3 招聘プログラムの背景――文献調査より
3.3 補償・謝罪請求のナラティヴと招聘プログラム
3.3.1 戦争請求法
アメリカ政府による元捕虜への補償は1948年に制定された「戦争請求法(the War
Claims Act)」にもとづいておこなわれている。戦争請求法により戦争請求委員会が設立さ
れ、ジュネーブ条約で捕虜の権利として保障されている食糧の不足分として1日につき1 ドルが支給された62。その後、1952年の改正によってジュネーブ条約に違反した労働と非 人間的扱いに対してさらに1日につき1.5ドルが支給されている63。戦争請求法をもとに委 員会は、10の戦争捕虜および抑留者補償プログラムと4つの戦争損害および損失補償プロ グラムを実施しているが、これら14のプログラムの財源は3つを除いて日本とドイツの財
60 中尾(2008b)は民間外交の功罪を論じるなかで、イギリスの元捕虜へのインタビュー からそのような声を紹介している。
61 法案および決議案の提出日、議題、内容、審議状況などはアメリカ議会図書館
(http://thomas.loc.gov/home/LegislativeData.php?n=BillText)およびアメリカ政府出版 局(https://www.gpo.gov/fdsys/browse/collection.action?collectionCode=BILLS)のウェブ サイトを参照している。原文は1993年以降に提出されたものに限り閲覧可能であり、それ 以前のものに関しては要約を参照した。
62http://www.gwu.edu/~memory/data/legislative/us_congress/PastCongresses/War%20C laims%20Act%20of%201948%20(Public%20Law%20896).pdf(2015年4月13日)。ジョ ージワシントン大学「アジア太平洋の記憶と和解プログラム」のウェブサイトに掲載され ている法案原文を参照。
63http://www.gwu.edu/~memory/data/legislative/us_congress/PastCongresses/Public%20 Law%2082-303%20&%2082-304.pdf(2015年4月15日)。ジョージワシントン大学「ア ジア太平洋の記憶と和解プログラム」のウェブサイトに掲載されている法案原文を参照。
50 産を整理したものである64。
1948年の元捕虜の会(the American Defenders of Bataan & Corregidor, Inc.)の会報 誌「クアン」には、同年7月3日に提出された戦争請求法案の改正請求の手紙を各州の代 議士に書くように元捕虜たちに促している。改正の内容は支給対象者の拡大であるが、そ こには次のような呼びかけの文がある。
会員のみなさま!:もし日本政府に対する請求を受けとることに関心があるのでした ら、もちろん関心があることは存じていますが、ただちにお願いしたことをしてくだ さい。あなたの州の上院・下院議員に上記の改正項目を知らせてください。待たない で、すぐにそれをしてください。
(the Quan 1948)〔下線原文〕65。
「日本政府に対する請求」とあることから、補償の財源が日本の財産であることが明確 に意識されている。1950年の「クアン」では戦争請求法が制定されてから3年たっても支 給が滞っていることが1面で問題とされているが、そこに転載されているワシントンポス ト紙の記事には以下のように書かれている。
支給の遅れは戦争請求委員会の怠慢にあるのではない。〔中略〕それは単純に、多数 の請求に対応するスタッフが不足しているだけのことである。〔中略〕資金は敵の財 産から拠出されており、財務省には間接的な負担がかかるだけであるのに、なぜ戦争 請求委員会に最速で仕事をするために必要な予算が割り当てられないのであろうか。
(the Quan 1950)66
退役軍人、特に捕虜と民間抑留者への恩給に関する法案はこの時期の「クアン」の主要 な関心のひとつであるが、戦争請求法の特色は、国際法に違反する日本の行為によって引 き起こされた損害に対する補償であること、日本はすでに支払いを済ませていること、問 題は対象者の拡大と分配の効率であるとされていることにある。
戦争請求法の改正は数回おこなわれているが、1990年代後半以降、戦争請求法による補 償だけでは不十分であるとして元捕虜に新たに補償を支給する法案がくり返し提出されて いる(表3)。
64 http://www.fiscal.treasury.gov/fsservices/gov/pmt/unpdforclaims/war_claims.htm
(2015年4月13日)。アメリカ財務省財政局のウェブサイトを参照。
65 http://philippine-defenders.lib.wv.us/QuanNews/quan1900s/quan1940s/earlyissue_19 48_quan.pdf(2015年4月15日)。
66 http://philippine-defenders.lib.wv.us/QuanNews/quan1900s/quan1950s/september_
1950_quan.pdf(2015年4月15日)。
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表3 アメリカ議会に提出された補償請求案一覧(1990年以降)
下院では1998年から2011年まで、毎議会(第105-112回)ごとにバターン死の行進の 生存者で捕虜となった兵士に対して、捕虜であった期間に対して1日4ドルに年3%の利息 を加えた金額を支給するように求める法案が提出されている。また、それとは別に2000年 から2008年にかけて、バターン死の行進の生存者に限らない元捕虜や元民間抑留者に対す る補償法案も数回提出されている。上院では1999年から2008年にかけて、元捕虜らへの 補償法案が4回提出されている。いずれも法案の提出のみで本会議での実質的な審議はお こなわれていない67。
戦争請求法に関する法案が補償の支給の効率化および対象者の拡大を訴えるものである のに対して、90年代以降の法案には元捕虜の国家への貢献の承認を訴えているという変化 が見られる。捕虜の貢献には彼らの犠牲も含まれており、捕虜体験のナラティヴが頻繁に 語られるようになった。たとえば、2008年に補償法案を提出した上院議員は本会議で以下 のように述べている。
〔前略〕この補償はわずかばかりの国家からの感謝に過ぎませんが、これがアメリカ 市民、特に人生の終盤に近づいている人たちが払った軍事的貢献と犠牲の承認に役立 つことを願っています。〔中略〕1941年12月から1942年4月までの約6か月間、
67 http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/240/024014.pdf(2015年4月19日)。議 事録の審議状況のほかに国立国会図書館(2009)「外国の立法240」も参照した。
議会 提出日 上下院 種類 番号 議題
1 105回 1998.5.7 下院 法案 3818 To provide additional compensation for certain World War II veterans who survived the Bataan Death March and were held as prisoners of war by the Japanese.
2 106回 1999.10.27 上院 法案 1806 To authorize the payment of a gratuity to certain members of the Armed Forces who served at Bataan and Corregidor during World War II, or the surviving spouses of such members, and for other purposes.
3 106回 2000.5.11 下院 法案 4438 Samuel B. Moody Bataan Death March Compensation Act
4 106回 2000.12.4 下院 法案 5639 To authorize the payment of a gratuity to certain members of the Armed Forces who served at Bataan and Corregidor during World War II, or the surviving spouses of such members, and for other purposes.
5 107回 2001.3.8 下院 法案 963 Samuel B. Moody Bataan Death March Compensation Act 6 107回 2001.8.2 上院 法案 1302
To authorize the payment of a gratuity to members of the Armed Forces and civilian employees of the United States who performed slave labor for Japan during World War II, or the surviving spouses of such members, and for other purposes.
7 107回 2001.9.5 下院 法案 2835
To authorize the payment of compensation to members of the Armed Forces and civilian employees of the United States who performed slave labor for Japan during World War II, or the surviving spouses of such members, and for other purposes.
8 108回 2003.2.5 下院 法案 595 Samuel B. Moody Bataan Death March Compensation Act 9 109回 2005.1.4 下院 法案 30 Samuel B. Moody Bataan Death March Compensation Act
10 109回 2006.7.28 下院 法案 5972
To provide for the payment of compensation to members of the Armed Forces and civilian employees of the United States who, as prisoners of war, performed slave labor for Japanese corporations during World War II, to authorize the Secretary of Defense to accept contributions in order to provide additional compensation to such members and employees, to encourage Japanese corporations that benefitted from the use of slave labor to make contributions for such additional compensation, and for other purposes.
11 109回 2006.8.3 上院 法案 3811
To require the payment of compensation to members of the Armed Forces and civilian employees of the United States who performed slave labor for Japanese industries during World War II, or the surviving spouses of such members, and for other purposes.
12 110回 2007.3.19 下院 法案 1570 Samuel B. Moody Bataan Death March Compensation Act 13 110回 2008.6.10 上院 法案 3107
To require the payment of compensation to members of the Armed Forces and civilian employees of the United States who were forced to perform slave labor by the Imperial Government of Japan or by corporations of Japan during World War II, or the surviving spouses of such members, and for other purposes.
14 110回 2008.7.15 下院 法案 6497
To require the payment of compensation to members of the Armed Forces and civilian employees of the United States who were forced to perform slave labor by the Imperial Government of Japan or by corporations of Japan during World War II, or the surviving spouses of such members, and for other purposes.
15 111回 2009.1.9 下院 法案 423 Samuel B. Moody Bataan Death March Compensation Act 16 112回 2011.1.18 下院 法案 309 Samuel B. Moody Bataan Death March Compensation Act
補償請求
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フィリピンのアメリカ軍はバターン半島において圧倒的な軍事力をもつ日本軍に対 して勇敢にたたかいました。戦闘を長引かせた結果、アメリカ軍はオーストラリアを 占拠するという日本軍の戦略、戦争開始から太平洋戦線における連合軍の(勝利への)
希望がかかっていた戦略を妨げることができました。
日本軍に捕えられたフィリピンの捕虜は、マニラの北にある劣悪な収容所につくま でに約730人のアメリカ人が死亡した忌まわしい「死の行進」に耐えました。行進の 生存者のうち5000人以上がその後の6か月間で亡くなりました。日本軍は生存者の 多くを民間企業所有の鉱山、造船所、工場で奴隷労働者として働かせるために「地獄 船」――しるしのつけられていない商船――で日本に輸送しました。〔中略〕
残念ながら、日本軍によって奴隷とさせられたアメリカ人によって払われた、日本 軍と民間企業の収容所における非常に苦しい犠牲に対して、一度も十分に補償された ことはありません。1948年と52年の戦争請求法で私たちの政府は捕虜であった期間 に「食べられなかった食事」のために1日1ドルを、のちに「強制労働、苦痛、そし て苦難」のために1日1.5ドルを支払いました。これらのわずかな補償でさえ周知さ れておらず、資格のあるすべての元兵士に受けとられていません。加えて、訴訟によ って日本政府や民間企業から適正な補償を得ようとする試みは失敗に終わり、生存し ている元兵士やそのほかの資格のある人たちの存命中に(訴訟による)補償が間に合 う見込みもありません。
ほかの連合国は、奴隷とさせられた自国の元兵士に敬意を表する国際的な前例を設 けています。カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、ノルウェー、オランダ、
イギリスをふくむ連合国は報賞を支払っています。〔後略〕68