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招聘プログラムの評価

ドキュメント内 ――元アメリカ兵捕虜問題を事例に―― (ページ 61-64)

3 招聘プログラムの背景――文献調査より

3.3 補償・謝罪請求のナラティヴと招聘プログラム

3.3.3 招聘プログラムの評価

これまで見てきた議会のナラティヴの流れを整理するとおおよそ次のようになるだろう。

終戦直後は、元捕虜への補償に関しては日本による支払いは済んでいるとみなされ、支給 の効率や対象者が問題とされていた。1980年代になると、対日補償裁判請求権の承認を求 める法案が議会に提出されるようになる。しかし、それらの法案は議会を通らなかった。

それにもかかわらず、1990年代に入ると元捕虜は日米の裁判所に請求権を求めて提訴をは じめる。裁判は90年代をとおして争われるが、2005年までにすべての訴えは棄却される73。 1990年代後半からは司法による補償問題の解決が見込めないなか、十分に認識されていな い元捕虜の貢献と犠牲を承認し、新たに補償を支払うことがアメリカ政府に求められるよ うになった。一方で、1990年代からは補償をめぐる法案と並行して、日本政府による加害 の歴史認識と謝罪が求められている。「司法問題がいかに解決されるかにかかわらず」元捕 虜と日本のあいだを調停し、(企業からの補償も含めた)あらゆる問題の解決を目指すよう にアメリカ政府へ勧告する決議案が2000年に可決され、捕虜問題解決に向けて司法による 補償とは別の道が模索されたが、補償、加害の歴史認識、謝罪など、すべての問題が未解 決のままであった。

その状況に変化が見られるのは2010年7月に下院に提出された決議案においてである。

「日本政府が太平洋戦争時の全ての米元捕虜に公式に謝罪し、生存者の日本招待計画を進 めていることを、歓迎し称える74」と書かれたこの決議案で言及されている公式の謝罪は、

2001年に田中真紀子外務大臣(当時)がサンフランシスコで、講和条約50周年のスピー

72

http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/CREC-2000-10-31/pdf/CREC-2000-10-31-pt1-PgS11432.p df#page=1(2015年4月22日)。

73

http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/CREC-2001-09-10/pdf/CREC-2001-09-10-pt1-PgS9209-3.p

df#page=1(2015年4月20日)。棄却理由の代表的なナラティヴはV・ウォーカー判事に

よるもので、判事の2000年7月21日付の意見文は請求権を求める法案反対の議員にも引 用され、議会の議事録にも全文が記録されている。意見文で判事は、連合国軍最高司令官 総司令部の敗戦国の経済問題に対する任務と当時の日本の経済状況について言及したうえ で、どん底から回復した日本経済を考えた時、元捕虜への補償が不十分だと考える人もい るかもしれないこと、そして50年を過ぎても日本に対する追加の補償がくり返し請求され ることについての理解も示している。そのうえで、原告がおこなっているような日本の国 家と企業を区別すること、特に第二次世界大戦中の日本帝国と戦時体制下の主幹産業を区 別することには無理があるとして元捕虜の個人としての請求権を棄却している。

74 http://www.us-japandialogueonpows.org/index-J.htm(2015年4月22日)。「捕虜 日 米の対話」のウェブサイトより引用。

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チのなかで述べたものではない。2003年にも日本政府の公式な戦争犯罪の承認と謝罪、お よび民間企業からの補償を求める決議案が下院で提出されていることから(下院決議案第 382号)、2001年の謝罪が謝罪として認められていないことがわかる。ここで言及されてい るのは、2009年5月に藤崎一郎駐米日本大使(当時)が元捕虜の会ADBCの総会で日本政 府の代理としておこなった謝罪のことである。2009年の総会は、オリジナルのADBCが解 散し、次世代の会に引き継がれる前の最後の大会だったが75、ここで藤崎大使による謝罪が なされ、2010年から元アメリカ兵捕虜を日本政府により招聘するプログラムが実施される ことも公表された。決議案はこの日本政府の政策を評価するものである。2010年の決議案 は提出されたのみであるが、同じ内容の決議案が数度下院に提出されたのち、2011年に上 院で可決されている(表7)。

表7 招聘プログラム関連の決議案

採択された決議案提出者のナラティヴでは、補償問題は言及されず、招聘プログラムが 日本政府の承認と謝罪を通じた和解であることが示されている。

〔前略〕この決議案は、日本政府が和解と記憶の日米捕虜友好プログラムを継続させ ることを要請します。〔中略〕

〔中略〕彼ら(元捕虜)は学業を終え、結婚し、家族をつくり、新しいキャリアを スタートさせ、市民生活のあらゆる側面に参加してきました。

しかしながら、ひとつのこと――彼らが捕虜としてどのように扱われたのかについ ての日本政府からの承認――が欠けていました。

一言で言うなら、彼らは謝罪が欲しかったのです。76

この引用につづいて2009年の藤崎大使の謝罪と、2010年の第1回招聘プログラムで来 日した元捕虜と面会したときの岡田克也外務大臣(当時)の謝罪が文言の引用とともに紹

75 この元捕虜の会の詳細については第4章を参照のこと。

76

http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/CREC-2011-11-17/pdf/CREC-2011-11-17-pt1-PgS7782-2.p

df#page=1(2015年4月22日)。アメリカ政府出版局の議事録を参照。

議会 提出日 上下院 種類 番号 議題

1 111回 2010.7.28 下院 決議案 1567

Welcoming and commending the Government of Japan for extending an official apology to all United States former prisoners of war from the Pacific War and moving forward in planning to invite surviving members to Japan.

2 112回 2011.6.22 下院 決議案 324

Welcoming and commending the Government of Japan for extending an official apology to all United States former prisoners of war from the Pacific War and moving forward in planning to invite surviving members to Japan.

3 112回 2011.6.24 下院 決議案 333

Welcoming and commending the Government of Japan for extending an official apology to all United States former prisoners of war from the Pacific War and establishing in 2010 a visitation program to Japan for surviving veterans, family members, and descendants.

4 112回 2011.11.17 上院 決議案 333

Welcoming and commending the Government of Japan for extending an official apology to all United States former prisoners of war from the Pacific War and establishing in 2010 a visitation program to Japan for surviving veterans, family members, and descendants.

招聘プログラム

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介され、さらに国務省の支援に対する感謝も述べられている。捕虜問題は、招聘プログラ ムによって政治的解決に向けて大きな一歩を踏み出したと言えるだろう。

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