1986年及び 1990年代前半の急速な円高の進展により、日本企業は付加価値の低 い製品を中心に、アジア製品に対してさらにコスト競争力を失った。その競争力を 回復するために、日本企業がアジアへシフトを鮮明にし、それに伴ってアジアでの 海外生産拠点として、NIESに代わり ASEANの役割が注目されるようになってい る。1995年 12月から1996 年1月にかけてジェトロが行った『ASEAN日系製造 業の活動状況』の調査において、ASEAN5 における合計回答企業数は 977 社であ った。このうち、進出日系製造業の操業開始年は、「1986~1990年」38.5%(360社)、
「1991年以降」30.4%(284社)と、プラザ合意以降の10年間に約7割(69.0%)の企
7 通商産業省「海外事業活動基本調査」各年版より。
8「アジアを中心とした国際分業の現状と課題」『調査レポート』(経済産業省、2001年9 月)、p.24。
9 小林英夫『東南アジアの日系企業』(日本評論社、1992年)、p.27。
業が集中して進出していることが分かる。
このように、プラザ合意以降、日本企業の海外直接投資の増加に伴い、投資戦略 もますます多様化、高度化したのである。次に、ASEAN 各国の経済政策などに対 し、どのような戦略を展開したのか見てみよう。
図表5-3 日本の対ASEAN5直接投資額推移(1985~1996年)
(単位: 100万ドル)
年度 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 インドネシア 408 250 545 586 613 1,105 1,193 1,676 813 1,759 1,605 2,414
マレーシア 79 158 163 387 673 725 880 704 800 742 575 572
タイ 48 124 250 859 1,276 1,154 807 657 578 719 1,240 1,403
シンガポール 339 302 494 747 1,902 840 613 670 644 1,054 1,185 1,115 フィリピン 61 21 72 134 202 258 203 160 207 668 717 559 ASEAN5 936 855 1,526 2,713 4,684 4,082 3,695 3,867 3,042 4,942 5,322 6,063
出所: 日本貿易振興会(ジェトロ)『投資白書』各年版、及び「直接投資統計」
(http://www.jetro.go.jp/world/japan/stats/fdi.html)より作成。
5.2.1 シンガポールの産業・経済政策と日本企業の進出活動
まず、シンガポールの産業・経済政策の変更と、日本企業の進出に向けての経営 戦略について概観してみよう。シンガポール政府は民間企業活性化のために「法人 税率を40%から33%にし、また、シンガポールに営業本部(OHQ)を置く多国籍企業 に対し、法人税を10%に減税する」などの優遇措置を打ち出した。こうした投資環 境の改善により、1986年第2四半期により外国投資が増加傾向に転じ、1986年通 年では前年比31.6%増の11億8,950万シンガポール(S)ドルにまでに回復した。
さらに、1985年のプラザ合意以降の円高が定着するにつれて、日本企業の進出が 活発になり、1986年には日本からの投資は 4億9,350万S ドルと前年の2 倍に急 増し、投資受入先としては7年ぶりに米国を抜いてトップになった。しかし、傾向 としては新規進出よりも、円高定着への対応ともいうべき日本からの生産ラインの シフト及び追加投資の方が多く、特に今まで単なるアセンブリー(組立て)を当地で 行っていた企業による本格生産への移行が目立ち、生産高は目覚ましい勢いで増加 した10。
松下電器(現パナソニック)では、世界を欧・米・ASEANの3地域に分割し、ASEAN を「輸出拠点」として再編、強化するためにシンガポール、マレーシアを中心に盛 んな設備投資を行った。同社は、1986 年 8 月にシンガポールで従来から行ってい
10日本貿易振興会『1988年版ジェトロ投資白書』、p.128。
た音響機器向け小型精密モーターの生産を2倍にするための新工場を完成させ、シ ンガポール、日本、インド、韓国、その他アジア太平洋州圏、さらには欧米への供 給拠点にした。
松下電器部品も「汎用品はASEANで製造する」を基本方針に、トランス、抵抗 器などについて、次第に日本国内生産分をシフトさせ、「品目ごとに集中生産する工 場を決めてスケール・メリットを追う」ために、部品生産拠点を再編した。また、
ASEAN での生産拡大に伴って、同グループの製品を総合的に扱う販売会社をシン
ガポールに設立した11。
アイワはオーディオ生産の主力を日本からシンガポールに移転し、国内工場の統 廃合を実施し、さらに1987年には R&D活動をシンガポールで開始し、米系多国籍 企業に追随する動きを見せた。
1986年には半導体大手各社の動きも活発となっている。欧米諸国の保護主義によ って日本からの輸出がタイトになったこと、また、ICのユーザーである電子電気の セットメーカー(例えば、日立など)が ASEAN に生産拠点を移転することで生じる IC需要への対応と、IC自体の製造コストを下げる目的でICの組立・検査工程をシ ンガポールに移す動きも見られた。
富士通では、シンガポール工場で生産する256KDRAMなどの超LSIを1986年 末から出荷し始めた。同様の動きが日本電気、松下工業でも見られた。
電気・電子以外では、石原産業が全額出資の現地法人を設立し、1987年にはジ ュロン工業団地に工場を建設し、酸化チタンの生産を行うほか、伊藤忠商事がシン ガポール石油化学と合弁でオクタン価向上剤の生産を開始した。高砂香料がサイエ ンスパーク内に香料研究所を設立するなど化学産業での進出も見られた12。
1986 年にシンガポールで操業していた日系企業は駐在員事務所を含めて約 700 社と推定される。ジェトロ・シンガポールが1985年10月に行ったアンケート調査 によれば、1985年の進出企業671社のうち製造業は254社、うち電子・電器73社、
化学23社、機械20社、鉄・非鉄金属20社などであった。
1986年になってからソニー、日本電気などによって資材調達センターが設置され
11 中垣昇『グローバル企業の地域統括戦略-シンガポールの日系企業の財務戦略を中心に
-』(文眞堂、1993年)、p.130参考。(http://www.singaporeedb.jp)(2015/4/20)
12「ケーススタディ: 高砂香料工業株式会社シンガポールを拠点にアジアNo.1、そして世 界随一の香料会社へ」『シンガポールEDB経済・投資ニュース』(2014年4~6月)、
(http://www.singaporeedb.jp)(2015/4/20)。
た。シンガポールは伝統的に中継貿易拠点でもあり、部品の集配に必要な運輸・通 信などのインフラが整っている。また、同国政府は、サポーティング・インダスト リー分野での地場中小企業の育成を指向しているのである13。
このように、円高などの要因で輸出コスト競争力が悪化する日本企業が、それを 埋め合わせるために、生産ラインを移転したり、研究開発所を設立したりして、情
報収集やASEAN地域生産拠点の調達センターとしてのシンガポールの優位性を活
用し始めたといえる。
5.2.2 タイの産業・経済政策と日本企業の進出活動
タイ経済は1960年代以降年平均7~8%と比較的高い成長を実現した。 1人当り GDPベースでは、1960年の 96ドルから 1970年には180 ドル、1980年には 690 ドル、1990年には1,880ドル、そして1993年には1,911ドル、1996年には3,094 ドルに達した。
タイの経済・産業は民間主導型であったとはいえ、1960年代、1970年代には国 内市場を保護する傾向のある政策体系が導入されていた。小川政道(1997)によれば、
「1980年代に入ってようやく、政府の保護介入を極力排し、市場メカニズムを通じ た資源配分による民間セクターの活性化、国内経済と世界経済のリンケージを保つ 中での比較優位や国際競争力に基づく輸出の拡大などを狙った新たな政策体系への 転換が見られるようになり」、これにより一層の産業発展を遂げてきたといえる14。
また、小川は「こうした市場メカニズムと民間セクターを重視する開発戦略の下 で、民間直接投資の果たす役割は大きく、債務の累積を回避しながら資本のみなら ず技術、 経営ノウハウなども投資活動を通じて移転されている。加えて民間直接投 資は、市場での資源配分に沿い、受入国の比較優位のある産業分野などに向かうこ とから、雇用吸収、市場資源の有効活用、さらには輸出による外貨の獲得などの面 で開発効果も大きい」とする15。
日本企業のタイ投資を見ると、1970年代初めの輸入代替型産業を中心とした第一 次ブーム、1980年代後半のプラザ合意による円高以降の輸出指向型産業を中心とし た第二次ブームの後、1993年から 1996年にかけての第三次投資ブームを迎えた。
13 日本貿易振興会『1987年版ジェトロ投資白書』、p.123。
14 小川政道「タイの産業発展と日系企業をめぐる立地環境変化」『産業学会』研究年報第 13号 (1997年)、pp.35-36。
15 同上。
1986 年に投資委員会(BOI)への投資奨励申請金額(登録資本金ベース)を国・地域 別に見ると、前年比約4 倍の増加を示した日本が 16億 9,000万バーツで海外投資 の中で圧倒な存在感を示した。続く台湾が6億200万バーツで、米国の 5億4,600 万バーツを抜いて第二位となった16。
第二次投資ブームについて見ると、1985年末で、タイに進出している日系製造企 業は、208 社であったが、1988 年の BOI への投資申請状況を見ると、389 件に達 している。投資分野も自動車、電気・電子をはじめとする加工組立型産業及び部品 産業のみならず、サービス業に至るまで広範にわたった。
急激な円高による日本企業の海外投資意欲の高まりと、アジア諸国・地域の中で タイの投資環境が良好であるとの判断から、このラッシュ状況が生じたと思われる。
特に労働集約的産業については、通貨が切り上がり、賃金も上昇している韓国、台 湾などのNIES諸国よりも、むしろタイをはじめとするASEAN諸国へ、投資が向 かいやすい状況になっていたといえよう。
1986年及び 87年6月までの日本からの投資承認件数83件のうち、60件が製品
輸出率 80~100%の輸出指向型である。これまではタイ国内市場指向が中心であっ
たが、この一年半で輸出指向型がむしろ主流となっている。また、上記の 83 件の うち 28 件が既進出企業の増設によるものであり、既進出企業においても輸出生産 へ向けて増産するケースが多かったといえる。
このブームにおける投資事例のタイプとしては、①生産コストの安いタイから欧 米、あるいは日本へ製品を輸出しようというもの、②タイでの生産活動の活発化に 対応し、生産財・中間財生産などの裾野産業が新規進出、あるいは活動を強化しよ うというもの、③それを一歩進めてタイを原材料・部品調達拠点にしようというも の、④ASEAN 諸国市場の成長性に着目し、タイに生産・販売拠点を設けようとい うもの、⑤さらには高度技術を必要とする分野でタイの国産化政策に対応するもの である。
1986年及び 1987年1~10月の日本企業の代表的な投資事例を挙げると、製品輸 出のためにタイでの生産を強化し、あるいは日本から移転する例としては、住金物 産(モミ殻を利用した固体燃料)、トーヨーサッシ(アルミサッシ)、シャープ(冷蔵庫)、
ソニー(ビデオテープ)、東芝(米国向け炊飯器)、三菱電機(Floppy Disk Drive: FDD)、
16 日本貿易振興会『1987年版ジェトロ投資白書』、p.134。