第5章 産業の動向
5.7 繊維産業
5.7.1 概 況
インドネシアの繊維産業は、「低労働コスト」「低エネルギーコスト」を背景に1970 年代以降、華僑、印僑、日系主体の投資が促進され、川上の合繊原料、川中の紡績、
織り編み、染色、川下の縫製に至るまでの垂直統合構造を有することになり、そのコ スト競争力を背景に高成長を遂げてきた。1985年のプラザ合意以降1990年代に かけて、内資、外資を問わず活発な投資が行なわれ、近隣諸国はもとより日欧米の 各消費市場に向けた生地、縫製品の一大生産、供給基地としての地位を確立し、外 貨獲得の重要な産業として発展した。
しかし、1997年の「アジア通貨危機」、1998年の「ジャカルタ大暴動、スハルト政 権崩壊」以降、政治的混乱、内需の伸び悩みなどの国内問題を抱える一方で、世界 市場での中国品の急激な台頭、2001年「9.11米国同時多発テロ」、2002年「バリ 島ディスコ爆弾テロ」以降の欧米諸国のイスラムの国を忌避する傾向の高まりで、イ ンドネシアの繊維産業、特に縫製業は壊滅的な打撃を受ける事となった。この時期に、
既に進出していた日系縫製メーカーのほとんどが撤退し、多くの現地資本縫製工場 が閉鎖に追い込まれた。
中国が「世界の工場」としての地位を盤石なものにしている中、繊維産業界の立て 直しには時間を要したが、2008年「リーマンショック」を機に、中国の労務費上昇に よるコスト競争力の低下、深刻な労働力不足、共産党一党独裁による政治リスク回避 の「チャイナ+ワン」の追風に乗って、インドネシアはその代替国のひとつとして見直 され、再び産業界に活気が戻ってきた。
しかし経済成長に伴ってインドネシア国内でも労務費の高騰、エネルギーコストの
急騰によって相対的コスト競争力が低下し、また、自由貿易協定等の国際経済政策 の立ち後れから、インドネシアの繊維産業を取り巻く環境は再び厳しさを増している。
5.7.2 市場動向
インドネシア経済の直近の景気動向は、中国経済の低迷、世界的な新興国経済の 停滞から2015年度の実質GDP成長率が4.8%とリーマンショック後の2009年度 以来の5%割れの低水準となった。2016年度は積極的な政府インフラ投資推進で 第2四半期以降5%台を回復しているが、変化の激しい世界情勢の中で、先行き不透 明感は継続している。
インドネシア繊維産業では新しいビジネスモデルを模索する中、特に縫製と連動し たビジネスモデルの構築が注目され拡大基調にある。この傾向は、リーマンショック 後のチャイナ+ワン(中国一辺倒からの脱却、リスク分散)の大きな潮流の中で顕在 化しており、その主体は、日欧米他を最終仕向地とする縫製品輸出のビジネスモデ ルである。
ジャカルタ近郊、及びバンドンエリアの縫製工場は、労務費の高騰から労務費の安 い中部ジャワ地域への移転が加速している。公表されている最低賃金だけで比較す ると、2016年度の最低賃金は、月額USドル換算で、インドネシア(中部ジャワ地域)
145$、ベトナム(ハノイ郊外:低賃金エリア)120$、カンボジア140$、ミヤンマー 85$と、インドネシアに優位性は見られない。しかし、インドネシア以外の主要縫製 国では労働力の不足から、実質賃金(労務費)は最低賃金に20%~30%、更には それ以上の上乗せが相場となっている一方で、インドネシア中部ジャワ地域では、豊 富な労働力を背景にほぼ最低賃金で雇用することができ、一定の優位性を維持して いる。
但し、縫製業の当面の競合国である、アセアン域内のベトナム、カンボジア、ミヤン マー、西アジアのバングラデシュとの比較で、インドネシアは二国間、多国間自由貿 易協定の締結で遅れをとっており、特に自由貿易協定締結に積極的なベトナムとの 比較で、チャイナ+ワンの恩恵を充分に取り込む事ができていない。また、インドネシ ア国内生産で調達できる糸、生地が定番品主体で素材バリエーションに乏しく、中国、
ベトナム他からの生地輸入に頼らざるを得ない構造も、拡大基調の阻害要因となって いる。
5.7 繊維産業 125
5.7.2-表1 仕向地別繊維製品(衣料用生地、衣料用縫製品)輸出入推移
添付の表1は、HSコードから衣料用生地、衣料用縫製品のみを抜粋(*1)し、主 要仕向地(輸出先)別に直近5年間の輸出/輸入の推移を金額ベースで集計してい る。
表1から読み取れる市場動向トピックス
1)縫製品について、自由貿易協定を締結(AJCEP:*2)している日本向け輸出は、
2011年以降、着実に拡大基調にある。一方、自由貿易協定を締結できていない 米国向け輸出は、縫製品輸出全体の約50%と圧倒的なシェアを維持しているもの の、絶対額では伸び悩み、むしろ減速傾向にある。同様に自由貿易協定を締結で きていない欧州連合向け輸出についても傾向は同じである。
2)縫製品輸出額/輸入額全体を見ると、輸出額が輸入額を常に4倍強上回っており、
インドネシアでは縫製品輸出のビジネスモデルが確立しているといえる。一方、絶 対額では輸出は伸び悩んでおり、チャイナ+ワンの恩恵を充分に取り込む事がで きていない。
3)中国からの縫製品輸入が、縫製品輸入全体の30%を占めており、統計に出て こない密輸品も含めると、単価は低価格帯であることが想定される事から圧倒的な物 量が常時中国からインドネシアに流入している事になる。この低価格縫製品の流入で、
(Unit:US$)
Japan USA EU China World Total
Export 228,347,910 13.7% 47,601,191 2.9% 133,981,830 8.0% 44,790,198 2.7% 1,669,345,927 Import 57,016,437 2.2% 21,935,526 0.8% 46,537,015 1.8% 1,198,863,209 46.1% 2,599,729,923 Export 202,803,338 12.9% 49,057,491 3.1% 118,904,633 7.6% 45,098,745 2.9% 1,571,449,147 Import 62,758,118 2.7% 5,607,942 0.2% 26,767,878 1.2% 1,093,189,574 47.6% 2,294,614,323 Export 177,339,031 12.4% 45,073,080 3.1% 131,557,826 9.2% 48,598,384 3.4% 1,435,224,642 Import 69,182,658 3.0% 3,764,241 0.2% 28,004,383 1.2% 1,140,213,049 49.0% 2,327,405,081 Export 186,863,401 13.1% 39,552,009 2.8% 130,336,198 9.1% 41,017,789 2.9% 1,431,486,318 Import 77,037,326 3.4% 4,292,045 0.2% 23,447,814 1.0% 1,091,399,981 47.5% 2,295,307,184 Export 179,915,274 14.1% 58,560,757 4.6% 105,776,077 8.3% 46,601,371 3.6% 1,277,852,920 Import 64,888,526 2.8% 4,921,644 0.2% 29,994,655 1.3% 1,119,906,074 48.4% 2,312,797,316 Export 311,407,595 4.1% 4,246,716,388 55.3% 1,795,760,163 23.4% 67,918,213 0.9% 7,682,577,403 Import 13,791,284 0.9% 5,552,490 0.4% 27,414,175 1.8% 403,792,858 26.2% 1,543,017,230 Export 445,371,217 6.2% 3,771,509,493 52.5% 1,519,540,592 21.2% 80,421,938 1.1% 7,177,413,981 Import 18,921,158 1.2% 5,299,965 0.3% 32,385,233 2.0% 441,129,835 27.3% 1,613,893,120 Export 605,060,465 8.2% 3,785,159,206 51.3% 1,458,568,017 19.8% 123,893,853 1.7% 7,378,184,538 Import 22,527,302 1.3% 3,887,241 0.2% 37,963,639 2.2% 525,881,082 29.9% 1,758,885,605 Export 621,222,750 8.5% 3,663,727,134 49.9% 1,462,913,544 19.9% 135,963,966 1.9% 7,339,587,797 Import 30,170,065 1.7% 3,450,587 0.2% 37,045,208 2.1% 532,642,234 30.5% 1,746,571,261 Export 661,546,058 9.1% 3,660,958,508 50.3% 1,300,840,712 17.9% 173,102,279 2.4% 7,284,935,659 Import 24,285,104 1.4% 2,547,916 0.1% 33,340,477 1.9% 559,822,554 32.6% 1,715,385,540 2015
SUMMARY DATA OF IMPORT/EXPORT TO & FROM INDONESIA
Garments Fabrics
2014 2015
2011 2012 2013 2014
Country Name
2011 2012 2013
国内関連産業は、国内経済成長に伴う中間所得者層の拡大、それに伴い拡大する内 需を充分に取り込むことができていない。
4)中国からの生地輸入額も圧倒的(常時全体の50%)で、国内川上、川中関連 産業の成長の足かせとなっている。国内生産の素材バリエーションの乏しさが主因と 考えられる。
5)インドネシア繊維産業の解決すべき課題は多い。
5.7.3 日系企業動向
日系企業各社は、インドネシア国内の繊維産業基盤の厚みと、豊富な労働力、労 務費(≠最低賃金)の優位性を背景に、素材(生地)から縫製までの一貫生産体制の 構築を推進している。また、日系の紡績、織り編み、染色の素材メーカー各社は、人 件費、エネルギー費用の高騰から、定番品では中国品、現地資本企業品との価格競 争に勝ち目が無いことから、素材の高付加価値化を推進している。
また、縫製工場をハンドリングする日系商社は、素材の現地化(インドネシア国内 調達)を画策している。インドネシア縫製/日本持ち帰りの場合、日アセアン経済連携 協定(AJCEP:*2)の原産地2工程ルール(生地/縫製を日アセアン域内で生産)
の条件を満たしていれば、日本への輸入は無税となる。中国からの輸入生地使用で は域内1工程(縫製のみ)で免税措置は適用されず、アセアン域内のベトナム、タイ等 からの輸入生地使用の場合は域内2工程(生地/縫製)となり免税となる。
しかし一方で、アセアン域内であっても海外からの生地輸入の場合、船での輸送を 前提としたリードタイムの長さ、輸入通関手続きの煩雑さ、不透明さ、脆弱な物流イン フラ、商品トラブル発生時の対応の難しさ等の理由から、インドネシア国内での生地 調達を画策する企業が多い。
日系企業各社は、自由貿易協定(免税等の優遇措置)適用のため、中国生地から ベトナム等アセアン域内生地へのシフト、更にはインドネシア国内生産生地へのシフ トを画策している。
5.7 繊維産業 127
5.7.4 繊維産業界の今後の課題
主要課題
1)素材の高度化、付加価値化(定番品からの脱却)。
2)素材から縫製までの一貫生産ビジネスモデルの構築。
3)二国間、多国間自由貿易協定締結の加速化(政府への期待)。
インドネシアのジャワ島地域は、川上の原糸、原綿から、川中の紡績、織り編み、染色、
川下の縫製に至るまでの世界でも有数の一大繊維産業集積地と言われている。しかし 実態は、多くの工場が旧態依然とした管理体制の中で設備の老朽化も進んでおり、生産 品種は定番品が主体で素材バリエーションに乏しい。国内素材調達では、日欧米他、海 外顧客からの高度化、多角化するクオリティ、機能、品質要求に対応しきれず、バリエー ション豊富な中国生地が大量に流入してきているのが実情である。
また、生地のみならず中国縫製品の大量流入で国内内需の取り込みに苦戦し、企業の 多くが海外市場に軸足を置く中、国内調達できる素材(糸、生地)バリエーションの乏しさ、
各国との自由貿易協定締結の遅れ、この2つの課題が連動することで、QR体制の整備 が遅れ、コスト競争力を喪失し、事業誘致、事業拡大の構造的な阻害要因となっている。
国内繊維産業活性化のためには、素材の高度化、付加価値化推進、それを前提とした 素材から縫製までの一貫生産ビジネスモデルの構築、同時に主要貿易相手国との早期 の自由貿易協定の締結が望まれる。
これからインドネシアへの事業進出、事業展開を検討される場合には、他の新興諸国 の場合と同様に、事前の綿密な調査と簡単には諦めない強い覚悟が必要となり、“船に 乗り遅れるな”的な安易な意識では目的の達成は望めない。特に2010年代以降のイン ドネシアは保護主義政策の色合いが濃く、外資規制、関税、セーフガード等の法令が各 省庁単位で頻繁に発令され、しかも頻繁に改訂され、想定していたビジネスモデルが思 惑通りにいかない、細目のはっきりしない法令の解釈で地方政府機関との交渉局面が頻 繁に生じる、最悪ははしごを外されることもあり得る、ことを認識しておく必要がある。
事前の綿密な調査の為に、事業構想をできるだけ具体的なビジネスモデルにまで落と し込み、制度上の制約、恩恵他について、JETRO、JICA、BKPM(インドネシア投資調 整庁)等の現地コンサルタントからの正確な最新情報の入手を是非実践して頂きたい。
ボーダレスになって久しいグローバルマーケットの中で、ブルーオーシャンを期待する 事は難しく
多くの競合と制約の中で知恵を絞り、手堅く粘り強く課題を解決することで、インドネシ アでの新規ビジネスモデルの構築を成功させて頂きたい。