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華人青少年と 宗教

ドキュメント内 甲南女子大学学術情報リポジトリ (ページ 122-125)

第 6章   「スピーク・マンダリン・キヤンペーン」

第 1節   華人青少年と 宗教

7章

本章は、シンガポール華人青少年の 日常生活における身近な事柄である、「宗教」、「 占 術」、「 英文名」、「歌謡曲」に関する意識調査 を行い、 まとめた ものである。本章で用い た調査方法は、アンケー ト調査 と聞き取 りを中心 としたものであ り、特にアンケー ト調査 に関 しては、

1991年

に、 シンガポールに居住する

35歳

以下の華人青少年 1300人を対象 にアンケー ト形式による調査票を配布 し、770人よ り回答を得た。これ ら770人は、年齢、

学歴、職業 によ り、小学校

6年

生90人、中学生90人、大学生 。大学院生300人、社会人 290 人に分類 した。聞 き取 りに関 しては、1991年 、1996年 、1997年 、1998年 に実施 した。

シンガポール華人の信 じる宗教の中で、「 中国系宗教」は、民間信仰 (中国系宗教のアニ ミズム的下部構造)、 道教、儒教、仏教、 さらにマ レー固有のアニ ミズムに起源 を持つ諸 々の慣行の要素を包括 した宗教信仰体系であると定義づけている。また「 中国系宗教」は、

人々が 自身が信 じていると称 していることと、実際に行 うこととの関連が把握 しに くい点 が特徴である。つ まり、キ リス ト教やイスラム とは異な り、中国系宗教が礼拝や信仰 とい う面で形式的に組織だつた体系ではないため、その把握が難 しい という。よつて、多 くの 華人は宗教の面で消極的或いは不熱心 とみなされることもあるが、それは彼 らが必要 と感 じた時、例 えば神格の加護、 しかも特に御利益に結びつ くとわかつている神格の加護を求 める時にのみ、祭祀の場所に出かけるという意味においてであると指摘 している。Ч

本節 における調査の際には、上述のタム・ソンチーの論点か ら、アニ ミズム的な民間信 仰、道教、儒教、仏教を包括 して「 中国系宗教」 とし、カソ リック、プロテスタン ト、そ の他ユダヤ教等の起源を同 じくするものを包括 して「 キ リス ト教」 とし、それ以外の宗教 を「 その他」 として、それぞれ分類 した。

調査結果 (表

21参

)で

は、小学生の約

6割

が「 中国系宗教」を信仰 していると答え ている。小学生が宗教を選択する意志を持つているかどうか とい う問題 をふまえて考える と、実際には個人の信仰 というよ りも、家庭での信仰を述べている場合が多分に考え られ る。中学生、大学生・院生の場合、「 キ リス ト教」を信仰 している割合が

3割

以上 と高 く なっている。これは、特に大学生の両親 に英校出身者が多 く、家庭 にて欧米の影響を受け、

比較的キ リス ト教 を受け入れやすい環境 にあるということ以外に、聞き取 りか らでも、「 中 学生時代 にキ リス ト教徒 になつた。」 と答えた大学生 も多 く、学校 におけるキ リス ト教徒 の同級生による勧誘や、キ リス ト教系のサークル等の活動への参加か ら、キ リス ト教を信 仰するケースが多い と考えられる。

1980年

のセ ンサスでは、「 キ リス ト教」が 11%、「 中国系宗教」が

72%で

あるのに対 して、10年後の 1990年 のセンサスでは、シンガポール華人全体では、「キ リス ト教」が14

%、「 中国系宗教」が

68%で

あることか ら、キ リス ト教が、若千ではあるが増加 している ことが確認で きる。Ⅲ2ま

た、センサスの数字 と比較すると、本調査 における若者の「 キ リ ス ト教」の信仰率は約

2倍

となってお り、 この数字だけで判断することに限界 を持つが、

それで も若者のキ リス ト教志向が明確であるとい うことが検証で きた。

なぜ、 このように若者を中心にキ リス ト教徒が増加 しているのか。学生時代 に、周囲の キ リス ト教徒の急激な増加を感 じていた、非キ リス ト教徒の会社員

(29歳 )は

「 キ リス

ト教は組織力が非常に強い。特に学校 内で、同級生からの勧誘を受けることは しば しばで、

シンガポール国立大学内でもキ リス ト教関連のサークルは非常に多 く、その組織力 とネ ッ トヮークの強さと大 きさか ら、友人や知人を介 して、キ リス ト教組織に入つてい く同級生 が多かつた。 自分の兄弟 も同様 に、同級生を介 してキ リス ト教徒 になつた。」 と、学生が

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Sれgψ οκ ttjκωら′り ακグルακs,Unesco,1984。 (設楽靖子訳 家シンガポールの場合 ―』、井村文化事業社、1989年 、10…12頁 。)

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『 近代化 と宗教 ―複合国

117‑

キ リス ト教信仰 に導かれる環境 をこのように指摘 している一方で、「 キ リス ト教 には植民 地時代か らの高級感が存在 し、キ リス ト教徒でいることで、人よ り上の階層 に所属 してい る錯覚を自他共に認めて しまうところがある。」 とも指摘する。・

また、「洗礼 を受けたことがあるけれ ど、キ リス ト教への信仰心はほ とん どないので、

キ リス ト教徒であることをやめることも考えたが、社会的なイメージのためにやめていな い。就職活動の時に履歴書には必ずキ リス ト教徒であることを明記 し、エ リー ト家庭出身 とい うイメージを会社 に与えるように している。」中2とぃった者の存在が、上述の会社員 の指摘を裏付けてお り、キ リス ト教が、多 くのシンガポール人の中で、一種の「高い階層 の宗教」 といつたイメージをもた らしている事実が存在する。筆者の参観 した、伝統的な トアパヨ・カソ リック教会 (華語系

)で

の礼拝では、神父の言葉、オルガンの奏でるメロ デ ィー、賛美歌以外 には、私語は存在せず、そこに参列 している300人余 りの信者全体 と それを包み込む聖堂には、非常に厳かな雰囲気が漂 つていた。礼拝後 には、各個人が壇上 の神父の前にぬかづいて、 国にバ ンを入れてもらうとい うように、儀ネL的なものではある が、神父 と信者 との関係がはつき りと区別され、キ リス ト教の神聖さと「 高い階層の宗教」

としてのイメージが更に増大 しているのである。・3

その一方で、キ リス ト教徒の弁護士

(30歳 )は

「 自分は、社会人になってか ら友人の 紹介でキ リス ト教徒にな り、最初は、英語を話す弁護士や医者 といつた専門職の人間が集 まる教会へ行 つていたが、彼 らは傲慢で暖かみが感 じられず、華語を話す庶民の行 く小さ な教会へ行 くようになった。」 と述べているように、キ リス ト教は、実際には世間一般 にみ られる「高い階層の宗教」 としてだけではな く、庶民的な存在でもあることを指摘す ることがで きる。

上述の弁護士の通つているリニューアル教会 (華語系

)で

は、毎週 日曜日に華語による

3度

の礼拝があ り、各年齢層の華人が参加 している。礼拝では、牧師が非常にフレン ドリ ーな口調で華語による説教を行い、いわゆる厳粛な賛美歌ではない賛美歌が、明るい雰 囲 気の中で合唱され る。その後の軽い立食会では、信者は牧師 と親 しく言葉 を交わすことが で きる。また、信者によって、各地区ごとに青年部が組織され、青年部では、礼拝以外に、

毎週の聖書勉強会、不定期のバーベキューやキヤンプ等 を企画 してお り、信者以外の者が 参加することがで きる。各青年部には

20人

程のメ ンバーがお り、彼 らは高校生、専門学 校生、無職、会社員 と様 々で、年齢や学歴 も一様ではな く、中には、普段英語で仕事をす る弁護士や図書館司書 もいれば、今でも職場では方言で会話を しているという運送業者 も 存在 している。共通するのは、キ リス ト教 を信 じることと華語 を話すことだけである。も

このような、従来 とは異なる形のキ リス ト教会の形態が、シンガポールでは近年非常に

*1 

筆者 の、 シ ンガポール国立大学卒の会社 員へ の間 き取 りに よる。 (1999年)

*2筆

者 の、 シ ンガポール国立大学卒の会社 員へ の聞 き取 りに よる。 (1996年)

*3 

筆者 の、

 

トアパ ヨ・ カソ リック教会 での参与観 察 に よる。 (1996年)

*4筆

者の、 シンガポール国立大学卒の弁護 士へ の聞 き取 りに よる。 (1997年)

*5 

筆者の、 リニ ューアル教会及び青年部 の、宿泊活動 を含 む合計 15回の参 与観察 によ る。 (1995年 〜 1998年)

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多 くみ られ るようにな り、それ に よ リー層 多 くの信者 を引 き入 れ るよ うにな つた。しか し、

どの キ リス ト教会 にも共通 す るこ とは、組織力が非常 に強 い こ とであ る。参与観察 の後 、 筆者 は教会 か ら、何度 もグ リーテ ィング・ カー ドや、強要ではない礼拝や イベ ン トの案 内 を受け取 ることとなったが、 これ も、教会 の組織 力の強 さを表 してい るものであるといえ よう。

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