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日本人のナラティヴと元捕虜の応答

ドキュメント内 ――元アメリカ兵捕虜問題を事例に―― (ページ 104-107)

5 日米間対話の齟齬

5.1 招聘プログラムの日米間対話

5.1.2 日本人のナラティヴと元捕虜の応答

次に、日本人のナラティヴと元捕虜による応答の様子を見ていく。まずは、2010年の記 者会見における質疑応答である101

101 https://www.youtube.com/watch?v=cRuyYk3T8Go(2015年9月19日)。日本記者ク ラブウェブサイトを参照。

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質問者:謝るのが下手な日本人に、あるいは日本国に対する長いあいだの告発とい うことで非常に示唆的ではあるのですが、みなさんの活動はですね。同時に世 界でなお続く戦争ですね、(および)そこにおける捕虜の虐待。これもなくなら ないわけですけれども。そういうものに対する告発ではないかと思うのですが。

なお(捕虜虐待が)なくならないこの現状に対して、そして謝らない当該政府 に対してですね、みなさんはどういう思いを持っておられるか。みなさんの行 動がそういうものを告発し続けているはずなのですが、そのことをどう思われ るかうかがいたいと思います。

元捕虜:私たちにとっては、私たちの経験というのは本当に感情的なものであるわ けです。なぜ日本はここまでくるのに65年かかったのかということです。机 の下に問題は隠しておいて過ぎ去るのを待つと、忘れられるのを待つというこ とだったのかもしれませんけれども、やはり、ぜひ日本の方には一挙にけりを つけていただきたいと思います。なぜ戦後100年も子々孫々にいたるまで同じ 問題を引きずっていく必要があるのでしょうか。

この回答がなされたあと、通訳者がもう一度質問の通訳をやり直して回答を求めたが、

先の回答者からもほかの招聘者からもそれ以上の回答はなかった。

2011年の記者会見では、次のような質問がなされた102

質問者:みなさんのなかでオバマ大統領が広島、長崎に行って原爆投下について陳 謝をするというようなことに対してサポートする方はおられませんか。そして、

それのお返しとして11月にハワイでAPECがありますときに日本の総理が、

真珠湾に行って同じように気持ちを表現するということについてどう思われま すか。

質問者は通訳者を介さずに自ら英語で質問をおこなったのであるが、はじめは誰からの 回答もなかった。再度、今度は通訳者が通訳するかたちで質問が繰り返されると、リーダ ーである元捕虜が笑いながら「それはあまり近づきたくない発言です」と答えた。このあ と、質問者はさらに質問を重ねている。

質問者:(質問を)正確にいうと、あなた方は近い将来、日本の首相が真珠湾に行 って謝罪することをのぞみますか。11月にAPECがハワイのホノルルでおこ なわれるので野田首相が真珠湾に行って謝罪するよい機会だと思ってAPECに ついて質問しました。しかし質問のポイントは、前に一度アメリカ政府によっ

102https://www.youtube.com/watch?v=1JDIzQl9tR8&list=UU_iMvY293APrYBx0CJReI

Vw(2015年9月19日)。日本記者クラブウェブサイトを参照。

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て考えられたことのある、オバマ大統領が広島に行って謝罪するという計画に ついてどのようにお感じになるのかということです。

この質問も英語でなされたが、リーダーは質問の直後に回答をはじめている。

元捕虜(リーダー):軍隊の言葉で言いますと、「給料の等級による(on my pay grade)」 というふうに言っております。私は上等曹長だったことがありますので…軍隊 用語ではそういうふうに言っております。〔中略〕あまりにも政治的な質問で、

それだけの給料はもらっていないから答えられないという意味です。私たちは 友情を深めるために今回来ているのであって、そういう、もらっていない給料 以上のことにお答えするために来ているのではありません。

同じ質問に対して、司会者に名指しで回答をうながされた別の元捕虜は次のように答え た。

元捕虜:「どういうご質問なのかな」ということを、ご質問をお聞きしてからつらつ ら考えていたのですけれども…。非常に政治性をおびた質問ではないかと思い ます。もちろん、おっしゃったような発想というのは興味深いアイデアだろう とは思いますけれども、いろいろな事情を私はつぶさに存じておりませんので よくわかりません。たとえば、日本が真珠湾を攻撃したことに関しては誰が非 難されるべきなのか、また、それのお返しとしてアメリカが原爆を投下したこ とについては誰が非難されるべきなのかということに関しましては、それぞれ が違った意見を持っているでしょうし、アメリカだけでなく日本におきまして も今のような質問にお答えするというようなことはとても難しいような気がい たします。いずれにいたしましても、私たちは友情と平和のために今回招聘さ れて来たというわけでありますので、必ずしも原爆について語るために来たの ではないと思っております。

最後に、2010年の第1回招聘プログラムの市民交流会でのやり取りである。2010年は それ以降の交流会とは違って2部構成になっていた。第1部の1時間半は元捕虜への質疑 応答が行われ、第2部の1時間半はアメリカ側参加者が退席したあと日本人参加者のみに よる懇談が予定されていた。しかし、当日になって元捕虜の子ども世代である2人のアメ リカ人女性が第2部への参加を承諾したため、実際には彼女たちを中心とした懇談となっ た。ふたりはADBCの幹部であり、そのうちのひとりは筆者と一緒に2011年のフィリピ ンツアーに参加していたDAさんである。

第2部も終わりに近づいたころ、司会者が「若い方にひとり」といって質問を促すと、

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日本の若者のひとりが、平和な世界をつくるために私たちに何をして欲しいかとたずねた。

DAさんが発言しようとしたとき、その回答を待たずにひとりの日本人が発言をはじめた。

それは、原爆の歴史についてもアメリカで教育して欲しいというものだった。

質問者:捕虜の方たちは、これはどこの国の捕虜も問わずですね、自分たちが解放 されたと、あの原爆で解放されたという、とても私たちの感情とは違う、やっ ぱり喜びの、ある種の喜びの感情をあらわしていて。それは、その当時からす ると無理もないことだと思います。それはすごく理解します。ただ、これから の平和っていうのを考えたときに、やっぱり、学校の教育のなかで原爆につい て、ということもひとつ教えていただきたいなっていうふうに私は、それを落 とされた国のひとりとして思います。

この発言に対して、DAさんは以下のように応答している。

DA:ほとんどすべてのアメリカの生徒はナガサキとヒロシマの歴史については知っ ていると申しあげたいと思います。生徒たちは原爆が落とされたことは悲劇で あったと考えています。いいですか。そうであるからこそ、次は捕虜に起きた ことなのです。残念なことに私たちアメリカの生徒が知っているすべては、真 珠湾からふたつの原爆投下へ飛んでしまいます。彼らはそのあいだに起こった ことについては何も知りません。けれども、私はあなたの意見に賛成です。

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