第 2 章 先行研究の概観と研究課題
2.7 理論的枠組みとしてのインストラクショナルデザイン
前節までで論じてきたように、遠隔教育を行うためには、eラーニング活用が有効である ことがeラーニングの歴史や特徴、そしてこれまでの先行研究から示された。本節では、効 果的なeラーニング活用教育を実践するための理論的枠組みとして、インストラクショナル デザイン(ID)の知識を踏まえた教材開発の重要性について論じる。さらに、不安という情 意要因を軽減させるためには、ID の下位概念である、学習意欲デザインも考慮に入れる必 要があるので、これらの理論をまとめる。
2.7.1 遠隔教育におけるインストラクショナルデザイン
インストラクショナルデザイン(ID)は、「教育の真のニーズ充足のために学習の効果・
効率・魅力向上を図る方法論である」(内田200549、鈴木2005)と定義され、教育プロダク トをシステム的に企画、設計、開発、実施、評価する教育工学の手法であり、eラーニング 教材の制作の際によく用いられる概念である。eラーニングの発達とともに、各方面でeラ ーニング教材が多く作られたが、「開発費に経費がかかり過ぎる」「思ったほど効果が上がら ない」「期待したほど学習者が集まらない」などマイナス評価が出ることも多い。失敗しな いためには、IDに従って、十分なニーズ調査、企画、開発、実施、評価を実施する必要があ る。
システム的アプローチを基幹とするIDのプロセスとして「ADDIEモデル」と「Dick &
Careyモデル」がある。
49 内田(2005)は経済産業省平成15年度情報経済基盤整備事業「アジアeラーニングの 推進」報告書の中でこの定義が述べられていると書いている。
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「ADDIEモデル」(図2-10)は、IDのプロセスは 「ニーズ調査」「初期分析」(Analysis)、
「設計」(Design)、「開発」(Development)、「実装・実施」(Implement)、「評価」(Evaluation)
というシステム的な教育コースの開発サイクルであるとしている。
一方の「Dick & Careyモデル」(図2-11)は、Dick, Carey & Carey(1978)により、そ の方略を導入し実践的経験を積み重ねて出来上がったものである。初期のIDは行動主義論 に基づく学習設計から発展したが、情報処理理論に基づく認知主義教育方法が打ち出され、
その後構成主義もIDに大きな影響を与えたとDick, Carey & Carey(2004)でも述べられ ている。
を基に著者作成
図2- 10 ADDIEモデル リー&オーエンス(2003)p. 3
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近年の ID モデルは、人はいかに学ぶかについて説明する学習心理学の構成主義理論を 背景に提案されており、それらに共通してみられる特徴を、Merrill(2002)は「ID第一原 理(First Principles)」として5つにまとめている(図2-12参照)。
1. Learning is promoted when learners are engaged in solving real-world problems.
2. Learning is promoted when existing knowledge is activated as a foundation for new knowledge.
3. Learning is promoted when new knowledge is demonstrated to the learner.
4. Learning is promoted when new knowledge is applied by the learner.
5. Learning is promoted when new knowledge is integrated into the learner’s world.
(筆者日本語訳加筆)
(筆者日本語訳加筆)
図2- 11 Dick & Carey モデル Dick, Carey & Carey(2005)pp. 14-15
図2- 12 効果的な指導のための要件 Merrill(2002)p. 43
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効果的な学習環境を実現するために必要な5つの要件として、1.現実的な課題に取り組 ませる(課題)、2.既習の知識を生かして新しい知識を導入する(活性化)、3.実際にやっ てみせる(例示)、4.知識を課題解決に使わせる(応用)、5.知識を日常生活に取り込ませ る(統合)、という教授方略である(p. 43;筆者日本語訳)。
2.7.2 学習意欲デザイン
インストラクショナルデザインのモデルや理論は数多く提案されているが、その中の下 位概念に「学習意欲デザイン」がある。図2-13のように、学習環境デザインの中にインス トラクショナルデザインがあり、その中に学習意欲デザインがある。つまり学習意欲デザ インというのはインストラクショナルデザインの中でも、学習意欲という情意要因に焦点 を当てて考えるデザインである。e ラーニング活用教育に関しては、第 4節で述べたよう に、様々な利点がある反面いくつかの欠点も指摘されている。その一つとして課題となっ ているのが、学習者の自律性に委ねるとなかなか継続学習が困難であるという、学習意欲 の継続という点である。インストラクショナルデザインを考える時には、この学習意欲デ ザインを併せて検討しなければ、遠隔教育であるeラーニング学習がなかなか成功しない。
Keller(2010)p. 24 を基に筆者作成
Keller(2010)は、インストラクショナルデザインの教育実践の「効果・効率・魅力」を 高めるという目的の中の「魅力」を取り上げ、心理学における動機づけに関する理論をまと め、「ARCSモデル」を提唱した。動機づけの概念を以下のように4つに分けた。
Attention 注意 :学習者の関心を獲得する。学ぶ好奇心を刺激する。
Relevance関連性:学習者の肯定的な態度に作用する個人的なニーズや目的を満たす。
Confidence 自信 :学習者が成功できること、また、成功は自分たちの工夫次第であるこ
とを確信・実感するための助けをする。
Satisfaction満足感:達成を(内的と外的)報酬によって強化する。
図2- 13 学習意欲のデザインとインストラクショナルデザインの概念
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さらに、それぞれの下位概念が3つずつ存在する(図2-14参照)。これらは、Yerkes & Dodson の法則(逆U字カーブ)50のように高すぎても低すぎてもよくない。
(第3章 英語文献、翻訳文献を基に筆者作成)
この ARCS モデルの理論に沿って分析設計し、不安を軽減し学習意欲を高めることがで きるeラーニングによる「来日前日本語学習教材」の開発を試みる。