第 9章 新国 民 統合政策下に おける 「民族」のあり方
第 4節 ト ータル・ディフェンス
近年、政府 は、 国民意識 を強化 す るために「 トー タル・デ ィフェンス」の考 え方 を国民 の 中に涵養 するようにつ とめ、2月 15日 を「 防衛 の 日」 と設定 して いる。1941年 2月 15 日、 シンガポール は 日本軍 を前 に陥落 し、 シンガポール歴史上、 この 日は最 も不幸 な 日で
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『 聯合早報』、1998年 7月 22日 。
『 聯合早報』、1998年 7月 27日 。
『 聯合早報』、1998年 7月 22日 。
筆者の、
B中
学に勤務する32歳の女性教師への間き取 りによる。(1995年)147‑
あ る とされて い るこ とか ら、2月
15日
が「 防衛 の 日」 として設定 された。特 に、戦前生 まれの華人 に とつて、1941年 2月 15日は、春節 の初 日で年 中で最 も大切 な 日と重なつて い たこ とや、その直後 には「大検証」 と して、多 くの華人男子が 日本軍 に虐殺 されたこ と で、非常 に深 い意味 を持つ 日である。 この 日の正午12時
には、民防部隊が「警報解除」の信号 として、全 国の警報機 を同時 に
1分
間鳴 らす こ ととな つて い るが、 これは、 シ ンガ ポール国民 に対 して、第2次
世界 大戦時 にシ ンガポール が受けた期難 と苦痛 を認識 させ る こ とと同時 に、防衛 の重要性 を考 えさせ ること、更には国民 を防衛意識 によつて統合す る こ とを 目的 としてい る。・1999年
2月15日
、 中華総商会 主催 の「 日本 占領期 戦 没者記念碑第32回
慰霊祭 」が行 われ、 ジ ヨー ジ・ ヨー情報相、 中華総商会正副会 長、各 宗教 の代 表、児 童 。生徒代表が、記念碑 に献花 を行 つた。慰霊祭 は毎年行 われて い るが、
1999年
は、 と りわ け学生の参加 数 が多 く、前年 の42の
学校 か らの 1,400人 の出席 を上 回 る、60の
小中学校及び ジユニア・ カ レッジか らの 1,700人 が参列 した ことは注 目に値 す る。出席者 は、
3度
の礼 と1分間 の黙祷 を捧 げた。慰霊祭 に出席 した中華総商会会長で国会議員の鄭民川は「 この慰霊祭は、出席 した児 童・生徒 が この機会 に、現在 の環境 のあ りが たさを実感 す る こ とも、生の国民 教育であ る といえ るだ ろ う。若者 が歴 史上の事件 を心 に刻み、 い ざ とい う時の心の準備 を 心 がけ るべ きで あ る。」 と、慰霊祭の意 義 を述べ た。・2
また、1999年 2月 15日は、 ち ようど旧暦 の大晦 日にあた り、全 国の各学校 では数 日前 か ら、演劇、歌唱、訓練、遊戯等 を通 して、春節 の行事 と共 に防衛 の重要性 を涵養する行 事 が開催 され た。そのなかで も演劇 では、仮想敵 国 を設定 す るのではな く、「 日本 占領期 」、
「 大検証 」 とい つた実際 の歴史上 の経験 を再現 した演劇 等 を行 い、 当時 シ ンガポールの団 結 や防衛 が完全 で なかつたか らこそ、 あの ような惨事 を招いた、 とい つた結論 と して しめ くくつて い るものが多か つた。・ また、培徳 中学及 び三 山小学 の約 2,000人 の児童 。生徒 が、「 も し水 が不足 した ら」 とい う仮定 での演習 を行い、1,5リ ッ トルの水 を家 に持 ち帰 る とい う行事 を開催 し、「 防衛 」の大切 さを学習 した。中4この ように、「 防衛 の 日」の行事 に 参加 す る学生数 が毎年増加 してい るの も、学校側 の「 防衛 の 日」 に対 す る意識 が高 まつて
きてい るためで あ る と考 え られ る。
こうい つた防衛意識の強化 のための行事は、 この「 防衛の 日」 にのみ行われてい るので はない。実際 には終戦記念 日であ る8月
15日
前後 に も、戦争 を反 郷 し、 防衛意識 を涵養 す る行 事 やテ レビ番組 が毎年企 画 されて い る。近年 で は、1997年
の7月か ら9月にか け て放 映 された華語 による連続 ドラマ「 平和の価値 (和平的代価 、Prise of Pease)」 が高視*1
筆者は、1999年 2月 15な非常 に大 きな音であつた。
*2『
聯合早報』、1999年 2月*3『
聯合早報』、1999年 2月*4『
聯合早報』、1999年 2月日に この警 報 音 を聞 い たが、政府 の 意 図 を実 感 させ るに十分
18日。 15日。 18日。
148‑
聴 率 を記録 した。・ 中華総商会及びシ ンガポール・テ レビ機構 (SingapOre Televeision Grpolation, TCS)が プロデュース した「平和の価値」は、数人の若い華人男女が 日本占 領期 に、歴史に翻弄 されなが ら生 きてい くという実話に基づいたフイクシヨンであるが、
この ドラマには、抗 日運動指導者陳嘉庚 (タ ン・カーキ)、 抗 日活動で英雄 と称 え られた 林謀盛 (リ ム・ボーセ ン)、 女性抗 日活動家の奈素梅 (エ リザベス・チ ヨイ
)と
いつた実在の人物や、生 きるために日本軍の手先 とな り自殺 した華人青年、非業の死 を遂げるシン ガポール居住の日本人女性等が登場 し、戦争の悲惨 さ、 とりわけ占領 された側の苦 しみを 描 き出す と同時に、人民が団結 し協力することで命 を守 ることの重要性 を訴えている。・2 ドラマ放映中、現地の小学校に通 う日本国籍の子供 がひ どいい じめに遭 う事件が起 きるほ ど、 この ドラマは戦争を知 らない若い世代にもインパ ク トを与えることとなった。・3この ような形で、政府 はあ らゆる機会 に、メデ ィア、行事、宣伝等を通 して、防衛の大切 さを 説いているのである。
「 防衛の 日」は、軍事面だけの防衛ではな く、国家の全面的な防衛、「 トータル・デ イ フェンス」を意味 している。『 聯合早報』はこの 日に「 トータル・デ イフエンス」の意味 を国民に認識 させ るために、「 ′心理防衛」、「社会防衛」、「経済防衛」、「 民事防衛」、「 軍事 防衛」の
5方
面か らの基本的な防衛について、誰にでも理解で きる漫画形式のス トー リー を掲載 した。例えば「′心理防衛」の場合は、英国 に留学 しているシンガポール人学生が、英国人に将来 を尋ね られた時に、「 シンガポールには信頼で きる指導者がいる。 もちろん 帰国 してシンガポールのために働 くつ も りさ。」 と答え、彼が留学 を終 えてチヤンギ空港 に降 り立つた時 に「 やっば り祖 国が一番。」 とつぶや くス トー リーであ る。 また、「社会 防衛」の場合は、華人が賞を獲得 したマ レー人に対 して「入賞おめで とう。」 と親 しく接 し、同 じく華人がイ ン ド人に対 して「 デ イパバ リ (イ ン ド人の新年
)お
めで とう。」 と祝いの品を渡す と、イ ン ド人はそれに応えて「妻がチキンカレーを作 つたから食べにおいで よ。」 と笑顔で返事 を している場面が続 く。そ して、それぞれのス トー リーの最後は「 ト ータル・デ イフエンスは1人 1人の責任 にかかっている。あなたはどうですか?」 で しめ
くくられている。中4「
卜
̲タ
ル・デ ィフェンス」は、単に敵か ら身を守 ることだけではな く、国民の団結 と国家への帰属意識を意味 しているのである。1999年
の春節 に際 し、ゴー・チ ョク トン首相は「 この地域で発生 した多 くの事件は、我が国にも影響を及ぼす ことは必至である。特に隣国のイン ドネシアは現在、深刻な経済、
社会及び政治問題 に直面 しているが、も し、 こういつた隣国の問題が更に複雑 になると、
とりわけ投資者は全ての地域に対 して悲観的な態度 をとらざるを得ず、我が国の経済復興 の速度 も遅 くなるだろう。 また、 このような混乱は、イ ン ドネシアのように民族及び宗教
*1
『 和平的代価』は、Foon Choon Hon編
『 和平的代価 ―馬来半島論陥期間、136部隊 及其他反侵略勢力紀実』、中華総商会、1995年
に収録 されている体験記をもとに創作された ドラマである。
*2筆
者の視聴 による。*3筆
者の、現地の小学校4年
に在籍する日本人児童への聞 き取 りによる。*4『
聯合早報』、1999年 2月 15日 。‑149‑
間に突如 として暴動を発生させ る。そのような状況の中、幸運 にもシンガポールでは、多 文化、多民族、多宗教が共生 し、国民は強い家庭観念を有 している。シンガポール人は こ れを当然のことと思 うことな く、国民の間に更に強い自身と信頼心を築 き、経済問題に対 応 していかなければな らない。」 と述べ、「 トータル・デ イフエンス」の重要性 を強調 し た。・
しか しなが ら、政府側が一方的に、国民教育展 を開催 した り、「 トータル・デ イフエン ス」を訴えた りすることだけでは、それが原動力にはなることはあつて も、国民の中に団 結や国家への帰属意識が簡単に形成されるとは限 らず、実際には難 しいものがある。そこ で、近年、政府の支持の下で相次いで設立されたのが、マレー・ イスラム教社会発展理事 会、イン ド人発展協会、華社 自助理事会 といった、民族 ごとの 自助組織であ り、これ らの 機構の活動によって、民族の相互扶助を施 し、国民教育及び「 トータル・デ イフエンス」
といった全体的な政策 と共に、国民統合 を目指 し、活動を展開 している。