第六章 東アジア通貨危機、ASEAN 統合の深化とその対応(1998~2008 年)
6.3 中国の台頭と AFTA の実現に伴う日本企業の事業展開
6.3.1 中国の台頭と日本企業の対中国投資
図表6-10 中国の対内直接投資推移(2002~2011年)
(実行ベース、単位: 100万ドル、%)
年度 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 投資受入額 52,743 53,505 60,630 72,406 72,715 83,521 108,312 94,065 114,734 123,985 前年比の変化 1.4 13.3 19.4 0.4 14.9 29.7 -13.2 22.0 8.0 出所:『ジェトロ貿易投資白書』(2003、2004年版)及び『世界貿易投資報告』(2009~1014年版)。
1979年以降、改革開放政策によって経済制度改革を行い、閉じていた門戸を開き、
18橋谷弘・蒋芳婧「グローバル時代における東アジア自動車産業の再編-中国・東南アジ ア・韓国の事例-」『東京経済大学会誌(経済学)』267号(東京経済大学、2010年10月)、 p.95。
19 池尾愛子「1997年東アジア通貨危機と2008年アメリカ金融危機の再生」、p.159。
外資や外国の先進的技術や経営管理ノウハウなどを導入することにより、中国経済 は1990年以降の10年間、平均10.1%の高成長を遂げ、非常に注目されるようにな った。2000年に入ってからは若干減速してきたが、依然として 7.5%以上の高成長 を維持している。WTO加盟直後の2003年度の実質 GDP 成長率は 9.1%と、2002 年の成長率を0.8ポイント上回り、1997年の東アジア通貨危機以降では最高を記録 した。
経済産業省『2011年版通商白書』によれば、2008年9 月のリーマン・ショック 後、多くの先進国や新興国が深刻な不況に陥った中で、「中国経済はその影響からい ち早く脱し急回復を遂げ、世界経済回復の牽引役」を果たした。2010 年には、中 国の名目GDPは5兆9,000億ドルとなり、日本(5兆5,000億ドル)を上回って、米 国に次ぐ世界第二位の規模となったのである。
振り返れば、「中国の名目GDPは、改革開放の始まった1978年にはわずか3,645 億元にすぎなかったが、その後30年間に渡る高成長を経て、『世界の工場』へ、さ らには巨大かつ成長率の高い『世界の市場』へと大きくその姿を変容させており、
2010 年は実にその110倍の39兆8,000億元(5兆9,000億ドル)と世界全体の9.5%
を占めるに至っている」20。
『2004年版ジェトロ貿易投資白書』によれば、貿易面においては、1978年には わずか約 200 億ドルだった貿易総額が、WTO 加盟後の 2003 年には貿易総額は急 増し、前年比37.1%増の8,512億ドルと、2002年の6,208億ドルから1年で8,000 億ドルの大台を突破した21。そして、2010年には約 150倍の約 3 兆ドルにまで拡 大した。『2011年版通商白書』も、「輸出入別で見ると、輸出額では世界第一位、輸 入額では世界第二位となっており、世界経済における中国の存在感は急速に高まっ ている」とした。
貿易動向を相手国・地域別に見ると、2003年の貿易相手先別に見た貿易総額の上 位3カ国・地域は、第一位は日本(1,336億ドル、前年比31.1%増、シェア15.7%)、
第二位は米国(1,263億ドル、30%増、シェア14.8%)、第三位EU(1,252億ドル、44.4%
増、14.7%)であった22。
『2011 年版通商白書』は、このような背景として、ASEAN との間では、2010
20 経済産業省『2011年版通商白書』、p.37。
21『2004年版ジェトロ貿易投資白書』、p.146。
22 同上、p.165。
年 1 月に ASEAN・中国自由貿易協定 (ASEAN-China Free Trade Agreement:
ACFTA)が本格発効したことや、台湾との「経済協力枠組み協定(ECFA)」により2011 年1月から双方の関税が引き下げられたことなどを挙げ、中国は積極的に成長力の あるアジアや新興国との関係強化を図っていることを指摘した23。
また、中国の対内直接投資額も2001年が前年比15.1%増の468億7,800万ドル、
2002年には同 12.5%増の527 億4,300万ドルと、WTO加盟後1~2年目に急増し たが、2003 年には新型肺炎(SARS)などの影響で、前年度比 1.4%増の 535 億 500 万ドルと微増ではあった。そして、2004年から2008年にかけて、引き続き拡大し た後、2009年はアメリカ金融危機の影響を受けて、13.2%減の960億ドルと急減し ている。しかし、2010年に再び(22%増の1,147億ドル)急増し、2011年には1,240 億ドルに達し、中国の対内直接投資額の史上最高を記録した。
このように、改革開放後、特に WTO加盟後の外資に対する規制緩和に伴い、中 国市場が外国企業にとって重要な意味をもつようになったのである。
日本企業の対中国投資は、1990年代に入って自動車メーカーの本格的な進出を受 けて関連メーカーの進出が続くほか、中国国内市場を狙った鉄鋼、化学、ガラス、
製紙など素材メーカーの大型投資も本格化した。
1990年代初期には、日本企業のASEAN向け進出は停滞した。ASEAN4への日 本からの直接投資は、1990年の32億4,300万ドルから1991年には30億8,200万 ドルと減少し、1992年(31億1,970万ドル)にわずかに拡大したものの、1993年に は再び23億9,800万ドルと落ち込んだ。これは、1980年代後半の急激な進出に一 巡感が出てきたことの要因が大きい。
それに対して、中国への投資は1990 年の3 億4,900万ドルから 1991年の5 億 7,900万ドル、1992年の10億7,000万ドル、1993年の16億9,100万ドルと急増 した。1995年には44億7,300万ドルで、初めてASEAN4(41億1,000万ドル)を超 えた(図表6-14参照)。
日本企業の対中国投資は2000年から第三次投資ブームを迎えたが、2005年にか けて衰える気配が見えなかった。しかし、生産コストの上昇に加え、中国リスクも 大きく、2013年に入って、中国への投資額は、落ち込んだ。
23 経済産業省『2011年版通商白書』、p.37。
ジェトロが2003年3月から4月にかけて行った調査(『在中日系企業投資環境』)24 によると、日系企業の8 割は 1990年代に進出し、その地域はほぼ中国全土に及ん でいるが、沿海部だけで 92%に達している。その中で、長江デルタ(上海市、江蘇 省、浙江省)が全体の 44.6%で最も多く、続いて環渤海の31.3%、華南16.9%の順に なっている。
業種別構成を見ると、製造業が 1,020 社で 76.7%を占め、非製造業は 310 社 (23.3%)である。このうち製造業は、電気・電子(27.2%)が最も多く、次いで繊維・
アパレル(13.4%)、プラスチック製品など化学・石油製品(10.1%)、一般機械・同部 品(8.9%)、自動車・同部品など輸送機器(7.9%)である。一般機械、電気・電子、輸 送機器、精密機器を合わせた機械産業だけで約半分に達した。非製造業では小売・
卸売(29.0%)が最も多く、これに、物流(14.5%)、駐在員事務所(12.6%)、情報処理・
ソフトウェア(10.3%)が続く。
また、販売先について見ると、最近中国市場が注目を浴びていることが分かる。
需要の伸びが期待できない日本市場に見切りをつけ中国市場を狙って進出する企業 が、当初輸出を目的に進出したが、最近になって内販に挑戦する企業も増えている。
同上調査によると、製造業を対象に「輸出型」「内販型」「輸出内販型」に分類する と、輸出型501社(51.1%)が最も多く、次いで内販型361社(36.9%)、輸出内販型117 社(12.0%)の順になっている。つまり、2003 年にかけて中国での国内販売が注目さ れるとはいえ、内販型企業は進出企業の3分の1強で、依然として輸出型企業が多 いということが分かる。
総じて内販型企業は印刷・出版、自動車、家電、プラスチックなどの最終消費財、
鉄鋼、化学、紙・パルプなどの素材、それに電気・電子部品、一般機械、自動車関 連部品などの中間財分野が多い。輸出型企業は、アパレル、生活用品・雑貨、食品 加工など日本への逆輸入製品や、電気・電子製品、精密機械など米・欧・日への輸 出製品の製造に従事している場合が多い25。
以上見てきたように、中国経済は驚くほどの高成長を遂げた。特に WTO加盟後 は貿易と外国投資の受け入れの拡大により、経済発展を加速している。中国にとっ てWTO 加盟は、構造改革の促進、輸出や投資の受け入れ拡大を通じて経済発展を
24中国に進出している日系企業の 5,354社に投資環境に関する調査で、1,330社から有効 回答を得ており、有効回答率24.8%である。
25「中国進出日系企業の全容」『ジェトロセンサー』(2003年11月)、p.49。
加速させるとともに、国際社会における政治・外交上の地位を高める効果を持った。
したがって、中国はWTO加盟後、従来以上に世界経済へのリンクを強め、プレゼ ンスをいっそう増大させており、ASEAN にとって相当な脅威になるものと考えら れた。
『2011年版通商白書』は次のような要点をあげた。「中国経済は、『投資』を主な 牽引役として高い経済成長を遂げてきた。」「2003 年から 2007 年にかけては、『輸 出』が牽引役として加わり2 桁の成長を続けてきた。」「グローバル金融・経済危機 以前の中国の『投資』と『輸出』に依存した高成長の裏には、米国が過剰消費によ り世界経済を牽引していたことがあった。」同書の分析を敷衍すれば、グローバル金 融・経済危機の発生により、その構図は大きく変化しつつある。長引く世界経済の 停滞によって、「人民元の上昇圧力が高まり、労働コストが上昇を続ける中で、中国 の持続可能な発展のためには、内需依存型経済成長、消費主導型経済成長に向けて の経済構造変化が必要とされる」ようになりつつある。
このように、中国の経済成長は驚くほど高成長率を遂げたが、中国には依然とし て投資環境に課題も多く、指摘された上述の中国の優位性である労働コストや優遇 措置などについても懸念が生じつつある。中国は市場規模などで全般的に ASEAN よりも優位性をもっているかもしれないが、上述した大きな危険性(リスク)も増大 しつつあるのである。こうした中国の急速な台頭に対して、ASEAN は大きな脅威 を感じるようになっている。そのため、地域統合という新たな成長の方向性が急速 に模索されるようになったのである26。
6.3.2 ASEAN地域統合として AFTA創設の背景と経緯
すでに第一章で述べたように、1950年代に入って冷戦体制が本格化し、米ソ対立 が激化していく国際情勢の中で、アメリカの対アジア政策は転換されていたのであ る。ベトナム戦争を背景として、1966年の第一回東南アジア開発閣僚会議、アジア 太平洋協力会議などを通じて地域協力の動きが活発化し、1967 年8 月 8 日に東南 アジア連合(ASA)は解消され、新機構としてASEANが成立された27。
清水(1998)は、ASEANは設立 20 年後、1987 年の第三回首脳会議において、プ ラザ合意を契機とする世界経済の構造変化に直面し、「集団的外資依存輸出指向型工
26 中国のリスクにつて『2005年版通商白書』
(http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2005/2005honbun/)参照。
27 ASEAN ウェブサイト http://www.asean.org/ About ASEAN - History 参照。
業化戦略」へと転換したとする。というのは、1985 年 9 月のプラザ合意以降、円 高・ドル安を背景にNIESそしてASEANへの日本からの直接投資の急増といった 形で多国籍企業の国際分業が急速に進行し、ASEAN 各国も発展成長戦略を転換し たからであった28。
清水の分析は興味深く、「その新たな戦略は、1980年代後半から始まった外資依 存かつ輸出志向型の工業化を、ASEAN が集団的に支援達成するというものであっ た」とする。この戦略下での協力を体現したのは、三菱自動車工業がASEAN に提 案して採用されたブランド別自動車部品相互補完流通計画(BBCスキーム)であった。
BBCは、ASEANにおける自動車メーカーの自動車部品の相互補完流通が中心であ る。このBCCスキームとASEAN産業協力(ASEAN Industrial Cooperation: AICO) により、外資系(特に日系)企業による国際分業の確立が支援されてきた29。
1990 年前後から生じた ASEAN を取り巻く政治経済構造の歴史的諸変化、すな わち冷戦構造の変化、欧米での自由貿易圏設立の動き(EU、NAFTA)、中国の改革・
開放に基づく急速な成長と中国における対内直接投資の急増、アジア太平洋経済協 力(APEC)の制度化などから、更に域内経済協力の深化と拡大が進められることとな った。
このように、1990年前後、世界の通商環境の潮流は大きな変動期に入ったことで、
ASEAN諸国はその対応を迫られることになった30。これらの変化を受け、インド ネシア、ブルネイ、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの6カ国の首脳 が、1992 年1月の第四回 ASEAN 首脳会議(シンガポール)において、AFTA が ASEAN域内の自由貿易構想として正式に合意され、1993 年から15年間でAFTA を実現することになった。つまり、AFTAは、共通効果特恵関税協定(CEPT)により、
適用品目の関税を2008年までに 5%以下にする事を目標とした。
その主要な目的は、域内の関税障壁及び非関税障壁の除去などにより域内貿易の 自由化を図り、国際市場向け生産拠点としてASEAN の競争力の強化、域内経済の 一層の活性化を図ることであり、具体的には以下の3点が挙げられる31。
28 清水一史『ASEAN域内協力の政治経済学』(ミネルヴァ書房、1998年)、pp.101-103。
29 清水一史『ASEAN域内協力の政治経済学』、p.109。石川幸一・清水一史・助川成也編 著『ASEAN経済共同体-東アジア統合の核となりうるか-』(ジェトロ、2009年)、p.3。
30 深沢淳一・助川成也『ASEAN大市場統合と日本-TPP時代を日本企業が生き抜くには
-』(文眞堂、2014年)、p.139。
31日本外務省「ASEAN の設立経緯と背景」(http://www.mofa.go.jp)(2015/4/10)