第 9章 新国 民 統合政策下に おける 「民族」のあり方
第 2節 宗郷会館の新たな 役書 │
1996年
に、潮荷同郷会 の100人
余 りの会員が、規模の比較的大 きい岡州会館 に集団加 入 した。中2このように、弱小の会館は 自力で生存の道を模索 している。今後、宗郷会館が 直面する問題である会員の確保、後継者育成等について、宗郷会館 自身、 どのような打開 策 を打ち出すべ きなのか。1997年 11月、宗郷会館聯合総会は「全国青年組織交流会」を開催 し、宗郷会館の今後 の問題についての討論を行つた。交流会 には宗郷会館関係者、華人問題研究者、政府代表 者が出席 し、青少年の考え方を理解 した上での発展方法の模索、地縁・血縁の定義の再解 釈、伝統 と革新の矛盾の克服 といつた問題が提議 された。交流会での討点は以下の通 りで ある。"
1,青
少年への理解 と青少年のための新空間の提供。2,血
縁 と地縁の定義の再解釈の重要性。3,心
理的障害の克服 と矛盾の減少。これ らの論点は、宗郷会館聯合総会が成立た際の課題 を、更に追求 したものであ り、今後 の宗郷会館の存続 に直接関係する問題であるといえる。ここでは、「全国青年組織交流会」
での論点を中心に して、今後の宗郷会館のあ り方についての考察を行 う。
1,青
少年への理解 と青少年のための新空間の提供 に関 して1987年
に、言語教育が完全 に統一され、英校 と華校の区別がな くな り、その後の教育 体制の下で成長 した青少年は、伝統 に対 して理解や観点が異なる。宗郷会館が衰退 した と いつても、それまでは華校出身者が宗郷会館 に加入する場合が多 く、後継者 となる人材は 確保で きていた。 しか し、言語教育や社会環境によ り変化 した青少年に対 して、従来通 り の期待をすることはで きない といつた事実を、宗郷会館は認識 しなければな らず、会館そ の ものの考え方を変え、後継者 となる者の対象を再設定 しなければな らな くなつた。今後、宗郷会館は、青少年の考 え方を理解するために、彼 らの思想を把握 し、青少年向けの活動 を会館の活動の中に組み入れてい くことを しなければ、後継者獲得は望めないだけではな
く、青少年会員に伝統的価値観 を理解させ ることも困難 になると考えられる。
福建会館、潮州八邑会館、南洋客属総会等の大規模な会館 を除いて、多 くの中規模 以下
*1『
聯合早報』、1997年 3月 24日 。*2『
聯合早報』、1997年 3月 24日。*3全
国青年組織交流会 (1997年 11月 15日)に
おける会議資料。161
の会館では、方言 しか話せない世代が、会館組織の中で中堅の地位、中には指導者層に位 置 しているというが、今後の宗郷会館 を背負つて立つのは若いシンガポール華人であると い うことを、方言世代の指導者は認識 しなければな らないであろう。潮州楊氏公会の主席 は英校卒業のビジネスマ ンで、普段は英語の生活 を送 りなが ら、老会員 とは方言で会話 を
しているが、・ 今後 このように英語で思考する若い会員も増加 してい くことは必至である。
このような若い会員に伝統的価値観 を理解 させ ることは、方言世代に比べて困難であるた め、会館は方向を転換を図つて、現代社会で成長 して きた彼 らが興味を持つものを会館活 動にと入 り入れない限 り、宗郷会館は再び衰退 してい く可能性が非常に高い と考え られる。
宗郷会館はまず、青少年のためにどのような活動空間を提供べ きかを検討する必要があ る。青年団等の若者が中心 となるグループを組織 して、若者 自身の計画 した活動に参加 さ せ、彼 らが活動の中で満足感 と優越感 を得 ることがで きないかぎ り、彼 らを会館 に引き留 めることはで きないだろう。実際 に、呂氏公会青年団では、会館の主要行事の1つである
「 中秋晩会」の運行を、青年団に任せ ることによつて、青年団員が 自信 を持つ ようになっ ているとい う。中2
このように、宗郷会館は積極的に青少年を受け入れる空間を用意 し、宗郷会館のより多 くの活動に青少年 を参与 させ、青少年が会館の活動に対 して満足感 を覚えた時には じめて、
彼 らに伝統や民族文化に対するアイデ ンテ ィティを確立させることがで きるといえよう。
2,血
縁 と地縁の定義の再解釈の重要性 に関 してまた、従来のように同郷人同士、或いは華人同士の婚姻が絶対的なものでな くなつた現 在、地縁 。血縁に対する固定観念 に変化が起 こつてお り、地縁・血縁関係における定義 を 再解釈する必要があるといえる。宗郷会館は地縁・血縁つま り、 同郷人 と宗親の範囲をゆ るやかに し、門戸を広げる必要がある。例 えば、 これまでは普遍的ではなかつた、妻の地 縁 グループの会館 に、異なった地縁グループの夫が加入できることや、妻の姓 による宗親 会館 に、姓の異なる夫も加入で きること等を許容する必要がある。宗郷会館側が、現段階 での新 旧の価値観や思考が交差 している現在 を乗 り越えることがで きれば、宗郷会館が地 縁 。血縁の感情を継続 してい くことが可能であろう。
政府の政策 においても、特 に
1997年
以降、方言グループの伝統文化が重ん じられ、ル ーツを求めることの重要さが強調 され始めた。ルーツを求めることは、過去に立ち戻 るこ とではな く、急激 に変化する現代社会の中での、 自分 自身の歴史の連続性 を探 していると い うことである。チヤン・ソーセ ン (曽士生)総
理公署兼社会発展部政務次長は、「 ルー ツを知ることによって、 自分 自身のアイデ ンテ ィテ ィをはつきりと持つ ことができる。ル ーツも何 もわか らない者が、国家を建設 してい くことがで きない。だか らこそ宗郷会館の 存在が大切なのだ。」 とい う。りこれは、宗郷会館が地縁・血縁 といつた従来の枠 を若千
*1筆
者の潮州楊氏公会での間き取 りによる。(1997年)*2
筆者の、 呂氏公会の「 中秋晩会」への参加 を通 しての、参与観察 と聞 き取 りによる。(1997年)
*3筆
者の、チヤン・ソーセ ン総理公署兼社会発展部政務次長への間き取 りによる。(1998 年)162‑
ゆるやかに しなが らも、その中で 自らの伝統文化 を継承 して、若い世代 にも彼 らの「ルー ツ」を感 じさせるような環境を作 つてい く必要がある。
3,心
理的障害の克服 と矛盾の減少に関 して最後 に、今後の新旧世代の交代の過程で、高齢者 と青少年は、相互に尊重 し合 うことが 必要 とされる。一部の宗郷会館の高齢者 グループは、若者が新 しい思想を持ち込み、宗郷 組織の伝統 を変質させて しまうのではないか と心配 してい ることは否めない事実である が、宗郷会館の生存のためにはこのような心理障害は克服 して行かなければな らない課題 であるといえよう。
今後、宗郷会館 は、 どのような方針で青少年の参与及び後継者の育成 に力を入れればよ いのか。まずは、福建会館、福清会館のように民族、同郷 を超える活動への参加者を歓迎 する態度が必要である。会員資格がな くて も、同郷人や華人ではな くて も、参加で きる活 動があれば、会館活動は よ り多 くの人々に知 られ、興味を持つ青少年が増加する可能性が 高 くなる。次に、人気華人歌手のコンサー ト、カルチヤー・クラブ、旅行、スポーツ大会 等 といつた、従来の会館活動か ら一新 した活動を展開すれば、関心を示す青少年 も更に増 加するであろう。チヤン・ ソーセ ン総理公署兼社会発展部政務次長 も「パ ソコン教室でも、
メデ ィアセ ンターのようなもので もよい。会員カー ド
1枚
で、会館の設備が使用できた り、何かを学ぶことがで きた りするようになれば、若い会員 も増加するだろう。そのうち彼 ら にも同郷や宗親 に対する帰属意識が生まれて くるに違いない。」 と予測 している。・
現在、華字紙や宗郷会館聯合総会の出版物である『 源』にて会館活動が宣伝 されている が、それ以外でも、マスメデ ィア、新聞、若者向けの雑誌、ポスター、インターネツ ト等 を利用 して、 より多 くの人に宣伝する方法 もある。最後 に、各宗郷会館が初期の頃の地縁
。血縁グループによる対抗意識を完全に排除 して しまえば、会館の活動範囲も広 くな り、
参加者が得 られやす くなるであろう。
以上が、交流会での論点を中心に した今後の宗郷会館のあ り方についての考察であつた が、これ らの方法が全て成功するか どうかは不透明である上、今後新たな問題が生 じて く ることも考え られる。その都度、宗郷会館 自身、それ らをとりまとめる宗郷会館聯合総会、
そ してその存在を受け入れる政府が、共 に問題に取 り組んでいかなければ、宗郷会館は生 存 してい くことはできないであろう。
1984年
に行われた宗郷会館復興 についての座談会か ら継続 して、現在 も宗郷総会聯合 総会の活動や多 くの会館 を見守 り、 自らも海南会館文教委員である韓山元は、会館内部に おける紛争や矛盾に対す る解決策 を以下のように提示 している。中2最近の宗郷会館内部の紛争における特徴 としては、以下のものが提示されている。
1,宗
郷会館は一般的に「 団結一致」「 協力」を目標 としているが、実際には、内部 に 意見割れや矛盾が存在 していること。2,宗
郷会館の指導者は聖人君子ではな く、失敗をすることもあ り、内部に不満 を持つ*1筆
者 の、チ ヤ ン・ ソー セ ン総理公署兼社会発展 部政務次長へ の聞 き取 りによる。 (1998 年)*2韓山元「 如何処理会館 内部矛盾」、『 源』38期、 1997年 4月、33‑34頁 。