにな る。「 新 聞」 について の調査 (表 11参照
)に
おいて も、常 に読 む新 聞 として、英校生 と華校生間で明確 な隔た りが確認で きてい るが、Ч 特 に興味深い ことは、華校生の
3位
に英字紙 のS物
お 策 ιsが挙 げ られてい る こ とで あ る。や は り、華校生 に とつて も英語 は第
2言
語 と して習得 しなけ らばな らない とい う目的以外 に も、 シンガポール社会 においては、必須 の言語 であ る とい う意識が強 い ようだ。調査 当時 は、シ ンガポールが独 立 して か ら、まだ
4年
であ つたが、高校 生の「 国家意識 」 の調査 (表12参
照)で
も、英校生 と華校 生では明確 な相違 が見 られ る。も英校生 の
7割
近 くが、個 人が発展 すれば国家 に も前途 が訪 れ る と答 えてい るの に対 し、華校 生 の9割
近 くが、国家 が発展 すれば個 人 にも前途 があ る と答 えてい る。 これは建国 したばか りの シ ン ガポール に対 す る忠誠心 の相 違 とい うよ りも、「 国家」 自体 に対 す る価値観 の相 違一 いわ ゆ る西洋の個人主義 の思想 に影響 を受 けてい る英校 生 と、儒教思想 の影響 を受 けてい る華 校 生の考 え方の相 違一 で あ る と考 え られ るためで あ る。「 シ ンガポール公民 と して光栄で あ るか どうか」 の調査 (表
13参
照)で
も、英校 生の9割
以上 に対 し、 華校生 は8割
弱が光栄 と答 えて い る他、華校生の16%が
意見無 しとい*1宋
明順*2宋
明順*3宋
明順*4未
明順*5宋
明順『 新加 披青年 的意識結構』、
『 新加 岐青年 的意識結構』、
『 新加披青年的意識結構』、
『 新加 岐青年 的意識結構』、
『 新加岐青年的意識結構』、
シンガポール、
シンガポール、
シンガポール、
シンガポール、
シンガポール、
教育出版社、
教育出版社、
教育出版社、
教育出版社、
教育出版社、
‑98‑
19801F、
1980生F、
1980生F、
1980年 、 19804F、
51頁。 58頁。 33頁。 33頁。 33頁。
う結果 となった。・ 幸校生の中には、英校生に比べて、就職や前途等の将来に対する不安 か ら、国家の政策に不満を持つていた り、国民の一員であることに光栄だ と答え られない、
心理的理 由が存在 していたのではないか と考えられる。
「時勢に対する考え方」の調査 (表
14参
照)で
は、英校生 と華校生間における見方に も相違が見 られる。「 シンガポールに最 も影響力を持つ国家」への回答では、英校生 と華 校生 ともに、近隣のマ レーシア とイン ドネシアが上位2位
であつたが、第3位
には英校生 は植民地時代の宗主国の英国を、華校生は華人 と関わ りの深い中国を挙げている。また、「最 も重要であると考 え られる世界的な事件」については、英校生がやは り英国 と関係のある「英軍撤退」を
1位
に挙げたのに対 し、華校生は「 中ソ紛争」を1位
に、「文 化大革命」を5位
にと中国に関する事件 を挙げている。中2華
校生は、中国 と国交が断絶 し ていた当時で も、中国に対 して少なか らずの関心を有 していたことが理解で きる。しか し、
その反面、英校生 と華校生 ともに、中国やイギ リスではな く、近隣のマ レーシア とイン ド ネシアがシンガポールを第1位にあげているのは、彼 らの中に、現地意識が培われて きて いることが表われていることがわかる。
d,大
学1971年に、英語系のシンガポール大学か ら92名、華語系の南洋大学か ら 127名 を抽出 した、アンケー ト形式の調査の結果は以下の通 りである。
「信仰する宗教」の調査 (表
15参
照)で
は、英校生の6割
弱がプロテスタン ト或いは カソ リックのキ リス ト教系宗教を信仰 しているのに対 し、華校生はキ リス ト教、中国宗教 がそれぞれ10%台
で、後の7割
が無宗教 となつている。中3この結果か ら、信仰面におい て も英校生 と華校生の間に相違が生 じていることが明 らかになつている。「国家意識」の調査 (表
16参
照)で
は、高校生 と同様 に、大学生にも明確な相違が見 られる。中4南
洋大学生の
7割
が、「 国家の成長が重要である」 と答 えているのに対 し、シ ンガポール大学生の6割
近 くが、「個人の幸福」に重要 さを見いだ している。この結果 も、個人よ りも国家や君主を重ん じる、儒教思想に影響を受けた華校生の価値観が浮 き彫 りに されていることがわかる。
「信頼で きる国家」の調査 (表 17参照
)で
は、その10位中、南洋大学生は2位
に「 中国」を挙げているのに対 し、 シンガポール大学生は「 中国」を
10位
の中にさえも入れて いない。中sこれか ら、華校生 と英校生の中国に対する意識が明確に現れていることがわかる。
以上の宋明順の調査結果か ら、英語系 と華語系の中学、高校、大学の学生の意識に相違 が見 られたが、独立後約
5年
たち、国民統合が進み始めた社会で生活する彼 らの中で も、*1宋
明順*2宋
明順*3宋
明順*4宋
明順*5宋
明順『 新加披青年的意識結構』、
『 新加崚青年 的意識結構』、
『 新加披青年 的意識結構』、
『 新加岐青年 的意識結構』、
『 新加岐青年 的意識結構』、
教育出版社、
教育出版社、
教育出版社、
教育出版社、
教育出版社、
‑99¨
シ ンガポール、
シ ンガポール、
シ ンガポール、
シ ンガポール、
シ ンガポール、
1980生F、
19801F、
19801F、
1980生F、
1980年 、 41頁。 45頁。 102頁。 118頁。 123頁。