3 招聘プログラムの背景――文献調査より
3.3 補償・謝罪請求のナラティヴと招聘プログラム
3.3.2 対日補償請求権と日本への要求
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フィリピンのアメリカ軍はバターン半島において圧倒的な軍事力をもつ日本軍に対 して勇敢にたたかいました。戦闘を長引かせた結果、アメリカ軍はオーストラリアを 占拠するという日本軍の戦略、戦争開始から太平洋戦線における連合軍の(勝利への)
希望がかかっていた戦略を妨げることができました。
日本軍に捕えられたフィリピンの捕虜は、マニラの北にある劣悪な収容所につくま でに約730人のアメリカ人が死亡した忌まわしい「死の行進」に耐えました。行進の 生存者のうち5000人以上がその後の6か月間で亡くなりました。日本軍は生存者の 多くを民間企業所有の鉱山、造船所、工場で奴隷労働者として働かせるために「地獄 船」――しるしのつけられていない商船――で日本に輸送しました。〔中略〕
残念ながら、日本軍によって奴隷とさせられたアメリカ人によって払われた、日本 軍と民間企業の収容所における非常に苦しい犠牲に対して、一度も十分に補償された ことはありません。1948年と52年の戦争請求法で私たちの政府は捕虜であった期間 に「食べられなかった食事」のために1日1ドルを、のちに「強制労働、苦痛、そし て苦難」のために1日1.5ドルを支払いました。これらのわずかな補償でさえ周知さ れておらず、資格のあるすべての元兵士に受けとられていません。加えて、訴訟によ って日本政府や民間企業から適正な補償を得ようとする試みは失敗に終わり、生存し ている元兵士やそのほかの資格のある人たちの存命中に(訴訟による)補償が間に合 う見込みもありません。
ほかの連合国は、奴隷とさせられた自国の元兵士に敬意を表する国際的な前例を設 けています。カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、ノルウェー、オランダ、
イギリスをふくむ連合国は報賞を支払っています。〔後略〕68
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表4 対日裁判権請求案一覧
80年代の法案はいずれも議会を通過しなかったが、それにもかかわらず、元捕虜は日米 の裁判所に日本政府や企業に補償を求めて提訴している。下記の表は元捕虜を原告とする 裁判をまとめたものである(表5)。補償裁判の一連の動きを捉えるため、表にはアメリカ 人以外の元捕虜による裁判も含まれている。
議会 提出日 上下院 種類 番号 議題
1 98回 1983.6.1 下院 法案 3188A bill permitting American prisoners of war held by the Japanese after the Bataan Death March to sue in the United States Court of Claims.
2 98回 1984.9.18 上院 法案 3001A bill permitting American prisoners of war held by the Japanese after the Bataan Death March to sue in the United States Court of Claims.
3 99回 1985.2.28 下院 法案 1334A bill permitting American prisoners of war held by the Japanese after the Bataan Death March to sue in the United States Claims Court.
4 100回 1987.4.30 下院 法案 2244A bill permitting American prisoners of war held by the Japanese after the Bataan Death March to sue in the United States Claims Court.
5 107回 2001.3.22 下院 法案 1198 Justice for United States Prisoners of War Act of 2001 6 107回 2001.6.29 上院 法案 1154 Justice for United States Prisoners of War Act of 2001 7 107回 2001.7.31 上院 法案 1272 POW Assistance Act of 2001
8 108回 2003.4.9 下院 法案 1703 Justice for United States Prisoners of War Act of 2003 9 108回 2003.4.29 下院 法案 1864 Justice for United States Prisoners of War Act of 2003
対日補償裁判請求権
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表5 元捕虜による裁判一覧
※小菅(1994)、徳留(2005)および戦争責任資料センターのウェブサイト
(http://space.geocities.jp/japanwarres/center/hodo/hodo07.htm)をもとに作成。
裁判は1999年に集中しているが、アメリカでの提訴を促進したのは1999年にカリフォ ルニア州で成立した時効延長法である。しかし、2005年にはすべての裁判で請求権は棄却 され、時効延長法自体も2003年に連邦最高裁で違憲とされた(徳留 2005)。その間、アメ リカ議会では2001年から2003年にかけて対日補償裁判請求権を求める法案が上下両院で あわせて5回提出された。いずれも可決されなかったが、争点となったのは法案の成立が 日米関係に悪影響をおよぼすのではないかという懸念である。2001年に法案を提出した下 院議員は、法案が決して反日的なものではなく、日本を非難するものでもないことを次の ように述べている。
提訴 提訴先 国 原告 被告 判決 請求
1 1991.2 国連人権センター 加 カナダ傷痍軍人会 日本政府 基本的自由と人権侵害に対する救済
1994.1.24 東京地裁 蘭 元捕虜・民間抑留者 日本政府 1998.11.30 棄却
東京高裁 2001.10.11 棄却
3 1994.5.26 東京地裁 英・米・豪・ニュ 元捕虜 日本政府 損害賠償20000米ドル(1人)
1995.1.30 東京地裁 英・米・豪・ニュ 元捕虜・民間抑留者 日本政府 1998.11.26 棄却
東京高裁 2002.3.27 棄却
1999.8.6 LA上級裁 米 元捕虜 日本企業 2000.9.21 棄却
CA北部連邦地裁 2000.12.13 棄却
1999.8.11 LA上級裁 米 元捕虜 日本企業 2000.9.21 棄却
CA北部連邦地裁 2000.12.13 棄却
7 1999.9.13 NM州連邦地裁 米 元捕虜 日本企業
旧日本軍の捕虜になり過酷な労働を強いられ、暴 行を受けたとする元米兵エドワード・ジャックファート ら11人が、日本企業5社に損害賠償を請求。賠償 請求額は特定していない。
1999.9.14 LA上級裁 米 元捕虜 日本企業 2000.9.21 棄却
CA北部連邦地裁 2000.12.13 棄却
1999.12.7 LA上級裁 米 元捕虜 日本企業 2000.9.21 棄却
CA北部連邦地裁 2000.12.13 棄却
10 1999.12.7 LA上級裁 豪・ニュ・蘭・韓・中 元捕虜 日本企業
インドシナやシンガポール、ビルマなどにおいて鉄 道建設などで過酷な奴隷労働を強いられた元豪軍 兵士ら7人が、日本企業6社と各社の米国現地法人 に損害賠償を請求。
2000.2.24 オレンジ郡上級裁(CA) 英 元捕虜 日本企業 2000.9.21 棄却
CA北部連邦地裁 2000.12.13 棄却
12 2001.9.4 シカゴ連邦地裁 米 元捕虜 日本政府
元米兵捕虜らが第二次世界大戦中に日本軍から 受けた損害として1兆ドル(約120兆円)の賠償を請 求。原告は、日本軍の捕虜となり、フィリピンでの
「バターン死の行進」を生き延びた元陸軍大佐メル ビン・ローゼンと、捕虜たちの治療を強制された元 陸軍看護婦エセル・ミレットら。
11
英国人元捕虜のアーサー・ティザリントンら3人が、
大戦中に日本企業が経営していた台湾の鉱山で苛 酷な坑内労働を強いられるとともに度重なる暴行を 受けたとして、企業と在米関係法人を提訴。
8
旧日本軍の捕虜になり日本の銅山で強制労働させ られた元米軍兵士フランク・ディルマンら3人が、日 本企業2社と両社の米子会社に損害賠償を請求。
9
旧日本軍の捕虜になり日本の企業で強制労働させ られた元米軍兵士ハロルド・プールら11人が、2社 に損害賠償を請求。
5
フィリピンで旧日本軍の捕虜になり名古屋近郊の 収容所に移送され、日本企業で無報酬の労働を強 制され監視員に暴行を受けた元米軍兵士のラルフ・
レベンバーグらが企業と米子会社に損害賠償を請 求。提訴作業に参加した元米兵の集団訴訟だが原 告数は特定していない。
6
フィリピンで旧日本軍の捕虜になり「バターン死の 行進」で生き残ったが、福岡県の炭鉱に移送され、
奴隷労働の強制や虐待を受けた元米軍兵士レス ター・テニーが、日本企業2社と両社の米子会社に 損害賠償を請求。請求額は明示していない。
2 損害賠償22000米ドル(1人)
4 損害賠償22000米ドル(1人)
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私たちは、日米の関係について議論しているのであり、アメリカの人たち、もしくは、
少なくともこのアメリカ人[提案者]が日本の人たちを軽んじており、いかなる意味 においても反日的であるとは誰にも考えてほしくありません。〔中略〕
事実、私は若い時に日本に住んでいたし、何度も日本を訪れています。私の家族に はたくさんの日本の友人がいます。これ[法案]は、決して今の日本の人たちを攻撃 するものではありません。私たちが下院法案第1198号で提起しているのは、支払わ れるべき負債があるということです69。
日本を相手に訴訟をおこすことは日米関係に悪影響をおよぼすものであり、サンフラン シスコ講和条約にもとづいて50年にわたっておこなってきた平和への努力を理解していな いという法案反対の主張70に対してこのナラティヴは、訴訟は日本への攻撃ではなく、日米 関係を脅かすものではないことを強調している。その根拠は、訴えるのは日本の民間企業 であり、日本政府や国民ではないということである。法案支持のナラティヴではくり返し、
日本とアメリカが友好国であること、補償を支払うのは捕虜の使役から利益を得た大企業 であることが説明される。上記の引用にある「支払われるべき負債」を負っているのは日 本の人びとではなく、日本企業なのである。法案提案者は先の引用部分を次のように続け ている。
日本の企業は、先ほどカリフォルニア州の議員がおっしゃったように、支払うべき法 的負債を負っているのであり、国務省と私たちの政府は、これらの英雄的なアメリカ の人たちが法廷へ出向き、第二次世界大戦中に日本の企業によってそのように取り扱 われたことに対する当然の正義を受けとる妨害をするべきではありません。
しかしながら、今日の日本の人たちがこれらの犯罪をおかしたわけではありません。
今日の日本の人たちはこれらの犯罪をおかしていないし、私は彼らが個人的に責任を 負っているとはまったく考えていません71。
69
http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/CREC-2001-07-12/pdf/CREC-2001-07-12-pt1-PgH3993.pd
f(2015年4月20日)。アメリカ政府出版局の議事録を参照。
70
http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/CREC-2001-07-18/pdf/CREC-2001-07-18-pt1-PgH4167-2.
pdf(2015年4月20日)。議会でも引用される典型的なナラティヴに、2001年6月1日付 の元国務長官G・P・シュルツの議会にあてた手紙がある。そこでは「問題とされている法 案は日本とアメリカ、そしてアメリカ以外の47か国とのあいだで成立させ、平和条約のな かで明言されている協定の効力を無効にするかもしれません。[中略]条約は私たちが目撃 している平和と繁栄、特に、アジア太平洋地域の過去半世紀にわたる平和と繁栄に根本的 な土台を提供することで、私たちのためになっています」と述べられ、講和条約は補償問 題に取り組んだ結果であることが主張されている。
71
http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/CREC-2001-07-12/pdf/CREC-2001-07-12-pt1-PgH3993.pd