第二章 先行研究と分析枠組み
2.3 本研究の分析枠組み
こ の よ う に 、ASEAN に お け る 日 本 企 業 の 経営 活 動 と 技 術 移 転 に つい て は 、 Yamashita (1991)、浦田(1997)、安保(2005)などによって、日本的経営、技術移転、
経営の現地化などを分析し、日本的経営の定着と技術移転の可能性が明らかになっ た。また、マニュエル(1997)によれば、ASEAN 加盟国は技術移転の手段として対 外直接投資のフローを誘致することに重点を置いていると結論づけている。
しかしながら、これらの研究は、日本企業の進出の要因と背景などにあまり触れ ていないのである。そして、ASEAN における日本企業の経営活動のー時期だけを 考察しているので、時間を通じての経営環境変化に対応した進出の要因と経営戦略 の歴史的変化が明らかにされていないといえる。
これに対して、「雁行形態理論」は、日本国内の賃金上昇、円高、国内市場飽和、
日本の産業構造の高度化などが日本企業の海外進出の主な要因であるとする日本側 (投資国)の要因を中心に研究がなされている。
また、ASEAN には良質で低廉な労働力が豊富に存在することや、外資に対する 各種の優遇措置があるので、コスト削減するために、日本多国籍企業が ASEAN5 に進出しているとして、ASEAN(受入国・地域)側の要因(優位性)を中心に説明する 研究も少なからずある。
藤野(2001)は、日本企業の ASEAN進出のー時期だけを考察していたので、1990 年代の日本企業 ASEAN 進出の要因がコスト削減のため、「コスト削減型・地域経 済圏対応型」と命名したとしている42。もし、企業が低廉な労働力などのコスト削 減という要因だけを、ASEAN への投資の決定要因とするなら、現在 ASEAN5 に おける日系企業は、全部中国やインドにシフトしてしまったかもしれない。なぜな ら、1990年代には中国やインドは、労働力(特に製造業の作業員の賃金)も安かった し、国内市場も大きいからである。
しかし、現実には、日本の多国籍企業はアジアにおいても各国と地域 (例えば、
ASEAN と中国)とも同一品目・製品を生産していることが見られる。さらに、
ASEAN5 で生産した製品が地域外(日本を含む)へ輸出されるケースも少なくない。
それは、どういうことなのか。それによって、日本の製造企業は、なぜどのように
ASEAN5 に進出してきたのかという問題を改めて史的に検証しなければならない
42 藤野哲也「ASEAN進出企業の現状と課題」『経営者』Vol.56, No.660(2001年1月)、p.33。
のである。
また、生産性や国際競争力などの向上を目指し、アジア域内において国際事業ネ ットワーク、あるいは東アジアワイドでのサプライチェーンの形成が進んでいる中 で、日本企業はASEAN域内において、どのように国際分業を行ってきたのかとい う問題を考察する必要がある。
ほとんどの先行研究が、投資国か受入国の一時期の現象あるいは要因のみを捉え た分析と結論にとどまっている。つまり、時間の経過とともに投資国と受入国ひい ては第三国及び国際的な政治・外交的、社会的、経済的、技術的及びその他の環境 は変化するが、こうした変化がASEANにおける日本企業のビジネス形態、経営戦 略及び組織構造などにどのように影響を与え、それに対応する形でどのように変化 してきたのかは、明らかにされていない。
所有優位性を中心に企業の海外進出の要因を議論している折衷パラダイムだけ では、日本企業の海外事業活動、特にASEAN進出と国際分業の要因については説 明が十分ではないと思われる。こうした日本企業と受入国のASEANの関係は、グ ローバル経済の進展の中で、総合的に考えなければならなくなっているのである。
となれば、戦後から現在に至る日本企業の対ASEAN投資の要因と経営戦略の史 的発展を経営環境の変化との関係で包括的に扱った研究が必要となるのである。こ のような諸関係を考慮するには、企業レベルの枠を超えて研究される必要がある。
このような研究アプローチを「メゾレベル」の研究という論者もいる43。
つまり、新たな関係を説明するには、企業レベルだけの議論やASEAN諸国の政 策的要件だけを考慮するのでは十分でなく、企業の経営戦略や事業活動、ASEAN 諸国の条件や政策、日本国内の条件や政策、ひいては第三国及び国際的影響(グロー バル化)などトータルに考えていかなければならないである。
そこで、本論文の分析枠組みと日本企業の対ASEAN投資と「国際分業」の主な 要因をまとめて図表で示すと、図表2-1 のようになる。つまり、図表2-1は、日本
企業のASEAN進出と国際分業の主な要因及び国際経営活動に対する影響を示して
いる。
43「メゾレベル」の研究について、二神恭一『産業クラスターの経営学-メゾ・レベルの 経営学への挑戦-』(中央経済社 、2008年)参照。
図表2-1 日本企業の海外進出と国際分業の主な要因及び国際経営活動に対する影響
(立地優位性とカントリー・リスク)
この図表をさらに説明すると、次のような日本企業の進出と国際事業展開(「国 際分業」)の要因と経営活動がある。
①は、日本における政治・外交的政策、産業・通商・外資政策及び日本国内経済の 状況などの投資国の影響と要因である。
②は、ASEANにおける政治・外交的、通商・外資政策及びFTAなど地域統合の進 展など経済的、地理的優位性及びインフラの整備、天然資源と労働力など受入国・
地域の優位性と影響である。
③は、中国などの第三国における政治・外交的、通商・外資政策及びFTAなどの進 展などの経済的状況と政策、天然資源と労働力、市場の規模・成長性と消費者ニーズ
④国際的影響と要因
①投資国の影響と要因(日本) (投資国国内のビジネス環境)
(立地優位性とカントリー・リスク)③第三国・地域の影響と要因
⑤多国籍企業内の所有優位性と経営戦略 (グループ内外全体最適分業・調整・リスク分散)
④国際的影響と要因 (開発・調達・製造・販売等の経営活動)第三国子会社の経営戦略・事業展開
⑦ (立地優位性とカントリー・リスク)②受入国・地域の影響と要因 (域内での生産・販売等と国際分業)ASEAN子会社の経営戦略・事業展開
⑥
⑧
など第三国・地域の優位性と影響である。
④は、経済のグローバル化の中で、国際的影響と要因としては、様々な形で存在 する。例えば、紛争・対立と戦争、国際機関による協定、通貨・金融・経済危機と世界 経済の状況などが挙げられる。
⑤は、日本多国籍企業が国内のビジネス環境とASEANにおける優位性と第三国・
地域における優位性を比較し、日本内外における子会社間の国際分業及び経営資源 (人・モノ・カネ・情報等)の調整と移動という多国籍企業の所有優位性と経営戦略と 事業活動である。
⑥は、日本にある親会社がASEAN諸国における子会社との分業と経営資源流れ の調整である。
⑦は、親会社が第三国における子会社との分業と経営資源流れの調整である。
⑧は、海外における子会社間の分業と経営資源流れの調整である。
本論文では、第一章の問題提起において述べたように、投資国である日本側の要 因と受入国・地域である ASEAN 側の要因、ひいては第三国(国際的要因)の影響を 加え、日本企業の優位性と経営戦略や事業活動を考慮し、戦後から現在にかけて史
的に ASEAN への進出と国際分業の要因を五つの時期に分けて分析するのである。
それによって、日本企業の次第に地域統合を強めるASEANへの直接投資と国際分 業の要因を分析し、その環境あるいは要因の変化に対する日本企業の経営戦略や事 業活動の変化と特徴を明らかにするものである。