第6章 ストック・オプションに関する公正価値評価の問題
第3節 公正価値単価の評価に反映すべきストック・オプションの特徴
ストック・オプションに共通する特性として、適用指針は譲渡が制限されている点を挙 げ、次の方法により公正価値単価を評価するとしている284。
① 連続時間型モデルによる算定技法(例えばブラック=ショールズ・モデル)を用いる 場合には、オプションの満期までの期間に代えて、算定時点から権利行使されると見込 まれる平均的な時期までの期間(予想残存期間)を用いる。
② 離散時間型モデルによる算定技法(例えば二項モデル)を用いる場合には、算定時点 からオプションの満期までの期間全体の株価変動を想定した上で、株価が一定率以上に 上昇した時点で権利行使が行われるなど、従業員等の権利行使等に関する行動傾向を想 足する。
このように、ストック・オプションの公正価値単価の評価には、ブラック=ショールズ・
モデルや二項モデノレといったオプション価格算定モデルの利用が提案されている。しかし、
280 PASB[20041,BC131,
281これに属する特性の多くは、ストック・オプションの失効見込数に関するものである。
282 驪ニ会計基準委員会[2005d]、第5項。
283 驪ニ会計基準委員会[2005d]、第6項。
284 驪ニ会計基準委員会[2005d1、第7項。
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これらのモデルはストック・オプションの公正価値評価を前提として考えられたものでは ない。つまり、これらのモデルをストック・オプションの公正価値評価に適用するには、
ストック・オプションの特性を考慮し、修正を行った上で適用しなければならない。スト ック・オプションには、多くの特性があるにもかかわらず、適用指針は、公正価値評価に おいて、ストック・オプションの譲渡制限についてのみ言及している。公正価値単価を算 定するには、さらにモデルにストック・オプションの特性を組み込むべきではないであろ
うか。
以下、これらのモデルにおいて他に考慮すべき、重要であると思われるストック・オプ ションの特性を整理する。
(1)ストック・オプションの特性
ストック・オプション制度は、ある一定時点に、あらかじめ定められた価格で従業員等 が株式を購入する権利を付与し、従業員等は権利確定後に、権利を行使し、自社株式を買 い取り、その取得した株式を市場で売却することができる制度である。それにより、オプ ション保有者であった従業員等は行使価格と売却価格との差額を報酬として受け取ること になる。つまり、ストック・オプション制度において、企業は従業員等の役務の提供に対 して何ら債務を負うものではなく、従業員等が自ら、市場から報酬を得るという形態をと る制度である。
ストック・オプションという報酬制度では、企業側が行使価格をあらかじめ決めておく ことにより将来負担すべき費用が確定するので、ストック・オプション付与目以降の株価 推移の影響を受けない。また、自社株式の購入時以外は、付与目に報酬に対するキャッシ ュ・アウト・フローは発生しない。このことから、ストック・オプションは特に資金力の 乏しいベンチャー企業等において、優秀な人材確保の為の有利な手段として活用されてい
るのである285。
また、ストック・オプション保有者は、株価上昇時には権利行使により報酬を得ること ができる一方、株価下落時には権利放棄することで、損失を免れることができるので、ス
トック・オプション制度は従業員等にとってはメリットばかりの制度のように思われる。
しかし、ストック・オプションによる報酬は、現金による報酬に比べて不確実なものであ ることから、ストック・オプションによる報酬が現金による報酬よりも大きな割合を占め ている場合、従業員等の心理的不安は常に付きまとうであろう286。また、公正価値評価に は見積もりが多く含まれるので、数値操作が行われる可能性も否定できない。
公正価値評価という観点から、オプション価格算定モデルの修正にあたって考慮すべき
285 燒ア会計基準機構[2003b1,34頁参照。
286 ]業員の労働上の貢献を加味して労働の対価としてストック・オプションを付与する場 合には、賃金の全額現金払いの原貝1」を定める労働基準法25条に抵触をしないがが問題とな るが、日本の企業が従来付与してきたストック・オプションは任意的恩恵的な給付である ため「賃金」には該当せず、同条に抵触することはないと考えられる。
ストック・オプションの特性としては以下のものが考えられる287。
① 満期までの期間が長期にわたる。
② 譲渡性がなく、第三者への売却が禁止されているので、満期目以前での早期行使の 可能性がある。
③ 付与日から確定目までの一定期間(伯stingPeriod)が存在する。
④ VestingPeriod中に離職する等、権利確定条件を満たさずに失効する可能性がある。
⑤ 権利が確定しても、必ずしもストック・オプションが権利行使されるとは限らない。
⑥ ストック・オプションの行使により、株主の富の希薄化が起こる。
オプション価格算定モデルをこれらストック・オプションの特性を加味したものに修正 し、ストック・オプションの公正価値を評価しなければならない。
(2)早期行使についての検討
適用指針では、予想残存期間を合理的に見積もることができない場合には、算定時点か ら権利行使期間の中間点までの期間を予想残存期間として価値算定を行うこととしている。
では、従業員等はストック・オプションをいつ行使するのであろうか。米国では、ストッ ク・オプションを付与された従業員等は、早期に権利行使を行うという結果が出ている288。
図表6−1は、米国において権利付与後、権利が確定するまでの権利確定期間と、付与 されたストック・オプションのうち、1年間のうちに行使可能な比率を表にしたものである。
これを見ると、約10%の企業(48社)において、ストック・オプションの付与と同時にそ の100%を行使できるという形態のストック・オプションが付与されていることがわかる。
287 eASB[1995],pars16−22,
288 レしくはAboody[1996]参照。
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図表6−1権利確定期間と付与形態 (単位:杜)
Vestin
1に 利行 可脂;比淋
Period 17%20%25%30%33%50%1OO%合計 0
0,5 1
1,5
2
2.5
3 4 5
1 0 0 0 0 0 0 0 0
38 1 23 1 0 0
1
1 0
29
0 208 0 2
10 0 0
0 0 1 0 0 0 0 0 0
21 1 18 2 3 0 2 2 0
11
0 3 0 1 0 0 0 0
48
5 39 0 10 0 2
1
2 148 7
292 3
16 1
5 4 2 合計 1 65240
1 49 15 107 478(出所)Abooay[19961,p.368を加筆修正。
また図表6−2は、ストック・オプションを付与してから1年後から10年後の間に行使 されたストック・オプションの比率を表したものである。これを見ると、10年満期のスト ック・オプションでは、平均値では合計79.90%のうち54.20%(1.7%十18.90%十18.80%
斗14.80%)のストック・オプションが4年以内に行使されている。また、中央値でも4年 以内に合計58.10%のうち43.60%(0.00%十15.10%十16.80%十11.70%)のストック・オ プションが行使されている。よって、10年満期のストック・オプションを評価した場合、
予想残存期間は5年であるが、実際には4年以内にストック・オプションが行使されるの で、オプション価値が高くなるのである。
図表6−2 付与目以降に行使されたストック・オプションの比率 10年満期
付与日からの年数 平均値 中央値
1 1.70%
2 18.90%
3 18.80%
4 14.80%
5 9.90%
6 6.60%
7 5.OO%
8 2.50%
9 1.30%
10 0.40%
合計 79.90%
(出所)Aboody119961,p.370を加筆修正。
O.00%
15.10%
16.80%
11.70%
8.60%
4.20%
1.70%
0.00%
O.00%
0.00%
58.10%
ストック・オプションを付与された従業員等による早期の行使行動は、合理的側面と心
理的側面から説明される289。合理的側面から見ると、ストック・オプションには譲渡制限 があり、市場で売却ができないので、早期にストック・オプションを行使することになる。
また、心理的側面としては、株価が過去1年間における最高値を超えた時に、従業員等は オプションを行使する傾向があることが実証的に示されている290。
このようなストック・オプションの早期の権利行使が日本企業でも確認されるならば、
算定時点から権利行使期間の中間点までの期間を予想残存期間として価値算定を行うこと は、残存期間が長いほど、オプション価値が高くなるので、本来計上すべき費用よりも多 額の費用を計上することになる。このように、ストック・オプションの早期権利行使は過 大に費用を計上するおそれがあるので、この特徴をモデルに組み込むことは重要であると
思われる。
日本では、ストック・オプション制度の導入から約10年を経過したにすぎないので、ス トック・オプション制度の実態が明らかとされていない。こうした早期の権利行使は米国 企業の実態からの考察であり、日本企業の実態については今後詳細な調査が必要となるで
あろう。