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円高の進展と日本企業の海外進出状況

ドキュメント内 博士論文 (ページ 93-98)

1980年代に入り、対欧米先進国との貿易摩擦は一段と激化した。これを回避すべ く、日本の海外直接投資は高水準で続き、1984 年度に届出額が初めて 100 億ドル を超え、続く1985年度には前年度比20.3%増の122億1,700万ドルを記録した(図 表5-1)。

1985年9月22日のプラザ合意(G5合意)以降の為替調整で、米ドル高是正による

円高が急速に進んだ。その結果、1985年8月に1ドル=245円であった為替相場が、

1年後の 1986年秋に1ドル=155円になり、急激な円高を経験した。その後、1995 年春には80円台まで高騰したが、1996年には110円まで戻した

1985年以降の急激な円高は、付加価値の低い製品を中心に韓国、台湾などのアジ ア製品とのコスト競争力を失わせた。そのため、日本企業は生産拠点を国内からア ジアへシフトさせ、アジアを欧米向けの輸出拠点としようとした。こうして、1985 年以降、日本国内では高度な技術の必要な生産工程、あるいは付加価値の高い製品 の生産に集中する傾向が一層強まったのである。特にASEAN5では、1985年から 1990年にかけて民生用電子・電子機器の生産拠点が増加した。同じく中国でも1990 年代以降日本企業の生産拠点が急増していた

図表5-1 日本の国・地域別対外直接投資額推移(19841996) (単位: 100万ドル)

年度 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1995 1996 1985~96

全世界 10,155 12,217 22,320 33,364 47,022 67,540 56,911 51,392 48,021 491,587 北米 3,544 5,495 10,441 15,357 22,328 33,902 27,192 23,218 23,021 227,460 中南米 2,290 2,616 6,576 4,816 6,428 5,238 3,628 3,879 4,447 50,454 欧州 1,937 1,930 3,469 6,576 9,116 14,808 14,294 8,585 7,372 96,753 アジア 1,628 1,435 2,327 4,868 5,569 8,238 7,054 12,360 11,614 82,162 ASEAN5 905 936 855 1,526 2,713 4,684 4,082 5,322 6,063 41,727 NIES3 583 379 1,229 2,087 2,517 2,998 2,515 2,052 2,424 22,627

中国 114 100 226 1,226 296 438 349 4,478 2,510 15,530

出所: 日本貿易振興会(ジェトロ)『投資白書』各年版、及び「直接投資統計」

(http://www.jetro.go.jp/world/japan/stats/fdi.html)より作成。

図表5-1のように、1985年9月のプラザ合意以降の円高により、日本の海外直接 投資が増加した。1986年には 200 億ドルを超え、1987 年には 300 億ドル、1988 年には470億ドル、そして1989年には675億ドルのピークに達したのである。1989 年末には日本の投資残高は2,014億ドルになり、アメリカ、イギリスに次いで世界 第三位になった。1989年、1990 年、そして 1991 年には、日本の海外直接投資は 年間フローベースで、それぞれアメリカ、イギリスを凌ぎ、第一位となっている。

1985年から 1996年まで日本の対外直接投資累計額を国・地域別に見ると、北米 が 2,274 億 6,000 万ドルで引き続き最大の投資先である。続いて、欧州の 967 億 5,300万ドル、アジアの 821億6,200万ドル、中南米の504億5,400万ドルと欧州

中澤正彦・吉田有祐・吉川浩史「シリーズ 日本経済を考える⑮-プラザ合意と円高、バ ブル景気-」『ファイナンス』(201110月)、p.61。

川邉信雄「日本企業の海外直接投資50年」『日外協』(19996月)、p.21。

への投資が拡大した。アジアの821億6,200万ドルの中で、ASEAN5が417億2,700 万ドルで最も多く、次いでNIES3(韓国、台湾、香港)の226億2,700万ドル、中国 の 155 億 3,000 万ドルの順になっている。1985 年の円高以降、NIES に代わり

ASEAN が日本製造業の海外生産拠点になっているのが注目される。

図表5-2が示すように、業種別に見ると、非製造業が合計で3,386億2,600万ド ルとなっている。この中で、金融・保険業への投資(939 億 5,900 万ドル)は、初め て商業(487億4,800万ドル)と鉱業(117億1,800万ドル)を超えてトップになってい る。製造業においては電機に次いで輸送機の 201 億 6,600 万ドル、化学の 192 億 6,700万ドル、鉄・非鉄金属の 130億 2,600万ドル、繊維の 57 億7,700万ドルと なっている。繊維及び鉄・非鉄金属が急減したのに対し、電機、輸送機、化学への 投資がさらに拡大している。

図表5-2 日本の業種別対外直接投資額推移(1985~1996年)

(単位: 100万ドル)

年度 1985 1986 1988 1989 1990 1991 1993 1994 1996 1986~96

製造業業 2,352 3,806 13,805 16,284 15,486 12,311 11,132 13,784 20,258 146,013

繊維 28 63 317 533 796 616 498 641 606 5,777

化学 133 355 1,292 2,109 2,292 1,602 1,742 2,601 2,059 19,267

鉄・非鉄 385 328 1,367 1,591 1,047 907 754 1,038 2,446 13,026

機械 352 626 1,432 1,762 1,454 1,284 1,171 1,622 1,438 14,808 電機 513 987 3,041 4,480 5,684 2,296 2,762 2,634 6,513 38,528

輸送機 627 828 1,281 2,053 1,872 1,996 942 2,021 3,873 20,166

非製造業 9,536 17,949 32,634 50,517 40,620 28,809 24,627 26,877 26,743 338,626

鉱業 598 669 1,013 1,262 1,328 1,003 946 475 1,570 11,718

建設業 94 250 309 646 300 429 274 357 321 4,000

商業 1,550 1,861 3,204 5,148 6,158 5,247 5,096 4,391 4,782 48,748 金融・保険 3,805 7,240 13,104 15,395 8,047 4,972 6,401 6,499 7,776 93,959 サービス業 665 1,560 3,732 10,616 11,292 5,413 3,543 7,061 4,048 67,970 合計 12,217 22,320 47,022 67,540 56,911 41,584 36,025 41,051 48,021 491,587 出所: 日本貿易振興会(ジェトロ)『投資白書』各年版、及び「直接投資統計」

(http://www.jetro.go.jp/world/japan/stats/fdi.html)より作成。

企業のグローバル化という意義は、時代または研究者によって若干異なる。今西 伸二(1994)によれば、企業の海外直接投資により現地生産が増えてくると、海外事 業活動が「点」から「面」へと拡大する。その結果、世界各地に展開した生産、販 売、調達、製品開発、金融会社などの拠点のネットワークを構成し、相互に有機的 な関係を形成するとともに全世界的な見地から統合する活動であり、これを企業の

今西伸二『日本企業の国際化戦略』(同文館、1994年)、p.11。

「グローバル化」という

日本企業の海外直接投資戦略は、国際競争優位をもつようになるために、1986 年以降ますます多様化、高度化しつつある。例えば、直接投資形態としては海外で の大型M&A(合併・買収)に日本企業が登場し始めており、また外国企業との企業間 提携や海外に R&D 拠点を確立する動きも活発化している。さらに、製造部門の海 外現地生産の展開に加え、財務・販売部門も含めたトータル・システムを構築しよ うとする企業も見られるようになった。こうした動きは、日本企業の経営グローバ ル化の進展と呼ぶことができるであろう。

まず、1980年代後半には、円高傾向もあり、日本企業による海外企業のM&A の ラッシュが始まった。件数ベースで見ると日本企業による海外企業の買収は、1985 年の100件前後から増加し、1990年には500件を超えてピークに達した。1985年 から 1986 年にかけて、代表的な日本企業による外国企業買収は、富士通による米 フェアチャイルドの買収、また住友ゴムによる米ダンロップの買収など多くの買収 が報じられており、1986年には化学、金融、不動産でそれぞれ1件当り850億円、

500億円、1,000億円に達した。

その後、1989年から1990年にかけて、ソニーのコロンビアピクチャーズ買収の 6,400 億円、松下のMCA の買収 7,800 億円とこれまでの最高記録に達し、金額の 面からも日本企業のM&Aに対する本格的な取り組みを窺うことができる。

買収対象の産業は、繊維、食品、化学、薬品、電気機械、小売、卸売、不動産に 集中していた。特に電子・電気機械(部品、材料を含む)分野の買収が目立つ。これ は、部品・素材関係の分野で鉄鋼、ガラスなどエレクトロニクスとは直接関係がな いと思われるような日本のメーカーが事業多角化戦略の一環として、シリコンウエ ハー、磁気ディスクなどを製造している外国企業の買収に乗り出したことが大きい。

買収の目的は、販売・生産拠点の確保、販売・生産増強が最も多いが、事業の多 角化や新技術・ノウハウの取得、新製品の導入を目的とした買収も少なくない。企 業や工場の新規設立による従来の海外企業進出に比べると、M&A は、時間とコス

「グローバル化」や「グローバル企業」を巡って、Rugman, A.M. and Verbeke, A. (2004)

"A perspective on regional and global strategies of multinational enterprises", Journal of International Business Studies, 35 (1), 3-18; 入山章栄「真に『グローバル』

な企業は、日本に3社しかないトヨタもマクドナルドも、グローバル企業ではない」『日 系ビジネス(Online)』(2013820日)参照。

宮島英昭「急増するM&Aをいかに理解するか: その歴史的展開と経済的役割」『RIETI Discussion Paper Series 06-J-044』(経済産業研究所、20066月)、p.17。

トを節約できるというメリットがある。

しかし、不良企業を買ってしまったり、外国人従業員など既存経営資源をベース にした経営の難しさに直面したり、強引な乗っ取りという好ましくないイメージを 与えたりといった問題も生じた。いうまでもなく、M&A による海外進出には一層 周到な準備と慎重な配慮が欠かせない

次に、R&D の海外進出では、本田技研やトヨタ自動車が長い対米進出をもって いるが、1985年には大塚製薬が米国メリーランド州に進出しているほか、1986年 には神戸製鉄所によるノースカロライナ州での研究所、味の素によるフランスでの 飼料用アミノ酸研究所の設立などR&D投資の高まりが見られる。また、1986年に は、日本精工がカリフォルニア州のベンチャー・ビジネスを買収し、モーターの開 発拠点を構築するなどM&Aによる研究開発投資の例も出てきている。

こうした海外での R&D 拠点の開設は、①最新の技術情報の収集、②新技術・製 品の開発、③有能な人材の確保、④現地ニーズに対応した研究・技術開発を目的と したものである。さらに商品分野を分けた国際分業を目的とした例やメンテナンス、

技術サービスなど、生産・販売補完などを狙った R&D 投資も加えることができよ う。世界の頭脳を効率的に利用した地域の特性・ニーズにあった技術・研究開発は、

企業の世界戦略を考慮する上でますます意味を増しており、海外 R&D 投資のさら なる伸びが期待された。

また、1986年及び1990年代前半における円高の進展やバブル崩壊などの要因で、

日本の経営環境は悪化した。このような経営環境の変化に対応し、外国企業に対し て競争優位を維持できるように、日本企業はさらに世界規模で効率的な生産、販売、

部品調達、資金調達、及び研究開発を目指すグローバル経営戦略を積極的に展開し、

生産拠点を国内から海外へシフトさせた。特に、付加価値の低い製品を中心に、ア ジアへのシフトを強め、アジアを欧米向けの輸出拠点とするという形での海外生産 が増えたのである。

ASEAN4 では、1985 年から 1990 年にかけて民生用の電子・電気機械の生産拠 点は27カ所から68カ所と増加していた。こうした投資の増加とともに第三国輸出 拠点、あるいは日本への逆輸入拠点としてのASEANの性格は、この時期から急速 に強まったのである。電気機械を例として見ると、日本向け輸出比率が 1986 年に

海外企業買収失敗のケースについては、松本茂『海外企業買収失敗の本質: 戦略的アプロ

ーチ』(東洋経済新報社、2014年)を参照。

ドキュメント内 博士論文 (ページ 93-98)