第9章 ストック・オプションに関する税法上の問題
第5節 国際課税の視点からみた今後の展望
本庄[2005c1は「これまでの本判決に係る判例評釈は、(外国親会社から日本子会杜の役員 に付与されたストック・オプションに対する課税関係が)本質的に国際課税の問題を含む ものであることを正面から取り上げるものが少なかった」と指摘している412。
多国籍企業グループ内の国際的な所得移転については、本来、移転価格課税の問題が生 じ、いわゆる移転価格課税は当初の有形資産取引から無形資産取引や人的役務報酬および 金融取引に広がる傾向にあるが、多国籍企業グループの役員報酬に係る国際的な所得移転 は、移転価格課税のターゲットになるといわれている413。これまでの判例評釈は、ストッ ク・オプションの付与対象者に係る所得区分について給与所得、一時所得、譲渡所得また は雑所得に関する国内税法の規定の解釈と、前述した昭和56年最高裁判決の給与所得の定 義を当てはめるという争点のみを取り上げてきており、適正な課税を目指す課税当局とし ては、日本のストック・オプション裁判と評釈にみられるストック・オプション問題の極 めて限られた論点のみに惑わされるべきではなく、多国籍企業グループ内の米国親会社か ら日本子会社へのストック・オプションに対する移転価格の問題など、本来の国際課税問 題に取り組むべきであるといわれている414。
一般に移転価格とは、特殊関連企業間における有形資産の売買、金銭貸付、役務提供、
技術提供等に係る取引価格をいう415。特殊関連企業間取引は、独立企業間取引で付される 独立企業間価格とは異なる価格で行われる傾向があるが、このような取引が国を越えて行
411 i川[2005]、45頁。
412 {庄[2005c]、157頁。
413 {庄[2005c】、157頁。
414 {庄[2005c】、157頁。国際課税問題として、移転価格の問題、親会社コストの子会社へ の請求の有無、子会社における親会社コストの損金計上の有無、その場合の金額の適正化、
親会社からのストック・オプションにより子会杜が給付すべき役員報酬節約相当額の収益 計上の有無、その場合の金額の適正化が例示されている。
415 {庄[2002]、190頁。
われることにより、国際間の所得移転が行われ、第三者との取引や第三者間の通常取引が 行われた場合に比べて、それぞれの国での税収が増減するので、所得が流出する国は、こ のような取引の実際価格ではなく、その取引が通常取引であったと仮定した場合に付され るべき独立企業間価格から生じるべき適正な所得に対して課税し、所得移転に伴って流出 することとなる自国の税収を確保する必要がある416。これが移転価格税制の必要性である。
そして、対象取引について、米国では国内取引および国際取引の双方を含めるが、日本 では国際取引にのみ限定し、また、米国では個人および法人を適用対象者とするが、日本 では法人のみを適用対象とした417。
以上から、国際間のストック・オプション取引も移転価格課税の対象となると考える。
つまり、本件最高裁判決のような外国親会社から日本子会社役員ヘストック・オプション が付与されたケースにおいて、それが人的役員報酬であり、本件が国際取引であり、対象 が法人であることから、移転価格課税の対象取引になるというわけである。
本件最高裁判決においては、本件ストック・オプション取引が移転価格課税の問題と抵 触するにもかかわらず、まったく触れられていない。今後、このようなケースはますます 増加すると考えられる中、課税庁としても移転価格の問題を念頭に置き、積極的に課税で きるように努力し、税収を確保することが必要ではないだろうか。
第6節おわりに
以上のように検討してみると、ストック・オプションの権利行使益の所得区分に関する 論争は、本件の最高裁判決により結論が出たように思われる。しかし、それにもかかわら ず、未だいくつかの論争が残されている。
まず、商法が新株予約権制度を導入したことにより、それを活用したストック・オプシ ョンが、税制上の適格要件の充足とは別に、さらに弾力的に適用できることになったこと である。この場合に、新株予約権証書が税法上も有価証券であることから418、発行合杜か
ら新株予約権を名目価額である1円等で取得し、当該新株予約権を権利行使時に権利行使 益相当額で他に売却することが考えられる。そうすると、当該売却益は、有価証券譲渡所 得として考えざるを得ないと思われるが、そうなると給与所得課税が回避されることにな り419、ストック・オプションの権利行使益を給与所得とする課税体系が成り立たないこと
になる。
また、所得税の源泉徴収義務の問題である。所得税法第183条1項は「国内」において 給与所得となる「給与等」の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税
416 {庄[2002]、190頁。
417 {庄[2005a1,184頁。
418 鞄セ税法2条1項、金融商品取引法2条1−9項。
419 i川[2005]、46頁。
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を徴収し、その徴収の目の属する月の翌月10目までにこれを国に納入しなければならない と定めている。
この場合、本件のように、ストック・オプション付与者が国外に所在する外国法人であ る場合には、「国内」において「給与等」を支払ったわけでもないので、当該権利行使益に 対する所得税の源泉徴収義務は問題にならない。しかし、その付与法人が内国法人である 場合には、当該権利行使益が「給与等」と認定されると、それに係る所得税の源泉徴収義 務が生じることになる。このような場合に、所得税の源泉徴収が期待できるのであろうか、
また、いつ「給与等」を支払ったことになるのか、現行法の解釈や適用に疑問が生じる420。
いずれにせよ、現行の所得税法第183条1項は、このような問題を想定していないと思わ
れる。
そして、ストック・オプションを受ける側の所得区分が「給与所得」とされたことで、
ストック・オプションの課税問題は、法人税における取扱いに焦点が移る可能性が高いと 考えられる。つまり、ストック・オプションの付与企業で、権利行使益相当額の損金算入 を認めるか否かという点である。
現行の法人税法では、法人税法第22条第3項によると、別段の定めがあるものを除き、
損金に該当するものは、①当該事業年度の収益に係る売上原価、完成工事原価、その他こ れらに準ずる原価の額、②当該事業年度の販売費、一般管理費、その他の費用の額、③当 該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの、と規定されている。
法人税法第22条の規定からは、ストック・オプションの費用が損金算入可能なのか判断 がつきにくい。しかし、金銭による給与が、法人税法上、人件費として損金扱いされてい ることに照らせば、ストック・オプションによる報酬の取扱いも明らかになるであろう。
近年における一連のストック・オプション課税訴訟の過程で、国税側は、法人税法上の 取扱いに関して、ストック・オプションに係る付与法人側での損金算入問題は、法人税法 上の問題で損益として認識しない扱いとしているに過ぎず、実質的に付与会社に損失がな いとするものではないとの主張を行っている。つまり、付与会社において権利行使益相当 額を損金算入する余地はあると考えられるといえる。
もっとも、損金算入を認めることとなれば税収の減少につながるので、政治的問題をい かに解決するかが今後の課題となるだろう。
以上のように、ストック・オプションの権利行使益の所得区分等についての課税問題は、
今回の最高裁判決によりとりあえずの決着がついたものであると考えられるが、今後の課 題も多く存在する。これらの課題は、今後ストック・オプションが拡充されると一層の問 題となることが考えられる。
420 i川[20051,46頁。
結
ストック・オプション会計を巡る課題と展望
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結 ストック・オプション会計を巡る課題と展望
第1節はじめに
かつてはストック・オプションは労働役務に対する対価として付与されるが現金等会社 財産の流出を伴わないという特徴から、費用計上をしないという状況にあった。しかし、
この費用計上をしなくてもいいという特徴を悪用し、米国においてストック・オプション に関して不正な会計処理が行われ、これらがユンロン、ワールドコムに代表される不正会 計問題によって明らかとなった。その後、2004年に匡;際会計基準審議会(Intemationa1 A㏄ountingStandardsBoard:以下、岨SB)が国際財務報告基準第2号「株式報酬」
(Intemationa1Financia1ReportingStanaara No.2,醐〃θ丑鎚θ♂地ア㎜θ〃:以下、
IFRS2)を、財務会計基準審議会(Financia1A㏄ountingStandardsBoard:以下、FASB)
が改言下財務会計基準書第123号(StatementofFinancia1A㏄ounting Standards No.123
(R):λooo〃〃肋8危r秘〃θガ船θ♂Cb㎜ρθ刀脳血。〃6θ㎡8θゴ2004:以下、SFAS123(R))
をそれぞれ公表し、また日本においても2005年に企業会計基準委員会(A㏄ounting Standards Board ofJapan、以下ASBJ)が企業会計基準第8号「ストック・オプション 等に関する会計基準」(以下、日本基準)を公表した。これらは原貝■」として公正価値に基づ
くストック・オプションの費用計上を求めており、ストック・オプションの会計基準につ いても、いわゆる国際的なコンバージェンスが図られたといえよう。
しかし、大枠において、公正価値に基づく費用計上という国際的なコンバージェンスが 図られることになったものの、3つの会計基準間には取扱いが異なる点が未だ存在しており、
会計基準上、引き続き検討すべき課題が残されている。これを受け、本論文では、費用計 上が義務付けられるに至るまでの3つの基準の経緯と概要、そして3つの基準間の異同を 整理し、その上で未だ残るストック・オプション会計の問題点を明らかにした。以下、各 章の要約と結論をまとめ、これらの考察に基づき新たな問題提起を行うこととする。