第 4 章 来日前日本語学習教材の設計と開発
4.1 来日前日本語学習教材の設計
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常見落としがちな上級レベルの学生においても、個々の特性により不安の度合は様々であ る。そこで、そのような留学生の不安が少しでも軽減するような日本語学習教材を、来日直 前の不安も大きいがモチベーションも高い時期に与えることは効果的であると考える。学 習者は海外で、しかもさまざな国に散在しているため、eラーニングによる学習形態が有効 であると考え、eラーニングによる「来日前日本語学習教材」の開発を行うことにした57。
今回開発する教材は、汎用性を求めず、来日先である佐賀大学に特化させるという特徴を 持たせた。佐賀大学の留学生は様々な国から来日し、その目的も多様であり、来日時の日本 語能力にもレベル差がある。本学に留学が決まってから実際に留学するまでの期間、とりわ け母国での学習が終了し実際に留学準備を始める 2 カ月間、ある意味日本語学習の空白期 間に、「来日前不安」を少しでも取り除き、さらに学習意欲を高め来日後の生活を順調にス タートさせるためのeラーニングによる「来日前日本語学習教材」の設計・開発を試みた。
4.1.2 来日前日本語学習教材の目的
このeラーニングによる「来日前日本語学習教材」は、来日前という特別な状況下におい て様々な要因が絡み合った「来日前不安」を抱いている留学前の学生に、本教材を学習する ことでそれらの不安を軽減させることを目的としている。留意事項は以下の 3 点で、これ らが第3章で分析した「来日前不安」のどの因子に対応しているかも示した。
(1)来日後の生活に必要な基本的会話力を身につけることができる。
(来日前不安の第4因子である「日本語能力に対する不安」に対応)
来日してから遭遇する様々な場面での会話をリアルに再現して日本語学習を行う。
(2)佐賀での生活に必要な情報を得ることができる。
(来日前不安の第1因子「情報不足による不安」と第3因子「新しい環境への生活適 応不安」に対応)
大学の紹介、佐賀の生活や文化紹介、留学直後に必要な生活情報等を提供すること で、来日後の生活に円滑に適応できるようにする。
(3)来日前から留学生へのサポート体制を作る。
(来日前不安の第2因子「精神面での不安」に対応)
LMSにより個々の学習者の学習状況を管理することで、来日前から適宜アドバイス などが行える体制を整え、精神面の不安の軽減を目指す。
さらには、不安を軽減させることで、モチベーションアップを図り、異文化へのスムーズ な適応つまり社会言語学的能力の強化と、実践的コミュニケーション能力の向上を目指し ている。
57 これら開発に関しては、穗屋下・早瀬(2013)「来日前の留学生のためのICTを活用 した日本語学習教材の開発」の論文に一部掲載済みである。
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上記の目的が達成できるように、次のような設計方針を立てた。
① 対象となる学習者レベルの照準は初級後半から中級レベルとする。しかし、初級レベ ルや上級レベルの学生にも対応できる内容を加味する。
② 各課の構成は、場面・機能シラバスに従い、来日後留学生がすぐに遭遇する場面と する。
③ オーセンティックな会話を再現し、実践的な自習教材とする。
④ 教材の内容は、学生のニーズを可能な限り反映させる。
⑤ 製作にあたっては、学習者の学習維持ができるよう映像やレイアウトを工夫する。
⑥ eラーニングでも学習者の学習維持をサポートするために、フィードバックがスムー ズに行える体制を構築する。
⑦ LMSを使用することで、学習管理ができるようにする。
設計方針①について、一般的に言語学習においては習熟度別の学習が効率的で有益と考 えられているが、本教材はレベル別のコースを設定していない。「日本語能力に対する不安」
はそれぞれのレベルに存在したのだが、レベルの照準を初級後半から中級と設定したのは、
このレベルが今回作成する教材のような実践的コミュニケーション能力を身に付けるニー ズが高いと判断したからである。しかしながら、初級者にも配慮した語彙表作成やリピーテ ィング、アニメーションを使った会話練習などを設け、基本的なサバイバル日本語が話せる ような内容にする。また、オープニングは上級レベルの学習者向けのリスニング教材を意識 した構成とする。完全に分離したコース設定をしない教材の効果を注視しなければならな い。
これまで筆者は、e ラーニングを用いた授業において学習者のレベルに合わせた教材作成 を行ってきた。しかしながら、今回は、不安因子「情報不足による不安」「新しい環境への 生活適応不安」に対応するような情報提供の教材であること、初めての海外配信という試作 段階であること、制作期間が限られていたことなどにより、まずは、照準を定めたレベルの みの開発とする。
設計方針⑤については、eラーニングは、第2章4節で述べたように、多くのメリットと 同時に、いくつかのデメリットが指摘されている。その対策として、学習の継続ができるよ うに、映像やアニメーション、写真やイラストを取り入れた教材内容とし興味が持続する工 夫をする。
さらに設計方針⑥については、配信するだけの一方通行ではなく、教員からのフィードバ ックができる体制の構築することなどは、不安軽減だけでなく、学習継続とモチベーション の維持の重要な要素となる。教員と学習者、あるいは学習者同士のコミュニケーションツー ルとして「談話室」58でのメールのやりとりは、孤立しがちな学習者の精神面での不安の軽
58 Moodle 上に設定されているもので、教師側からのみ情報を配信する「掲示板 News
forum」と、教師と学生、あるいは学生同士の相互交流が可能な「談話室Discussion topic」
とがある。
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減に効果があると考える。しかしながら、第2因子の精神面の不安は特性不安であるので、
eラーニングの学習環境下でどの程度軽減可能であるかは未知数である。
さらに、設計方針⑦のようにLMSにより個々の学習者の学習状況が管理できるように設 定する。学習者も映像教材を見た後で、演習問題を解き、即座に成績をチェックできるため、
自己効力感が高まり自信となる。
4.1.3 コンテンツの制作
本教材の企画設計開発に関しては筆者が監修を行ったが、その教材の制作にあたっては、
大きく2つチームに分かれた。
(1)コンテンツの作成:日本語教材の原稿やシナリオなどの作成
(2)コンテンツのeラーニング化:映像撮影、録音等
特に(2)に関しては、「佐賀大学eラーニングスタジオ」59の協力を得た。
表4- 1 コンテンツ制作に関する役割と担当者
役割 仕事内容 担当者
総括マネージャー 監修、企画
筆者 教
材 制 作 者
インストラクショナル デザイナー
インストラクショナルデザインのプロ セスに沿って、分析・設計・開発・実 施、評価
コンテンツ
スペシャリスト コンテンツの作成 日本語教師
(筆者+1名)
コンテンツ クリエーター
コンテンツのeラーニング化、映像 撮影、イラスト制作、編集、その他
eラーニングス タジオスタッフ 出演者 映像の出演者、ナレーター、助手 地域の人、学生 学習支援者
直接学習者に接し、アドバイスをした り励ましたりするインストラクター、
コース運営支援者
筆者 システム運用者 eラーニングシステムとそのサーバー
管理
eラーニングス タジオスタッフ
表4-1のように、監修・企画に関してはeラーニングスタジオ責任者と相談をしながら 進め、インストラクショナルデザインを考え、教材の内容は「コンテンツスペシャリスト」
の日本語教師2名で分担して作成し、それを eラーニング化する「コンテンツクリエータ ー」はeラーニングスタッフが担当した。その他、映像の出演者、ナレーターなど多くの人 が関わって制作を行っていった。これらの仕事の流れを図式化すると次のようになる。
59 「佐賀大学eラーニングスタジオ」(当時の責任者:穂屋下茂教授)は、全国の国立大学 に先駆けて、2002年度より単位が取得できるVOD(Video on Demand)型のフルeラ ーニング「ネット授業」を開設しており、教材のeラーニング化、映像撮影、配信に関し てはしっかりした体制と実績を持っている。
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コンテンツを作り上げる半年間は上記のようなチームで活動し、その後は、インストラ クショナルデザイナー兼インストラクターである筆者とシステム管理者の2名で運用を続 ける。