第六章 東アジア通貨危機、ASEAN 統合の深化とその対応(1998~2008 年)
6.1 東アジア通貨危機後の日本企業の対外投資
図表6-1と図表6-2に示されているように、日本の対外直接投資は、東アジア通 貨危機の影響を受けて、1998 年度には前年度比 24.5%減の407 億 4,700 万ドルで あった。件数でも、前年度から 892 件減の 1,597 件へと大幅に減少した。しかし、
その危機の影響を受けた在外子会社の経営を強化するために、親会社からへの増資 や買収などの動きにより、1999 年に入ると、前年度比 65.7%増の 675 億ドルとな った。その内訳は製造業の423億9,400万ドル、非製造業の249億800万ドルと、
前年度の減少から一変して大幅な増加に転じた。これは、バブル期の 1989 年に次 ぐ高水準である。他方、件数(新規投資案件のみ)でも、前年度比 116 件増の 1,713
件と1995年以来の増加となった。
その後、2001 年 9 月の同時多発テロ事件などにより、米国経済を始め世界経済 の停滞やIT不況などの海外要因と日本国内経済の低迷の影響を受けて、2000年度 (409億3,400万ドル、1,684件)、2001年度(322億9,700万ドル、1,786件)、2002 年度(368億5,800万ドル、2,164件)、2003年度(360億9,200万ドル、2,411件)と、
日本の対外直接投資は、投資件数が増加してきたものの、投資金額は縮小した。投 資金額は 2004 年に入っても回復できず5 年連続で減少傾向が続いた。特に、製造 業の投資は非製造業に比べて減少が著しかった。
図表6-1 日本の対外直接投資動向
(報告・届出ベース、単位: 100万ドル)
出所: 日本貿易振興機構「直接投資統計」
(http://www.jetro.go.jp/world/japan/stats/fdi.html)より作成(2015/5/25)。
図表6-2 日本対外投資件数推移(1995~2003年)
(単位: 件数)
注: 新規投資案件のみ。
出所: 日本貿易振興機構(ジェトロ)『ジェトロ投資白書』各年版より作成。
しかし、日本の対外投資は 2005 年以降回復に転じ、4 年連続で増加し、リーマ ン・ショックが起ったグローバル金融危機の年になるが 2008 年には過去最高を記
録した。2008 年の日本の対外直接投資(国際収支ベース、ネット、フロー)は、前年 比78.0%増の1,308億ドルとなり、それまでのピークであった2007年の735億ド ルを大きく上回った。
『2009 年版ジェトロ投資白書』にれば、「主な要因としては、①日本企業が積極 的な対外M&Aを行っており、円高と世界的な株安傾向がこれを後押ししたこと、
②金融機関の資本増強にかかわる投資が多く見られたこと、③資源権益の確保を目 的とした投資が盛んになったことなどが挙げられる」と分析した1(図表6-3(b)参照)。
続いて、東アジア通貨危機の影響を顕著に受けた 1998 年度の対外直接投資を業 種別と地域別に見てみよう。まず、1998 年度の対外直接投資を業種別に見ると、
『2000年版ジェトロ貿易投資白書』によれば、製造業では122億5,200万ドル(前 年度比 36.6%減)と前年度に続く減少となった。件数で見ても、1997 年度の前年度 比150件減から1998年度は同489件減(1,597 件)と減少幅が拡大しており、すべて の業種で新規投資を抑制する動きが見られた。
特に電気、化学、輸送機といった投資金額上位業種における減少幅が大きかった。
中でも、1997年度の伸びを下支えした電気及び化学でこの傾向が顕著である。これ は、双方の業種において、米国及びアジア向けが大きく落ち込んだことによる。一 方、製造業投資のほとんどが減少した中で、際立った伸びを見せたのが食糧及び木 材・パルプであった。とりわけ食糧の金額が大きいが、これはニュージーランド向 けに大型案件(キリンビールによるライオン・ネイサンの発行済み株式の約 45%の 取得)があったためである。
他方、1998年の非製造業投資も 281億 3,800万ドル、前年度比 17.4%減と大き くマイナスに転じており、日本企業が製造業、非製造業ともに対外投資を控えたこ とがうかがえる。こうしたなか、金融・保険のみが金額及び件数双方とも増勢にあ り、163億7,400万ドル、前年度比36.8%増と3年連続2桁の伸びを記録した。
金融・保険は件数で見ても、前年度比145件増の316件と急増した。中でもEU 向けと中南米向けの投資が大きく伸びている。EU 向け投資では、英国向けに金融 子会社などへの投資を増強し、業務の強化を目的とした投資が多くあったと考えら れる。
また、中南米向けの増加は、タックス・ヘイブンの利用を目的としたケイマン諸
1日本貿易振興機構『2009年版ジェトロ投資白書』、p.29。
島への投資が引き続き拡大したことによるもので、特に銀行などが自己資本増強を 目的として設立した特別目的会社(SPC)への出資が主な要因と考えられる2。
図表6-3(a) 日本の主要国・地域別対外投資額推移(1996~2003年)
(報告・届出ベース、単位: 100万ドル)
年度 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 1951~2003
全世界 48,021 53,977 40,747 67,502 49,034 32,297 36,868 36,092 880,008 東アジア 10,997 11,099 6,169 7,001 5,787 6,390 5,250 6,233 145,689
中国 2,510 1,987 1,065 770 1,008 1,453 1,766 3,143 26,920
ASEAN4 4,948 5,696 3,340 2,961 2,729 2,379 1,523 1,936 62,570 EU15 7,149 10,963 13,850 25,361 23,984 10,254 15,067 12,034 211,324 米国 22,005 20,769 10,316 22,415 12,349 6,461 8,215 10,577 330,284 中南米 4,447 6,336 6,463 7,723 5,282 7,715 5,746 5,262 108,060 注: ①東アジアはASEAN4+NIES+中国、②1998は、『2000年版ジェトロ投資白書』
出所:『2002年ジェトロ投資白書』及び「直接投資統計」
(http://www.jetro.go.jp/world/japan/stats/fdi.html)より作成。
次に、図表6-3(a)に示しているように、1998年度の日本の対外直接投資を国・地 域別に見ると、米国向けは 103 億1,600 万ドル(前年度比 50.3%減)と 1996 年度以 降減少傾向が続いており、減少幅も年々拡大している。米国向けを業種で見ると、
製造業、非製造業ともに大幅な減少となった。
このうち、前年度比増加となったのは、製造業では鉄・非鉄金属、非製造業では 鉱業のみであった。製造業の中では、電機、化学、輸送機がそれぞれ 15 億 6,300 万ドル(前年度比 59.1%減)、6 億 1,500 万ドル(同 42.9%減)、3 億 4,400 万ドル(同 59.2%減)と急減した。いずれも 1997年度に見られたような新規の大型案件が見当 たらず、投資の一巡感が指摘されている。
一方、非製造業の減少要因としては、1997年度に大型案件によって伸長したサー ビス業投資における反動減が大きいものと思われる。また件数を見ても、製造業、
非製造業とも減少しており、全体として新規投資が減少していることが分かる。
また、EU向けは 138億5,000 万ドル、前年比26.3%増と1997 年度に引き続き 増加した。それは、中・東欧の市場経済化の進展と EU への加盟、1999 年 1 月か らの単一通貨ユーロの導入とEU域内金融・資本市場統合化などによる巨大な単一 市場が形成されつつある中、日本企業は欧州における研究、生産、販売、金融サー ビス、物流などの新たな拠点を再編するため欧州への投資を積極的に行ったことに
2 日本貿易振興会『2000年版ジェトロ投資白書』、pp.49-50。2003年に日本貿易振興会か ら日本貿易振興機構に改称。
よる。東アジア通貨危機の発生や米国経済の停滞を背景に、欧州市場のプレゼンス が一段と高まったのである。
この結果、1998年に初めて EUが米国に代わって最大の投資先となり、総額に占 めるシェアも前年度の20.3%から34.0%に拡大した。これも国別に見ると、英国向 けが97億8,100万ドル、同 137.5%増と急増し、EU向けの約 7割を占め、EU向 け全体を牽引した。件数でも、英国向けは1997年度の84件から176件と急増した。
英国向け投資の85%は金融・保険向けで、同業種向け件数も前年度の20件から 136 件に急増した。
また、日本国内の要因としては日本の金融企業の二極化が考えられる。つまり、
日本が金融改革を進める中、地銀など多くの金融機関が国内業務へ経営資源を集中 させるため、在外支店及び駐在員事務所を相次いで閉鎖・撤退する一方、大手都市 銀行などは英国を欧州全体の金融拠点として位置づけ、そこに業務を集中させたの である。
東アジア向け投資は、1997年度に前年度比微増を記録したが、1998年度に入り、
東アジア通貨危機の影響を受けて、前年度比 44.4%減の 61億 6,900 万ドルと大幅 に落ち込んだ。全投資額に対する東アジア投資のシェアは前年度の 20.6%から 15.1%まで縮小した。特に、ASEAN4 向け投資は、1997 年度に前年度比 15.1%増 を記録した後、1998 年度に入り、危機の影響を顕著に受け、前年度比 41.4%減の 33 億 4,000 万ド ルと大 幅 に落 ち込 んだ 。日本 企 業の 全世 界の 投資額 に 対す る ASEAN4への投資のシェアは、前年度の10.55%から8.19%へ縮小した。
国別に見ると、日本企業の対インドネシア投資額が前年比 52.7%減で最も多く、
マレーシアの35%減、フィリピンの27.7%減、タイの 26.6%減で、すべての国で 2 桁のマイナスを記録した。業種では製造業、非製造業ともに、それぞれ前年度比39%
減、同44.6%と大幅に減少した3。
このように、東アジア通貨危機などの影響を受けて、ASEAN向け投資は、1998 年から2000年にかけて減少する一方で、EU向け投資は 1998年に初めて米国に代 わって最大の投資先となった。引き続き 1999年度も米国向け投資の 224 億 1,500 万ドルを抜いて、EU向け投資が253億6,100万ドルであり、連続で最大投資先と
3 日本貿易振興会『2000年版ジェトロ投資白書』、pp.49-50。
なった4。
続いて、2000年以降の日本の対外直接投資の変化を国・地域別で見てみよう。ま ず、EUにおいて国別に見ると英国向けが前年比63.6%増の191億7,600万ドルと 急増した。この結果、英国向けは対外投資全体の39%を占め、投資先として単一国 としては英国が米国の123億4,900万ドルを抜いて初のトップとなった5。
しかし、2003年には、EU 向けは前年度比 20.1%減の 120 億 340 万ドルに減少 したのに対して、東アジア向けは 18.7%増の 62 億 3,300 万ドルに増加した。東ア ジアでは、NIES向けが前年度比41.2%減の12億ドルに減少したものの、中国向け が78%増の 31億4,300万ドルと 4 年連続拡大し、ASEAN向けはインドネシアや タイの輸送機器分野への投資などが牽引し、27.1%増の19億3,600万ドルに拡大し た。
図表6-3(b) 日本の主要国・地域別対外投資額推移(2004~2009年)
(単位: 100万ドル) 主要国・地域別 2004 2005 2006 2007 2008 2009 1951~2008
アジア 10,531 16,188 17,167 19,388 23,348 20,636 159,570
中国 5,863 6,575 6,169 6,218 6,496 6,899 49,002
シンガポール 138 557 375 2,233 1,089 2,881 19,511
タイ 1,867 2,125 1,984 2,608 2,016 1,632 20,529
インドネシア 498 1,185 744 1,030 731 483 8,528 マレーシア 163 524 2,941 325 591 616 7,743 フィリピン 6 442 369 1,045 705 809 7,800
ASEAN5 2,534 4,276 6,038 5,007 4,043 3,540 44,600
ASEAN10 2,800 5,002 6,923 7,790 6,309 7,002 67,654
北米 7,601 13,168 10,188 17,385 46,046 10,889 234,957
米国 7,559 12,126 9,297 15,672 44,674 10,660 226,611
中南米 3,120 6,402 2,547 9,482 29,623 17,393 90,794
欧州 7,537 8,230 18,396 20,965 23,068 17,830 165,435
ドイツ 645 270 1,128 880 3,905 2,089 11,992
英国 1,649 2,903 7,271 3,026 6,744 2,126 32,576
フランス 25 541 842 479 1,703 1,161 14,920
オランダ 3,337 3,315 8,497 12,440 6,514 6,698 72,172
EU 7,341 7,872 17,925 19,934 22,939 17,039 161,783
世界 30,962 45,461 50,165 73,483 130,801 74,650 683,872
出所: 日本貿易振興機構『ジェトロ投資白書』各年版、「直接投資統計」
(http://www.jetro.go.jp/world/japan/stats/fdi.html)より作成。
図表6-3(b)のように、2006年と2007年には再び欧州向け投資が他の地域を上回 った。岩見元子(2008)は、2006年に欧州が最大の投資先になった理由として、日本
4 同上。
5 同上、pp.44-45。
硝子による英国ピルキントン買収という大型案件があったこと、2007年については JTによる英国ギャラハーの大型買収案件の存在を指摘している6。
2006年には、欧州に次いで投資額の多かったのはアジア地域であり、業種には電 気機械と輸送機械での投資が多かった。輸送機械では自動車生産台数が急速に伸び ているタイとインドに対する部品産業の新規投資が寄与した。アジア地域では、
ASEAN への投資は増加したものの、中国への投資は 2000 年から 6 年連続拡大し ていたが、2006年には前年比減少した。
また岩見は、中国への投資が、2007年から微増にとどまった点を注目した。これ は、「通貨高、日本企業の投資が集中する沿岸地域の賃金高騰などにより中国の投資 対象国としての魅力が薄れ始めたこと、すでに進出済みの日本企業が中国での複数 拠点を整理するなど対中国投資を見直すようになっていること、などによるもの」
と考えた7。