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戦後和解の相互性と非対称性

ドキュメント内 ――元アメリカ兵捕虜問題を事例に―― (ページ 156-160)

8 結論――国民と戦後和解

8.2 戦後和解の相互性と非対称性

戦後和解の当事者となることで接続の困難に直面した人びとは、自分と戦後和解を接続 させるための理由を探し、自分なりの戦後和解の意義を見出す必要に迫られる。正義が戦 後和解の唯一の意義ではない。しかし、歴史の承認という明確な理由を持つことで、戦後 和解の当事者は接続の困難を克服できる。それは、父親の歴史の承認でも同じである。そ して多くの人がそのように自分と戦後和解の関係を理解している点を鑑みて、承認(によ る正義)が戦後和解の中心的課題であることにかわりはない。

本節では戦後和解のプロセスにおける接続の先にある困難、自分なりの戦後和解の意義 を見出し、戦後和解をそのようなものとして理解した人たちが実際にどのように和解を遂 行し、どのような困難に直面するのかについて承認の問題を中心に論じる。また、戦後和 解で相互性に非対称性を組み込むことの困難について述べたい。

8.2.1 戦後和解の多様性と承認の困難

戦後和解はさまざまな解釈が可能であり、多様性に開かれている。このことは、新たな 視点から問題提起し、既存の戦後和解を斬新に問い直すことを可能にする。反面、すべて の人が統一見解を共有することは不可能であり、戦後和解の解釈や条件をめぐる対立の危 険がともなう。

感情や態度を重視する戦後和解が提唱される国際社会の趨勢のなかで、日本政府はさま ざまな問題に対応を迫られるようになった。トーピーは戦後和解の解釈の拡大にともない、

正義、補償、謝罪、歴史認識の諸問題が政治問題化されてきたとしているが、従来の解釈 にもとづく姿勢が批判された日本政府も、現在はそれらの問題に取り組む姿勢を見せてい る。事例として取り上げた元アメリカ兵捕虜の招聘プログラムもそのような取り組みのひ とつである。

招聘プログラムは競合する戦後和解の解釈のあいだの微妙なバランスの上に成り立って いた。アメリカ議会のナラティヴを検討することで議論の争点が補償から歴史認識と謝罪 へと移行していることが確認された。招聘プログラムの背景にはそのような政治的環境が ある。しかし、招聘プログラムを政治問題としてのみ扱うことはできない。補償をともな わない日本政府の交流事業に対しては懐柔策との批判もあるが、招聘プログラムの場合、

そこには元捕虜の声が一定程度反映されているからである。元捕虜のあいだでも戦後和解 の議論は補償から愛、理解、慈悲、ゆるしの問題へと移行してきたのであるが、アメリカ 議会のナラティヴは、捕虜体験のナラティヴを根拠に日本の責任追及と「正義の戦後和解」

を求める元捕虜のナラティヴと一致する。そして招聘プログラムは、真実の承認や謝罪と いった、より感情や態度を重視した「正義の戦後和解」を求める被害者への日本の応答と

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招聘プログラムは戦後和解再検討の期待に応えるという意味で確かに大きな前進である。

国家間の政治的安定を目的とした戦後和解から被害者の正義の感覚をより重視した戦後和 解へと踏み出している。しかし、戦後和解の多様性は、招聘プログラムで対応できる限界 を超えた問題である。招聘プログラムの目的は「心の和解」を通じた両国の相互理解とさ れているが、心の和解の解釈はいくつも可能であり、何が心の和解をもたらすのかという 条件、さらには何をもって条件が満たされたとするのかの基準もさまざまである。正義の 実現は心の和解を促進する要素のひとつであり、被害の歴史の承認は正義の代替手段とし て機能するが、多様な戦後和解の解釈や条件が競合する招聘プログラムのコミュニケーシ ョンは承認の問題に非常に限られた解決しかもたらさない。

承認の条件が満たされているかどうかの基準の多様さは、戦後和解の大きな困難となっ ている。被害者にとって、自分たちが被った被害が加害者よって承認されることは最大の 関心事であり、戦後和解の必須条件である。日本の加害を追及することで正義を求めよう とする戦後和解では、日本によって被害が承認されることが目的であり、問題関心となる。

そのため、承認の条件として補償、謝罪、歴史研究や歴史教育などが具体的に提示され、

日本にはこれらの条件を満たすことが要求される。これらの要求は政治的にならざるを得 ないが、政治的問題解決の困難は、条件が満たされたかどうかの判断基準の合意形成が難 しいことである。招聘プログラムの実施、およびプログラムのなかでおこなわれる政府高 官による謝罪によって日本は加害を承認したと考える元捕虜もいれば、帰国後、日本政府 からのさらなる謝罪を望む元捕虜もいる。

承認の基準の合意形成は被害者である元捕虜のあいだでも一致していないが、元捕虜と 日本人のあいだにも、日本人が元捕虜の求める承認の基準を受け入れることの難しさがあ る。承認がなされるためには、捕虜の歴史を否定する余地はない。しかし分析から、日本 人が捕虜の歴史を「真なるもの」として承認することが困難である要因は、日本人のなか に加害の歴史の否定が存在するからだけではなく、承認が求められる捕虜の歴史の範囲が あいまいであり、また、史実としての出来事と元捕虜の心情や道徳的価値判断をともなう 歴史の解釈とが分かちがたく結びついているからであることがわかった。捕虜の歴史と第 二次世界大戦の歴史とを区別して捕虜の歴史だけを語ることは難しく、捕虜の歴史のナラ ティヴは、しばしば第二次世界大戦のナラティヴでもある。その場合、元捕虜によって語 られる第二次世界大戦のナラティヴも承認の対象となるが、たとえば、そこに元捕虜の記 憶や感情、価値判断にもとづく歴史観が含まれている場合、日本人がそれを「真なるもの」

として承認することは難しくなる。

ここには「加害の歴史を否定する日本」だけでは説明できない戦後和解の多様性の困難 がある。日本が歴史の承認に失敗しているのは、ガバーの分類のいかなる意味においても 加害の否定をしているからではなく、国際政治の領域の戦後和解と被害者の心情や道徳的 価値判断をともなう正義の戦後和解の解釈、さらには正義の戦後和解の諸条件が競合する

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なかで、承認の問題解決の道筋への合意を見出すのが容易ではないからである。本研究で 確認できた困難は数例であるが、戦後和解における承認の問題の重要性を考えれば、この 困難は戦後和解にとって深刻である。この困難が承認=日本の歴史認識の問題として見過 ごされてしまうのであれば、承認の問題解決に向けて今以上に建設的な議論が(学術的に も実践においても)おこなわれることはあまり期待できないであろう。

8.2.2 戦後和解で構築される関係――関係の流動性と非対称性

戦後和解の多様性に関連して、本研究の問題関心には戦後和解における関係の多様性、

そして被害者と加害者の非対称性があった。戦後和解論に隣接する戦争責任論や物語論に は歴史と主体の関係についての論考が蓄積されているが、そこでは被害の歴史を語る被害 者と、被害のナラティヴを聞き、自国の歴史を反省する加害者というふたつの静的な主体 が新しい歴史の物語を語りうる主体として想定されていた。分析方法としてナラティヴ・

アプローチを採用した理由は、あるナラティヴを語るひとつの主体を前提とするのではな く、ナラティヴの連続であるコミュニケーションのなかで暫定的に決められていく主体の 位置を流動的に捉えるため、そして、被害者のナラティヴを被害の歴史の物語という枠に 閉じ込めないためである。

戦争責任論において、歴史的主体としての個人が国家と無媒介に結びつけられてしまう 場合、日本人として取りうる態度は、ごめんなさい、ゆるしてくださいとゆるしを請うか、

人類の視点から普遍的な不正を追及するか、慣習的国民として国家の不正に無関心である しかない。しかし、個人が被害者のナラティヴを媒介し、被害者との関係のなかで日本と 結びつけられる場合は、先述のように反省するわれわれが立ち上がるのであった。本研究 の分析では、日本人性をおびた主体の位置は複数存在し、日本人という主体はそれらの位 置を流動的に移動しながら元捕虜といくつもの関係を構築していること、そして、それら の関係が複雑に絡み合っていることが確認された。また、元捕虜の多様な戦後和解のナラ ティヴにおいて、元捕虜の位置も被害の歴史を語る主体の位置に限定されていなかった。

彼らは政治的な問題解決を追求する主体や日本人との友情を築こうとする主体に自らを位 置づけ、それに対応するように、日本人は、補償や謝罪をおこなう加害者、加害をゆるさ れる人、友情のパートナーなどとしてさまざまに位置づけられていた。

このことから生じる戦後和解の困難はふたつある。ひとつは、日本人が元捕虜のナラテ ィヴによって自分たちが多様に位置づけられていることを理解できず、承認の条件を満た す行為に失敗してしまうこと、もうひとつは、被害者と加害者という関係における非対称 性と友情や平和のパートナーという関係における対称性とのあいだの矛盾である。

友情や平和において日米は対称的な関係にあるが、その前提には被害者と加害者という 非対称性が保証されていなければならない。「ゆるすが忘れない」という戦後和解では、友 情や平和が提唱される一方で、漠然としたかたちではあるが捕虜の歴史の承認も求められ る。そこで構築されようとする日米関係は、非対称性を前提とした対称的な関係であり、

ドキュメント内 ――元アメリカ兵捕虜問題を事例に―― (ページ 156-160)