第3章 国家開発計画
3.2 国家開発計画システム法
3.2 国家開発計画システム法
3.2.1 システム法制定の経緯
1999年から2004年までのワヒド、メガワティ大統領の時期は、「スハルト時代」と の決別を図る時代であった。前述のように両政権は経済危機の打開を図りつつ、民 主主義の定着、汚職問題の解決、地方分権化などの政策を推し進めようとした。
開発計画について見ると、スハルト体制を開発計画作りと開発予算(外国からの援 助受け入れを含む)の両面から支えたBappenasの権限を弱め、代わりに財務省の 権限を強化する政策がとられた。
具体的には、スハルト時代には国家予算のうち経常予算は財務省が担う一方、開 発予算はBappenasが握っていたが、同開発予算をBappenasから財務省に移管し
、国家予算の一元化を図ることとした。
これは2003年に制定された「国家財政法(2003年付法律第17号)」で具体化さ れたが、これに加え当時の開発計画であるPropenasが財政計画と整合的な形と なっていないという批判も政権内などに出たため、国家予算をとりまとめる財務省が 中期支出フレームワーク(MTEF)を策定することを同財政法の付属文書の中で明ら かにした。
こうした財務省サイドに有利に働く動きに対して、Bappenas側は国家開発計画の 体制が弱化していくことを懸念し、国民協議会(国会)に働きかけつつ国家開発計画 制度全体の法制化を図ろうとした。
現実問題として、国家開発計画策定の要たるべきBappenas自体、これまでその存 在を法律面から根拠付けるものはなく、計画策定ルールのあり方も法律上の規定は なく、その時々の大統領の考え方次第でルールが変わりうる不安定なものであった。
開発の現場では、中途半端な地方分権化、及び地方政府の能力不足の中、開発を 進める体制はスハルト時代と比べて弱まり、また混乱が多くの地域で生じていた。
メガワティ大統領自身は当初開発計画策定ルールを法律によって定めようとする Bappenas側の動きに対して消極的な姿勢を示したが、同ルールの法制化について 国会側でも支持の動きが広がり、2004年2月に議員立法法案として上程された。
同法案は結局メガワティ政権の下で行われた最後の国会会期中の2004年10月 に、同大統領の署名を得て成立することとなった。
同法はインドネシア共和国法2004年第25号として制定され、正式名称は「国家開 発計画システム法」(Undang-undang Republik Indonesia Nomor 25 Tahun 2004 tentang Sistem Perencanaan Pembangunan Nasional)である。
3.2.2 システム法の内容
国家開発計画システム法は、開発計画策定の目的、計画策定の主体、計画期間の 違いに基づく計画の種類、中央政府と地方政府の計画の関係、計画策定のプロセス 等を定めている。
1) まず開発計画の原則・目的については、国家開発が「相互主義」、「公正」、「継 続性」を伴う民主的プロセスであると述べ、「進歩」と「国家統合」のバランスを 維持し、「環境と自治」の原則によるべきこととしている。その上で、①開発各 当事者間の調整、②地域間、異なる時点間、政府の様々な機能間、中央・地方 政府間の調整により、統合、同時性、シナジーを開発の上でもたらすことを目 的としている。
2) 次に計画策定の主体については、中央政府が国家開発計画を作り、地方政府 が地方開発を作る主体となるが、前者は大統領の指示に基づきBappenasが 策定のイニシアチブととりまとめを執り行い、後者は地方開発計画庁「Bapped a(バプダ):Badan Perencanaan Pembangunan Daerah」が計画のとりまとめを行 うことが明記された。
3) そして計画のタイプと期間については、①長期開発計画(RPJP:Rencana Pembangunan Jangka Panjang)(20年)、②中期開発計画(RPJM:Rencana Pembangunan Jangka Menengah)(5年)、③短期(年次)開発計画(作業計画)
に大別される。長期、中期、短期計画ともに、中央政府と地方政府それぞれの 計画が相互に対応する形で作られることが示された。
4) 計画策定のプロセスについては、前述の2003年財政法と整合性をもった形で 作成すること(計画と予算内容の整合性確保。Bappenasと財務省の間で十分な 調整が求められる)、また中央政府と地方政府の計画作りは連携して進められ、
両者が各々相手方の内容をよく踏まえた形となるよう調整を行うことが強調され ている。
また同プロセスにおいては、計画作りの各段階で開発計画会議「Musrenban g(ムスレンバン):Musyawarah Perencanaan Pembangunan」が開かれ、計画の ステークホルダーである国民の各層代表が参加することにより、国民の声がよ りよく計画に反映されるよう図っている。
なお、各計画とも計画実施段階のモニタリング、終了後の評価を各計画実施機 関に求め、それを中央政府においてはBappenas、地方政府においてはBap pedaが統括することを定めている。
本システム法においては、従来の制度と異なり、国策大綱(GBHN)がなくなっ
3.2 国家開発計画システム法 55
ていることも付記したい。これまでは計画自体法律ではなく大統領令で定めら れており、それを国策大綱がガイドラインとして包括する形をとったが、上記シ ステム法の制定によりGBHNの役目は終わったと判断し、GBHNは廃止され た。
一方、各々の国家開発計画は、長期計画は法律に基づき制定するが、中期・
短期計画は、大統領令による制定でよいこととなった(Propenasは法律に基 づいて制定されていた)。
3.2.3 国家開発計画システム法の意義
本システム法の意義としては、主として以下の点が挙げられると考えられる。
1) 開発計画の策定方法が法制度上規定されたことにより、開発計画制度の内容 が明確となり、且つ制度が安定化する道が開かれたこと。
2) 計画策定の取りまとめ役となるBappenas、Bappedaの地位が法的に保証さ れたこと。
3) 地方開発計画の体制はこれまで未整備だったが、中央と地方の計画につき、そ の関係と調整プロセスが明確に示されたことにより、地方計画の充実を図る道 が開けたこと。また中央・地方とも国民、住民の声を反映させるプロセスが組 み込まれたことにより、計画作りの民主化が図られたこと。
ただシステム法を有効にしていくためには、まだ課題とすべき点も多い。特に中央 政府においては、Bappenasと財務省の間で開発計画と予算策定の連携を深めるこ と、また地方政府の計画策定、実施能力向上が大きな課題であると言えよう。
次に現行の国家中期開発計画について説明することとしたい。尚、同国家中期開発 計画も包含する20ヵ年長期開発計画は、国家開発計画システム上は2005年中に 制定されることになっていたが、実際には、2007年2月に法制化された。