第 3 章 来日前不安
3.3 来日前不安と動機づけ
3.3.1 動機づけの調査・分析 -調査 2.c-
Gardner(2007)が、第二言語不安が動機づけと言語の達成にもネガティブな影響を与 えると述べているように、来日前における不安は動機づけと大きく関わっていると考えら れる。そこで、第二言語環境下に置かれたばかりの学生の動機づけの強さと、来日不安や 日本語不安との相関関係の実態把握をするために「調査2.c」を実施した。これは、元田
(2005)の「動機づけの強さ(日本語の学習欲求・習得欲求)尺度」を参考にしたもので ある。
1)対象者:佐賀大学、九州大学、福岡大学をはじめ福岡県及び山口県の大学に留学し た学生合計225名。
2)性別 :性別が判明しているのは、男性81名、女性125名の206名。
3)学習歴: 0年 38名、 0~半年 19名、 半年~1年 17名、
1年~2年 46名、 2年以上 105名
4)質問紙の構成: 「c.動機づけの強さ」尺度10項目、回答は4件法である。
日本語版と共に、英語版と中国語版を作成した。
(これは「調査2」「a.来日前不安」「b.日本語不安」のアンケートとともに実施したもので あり、詳細は3.1.4を参照)
3.3.1.1 「動機づけ」の度数分布
動機づけのアンケートの結果は表3-9のようになった。
表3- 9 動機づけについて度数分布一覧
SD:全くあてはまらない D:あまりあてはまらない A:あてはまる SA:とてもあてはまる
SD D A SA 平均値 標準偏差 01. 宿題がなくても家で日本語を勉強しようと思う。
6 32 118 67 3.10 0.737 02. テレビやラジオの日本語が正確に分かるようになりたい。
4 21 87 112 3.37 0.728 03. わからない日本語があったらとき、分かるまで調べようと思う。
0 40 123 61 3.09 0.666 04. 日本人の話す日本語が全部分かるようになりたい。
2 21 65 135 3.49 0.703 05. 本屋に行って自分で日本語の本を買って勉強しようと思う。
69
12 67 98 46 2.80 0.827 06. 日本人と同じくらい上手に日本語が話せるようになりたい。
3 15 71 134 3.51 0.684 07. 外国人には難しい日本語(敬語や漢字)でも勉強したい。
9 27 100 87 3.19 0.800 08. 日本人に自分の思っていることを正確に伝えられるようになりたい。
0 8 83 132 3.56 0.566 09. 日本語がとても上手になるまで日本語の勉強をがんばろうと思う。
4 18 80 121 3.43 0.718 10. 母語と同じくらい自由に日本人と日本語で会話ができるようになりたい。
4 20 73 127 3.44 0.731
1.97% 12.05% 40.21% 45.77% 3.30
全体的に動機づけの強さは、「あてはまる(A+SA)」の割合が86%程度を占めるほどにと ても高いことが分かる。来日前後の留学生に取った日本語学習の動機づけのアンケート結 果は、10 項目すべてに高い数値が出て、来日前という特別な時期のモチベーションの高さ であると考えられる。
3.3.1.2 「動機づけ」の相関関係
動機づけの相関関係をピアソンの積率相関分析によって求めると、以下のようになった。
① 会話力の向上:
「06. 日本人と同様の会話力を身に付けたい」、「10. 母語と同等の会話力をつけたい」は 共に会話力の向上を希望しているため、この2つの相関関係は(r=.729, p<.001)高く、
両者と相関関係が高いものに以下のものがある。
・「06. 」-「04. 日本人の話を理解したい」( r=.588, p<.001 )
「10. 」-「04. 」( r=.496, p<.001 )
・「06. 」-「08. 自分の思いを正確に伝えたい」( r=.408, p<.001 )
「10. 」-「08. 」(r=.484, p<.001 )
・「06. 」-「09. 日本語学習の継続」( r=.465, p<.001 )
「10. 」-「09. 」( r=.564, p<.001 )
コミュニケーションに必要な表現力や聴解力も身に付けたいと思っていることが分 かる。相手の気持ちを理解し、自分の意見も述べられるような高い日本語力を身に付けた いと思っていることが分かる。
② 継続学習や挑戦:
「07. 難しい日本語学習への挑戦をしたい」は、「08. 自分の思いを伝える」、「09. 学習の 継続」、「10. 母語と同等の会話力」との相関が以下のものにみられる。
・「07. 」-「08. 」( r=.483, p<.001 )
・「07. 」-「09. 」( r=.430, p<.001 )
・「07. 」-「10. 」( r=.403, p<.001 )
・「09. 学習の継続」-「07. 」(既出)、「04. 」(既出)、「06. 」(既出)、「10. 」(既出)
70
・「09. 」-「08. 自分の思いを正確に伝えたい」( r=.423, p<.001 )
以上、高いレベルの日本語力を身に付けるため努力をしたいと考えている学生が多くみ られた。
3.3.1.3 「動機づけ」の学習歴による違い
学習歴別の動機づけの強さについて表3-10に示した。学習歴を0年、0~0.5年、0.5年
~1年、1~2年、2年以上と5段階に分け、それぞれの動機づけの強さの比較を行った。度 数の違いがあるため、やや妥当性には欠けるが、ある程度の傾向を把握することはできる。
表3- 10 学習歴の違いによる動機づけの強さの平均値
動機 01
動機 02
動機 03
動機 04
動機 05
動機 06
動機 07
動機 08
動機 09
動機
10 平均
学習歴
0年 3.11 3.21 3.00 3.21 2.74 3.18 2.78 3.42 3.18 3.03 3.09
0~0.5年 3.21 3.05 3.00 3.53 2.95 3.63 3.16 3.11 3.42 3.42 3.25 0.5~1年 3.12 3.18 3.35 3.41 3.00 3.44 3.35 3.65 3.47 3.29 3.33
1~2年 3.11 3.47 3.31 3.60 2.61 2.61 2.98 3.44 3.32 3.36 3.18
2年 3.08 3.48 3.09 3.56 2.84 2.84 3.40 3.72 3.55 3.66 3.32
この結果を分析すると以下のようになる。
① 学習歴の長い学生は、これまで母国で学習したように「動機づけ 02.07.08.09.10.」の 数値が高くなっているが、母語と同じくらいの日本語力を目標に、会話をしたり自分の考 えを正確に伝えたり、テレビの日本語や難しい日本語が分かるような聴解力を身に付け たりしたいと思っており、学習継続をする意欲が高いことが分かる。
② 逆に、日本語学習ゼロで来日した学生は、「動機づけ04.06.07.10. 」などを目標にする 段階ではないため、このデータをそのまま解釈してゼロの学生は学習意欲が低いと断定 してはならない。「動機づけ08. 」のように、自分の思いを伝えることができるようにな りたいという動機づけは高いため、生活に必要な日本語習得への意欲はあると推測でき る。
③ 平均値から、半年~1年の学生が、若干ではあるものの最も動機づけの数値が高いこと に注目したい。母国である程度基礎を学習した学生が、実践で活用できる留学という選択 をするのに適した時期だと考える。「動機づけ03.05. 」のように、自分で分かるまで調べ ようと本を買って勉強して日本語が分かるようになりたいと、自学で補いたいほど学習 意欲が高いことがうかがえる。
以上のように、日本語レベル別にある程度の特徴が表れていることが分かる。
71 3.3.1.4 「動機づけ」の来日目的別の違い
さらに、来日目的別に動機づけの強さに違いがあるかを調査した。来日目的は、1~10の 選択肢と11として自由回答欄を設け、目的の高い順から3つを記入する方法をとった。そ の中で目的の第1として選んだ項目について抜粋したものを表3-11に示した。
表3- 11 来日目的別 動機づけの強さの平均値
来日目的 度数 動機 01
動機 02
動機 03
動機 04
動機 05
動機 06
動機 07
動機 08
動機 09
動機
10 平均
1.日本語の学習 128 3.14 3.48 3.15 3.54 2.81 3.64 3.32 3.62 3.48 3.55 3.37 3.専門の勉強 14 3.36 3.00 3.29 3.57 2.86 3.38 2.93 3.36 3.21 3.14 3.21 4.大学院進学 8 3.13 3.50 3.00 3.38 2.25 3.63 3.00 3.50 3.50 3.50 3.24 9.就職に必要な知識 10 2.80 3.50 2.60 3.70 3.00 3.60 2.90 3.60 3.20 3.60 3.60
来日目的: 1.日本語を勉強するため 3.専門の勉強をするため
4.大学院へ行くため 9.就職に必要な技術は知識を身に付けるため
(参考:ここに挙げた以外の来日目的として以下のものがあった)
2.日本文化を勉強するため 5.学位を取るため
6.留学のチャンスを得たから 7.大学の単位の一環だから
8.国際的な経験を積みたかったら 10.就職に有利だから 11.その他
第1の目的として、「1.日本語を勉強するため」を選んだ学生が圧倒的に多いのだが、こ れを選択した学生は、すべて動機づけの強さが平均を超えていた。母国での専門が日本語 であるという交換留学生の数は実際に多いのだが、それ以外の専門の学生も留学を機に日 本語学習をしようと思ったなど若干の違いはあるものの、総じてはっきりとした目的意識 を持っていることが分かる。また、「専門の勉強」「大学院進学」など、目的がはっきりと している学生の動機づけの強さは高い数値になっている。就職に必要な技術や知識を身に 付けるためという、将来を見据えた目的を明確に持っている学生もその動機づけは強いこ とが分かる。
3.3.1.5 「動機づけ」の性差
また、動機づけの強さに性差があるかを比較した。その結果を表3-12に示す。
表3- 12 動機づけの強さにおける男女差
男性 女性 Levene の検定
有意確率 t値 df 自由度
2つの母
平均の差 有意確率 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差
動機01 3.11 .795 3.15 .695 .277 -.310 202 .757
動機02 3.39 .703 3.37 .746 .641 .187 203 .852
動機03 3.16 .648 3.09 .648 .212 .786 203 .433
動機04 3.43 .680 3.52 .680 .654 -1.072 202 .285
動機05 2.71 .814 2.85 .837 .679 -1.131 202 .460
動機06 3.45 .692 3.52 .692 .580 -.740 202 .460
72
動機07 3.10 .826 3.22 .781 .790 -1.069 202 .286
動機08 3.49 .595 3.59 .541 .107 -1.254 202 .211
動機09 3.55 .748 3.45 .724 .900 -.934 203 .352
動機10 3.31 .773 3.50 .725 .560 -1.722 203 .087
合計 3.27 3.33
対象としたのは性別の分かる206名で、男性81名、女性125名である。この結果から、
男性の方が動機づけの強いものは、「02. テレビなどの日本語理解、03. 分かるまで調べる、
09. 上手になるまでがんばる 」と3項目であるのに対し、女性の方が動機づけの強いもの は、「01. 宿題がなくても勉強する、04. 日本人の会話理解、05. 自学、06. 日本人と同等の 会話力、07. 難しい日本語学習、08. 自分の思いを正確に伝える、10. 自由な会話力 」と7 項目と多かった。男女差による動機づけの違いについては明確な違いを分析することはで きなかった。元田(2005)や王(2013)が因子分析して得た「習得欲求」「興味」「上達見 込み感(これは元田のみ)」のような分類も、今回実施した動機づけ尺度においては、うま く実証できなかった。
全体の平均値も、男性は3.27であるが、女性は3.33となり、.06ポイント女性の方が高 いという結果が出た。女性の方が全般的に動機づけが強く、日本語学習に対する学習意欲が 高いと考えられる。ただし、t検定を行った結果、男女差に対する有意差は実証されなかっ た。