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タイにおける洪水の被害と政治不安の影響とその対応

ドキュメント内 博士論文 (ページ 169-182)

第七章 グローバル金融危機、自然災害と新たな展開(2008 年以降)

7.3 タイにおける洪水の被害と政治不安の影響とその対応

7.3.1 タイ洪水の被害とその対応

タイ内務省の発表では 2011 年に生じたチャオプラヤの大洪水による全国の農地 被害面積は11月14日がピークで1万8,291㎢と、関東平野とほぼ同じ面積が浸水 被害を受け、総氾濫水量は150億㎥と推定された。世界銀行はタイの洪水による損 失額を推計し、6,600 億バーツの不動産など資産損害と 7,000 億バーツの機会損失 で、合せて損失額総額1 兆3,600億バーツ(約3.5兆円)になると発表した21。助川 成也によれば、大洪水に見舞われたタイの 2011年第 4 四半期の成長率はマイナス 8.9%、通年でも0.1%とほぼゼロ成長となった22

20 同上、p. 14。

21 小森大輔「特集・2011 年タイ大洪水②2011 年タイ国チャオプラヤ川大洪水はなぜ起 こったか」『所報』(盤谷日本人商工会議所、20122月)。

22 助川成也「洪水後の事業再開企業は72.1%-工業団地進出企業の復旧状況-(タイ)」『通 商弘報』(日本貿易振興機構、2012511日)。

工業部門では、バンコク周辺には、数多くの日本企業が進出している。『ODA白 書 日本の国際協力』(2012)の「第二節 災害援助と防災対策-タイの洪水被害への 対応-」によれば、特にアユタヤ県を中心として多くの工業団地が存在しており、

そのうち七つの工業団地が冠水した。それら工業団地に入居する約800社のうちに は、約450社の日系企業の工場が含まれており、多くの工場が操業停止を余儀なく された。洪水はタイ経済に多大な損失を与えたのみならず、サプライチェーンの寸 断によって日本を含む世界経済にも大きな打撃を与えたのである23

助川成也の「ようやく輸入関税免除措置を告示-洪水被害救済策-」24は、タイ 政府がこの洪水被害に対し、様々な支援を実施したことを伝えている。タイ政府は 大規模な浸水の危険が高まった時、工業団地内に残る従業員や周辺住民に退避勧告 を出した。そして、特に日系企業などに対する支援策として、11月29日の閣議で、

自動車完成車・自動車部品・機械装置・機械装置部品の輸入関税の免税措置を決定 した。

具体的な措置と条件は、以下の通りである。

①洪水により損害を受けた機械装置を代替または修理するための機械装置、機械 装置部品及び機械装置に使用される品目などの輸入関税を免除する。

②タイにおける自動車生産を一時的に置き換えるための自動車への輸入関税を 免除する。

③タイにおける自動車生産のための自動車部品への輸入関税を免除する。

④以上の措置は、2011年10月25日から2012年6月30日まで有効となる。

ただし、その輸入関税免除の条件としては、以下のように定められた。

①洪水により損害を受けた工場を有している事業者でなければならない。

②事業者が機械装置、機械装置部品その他のものを自身または他の販売業者によ り輸入することができること。輸入者が販売業者である場合、販売業者は税関に証 明書を提示すること。

③輸入機械装置、機械装置部品その他品目は新品であること。

④輸入自動車は、新車、3,000cc 未満、かつ洪水により損害を受けた工場で生産

23日本外務省「第二節 災害援助と防災対策-タイの洪水被害への対応-」『政府開発援助

(ODA)白書 日本の国際協力』(2012年)。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/hakusyo/12_hakusho/

24 助川成也「ようやく輸入関税免除措置を告示-洪水被害救済策-」『通商弘報』(日本貿 易振興機構、2012113日)。

されていた車種と同一または類似でなければならない。当該車種は、タイの他工場 で生産されていないこと。

⑤輸入者は、自身で自動車を輸入しなければならない。

⑥輸入自動車部品は、新品かつ洪水により損害を受けた工場で生産されていた自 動車部品と同一でなければならない25

このように、タイ政府は、2011年の洪水による被災日系企業への支援を柔軟に行 い、代替部品の調達を支援すべく、自動車生産のための自動車部品輸入関税の免除 を決めたのである。

タイは、日本企業にとって、生産拠点、サプライチェーンの要として大変重要な 役割を担っている。洪水はタイ経済に多大な損失を与えたのみならず、サプライチ ェーン(部品、部材などの供給網)の寸断によって、日系企業がこれほどまでの被害 を海外で被ったことは過去に例がない。

日本政府及び関係機関も、この洪水被害に対し、様々な支援を実施した。具体的 には、緊急物資援助の供与、資金調達の円滑化に関する支援策、タイ人従業員の就 労・人材育成などに関する支援策などである。

まず、緊急段階において、『ODA 白書』(2012)によれば、例えば、テント、浄水 器、仮設トイレなど緊急物資援助の供与を行った。加えて、大型排水ポンプなどの 購入のため、10億円を限度とした緊急無償資金協力を行った。また、バンコク周辺 において課題となっていた冠水地域の排水活動を行う排水ポンプ車専門家チームや、

地下鉄、上水道、空港といった重要施設に対して防水指導を行う専門家を、国際緊 急援助隊として派遣した26

そして、日本国内及び現地における被害への対応・支援策などに関し、相談窓口 を設置し、タイの洪水被害を受けた日系企業(子会社など)を持つ国内中小企業者な どからの経営・金融相談に応じている。例えば、資金調達の円滑化に関する支援策、

タイ人従業員の就労・人材育成などに関する支援策などを対応した。

経済産業省の「タイ洪水被害に関する金融支援の拡充について」によれば、資金 調達の円滑化に関する支援策もとられた。まず、タイの洪水により「影響を受けた 国内中小企業や現地被災子会社の国内親企業に対して、運転資金・復旧費用(転貸資 金)などを供給」するものであった。また、タイ向け輸出、投資、融資に係る貿易保

25 同上。

26 日本外務省「第二節 災害援助と防災対策-タイの洪水被害への対応-」。

険を活用しリスク低減及び迅速・適確な保険金の支払いに対応する措置であった27。 経済産業省は、タイの洪水被害の影響が長期間に渡って広く国内中小・中堅企業 などの経営に波及する恐れがあることに鑑み、2011 年 11 月 18 日に「特別相談窓 口」の設置を日本政策金融公庫、商工組合中央金庫など関係機関に要請するととも に、次のようなの金融支援を開始することを決定した。

タイの洪水の影響により、経営に支障が生じている国内中小企業に対して、日本 政策金融公庫(国民生活事業及び中小企業事業)は、セーフティネット貸付を通じた 資金供給を実施することにし、2011 年 11 月 18 日から貸付を開始した。また、日 本政策金融公庫(中小企業事業)においては、セーフティネット貸付の資金使途に転 貸資金(国内親企業を経由した資金融通)を追加し、現地の被災子会社の復旧に係る 資金ニーズにも対応可能な制度に拡充している。従前の制度では、海外子会社の復 旧に係る資金の貸付はできなかったことから、今般、海外子会社に対する転貸資金 を資金使途に追加した。

例えば、中小企業の場合は、セーフティネット貸付の条件としては、限度額の7.2 億円、貸付期間最長の 15 年以内(設備投資のため資金としての場合)、適用金利の 1.65% (ただし、利率は、11月18日現在、担保、財務状況、返済期間などにより変 動)である。

また、日本政策金融公庫(中小企業事業)においては、今回のセーフティネット貸 付の運用開始に先立ち、すでに貸付を開始している「海外展開資金」も引き続き積 極的に活用している。従来、中小企業の海外展開を支援するための制度であったが、

その災害の発生直後に、制度要領を改正し、現地子会社の災害復旧費用を資金使途 に追加した。

日本政策金融公庫法に基づき、本事案を危機認定(大臣告示)し、日本政策金融公 庫による指定金融機関(商工組合中央金庫、日本政策投資銀行)を通じた損害担保貸 付及びツーステップローンを実施し、11月18日から貸付を開始した。タイ洪水の 影響を受けた国内中小、中堅・大企業や現地被災子会社の国内親企業に対し、運転 資金・復旧費用(転貸資金)などを供給する。

そして、日本の経済産業省はさらに、タイの日系企業に勤務するタイ人従業員の 受入れを支援した。同省の「タイの日系企業に勤務するタイ人従業員の受入れにつ

27 経済産業省「タイ洪水被害に関する金融支援の拡充について」『News Release』(2011 1118日)(http://www.meti.go.jp/press/2011/11/20111118008/20111118008.pdf)。

いて」によれば、「タイにおける大規模な洪水の発生により、多くの日系企業が被災 し操業停止の状態にある状況に鑑み、サプライチェーンの維持及び早期の復旧など の観点から、日本国内において代替生産を実施するため、浸水被害により操業でき なくなっている日系企業の工場で勤務していたタイ人従業員を、一定の条件の下、

在籍出向の形で日本での就労を認める」ことにしたのである。

「タイの日系企業に勤務するタイ人従業員の日本受入れ」の条件は、以下の通り であった。

日本人の雇用を圧迫しないこと、

外国人労働者の受入れに関する政府方針に影響を与えるものではないこと、

事業所名、所在地、業務内容、個人氏名を特定した個別の許可とすること、

在留期間は6か月とすること、

配偶者などの家族帯同は不可であること、

受入企業が確実な帰国担保措置をとること、

日本の税、社会保障及び労働関係法令の適用を受けること、

受入企業が日本国内において同様の業務に従事する者を過去3年以内に、大量(1 月以内の期間に30人以上)に非自発的離職(解雇など)させていないこと、

受入企業が日本国内において、タイ国からの労働者受入れ後 1 年以内に、同様

の業務に従事する者を解雇しないことを約束することなど28

また、「タイ人技術者の日本での研修受入れ支援については、タイにおける大規 模な洪水の発生により、多くの日系企業が被災し操業停止の状態にある状況」を考 慮し、操業再開までの期間を活用して、タイ人技術者に対し日本国内において能力 向上のために行う研修の実施を支援することとしたのである。その結果、自動車、

電機関連企業などでは日本における代替生産が行われ、サプライチェーンの維持、

早期の復旧に貢献してきたと考えられる29

被災した七つの工業団地に入居する約 800 社のうち、日系企業は半分以上の約 450 社に上った。特に、電気・電子機械製造業などで被災した企業が多かった。東 日本大震災時と同様、サプライチェーンの一端を担う企業が被災し、部品などの供

28 経済産業省「タイの日系企業に勤務するタイ人従業員の受入れについて」『News Release』(20111028日)

(http://www.meti.go.jp/press/2011/10/20111028005/20111028005.pdf)。

29 経済産業省「タイ人技術者の日本での研修受入れ支援について」『News Release』2011 1028日(http://www.meti.go.jp/press/2011/10/20111028004/20111028004.pdf)。

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