第六章 東アジア通貨危機、ASEAN 統合の深化とその対応(1998~2008 年)
6.4 AFTA の進展に伴う企業の ASEAN 域内及び中国との分業
6.4.1 AFTAの本格化と日本企業の ASEAN域内分業
すでに見たように、2003 年には ASEAN 原加盟 6 カ国では、地域内関税率 5%
以下への引き下げがほぼ実現し、そして、2010 年には CEPT 適用品目の関税率が ほぼ0%に引き下げられた。新加盟4カ国においても2009年時点で関税率5%以下 のものが93.2%に達している。
本項では、AFTAの進展に伴い、日本多国籍企業はASEAN地域内においてどの ように国際分業を展開してきたのか明らかにしよう。
深沢淳一・助川成也(2014)によれば、実際に AFTAが企業に使われるかどうかか は、「① AFTA特恵関税率と最恵国待遇(MFN)関税率との差である特恵マージンの 幅、②原産地証明書(C/O)取得に要する事務手続きコストを上回る関税コスト削減実 現の可能性、③当該品目の原産地規則を満たすことができるか、などを検討するこ とになる44。」
ジェトロが 2009 年に実施した「アジア・オセアニア日系企業活動実態調査」で は、在ASEAN日系企業製造業が FTA利用に踏み切る特恵マージンは平均で5.2%
であることが示された。2009年時点での AFTA特恵関税と MFN45関税を比較した ところ、MFN 税率が 8.5%であるのに対し、AFTA の平均特恵税率は 1.9%であっ た。その結果、平均特恵マージンは6.6%となり、前述の利用条件である 5.2%を上 回った。現在までにASEAN原加盟国のAFTA税率は限りなくゼロに近いことから、
平均特恵マージンの幅は更に拡大していると見られる。
例えば、一部のアルコール品以外は、関税が撤廃されているシンガポールについ ては、AFTA はあまり必要がないかもしれない。しかし、タイの場合は、平均特恵 マージンが10.7%と2桁であり、AFTA適用の可否が国内の競争条件に大きく影響
44深沢淳一・助川成也『ASEAN大市場統合と日本-TPP時代を日本企業が生き抜くには
-』、p.147。
45 いずれかの国に与える最も有利な待遇を、他のすべての加盟国に対して与えなければな らないという最恵国待遇原則(Most Favored Nation Treatment: MFN)は、WTO協定の 基本原則の一つである。
する46。
また、原産地証明書(C/O)取得については、ジェトロの「アジア・オセアニア日系 企業活動実態調査」47によれば、在ASEAN日系企業に聞いたところ、原産性審査 手続きを行い、原産地証明書を取得する必要がある輸出側も、また輸出者側から入 手した原産地証明書を輸入手続き時に税関に提示する輸入側も、「特に問題ない」と する企業が、前者で 33.7%、後者で半分(同 50%)を占め最も多かった。AFTAなど のFTA 利用のための C/O 取得手続きについて、すでに多くの企業で輸出入業務に おける日常業務になっていることを示すものであろう。
しかし、依然としてFTA利用上の問題を抱える企業もある。例えば、輸出面では、
「原産地証明書手続きに時間が要する」(シェア33.3%)、「原産地証明書の取得手続 きが煩雑」(同22.9%)などが指摘されている。
ASEAN は、C/O 発給時間の短縮と手続きの簡素化・円滑化、AFTA 利用の拡大 を目指し、「自己証明制度」導入に向かった取り込みを開始した48。
AFTAの利用状況について、タイ、マレーシアなどは、AFTAを活用した輸出額(原 産地証明書発給額)を公表している。ASEANの中でもタイは輸出においてAFTAの 活用が進んでおり、2008年における AFTAを利用した域内輸出額は、前年比36.5%
増の107億3,461万ドルであった。この金額をベースにAFTA利用率を換算すると、
2007年の22.6%から4.2ポイント上昇、26.8%になった。ただし、シンガポールで はビールなどアルコール関連6品目を除き、全ての輸入関税が撤廃されており、
AFTAを使う必要がない。そのため、シンガポール向けを除いてAFTA利用率を計 算すると34.4%になる49。
このように、日系企業がASEAN域内取引でAFTAを積極的に活用している姿が 浮かび上がっている。特に、タイからAFTAを使って域内向けに輸出をしている上 位品目は、概して完成車及びKD(Knock-Down)キット、自動車部品など自動車関連 製品が多く、年によってはエアコンなど家電製品、メカニカルシャベルなどの建設 機械が入る。タイにおけるこれら品目の主な生産者は日系企業である。また、タイ
46 深沢淳一・助川成也『ASEAN大市場統合と日本-TPP時代を日本企業が生き抜くには
-』、p.148。
47 2011年10月に行った調査である。
48 深沢淳一・助川成也『ASEAN大市場統合と日本-TPP時代を日本企業が生き抜くには
-』、pp.166-168。
49 石川幸一・清水一史・助川成也編著『ASEAN経済共同体-東アジア統合の核となりう るか-』、p.53。
のASEAN域内向けの輸出に占めるAFTA利用率を国別に見るとインドネシア向け が最も高く60.8%と初めて6割に達した50。
続いて、ASEANにおける日本の代表的な産業企業のAFTAの利用状況と国際分 業について見よう。
ジェトロの『21世紀を迎えた日本企業の海外直接投資戦略の現状と見通し』51に よると、日系製造企業はASEANでの事業を継続する最大の理由としてAFTAによ る市場の拡大をあげており、AFTAへの期待が高いことが分かる。
その理由としては、「AFTA による市場拡大」が 32%で最も多く、続いて「すで に行った投資の大きさ」の30.7%、「中国一極集中によるリスク回避」の28.6%、「中 国へ投資せずにASEANの事業で十分」の 28.1%などが挙げられている。このよう に、AFTA による地域内関税の引き下げのため、地域内市場を目指す日本企業が目 立つ。特に、自動車関連の地域内向け産業にとっては、AFTA実施のメリットは大 きいであろう。
AFTAによる域内関税の引き下げの効果は、域内に複数拠点を有する企業の場合 は、域内での生産ネットワークによる「補完」体制を構築した際に、最も大きくな メリットを享受できるといわれる。この「補完」は、完製品同士の貿易による水平 と部品の補完による垂直(工程間)分業の二つに大きく分類される。このうち、最も AFTAのメリットを受けられるのは、最終製品が国内向けなのか、輸出されるかで 大きく異なっている。すなわち、後者の場合は、関税が免除されているケースが多 いため、関税引き下げのメリットはないことになる。
こうした視点で、主要業種ごとにAFTA実現による影響を見ると、自動車・同部 品メーカーはAFTAにより、大きなメリットを受けるものと見られる。実際にAFTA 実施への橋渡し役として位置付けられるAICOの承認状況を見ると、8割以上が自 動車・同部品メーカーに集中している。すでに見たように、ASEAN 諸国における 自動車産業は、タイなどでは通貨・経済危機後、子会社の生産能力を落ち込んだ需 要とのギャップを埋めるべく、親会社への部品輸入の拡大などを行ってきたが、基 本的には内需向け産業である。
このため、輸出向け生産に運用される関税免除もなく、部品の輸入には比較的高
50 同上。
51 本アンケート調査は、2001年10月に実施し、対象企業2,567社、有効回答企業数720 社、回答率28%である。
い関税率が課せられる(例えば、タイのCKD(Completely Knock-Down)部品の関税
率は 33%)。こうしたことから、関税引き下げの恩恵は大きいといえる。例えば、
トヨタは域内に部品相互補完ネットワークを構築しており、AICO スキームによる 認可を合計 16 件と会社単位では最も多く受けており、同社の AICO 活用による節 税効果は年間1,000万ドル以上に達しているという52。
また、『ジェトロセンサー』(2003)によると、本田の場合も“Made by Global Honda”
のコンセプトの下、ASEAN 地域内での貿易自由化のメリットを吸収することで、
低コストで高品質の製品を提供するために、AICOスキームやCEPTスキームを利 用して、完成車1台当たりの地域内現地調達率を高めるとともに、従来の域内での
「部品相互補完」に加え、最近は「完成車相互補完」も始めた。「自国最適」から「域 内最適」を目指す。「相互補完」を考える場合、域内拠点間の貿易が均衡するように 配慮しなければならないと指摘している53。
図表6-12 ホンダの ASEAN域内相互補完体制
また、ASEANではアコード、シビック、シティ、CR-V、ストリームの5車種が 主要なモデルとなるが、アコードに限定して完成車と部品補完しても、量産効果が 生じない。投資効率を向上させるためには、車種ごとに販売台数が大きいところで 生産しなければならない。車種単位での相互補完を基本としつつ、主要5モデルで
52 青木健『AFTA-ASEAN経済統合の実状と展望-』、p.108。
53「変わるか!ASEANでの事業展開」『ジェトロセンサー』(2003年12月)。
出所:「変わるか!ASEANでの事業展開」『ジェトロセンサー』(2003年12月)、p.13。
「ストリーム」(タイへの輸出)
<フィリピン>
○マニュアル・トランスミッション(MT)
○吸気・排気関連部品
○ペダル類など
○等速ジョイント
<マレーシア>
○樹脂部品(バンパー、ダッシュボード、インターパネルなど)
○「シティ」(日本、インドネシア、フィリピンへの輸出)
【完成車】
○「アコード」(インドネシア、フィリピン、シンガポール、
オセアニア地域への輸出
<タイ>
○プレス部品(ドア、ルーフ、パネル・アウター、ボンネットなど)
○メーター関連部品
○艤装部品
【完成車】
<インドネシア>
○シリンダブロック>
○シリンダヘッド
○オートマチック・トランスミッション (AT)
○ライト類
○足回り部品
全体のバランスを考える必要があるという54。なお、「シティ」の部品現地調達率
も70%で、その大半はタイで調達するが、マレーシアやフィリピンなどからもバン
パーやホイール(ハンドル)などを購入していると指摘している55(図表6-12参照)。
このため、実質的にAICOと同様の恩恵が受けられる AFTAにより、自動車・同部 品メーカーは大きなメリットを受けることが期待できる。
また、シンガポールやタイを中心に地域統括会社を設立する動きが活発化してい るが、これもAFTAによる域内貿易自由化という環境変化が背景の一つにある。例 えば、トヨタ自動車が2001年4月に ASEANにおけるマーケティング・販売業務 を支援する組織としてトヨタ・モーター・アジアパシフィック(TMAP)をシンガポ ールで立ち上げた。東京本社のアジア部にあった機能を一部移すなどして動機的な 事業展開を目指すものである。
この「地域統括会社」の設立の背景は、ASEAN ではここ数年で自動車の国産化 規制が撤廃され、また、AFTA のスケジュールが見えてきたことである。この二つ の原因から、トヨタが従来とってきた「国別に最適な事業」を推進するという手法 ではなく、「ASEANを地域全体」で見る必要があるという結論になったと、TMAP 社長竹元源信氏が述べている56。
また、日商岩井(現双日株式会社)も2001年11月時点で、2005年をめどにシンガ ポールかバンコクに「アジアに統括会社」を新会社として設立し、日本を除くアジ アの現地法人を傘下に収めるという。本社から統括会社に投融資や地域戦略策定の 権限の一部を委譲し、経営判断のスピードを高めるとともに、地域内で経営資源を 最適配分する。同社は欧州と米州で統括会社を設立済みで、海外3極体制で地域戦 略を再構築するものである。2002 年 4 月から始まる次期中期経営 3 カ年計画の期 限内に地域統括会社を設立するという57。
また花王なども2000年9 月にASEAN全域の家庭用品の製造・販売を統括する 会社をタイに設立した。AFTA の動きをにらみ、消費者に密着した事業展開に向け
54 同社アジア・太平洋州本部の高野寿氏地域事業企画室長の話である。
55「離陸するアジアカー(下)共生へ域内水平分業-技術移転も加速-」『日本経済新聞』(朝 刊、1996年4月27日)。
56「トヨタ・モーターAP社長竹元源信氏-東南アジア販売、現地化(そこが知りたい)-」
『日本経新聞』(2001年7月25日)。
57「日商岩井 アジアに統括会社 2005年をめど」『日経産業新聞』(2001年11月26日)。
2014年4月1日の双日株式会社組織図を確認したところ、双日アジア会社がシンガポー ルで設立された。
http://www.nikkan.co.jp/persons/pdf/sojitz_20140314.pdf(2015/10/08)参照。