第六章 東アジア通貨危機、ASEAN 統合の深化とその対応(1998~2008 年)
6.2 東アジア通貨危機の背景とその対応
硝子による英国ピルキントン買収という大型案件があったこと、2007年については JTによる英国ギャラハーの大型買収案件の存在を指摘している6。
2006年には、欧州に次いで投資額の多かったのはアジア地域であり、業種には電 気機械と輸送機械での投資が多かった。輸送機械では自動車生産台数が急速に伸び ているタイとインドに対する部品産業の新規投資が寄与した。アジア地域では、
ASEAN への投資は増加したものの、中国への投資は 2000 年から 6 年連続拡大し ていたが、2006年には前年比減少した。
また岩見は、中国への投資が、2007年から微増にとどまった点を注目した。これ は、「通貨高、日本企業の投資が集中する沿岸地域の賃金高騰などにより中国の投資 対象国としての魅力が薄れ始めたこと、すでに進出済みの日本企業が中国での複数 拠点を整理するなど対中国投資を見直すようになっていること、などによるもの」
と考えた7。
6.2.1 タイの経済政策と東アジア通貨危機の背景と影響
図表6-4と図表6-5のように、タイにおいては、1970年代に入ると、外国企業の 進出業種や出資比率の制限が厳しくなったことや、石油危機の影響による世界的な 景気の低迷などもあり、タイへの直接投資も低迷した。しかし、1985 年 9 月のプ ラザ合意以降の急激な円高により、日本企業は製品コスト競争力を高めるため、タ イへの直接投資を活発に行ってきた。日本以外でも、台湾、香港、シンガポールな どの NIES が急激に直接投資を増加させたため、1990 年前後から外国からのタイ への直接投資は大幅に増加した。
外国からの直接投資が急激に増加した1980年代後半から1990年代前半にかけて の直接投資額の国別構成比を見ると、日本からの投資が最も多くなっている。特に、
1988年には52.2%と過半が日本からの投資になっていることが分かる。
図表6-4 対タイ直接投資の国別構成比
(単位: %)
年度 日本 香港 台湾 アメリカ EU シンガポール その他 計
1987 36.1 8.8 7.6 20.1 10.4 5.9 11.1 100
1988 52.2 10.0 11.2 11.4 8.0 5.6 1.5 100
1989 40.8 12.4 11.0 11.4 8.3 6.0 10.1 100
1990 44.5 12.0 11.4 9.3 6.9 9.5 6.4 100
1991 30.3 22.5 5.4 11.5 7.7 12.6 10.0 100
1992 15.9 27.1 4.1 21.9 12.8 12.6 5.6 100
1993 17.7 11.2 2.8 16.5 13.9 3.5 34.4 100
1994 9.3 24.1 6.2 11.8 7.9 13.9 26.8 100
1995 27.8 13.9 4.8 13 7.6 6.8 26.1 100
1996 23.1 9.5 6.1 18 7.2 12.1 23.1 100
1997 36.0 12.6 3.9 22.0 9.1 8.4 8.0 100
出所:『アジア中小企業の実態に関する調査研究(タイ編)』(中小企業総合研究機構、2001年)、p.14。
図表6-5 外国企業の対タイ直接投資額の構成比(1987~1997年)
(ネット流入資本ベース、%) 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997
製造業 52.5 57.8 47.7 46.5 46.4 32.5 26.1 16 28.3 31.2 49.6
電気機器 12.6 22.6 19.4 17.3 17.5 11 8.2 4.5 11.7 10.6 15.7
機械・輸送機器 1.8 2.3 2.4 3.9 4.5 2 3.6 0.9 7.2 4.8 10.9 化学 9.6 3.8 6.2 6.9 7.5 3 11.7 2.5 4.7 8.1 5.1 金融 4.9 9.2 6.2 6.1 13.2 12.2 3.7 0.5 1.3 3.2 3.2
貿易 9.4 13.9 14.9 20.8 15 13.2 12.7 25.8 22.3 24 28.8
建設 14.9 6.6 8.6 5.3 6.4 27 8.8 5.3 1.8 3.1 4.9 鉱業 2.1 1.7 1.3 1.8 4 5.8 7.2 3.9 2.8 0.9 0.6 不動産 4.7 5.1 15.6 14.2 7.1 2.9 40.2 33.5 42.6 33.2 2.9 その他 17.5 5.8 5.6 5.3 7.7 6.7 1.9 15.2 4.9 5.6 10 計 100 100 100 100 100 100 100 100 100 100 100 出所『アジア中小企業の実態に関する調査研究: (タイ編)』(中小企業総合研究機構、2001年)、p.14。
業種別の直接投資の構成比を見ると、直接投資が活発になった 1980 年代後半か ら 1990 年まで製造業が最も多くなっている。製造業の中でもこの時期に最も多い のが電気機器で、1988年には投資全体の 4分の 1 に当たる 22.6%を電気機器が占 めている。その他の製造業では、食品、化学、機械・輸送機器が多くなっている。
この時期の電子機器を中心とした製造業分野への外国からの直接投資の急激な増加 が、タイの工業化を推し進め、産業構造、輸出構造の変化に大きな影響を与えたも のと考えることができる。
それまで過熱気味ともいえた外国からの直接投資は、1990年代前半には一服し、
1995年から再び急激に増加している。また、1990年代に、直接投資に占めるシェ アを大きく上げたのは、不動産部門への投資である。1992年のシェアは2.9%であ ったのに対し1993年に40.2%となり、その後、高水準で推移している。1990年代 前半からタイの商業銀行の貸出に占める不動産産業への貸出が増加しており、直接 投資及び銀行からの不動産部門への資金の大量流入が、タイの不動産部門に関わる バブルを形成していったと考えられる。
さらに、1990年代前半から後半にかけては、タイの金融・資本市場改革が進展し た時期でもある。1991 年 4 月には外国人によるタイの株式売買が事実上自由化さ れ、さらに1993年3月にはBIBF(バンコク国際金融市場)が開設されるなど開放が 進み、外国金融機関による融資や非住居者預金の増加をもたらした。これは、先進 諸国における低金利に対しタイの金利は高水準にあり、実質的にバーツがドルにリ ンクされて安定しているとみなされてきたことから、短期外貨資金が大量にタイに 流入したことを意味する。
しかし、金融・資本市場の開放がノンバンク融資を急増させ、海外からの不動産 産業への直接投資の急増と相まって、不動産バブルを助長することとなったことも、
通貨危機の発生の一因と考えられる9。
また、タイのバーツが1997 年7 月にそれまでの実質ドル・ペッグからフロート 制に移行し、大幅に通貨価値を減価させ始めたことが今回の通貨危機の直接的発端 となった。バーツについては、すでに 1996 年以降市場において何度か売り圧力が 加わっており、そのたびごとにタイ通貨当局は金融引き締め、介入などにより対応
9『アジア中小企業の現状に関する調査研究(タイ編)』(中小企業総合研究機構、1999年3 月)、p.18。
してきた。しかし、1997 年 7 月に至り、使用可能な外貨準備の急減により、実質 ドル・ペッグを維持することができなくなり、フロート制に移行せざるを得なくな ったのである。
かかるバーツ売りの発生は、バーツに対する市場の信認が失われたためであるが、
その要因としては次のような点が指摘されている。
①為替の過大評価
「通貨バスケットに対するペッグ制」をとっていると公表されていたのであるが、
バーツは実質的には米ドルに対してリンクされており、1995年春以降のドル高推移 に伴ってバーツも過大評価とされて推移することとなった。これが1996年におけ る輸出の伸びの急激な鈍化の一つの要因となった(図表6-6参照)。
②巨大な経常収支赤字
図表6-6に示すように、1990年以降貿易赤字の拡大が続いており、さらに1995 年以降経常収支赤字もかなりの高水準で推移し、経常収支赤字対 GDP 比は 1994 年の5.4%から 1995年の 8%、1996年の9.7%と上昇していた。それにもかかわら ず、それまで急速な経済成長のもと、労働コストの上昇に対応した産業構造の転換 が遅れたこと、資本財産業が未成熟であったことなどにより、機械などの生産財の 輸入が増加して経常収支赤字を是正する見通しが立たなかった。中国など後発諸国 の輸出品との競争にもさらされ、経済成長率も 1996 年以降低下し始め、悲観的な 予想が広がりつつあった。
図表6-6 タイの貿易収支額推移(1980~1997年)
(単位: 100万バーツ)
項目 1980 1985 1990 1995 1996 1997
輸出 133,197 193,366 589,813 1.406,311 1,412,111 1,807,138
輸入 188,686 251,169 844,448 1,763,587 1,832,836 1,924,281
貿易収支 -55,489 -57,803 -254,635 -357,276 -420,725 -117,133
出所:『アジア中小企業の実態に関する調査研究(タイ編)』、p.15。
③金融機関の破綻
上述したように短期外貨資金の大量流入の一部がファイナンス・カンパニーなど を通じて不動産などへの投資に使われてバブルの発生を招来し、そのバブル崩壊に より金融機関が不良債権問題を抱えるようになり、1996年以降一部金融機関の破綻 も表面化し始めた。さらに、経済情報の開示が不十分なことから市場への不信感が
金融セクターへの懸念を膨らませていった。
④投資ファンドによる売り圧力
これらを背景に、タイの通貨制度は、市場において持続不可能と見られるように なり、その過程でヘッジ・ファンドなどの投機資金による先物取引などの動きも加 わり、通貨当局はついに市場の圧力に抗しきれなくなった。
外国為替等審議会(1998)は、「タイにおいては、金融機関の破綻や投機資金の動き なども要因となったが、基本的には、マクロ経済状況の不均衡が持続不可能なほど 大きくなり、それが主因となって、通貨市場における破綻という結果につながった ものと見ることができる」とまとめた10。
タイにおける通貨・経済危機の混乱は、数週間後には、インドネシア、マレーシ ア、フィリピンなどの近隣諸国だけでなく、韓国、台湾、香港、日本などの東アジ ア諸経済にもその程度は異なるが波及し、アジア経済ひいては世界経済に影響を及 ぼした。その通貨経済危機の影響を受けて、1998 年には ASEAN 、NIES それぞ れが10%弱、2%のマイナス成長を記録した。
6.2.2 インドネシアの金融・経済政策と東アジア通貨危機の背景
図表6-7に見られるように、インドネシアでは、1970年代初めから内外の資本移 動は自由化されていた。そして 1990 年代に入って巨額の資金が流入し続け、経済 をオーバーヒートさせた。自由な資本移動という原則の下では、資本流入の直接的 規制は難しい。
それに対して、インドネシア政府は海外債務をコントロールするための手段とし て、1991 年に大統領令 39 条「海外借入規制(PKLN)」という折衷的な海外資本管 理政策を導入したが、PKLNは政府と銀行部門に対する規制であって、ここでも民 間企業(非銀行)部門に関しては完全な資本移動の自由が確保されていた。民間経済 に関しては直接的な資本流入規制は行えないため、民間経済のオーバーヒートへの 対応策は、基本的にはマクロ経済政策、すなわち為替レート政策、財政金融政策に 依存することになる11。
ここで、特に為替市場での対応策を検討してみよう。インドネシアは管理フロー
10 外国為替等審議会『アジア通貨危機に学ぶ-短期資金移動のリスクと21世紀型通貨危 機-』(1998年5月)、pp.2-3。
11 寺西重郎・福田慎一・奥田英信・三重野文晴『アジアの経済発展と金融システム(東南 アジア編)』(東洋経済新報社、2008年)、p.73。