第 4 章。
第 2 節 階級と階層
マルクス『資本論』は、19世紀後半のイギリス社会を念頭において近代三大階級として資本家 階級・労働者階級・土地所有者階級を想定していた。しかし第8章で考察したように、現代では 土地所有は現存しているが、階級としては基本的に消滅している。実証分析の面ではさまざまな階 級表が作られてきたが、その中でも土地所有者階級(地主)は姿を消している。さらに現代資本主 義のもとでも労働者階級内部でも分断化と階層化が進んできたし、階級概念だけでは十分に把握で きないさまざまな社会問題(家族・世代・地域・ジェンダー・公害・環境破壊)が、国家独占資本 主義の資本蓄積に規定されながら研究されてきた。まず階級研究の流れを概観しておこう。
1.「大橋方式」の継承 大橋隆憲は、「従業上の地位」を基本において「職業分類」の詳細な区
分を吟味して、資本家階級・労働者階級・旧中間層・自営業に階級分類した階級構成表を提示し、
その後の階級表作成に大きな影響を与えた421。その内容については次節で紹介するが、「大橋方 式」を継承する際の問題点として、①世帯を単位としている点、②資本家階級の範囲は「会社役員 と管理職員」のみを入れている点、にある。この「大橋方式」に最も忠実に延長している山田茂の
421 大橋隆憲『日本の階級構成』岩波新書、1971年。
階級構成表である、と角田は評価している422。友寄英隆と羽田野修は、基本的に「大橋方式」を 継承して、21世紀までの構成構成の推移を分析したが、「管理的職業従事者」以外の「役員」は すべて労働者階級に入れている問題がある。富沢・伊藤は、①資本家階級の分類を事実上「従業上 の地位」から「職業区分」に移しており、②「保安職業従事者」から消防員・看守・守衛・監視員 などを除いているので、「大橋方式」とは実数が大きく異なっている、と角田修一は指摘している
423。
2.「階級―社会階層」分析(4階級論) 橋本健二は、階級構造の資本主義化が戦後進んできた
が、旧中間階級とくに農民が減少し、新中間階級とくに労働者階級が増加したことを踏まえて、資 本家・労働者という階級概念を基本にしながら、新・旧中間階級を加えた4階級論を展開した。
その構成は、①全有職者を被雇用者、経営者・役員、自営業者、家族従業者に分類し、②被雇用者 を、新中間階級(専門職・管理職・課長以上の役職者・正規の男性事務職)と労働者階級に分類、
③経営者・自営業者は、従業員5人以上を資本家に、5人以下を旧中間階級に分類している424。 橋本は新著において、この4階級論に「アンダークラス」を加えた5階級論を展開し、従来の
「一対三」から「四対一」の階級構造論へと発展させている。そして橋本は、「社会の底辺で、低 賃金の単純労働に従事し、ほかの多くの人々の生活御支えている。長時間営業の外食産業やコンビ ニエンスストア、安価で良質の日用品が手に入るディスカウントショップ、いつでも欲しいものが 自宅まで届けられる流通機構、いつも美しく快適なオフィスビルやショッピングモールなど、現代 社会の利便性、快適さの多くが、アンダークラスの低賃金労働によって可能になっている。」、と いう。「しかし彼ら・彼女らは、健康状態に不安があり、とくに精神的な問題を抱えやすく、将来 の見通しもない。しかもソーシャル・キャピタルの蓄積が乏しく、無防備な状態におかれている。
他の四階級との間の決定的な格差のもとで、苦しみ続けているのがアンダークラスである。」、と アンダークラスを定義している。アンダークラス(下層階級)を犠牲にして、他の4階級は安定 した生活を射ている、というのが橋本の結論である425。
橋本は階級理論がマルクス派社会学の「総合的社会理論」を保障するとしながら、階級と社会 全体を繋ぐ中間レベルの分析としての社会階層分析を生かそうとする426。橋本は階層分析を取り 入れることによって、階級所属による社会的構造(差別)を剔出することに成功している。すなわ ち、階級所属が所得・社会意識・世代間継承を規定して、①「近代家族」(核家族)は、新中間階 級で成立し労働者階級に拡大し、両階級では「女性の非主婦化」が進んだ427、②新中間階級男性 と専業主婦からなる家族が「企業社会」の中核となっている428。③階級間の収入格差は労働者階 級を1とすれば資本家階級2.42倍、新中間階級2.09倍、旧中間階級1.34倍に変化しており、階 級所属は所得に影響を与えている。その他の要因としては、経験年数・教育年数・従業員規模が収 入格差に影響している。④貧困率は最近急上昇しており、生活保護受給世帯は2006年に107.5万 人に増加し、ワーキング・プアは2002年に534万人に増加した。「貧困に陥りやすいのは、女 性、中卒者と高卒者、無配偶者、30歳代と70歳以上、労働者階級と旧中間階級」である、と貴重 な階級的差別の実態を剔出している429。
また橋本はジェンダー問題を階級論と関連づけて、女性たちの間に「未階級社会」が形成され ていることを実証的に明らかにしている。女性の所属階級と夫の所属階級、女性たちの基本属性、
女性たちの家族構成、女性たちの意識、女性たちと子どもの教育、などを実証的に研究しながら、
上層(夫が資本家階級所属:自身も資本家階級所属ないし専業主婦)から底辺(アンダークラスな いし無職)までの厳しい格差が形成されており、妻と夫の階級所属をみると、夫の階級の影響が強 い、と報告している。さらに、結婚しているか離婚しているかによって所属階級が変わり、男性以 上に階級社会を経験している430。
422 山田茂編『統計資料集2009』産業統計研究社、2009年。
423 角田修一「現代日本の階級構成表について」『立命館経済学』第58巻第5・6号(2010年3 月)、479~80頁。
424 橋本健二「階級間格差の拡大と階級所属の固定化―『格差社会』の計量分析」『季刊経済理 論』第44巻第4号(2008年1月、33頁)。
425 橋本健二『新・日本の階級社会』講談社現代新書、2018年1月、82~114頁。
426 橋本健二29~30頁。
427 橋本健二『現代日本の階級構造』ⅳ∼ⅴ。
428 同上書、114頁。
429 同「階級間格差の拡大と階級所属の固定化―『格差社会』の計量分析」35~7頁。
430 橋本健二『新・日本の階級社会』154頁、157~165頁、201頁。
3.階級―階層の生活構造論 鎌倉とし子は、室蘭工業地帯での労働者の詳細な実態調査を踏まえ て、階級内部の上下グループとして階層を区分した分析を展開してきた431。研究の出発点は、資 本蓄積法則(経済学)の中に「家族研究」(社会学)の成果を組み入れるようとする問題視角であ り、その課題として、①階級の具体的存在形態、②社会移動の法則性、③階級理論と家族理論の関 係、④地方自治体行財政の支配、⑤生活主体の確立、を列挙している432。社会を構造的に把握す るために、山田盛太郎『日本資本主義分析』の方法を踏襲しているが、階級分類は「大橋方式」で あり、ホワイトカラーとブルーカラーを同一視している。①の課題では、戦後日本経済分析の「二 重構造仮説」を積極的に評価して、独占的大企業労働者、下請け企業群の労働者、半失業状態にあ る日雇と臨時雇いへの労働者の分断を重視する。この分断化は資本家間の「副次的収奪関係」と労 働者側の「労働者の足の引っ張り合い」をもたらしている、と報告している433。
鎌田の研究方法は、社会を社会関係の統一体として把握し、生活過程を全体的に把握しようとする
「生活構造論」的アプローチに特色がある。社会層を生活の基本的単位である家族で把握し、階層 別家族構成と所得構造の調査によって、「戦後蓄積を支えたのは二重構造の底辺に形成された多就 労家族」であり、日雇い労働は労働力の再生産ができない非独立階層である、と報告している。こ の「複合所得型家族」が新たな研究課題として登場しており、主婦の就労化傾向は「家族単位主義 から個人単位主義への移行過程」であると位置づけている434。そして今後の課題は、「『家族制 度』と『企業福祉』を喪失したあと、個人の生活危機を支えてくれる共同体はどうなるのか。それ は、全体社会が受け皿として機能する『包括的社会保障国家』ないし『1人になっても生活でき る』『普遍的福祉社会』の実現」することであるとし、スウェーデン社会から学ぶべきことでもあ る、と展望している435。
4.格差拡大の実態 橋本健二は階級概念を基本としながら、階級と社会全体を繋ぐ中間レベルの
分析として社会階層分析を生かそうとする。「大橋方式」による階級概念の継承だけでは、階級と くに労働者階級内部の断絶と多様化を十分に把握することができない、からである。橋本は諸制度
(産業構造・労働市場・家族・国家と政党など)によって媒介される社会階層(大企業労働者と中 小零細企業労働者、正規労働者と不安定就労者・貧困層、兼業農家や多就労世帯、政治エリート、
公的扶助受給世帯など)を分析することが重要だ、と提起している。そして、実質的には一部の管 理職以外の被雇用者を労働者階級とする規定も、連続体を前提とする階層理論もともに、「一億総 中流論」と整合的であり、根底から批判するものとはなっていなかったと批判している436。
新著において橋本は、「格差社会」論ではなく「新しい階級社会」論が必要である、と批判を続 けている。日本社会は分断されているとして、貧困率上昇・膨大な貧困層の形成、非正規労働者の 増加、未婚率の上昇、富者と貧者との意識の違い、を指摘している。「1億総中流」論は虚実であ り、「中流」の内部分解が起き、「人並より上」意識の低下とジニ係数の上昇は対応している。そ れに応じて「中流意識」も分解し、「意識の階層化」が深く進行している。それとともに、「格差 拡大肯定・容認」論と「自己責任」論広がってきたが、格差拡大に歯止めをかける社会的勢力の可 能性を探すことが重要になってきた437。
日本資本主義の高度経済成長が終わるとともに、さまざまな格差が拡大してきた438。「格差拡 大論」や階層所属の世代間移動の閉鎖性は1970年代までの前近代社会の残滓に過ぎず、産業化の 進展とともに弱まってくるという「産業化仮設」が、70年代までは広く支持されていた。しかし 橋本は、論者たちは経営者・役員と被雇用ホワイトカラーを区別してなかったし、1975年までは
「産業化仮説」が成立していたが、それ以降は、資本家階級は極めて閉鎖的になり、すべての階級 に一定の閉鎖性が認められると主張している439。結論として、階級が経済格差をもたらす基本的
431 その研究を集大成したのが鎌田とし子『「貧困」の社会学』御茶の水書房、2011年である。
432 同上書、ⅱ、11~7頁。
433 同上書、312~3頁。
434 同上書、317頁、320頁、323頁。
435 同上書、325頁、366頁。
436 橋本健二「『格差社会論』から『階級―社会階層研究』へ」『社会学評論』第59巻第1号、
108~109頁。
437 橋本健二『新・日本の階級社会』9~10頁、28頁、49頁。
438 アメリカにおいても格差は拡大し成長を阻害している(大統領経済諮問員会年次報告『米国経 済白書2016』、参照)。
439 橋本健二「階級間格差の拡大と階級所属の固定化―『格差社会』の計量分析」32頁、38~9 頁。