第六章 東アジア通貨危機、ASEAN 統合の深化とその対応(1998~2008 年)
6.5 小括
1990 年代初期になると、日本企業の ASEAN 向け進出は停滞した。しかし、注 目されるのは、中国への投資が、1990年から1993年にかけて急増したことである。
特に、1995年には初めてASEAN4を超えた。ASEANによるAFTA創立の背景に
65「ASEAN・オセアニア向けビール、アサヒ、タイから全量供給-貿易自由化にらむ-」
『日本経済新聞』(朝刊、2003年4月5日)。
は、NAFTA や EU などの貿易地域形成への動きが加速したことより、むしろ日本 などの外国企業の中国への投資の流入に対する危機感が強く働いたものと見られる。
そして、1997年の東アジア通貨危機の影響などにより、ASEAN諸国は成長に必要 な外国投資が他の国・地域に奪われることへの危機感を強めた。それによって、
ASEAN への外国投資の求心力維持という観点から貿易の自由化について積極姿勢
に転じ、ASEANはAFTAの実現目標年次を何度か前倒しし、新たな外資政策を打 ち出したのである。
このAFTA-CEPTは段階的に地域内関税を引き下げて、実現(0%関税)最終目標年 次は原加盟6 カ国が 2010年、新加盟 4 カ国は 2015年という計画であった。この 計画の狙いとしては、外国直接投資の誘致がある。注目すべきは原加盟 6 カ国の AFTAはその実施が前倒しされ、2008年時点で関税率ほぼ 0%に引き下げられたこ とである。
AFTA の進展による域内関税の引き下げの効果は、ASEAN 域内における複数拠 点を有する日本企業の場合は、域内で拠点間の生産ネットワークによる「補完」体 制を構築した際に最も大きくなった。ただし、ASEAN 域内で同じ品目の商品を複 数拠点で生産することが合理的といえないため、このような生産体制を改めてスケ ール・メリットを活かせるように、日本企業はASEAN地域内での拠点の分業化ま たは統廃合という動きをとるようになった。例えば、花王、シャープなどが生産拠 点を集中し、スケール・メリットを追求するなど、新たな体制構築をすすめている のである。
また、1997年に東アジア通貨危機の影響で、ASEAN各国内市場向けの自動車産 業が国内販売不振などによって深刻な打撃を受けた。この影響を軽減するために、
日本企業(親会社)は既進出子会社や関連会社が生産した製品・部品を日本に輸入し、
現地子会社の出資比率の大幅引き上げ(増資)によって支援する体制をとっている。
その増資案件は、特にタイでの自動車分野において動きが目立った。増資案件の 増加の背景には、東アジア通貨危機の影響を受けたASEAN各国が出資比率の上限 撤廃などの規制緩和策を進めていることがあり、これを機会に日本企業が現地法人
を 100%完全子会社化したり、経営権を把握できる比率まで増資したりする動きを
とったのである。東アジア通貨危機以降、日本企業によるASEAN向けM&Aの特 徴の一つに、製造業分野を中心に経営支援型の増資案件の増加が挙げられた。
このように、日本企業がAFTAを活用しスケール・メリットなどを目指し、最適 生産できるように、既存生産拠点間で重複する事業を削減し、特定品目の生産を集 約したりしたこと、また、子会社を救済するために、自動車・同部品産業において 部品などを日本へ逆輸入したり、子会社へ増資したりなどが、この時期における日 本企業の対ASEAN事業活動の特徴といえるのである。
そして、もう一つ注目すべき点は、ASEAN を一つの市場を見做している企業が 増えたことである。それによって、本社からASEAN内の地域統括会社に投融資や 地 域戦略 策定の 権限の一 部を委 譲し、 経営判断 のスピ ードを 高めると ともに 、
ASEAN 地域内で経営資源を最適配分しようとした。シンガポールやタイのバンコ
クでASEANまたはアジアの地域統括会社として設立する動きがさらに活発化して
いる。これもAFTAによる域内貿易自由化という環境変化が背景の一つにあると考 えられる。
そして、AFTAによるもう一つの効果は、中国一極集中によるリスク回避もでき ることである。中国における人件費上昇などの投資環境の変化により、日本企業の 間でも、いわゆる「チャイナ・プラスワン」の意識が強まっていることである。と いうのは、中国は継続的な経済成長により、消費市場として魅力が一層増す一方で、
人件費上昇に加え、元の切り上げ、政府による外資優遇措置の停止、さらに反日運 動などにより、従来に比べると輸出製造拠点としては魅力が低下してきているから である。
そのリスクを回避・分散すべく、産業・企業の特性や規模によって取られる分業 戦略も異なるが、仕向先(市場)を分担したり、ASEANと中国をお互いに代替生産国 としたりする両国・地域間で原材料や部品、完成品の相互供給ができるよう体制を 整備する必要があると考えられたのである。