4. 両接辞による派生形容詞
4.1. 分析の意義
本章における最終的な目標は、両タイプの派生形容詞間の意味的な差異・類似点を明らか にすることにある。そのために、本章では特に、同一の動詞を語根とし接辞によってのみ異 なる派生形容詞のペア (例えば limtiador/limitante) を分析し、それぞれのタイプの派生形容 詞のみせる修飾パターンを比較検討する。その後、それぞれのペアの記述を基に両派生形容 詞、そして派生形容詞としての両接辞の意味的差異を考察するという手順で目標の達成を 図る。本節では、こうした調査にはどのような意義があり、本論文全体にどのように位置づ
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第一の意義としては、この問題はこれまでにほとんど扱われることのなかったものであ るという点、つまり、このテーマをとりあげること自体に一定の意義が認められることが挙 げられる。これまでに繰り返し述べて来たとおり、両接辞による派生語の研究自体は様々な 研究者によってなされてきたものの、多くの先行研究において分析の対象とされてきたの は両接辞による派生名詞であり、両者による派生形容詞を網羅的な分析の対象とした先行 研究は存在しないようである。例えば、両接辞に関する比較的新しい研究である Cano (2013) は、形容詞派生接辞としての -nte に関する網羅的な研究がなされてこなかったことを指摘 している。
El afijo –nte es un sufijo enormemente productivo a la hora de derivar adjetivos. Sin embargo, no ha sido objeto de estudio exhaustivo en la bibliografía, por lo que es difícil encontrar en español trabajos centrados exclusivamente en el sufijo –nte.
(Cano 2013: 76)
同様に、-dor 派生形容詞を主要な分析対象とした意味的研究もほぼなされていないよう である。-dor を扱った研究の多くは名詞派生接辞としての -dor を対象とし、多くの場合、
その意味というよりも形態論的性質や語根動詞の項構造の継承といった形態・統語論上の 問題を扱うものであった5。
本章では両形容詞の修飾パターンを扱うが、この点について先行研究における言及が全 くなかったわけではない。既に挙げた両接辞に関するいくつかの先行研究では、両タイプの 派生形容詞の修飾パターンと、名詞派生接辞としての両接辞の編入の傾向の間に意味論上 の平行性があると主張、または予想されている。ここでいう平行性とは、両派生名詞間に観 察される意味上のコントラストが、両派生形容詞の修飾する名詞の間にも観察される、とい うものである。たとえば、-dor 名詞は -nte による名詞とは異なり、典型的、または自由に 使役的動作主を表すことは指摘したとおりであるが、同様に -dor 形容詞も語根動詞の使役 的動作主にあたる対象を表す名詞を典型的に修飾する、といったものである。
例えば Cano (2013) は大多数の -nte 名詞は -nte 形容詞からの品詞転換 (conversion)の 結果生じたものであるとしている6。
Las gramáticas del español coinciden en que –nte es un sufijo que deriva productivamente adjetivos deverbales. Hemos visto en el capítulo anterior que algunos adjetivos tienen también una contrapartida nominal: e.g. un gel exfoliante > un exfoliante. En una primera
5 cf. Pena (1980). Varela (1999). Mas Álvarez (2004), Cifuentes & Rodríguez (2011), Gràcia (2013)。
6 また、Laca (1993) でははっきりとした言及・説明はないものの、この平行性を議論の前提としているよ うに見受けられる。
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aproximación, este tipo de ejemplos apuntan a una operación de conversión, dado que el significado del adjetivo se mantiene en el nombre.
(Cano 2013: 131)
Cano (2013) はこの平行性は存在するとしているが、そのための十分な根拠を提示してい
るとは言い難い。Cano (2013) の論拠は数例の内省に基づくものであるためである。この問 題点は他の先行研究にも認められる。
「派生名詞の意味」を扱うのであれば、辞書というある程度の客観性を有した資料があり、
それを使用することで一定の度合いまで恣意性が排除された分析、記述が可能であっただ ろう。しかしながら、「派生形容詞の修飾のパターン」を網羅した辞書のような資料は存在 せず7、このため主観を排した修飾パターンの典型性の記述は困難なものであったように思 われる。
そこで、本研究ではコーパスを使用し定量的な分析を実施することで上述の問題点の解 決を図り、両タイプの派生形容詞の修飾パターンの記述を試みる。この試みはおそらく両接 辞をめぐる研究の中でも初のものである。この本章における分析はトークン頻度に基づく ものであり、したがって、前章までの記述、提案を補強するものでもある。
Tsutahara (2014) および二章、三章の記述の根拠はタイプ頻度の分析を根拠とするもので
あった。例えば、-dor は典型的には使役的動作主や道具を編入する接辞であるとしたが、
それは分析した -dor 派生名詞の大多数は同種の対象を語義とすることが確認されたこと による。しかしながら、これは根拠として不十分であることは前章で述べた通りである。つ まり、両接辞による派生名詞は多義的である以上、「大多数の -dor 派生名詞は使役的動作 主を表す」としても、この事実は必ずしも「使役的動作主が、それぞれの -dor 派生名詞に とって第一義的な語義である」とは限らないためである。もしも使役的動作主が -dor にと っての一義的な語義でないならば、つまり、もしも「大多数の-dor名詞は使役的動作主を表 すことができるものの(辞書に記載はあるものの)、実際にそうした対象を表すことは稀で ある」のであれば、前章までの記述は妥当性を欠くこととなるだろう。従って、二、三章で 実施したタイプ頻度に基づく分析と併せて、トークン頻度に基づく検証、つまり、具体的な
-dor 名詞一つ一つが、使役的動作主・道具をその他のタイプの対象に比べ、より高い頻度で
表されているか否かを確認する必要があるが、そうした検証もまた困難なものである。これ までに紹介した 1000 種類を超える両接辞による派生名詞の膨大な数の用例を手動で検討 するのは現実的ではないだろう。
しかし、もしも、両タイプの派生名詞の編入のパターンと両タイプの派生形容詞の修飾の パターンに平行性が確認されれば、上述のトークン頻度に基づく検証も可能となる。つまり、
7 スペイン語のコロケーション辞書としては Diccionario combinatorio del español contemporaneo (REDES) や
Diccionario de colocaciones de español (DiCE) 等がある。いずれもスペイン語における使用頻度の高い共起関
係を収録したものであるが、-dor と -nte による派生語は網羅的に収録されているとは言い難い。
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派生形容詞の修飾する名詞は、派生名詞の編入している対象とは異なり音形を持つもので ある。例えば、派生名詞 fumador の表す「喫煙者」は接辞に編入されている一方で、派生 形容詞を含む同義的な名詞句、 hombre fumador においては「喫煙者」が hombre として音 形を伴って現れる。そしてこのように出現することで、それぞれの派生形容詞が強く結びつ いている名詞、ひいては主語相当の対象を自動的に、大規模なデータから抽出することが可 能となる。この意味において、本研究を含めたタイプ頻度に基づく両タイプの派生語の意味 的な研究に、本章における分析は新たな角度からの事実を提供しうるものである。この点も また、定量的に両タイプの形容詞の修飾パターンを分析することの意義であると考える。
4.1.1. 仮説
本章における分析は上述の着想に基づき、-dor/-nte 形容詞の名詞を修飾するパターンと、
名詞派生接辞としての両接辞の編入のパターン間の平行性を検証するというものである。
より具体的には、本章では以下の仮説を検証する。
-dor による形容詞は:
⚫ 典型的には語根動詞の表す動作にとっての使役的動作主、使役的道具といっ た高い動作主性を有する対象を表す名詞を修飾する
⚫ 原因に相当する対象を表す名詞を修飾する
⚫ 非動作主や内項相当の対象を表す名詞を修飾しない
-nte による形容詞は:
⚫ 語根動詞の表す動作にとっての使役的動作主、使役的道具といった高い動作 主性を有する対象を表す名詞を修飾しない
⚫ 典型的には原因に相当する対象を表す名詞を修飾する
⚫ 非動作主や内項相当の対象を表す名詞を修飾する
形容詞派生接辞としての両接辞と、名詞派生接辞としての両接辞の間に意味的な平行性 が確認されれば、または、上記の仮説が妥当だと判断されれば、それぞれのタイプの派生形 容詞の分布が明らかになるだけでなく、前章までに提案してきた両接辞の意味的性質の記 述を補強することにもなるだろう。
このように、本章における分析は両接辞による派生形容詞と、それらによって修飾される 名詞との結びつきに焦点をあてるものである。よって、この分析は両タイプの派生形容詞の コロケーションに関する研究といえる。そこで、次節では、このコロケーションとはどのよ うなものであるのかを論じる。