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絶対的非対称性と生の感知

ドキュメント内 ――元アメリカ兵捕虜問題を事例に―― (ページ 160-163)

8 結論――国民と戦後和解

8.3 絶対的非対称性と生の感知

8.3.1 戦後和解の危機と危機からの脱出

戦後和解の多様性と関係の非対称性は、戦後和解の可能性の源泉であると同時に困難の 源泉である。元捕虜は友情のナラティヴを語ったり、ときには自らスケープゴートによる 否定をおこなったりして自分たちと日本人のあいだの非対称性を緩和しながら被害の歴史 の承認を追求する。一方、日本人は元捕虜の心情を理解し、自らを位置づけ直すことで加 害者の位置におかれる困難を緩和しながら彼らの承認の要求に応えようとしている。元捕 虜と日本人、どちらも相手の被害者としての苦悩、加害者としての苦悩を想像し、なるべ く相手の期待に応えたいと思いながら戦後和解のコミュニケーションを友好的で生産的な ものにしようと工夫している。それでも捕虜の歴史を承認する加害者と、承認される被害 者のあいだの非対称性の前に、元捕虜は承認の条件を満たすことに失敗する日本人に苛立 ちを覚えたり、日本人は偏りを感じたりしてしまう。

これまで、承認をめぐって日本人が加害者に位置づけられることの困難を述べてきたが、

承認に関してはもうひとつ、日本人の被害の歴史の承認という困難がある。ガバーのいう、

戦後和解においては加害者もまた被害者であることによる承認の難しさである。しかし、

これまでの戦後和解論は当事国の相互性を前提とすることでこの問題を掘り下げることは なかった。被害者と加害者という関係において両者は非対称な関係におかれるが、両国の どちらの被害も相互的に承認されるのであれば、加害者は被害者にも、被害者は加害者に もなる。片方の国の被害だけが承認されるのではないと前提することで両国は対称的な関 係に位置づけられるからである。

本研究から明らかにされたのは、戦後和解の相互性は必ずしも自明でなく、保証されて いるわけではないということである。そして、捕虜の歴史というアメリカの被害の歴史の 承認だけが提唱されて日本の被害の歴史の承認が提唱されないことに日本人は困難を感じ ている。この困難はふたつの方法で乗り越えられようとしていた。ひとつは、日本が加害 の歴史を承認すれば、アメリカも加害の歴史(日本の被害の歴史)を承認してくれるよう

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になるだろうと期待する、未来における相互性の先取りである。この場合、日米は暫定的 に非対称な関係に位置づけられ、捕虜の歴史の承認が優先される。一方、もうひとつの方 法では日米が正義と平和を希求する戦争の被害者という対称的な関係に位置づけられる。

このような対称的な関係を前提にしたナラティヴが問題であることはすでに述べた。

元捕虜の方でも、日本人が自分たちの被害の歴史も捕虜の歴史と同様に承認されるべき であると考えていることを認識している。それでも、捕虜の歴史における日本人との非対 称性が日本の被害の歴史によって失われてしまうことは受け入れられない。そのため、日 本人の感情にはそぐわないことを理解したうえで「原爆によって救われた」というナラテ ィヴをくり返したり、友情と平和を語りながら、原爆については「必ずしも原爆について 語り合うために来たのではない」と言ってその歴史を牽制したりすることで、捕虜として の被害者性を保持しなければならないのである。

ここで再検討以来の戦後和解が持つ意義は、もっとも根底的な困難と危機に直面すると 言っていいだろう。被害者と加害者という関係の非対称性が戦後和解を試みる旧敵国の関 係を損ねてしまう危険性は、両国の被害の歴史を承認するという相互性を保証することに よって回避されていたにもかかわらず、相互性は戦後和解を実践する被害者にとって非対 称性に対する脅威となることから保証されないのである。相互性が保証されないのであれ ば、戦後和解は応報的司法に近い、従来の戦後和解に縮減されてしまうだろう。

この危機を脱出する可能性を見出すことができるのは、やはり戦後和解の多様性におい てである。招聘プログラムでは、元捕虜の非対称性を脅かしてしまうにもかかわらず、元 捕虜が日本の被害のナラティヴに共感し、それを受け入れている事実が確認された。そこ では、元捕虜は日本の被害の歴史を承認しているわけではなく、日本の被害者の生を感知 しているのであった。バトラーは生の感知を、承認の手前で概念化しないままに注意を向 けることとしていた。元捕虜は日本の被害の歴史を承認するところまでは至っていないが、

日本人被害者の生を感知している。ここから言えることは、日本人の被害の歴史が承認さ れなくても、承認を前提や条件としない別の戦後和解(生の感知の戦後和解)は可能であ り、生の感知において、戦後和解の前提である被害をめぐる相互性が保たれるということ である。このことは、生の感知が承認の代替物や補完物として機能するということではな い。そうではなくて、生の感知と承認とは別の問題なのであり、元捕虜が日本人による捕 虜の歴史の承認に満足しているかどうかに関係なく、また、戦後和解をどう解釈している かに関係なく、生の感知の戦後和解はそれ自体として独特の意義を持つのである。

生の感知が戦後和解にとって肯定的に作用するのは、被害者の生が普遍的な人間の生と して感知されるのではなく、被害者の生として感知されるからであることに注意する必要 がある。収容所の場所の特定や死亡した捕虜の収容先を特定することが生の感知となるの は、そのような歴史の究明がほかの誰でもない、捕虜ひとりひとりの生が受けたそれぞれ の被害に焦点を当てているからである。元捕虜が日本人の生を感知するのは、日本人被害 者が自分たちと同じように戦争で傷つけられた人間であるからでなく、どのような被害者

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とも比較不可能な、何者に対しても絶対的な非対称性を持つ被害者だからである。そのよ うな生の感知があってはじめて、戦後和解は絶対的な非対称性を保証しながら相互性の前 提を保つことができる。

8.3.2 戦後和解の力学

国際政治の問題として処理された第二次世界大戦の日本とアメリカの戦後和解は、被害 者の感情や加害者の態度をより重視した視点から再検討がなされるようになった。そこに は、政治的観点からの戦後和解と道徳的観点からの戦後和解の力学が生じる。サンフラン シスコ講和条約で問題は解決済みであるという日本政府のナラティヴは、正義を求める元 捕虜のナラティヴによってその力を失っていき、日本政府は招聘プログラムを実施するに 至った。

政治と道徳のふたつの戦後和解の力学のなかで、提起される問題は補償から謝罪、歴史 認識へと移っていったが、被害の歴史を根拠として被害者個人への補償や謝罪が請求され るため、被害の歴史の承認は戦後和解の行方を左右するもっとも重要な問題となった。日 本が補償しないのは歴史を承認していないことの証左とみなされ、歴史を承認しない日本 の謝罪は誠実ではないとされる。しかし、ふたつの戦後和解の力学のなかで承認の問題は 政治的であると同時に道徳的問題でもある。そのため、承認が困難である要因は、ある特 定の領域のなかで分析され論じられるよりも複雑である。

元捕虜の正義を求める思いは強く、司法による不正の是正が難しい場合にはその代替手 段とみなされる歴史の承認は、元捕虜によってくり返し、強い調子で要求される。招聘プ ログラムは日本が捕虜の歴史を承認した結果として一定の評価を受けながら、招聘プログ ラムのなかでも承認を求めるナラティヴはくり返し語られる。しかし、ふたつの戦後和解 の力学のなかで承認は、道徳的観点から要求されている場合でも政治的にならざるを得な いのであり、承認の条件を満たして問題を解決することは、たとえ可能であったとしても 必ず限定的である。

このような承認をめぐる困難を回避できるのが、ゆるしや友情、平和の戦後和解である。

正義ではなくゆるしや平和が目的であり問題関心である戦後和解では、補償や謝罪が和解 の条件とはならない。そのため、これらの条件を満たすという政治的困難を回避できる。

また、歴史の承認そのものが目的でないため、自分たちの語る歴史が「真なるもの」とし て受け入れられているかどうかが厳密に確認されることもない。ゆるしや友情の戦後和解 においても捕虜の歴史の承認はその前提条件であるが、前提とされているために承認の条 件が具体的に提示されることもないし、真実としての歴史が厳密に追究されるわけでもな い。承認はなされたと前提されることによって、承認からゆるしや友情の方向へと戦後和 解を転換できるのである。

しかし、ゆるしや友情の戦後和解へと方向転換をしたとしても、その前提に承認がある 限り非対称性の困難を克服することはできない。加害者が被害者より道徳的劣位におかれ

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