第 4 章。
第 3 節 サープラスの「解決形態」
第1節で考察した資本蓄積に内在する過剰蓄積傾向は、循環的に恐慌として集中的に爆発して きた。そして、恐慌・不況期における過剰資本の破壊によって、強制的に過剰は「解決」されてき た。こうした過剰蓄積の循環的爆発と循環的「解決」は、独占資本主義・国家独占資本主義におい ても変容しながら貫徹している。しかしながら、独占資本主義以降になると資本蓄積の様式が段階 的に変化し、過剰蓄積化の過程も変容したと同時に、過剰蓄積の「解決」(吸収)形態も循環的な 爆発・解決形態以外に、あらかじめ過剰蓄積の恐慌としての爆発と「解決」を回避しようとする構 造的な制度が作りだされてきた。本節では、独占資本主義・国家独占資本主義における過剰蓄積を 吸収しようとするさまざまな機構を考察しよう。
第 1 項 サープラスの潜在的増大傾向とサープラスの吸収機構
1.サープラスの潜在的増大傾向 自由競争資本主義のときから資本は、特別利潤(特別剰余価
値)の獲得を目指して新技術を導入し普及させてきた。こうした技術開発競争は独占資本主義にな っても衰えないばかりか、独占資本自らが企業内に研究機関を持つことによって、研究開発投資競 争はかえって促進されさえした。コストは低下するが価格は独占価格とし維持されるようになり、
独占利潤は増大していく476。独占価格を維持できるのは生産を制限するからであるが、そこで発 生しくる「過剰能力」は独占資本の競争戦略上有益な種々の積極的な役割を果たすようになる。し たがって「過剰能力」は「意図された過剰能力」(planned excess capacity)となり、過剰蓄積の 指標とすることは誤りである。
2.独占資本主義固有の過剰資本の発生とその捌け口 独占資本は増大する生産能力が「意図され
た過剰能力」(planned excess capacity)以上に増加して、「意図せざる過剰能力」(unplanned
excess capacity・過剰生産資本)になるのを避けようとして、増大するサープラス生産の能力を吸
収しようとする。その吸収方法が、製品差別化投資であり、広告宣伝費をかけての販売努力であ り、軍事支出を中心としたさまざまな政府支出となる。その結果、現代資本主義は独占資本主義の
475 資料は、IMF「WEO,April 2016・2017」から経済産業省が作成したものである
(www.meti.go.jp/report/tsuhaku2017.../i1110000.html)。
476 バラン=スウィージーはこの傾向を「サープラスの増大傾向」と呼び、その吸収機構(形態)
を論じている(ポール・バラン&ポール・スウィージー著、小原敬士訳『独占資本』岩波書店、
1967年)。
「腐朽性」が深化し、都市の過密化や荒廃や道徳的規範の衰退などの退廃性を深める477。独占資 本は、既存の投下資本の「利潤減少」を考慮した「限界利潤」によって投資を決定するようになる から、投資への慎重性が生まれ、投資を抑制する傾向がある。また恐慌・不況期における独占価格 の下方硬直性によって資本破壊作用が弱まる。そのために独占資本主義固有の過剰資本が発生し、
その捌け口を求めてさまざまな投資先が求められる。その典型が資本輸出であり、国内的には科学 研究開発と結びついた新産業や新製品の開発であり、製品差別化も広い意味での新製品開発競争と みることができる。
3.独占資本の欲望操作 独占資本主義になると独占資本が製品や価格を操作する力を持つように
なるから、欲望(使用価値)は一層利潤原理に従属するようになる。さらに、独占利潤の一部を広 告・宣伝費に支出して潜在的欲望を作りだそうとする。消費者心理の研究とその意図的な操作が行 われるのである。もともと人間は欲の深い動物であるから、他人とは区別(差別化)して自分の存 在感を示そうとする欲求をもっている。こうした人間の「自己顕示欲」を独占資本は巧みにくすぐ りながら、潜在的欲望を作りだしていく。独占資本自身の方法は、製品差別化と広告・宣伝への支 出による潜在的欲望の喚起であった。しかも高度経済成長期には、「ケインズ主義型国家」の高雇 用政策と労働者の経済闘争による高賃金や、消費者ローン・住宅ローンの飛躍的拡大によって、耐 久消費財ブームが出現した。その結果、増大する独占資本の生産能力を吸収していく形で大衆の消 費が拡大し、大量生産=大量消費経済=大衆消費社会が出現した。それがさらに、新自由主義のも とでの情報通信革命によって、市場経済が家庭生活にまで浸透し、消費が個々人の内部にも浸透し
「消費の個体化」が進展した。それと裏腹に、「経済の金融化」のもとで消費者ローンは証券化 し、労働者家計が株式等の有価証券をもつようになると同時に、「労働力の金融化」が進み、サー プラス吸収機構が一層拡大した。こうした市場経済の浸透による消費拡大(サープラス吸収)に は、第3章第2・3節で考察したような限界があるし、第10章で考察したように労働力再生産の
「困難化」をもたらしている。
4.国家支出 国家の支出も巨大化した生産能力を吸収していった。国家は資本循環の全局面に介
入し、巨大化した生産能力を吸収して、資本循環(資本の価値増殖運動)を補強している。その販 売過程(実現過程)では国家支出による国家買い付けであり、その典型的な「ムダの制度化」は軍 事支出であった。原爆や原発もある意味では「ムダの制度化」であり、経済計算を度外視した国家 資金の投入なしには不可能であった。
第 2 項 金融・保険・不動産の拡大と軍事費のサープラス吸収効果
金融・保険・不動産業のいわゆる「金融サービス」・「保険サービス」・「不動産サービス」は 不生産的労働であり、価値は形成しない。したがって、その全収益は「生産的部門」で生産された サープラス(剰余価値)の分配や再分配であった。賃金労働者の支払う消費者ローン金利は、賃金 部分からの支出である。しかしこうした「サービス産業」の拡大は、「生産的部門」や「サービス 産業」自身への投資を第2次的に誘発するから、「サープラス吸収」の効果を発揮する。「サー ビス産業」自体は潜在的成長力を減少させる「ムダ」であるが、こうした「ムダ」は「サープラス 吸収」機構の一環として現代資本主義のなかにビルト・インされており、「制度化」されている。
まさに現代資本主義は、「ムダの制度化」によって需要面から支えられている。
軍事費は潜在的成長力の再生産外消費であるが、需要の側面からみれば、「サービス産業」と同 じく投資の対象部門になることによって、「サープラス吸収」の役割を果たしている。そればかり ではなく軍事費は、直接的な生産力効果を発揮しないで国家の支出として一方的に需要効果を発揮 する。
477 都留重人は、このサープラス吸収機構を「ムダの制度化」と規定した(都留重人『資本主義の 再検討』岩波書店、1959年)。
第 12 章 現代の景気循環の変容
478現代資本主義の国内体制を国家独占資本主義と規定し、その経済的・社会的・軍事的規定から 出発し(第1・2章)、『資本論』第1巻から第3巻までの構成を参考にしながら、現代資本主義 の商品貨幣経済の深化を踏まえて(第3・4章)、現代資本主義の内的構造(編成)を分析してき た(第5~11章)。しかし『資本論』では恐慌・景気循環論は残された課題として未完成のまま であったが、マルクスは資本蓄積の長期的傾向を、第1巻第7篇の蓄積論と第3巻の第3篇の利 潤率の傾向的低下法則論で考察し、資本主義の将来展望(運命)を結論づけようとした。マルクス の論定した蓄積論と利潤率低下論は、その後のマルクス経済学の内部でさまざまな論争を巻き起こ してきた。本書でこれらの論争そのものに立ち入ることはできないが、あらかじめ筆者の結論的判 断を述べれば、蓄積法則についてはマルクスの「資本蓄積の一般法則」の洞察は正しく、現代的に さらに展開すべきだと考えるが、利潤率の傾向的低下法則は論証不能の不確定な命題であり、利潤 率は歴史的には、段階的な発展(長期波動)の上昇局面(時期)と下降局面(時期)というよう長 期的に波動してきたと考えている。マルクスは、資本蓄積の循環的法則(産業循環・景気循環)を 解明しないままに、利潤率の傾向的低下法則を論定しようとした。構造から出発し、循環法則を論 証することによってはじめて、発展傾向は正しく展開できる。こうした観点から、現代資本主義の 蓄積傾向は第14章で考察することにして、その前に本章では現代の景気循環を考察する。
序節 蓄積構造(蓄積様式)の段階的変化と景気循環の変容
恐慌・景気循環論の現代的課題は、1980年代以降の新自由主義のもとで推進された世界の「グ ローバル資本主義化」のもとでの景気循環のバブル循環化と、その帰結としての世界金融危機を解 明して、現代資本主義(国家独占資本主義)の歴史的位相を確定することにある。そのためには、
(1)景気循環の一般理論を完成させて(文献[1]、[2]、[3])、(2)資本主義の段階的発展によ
る資本蓄積様式の変化との関連で、景気循環の形態変化論なり変容論を具体化し(文献[2]、[4]、
[5])479、(3)1980年代以降の現代資本主義の転換と、そのもとで発生した世界金融危機の新し い質を確定しておかなければならない。
世界経済のシステム(オープン・システム)においては、ヘゲモニー国家の興隆と衰退が繰り返 してきた。基軸国家たる世界のヘゲモニー国家の国内体制(クローズド・システム)も、資本蓄積 の構造変化にともなって、自由競争資本主義から独占資本主義そして国家独占資本主義(現代資本 主義)へと、大きく段階的に変化・発展・変質してきた480。蓄積構造の変化とともに資本蓄積の現 実的運動形態である景気循環も形態変化をしてきたが、資本主義経済に必然的である景気循環運動 そのものは貫徹してきた。現代の景気循環を理論的に解明するためには、形態を変化させながら作 用している景気循環の変容論を構築する必要がある。本章では、まず恐慌・景気循環モデル(メカ ニズム)を従来の諸見解との対比において提示し(第1節)、この一般理論を踏まえながら独占資 本主義の景気循環の変容、国家独占資本主義の景気循環の新たな変容に焦点を絞って考察して(第 2・3節)、最後にグローバル化した資本主義の蓄積様式の帰結としての2008年世界金融危機にい たる、グローバル資本主義の景気循環を考察する(第4節)。
現代の景気と恐慌、とりわけ2007年に起こった世界金融危機の分析などにおいて、マルクス経 済学者の研究は、一方でマルクス『資本論』に戻って原理的に規定しようとする傾向と、世界金融
478 本章は、2018年10月14日に立命館大学で開催された経済理論学会第66回大会の第14分科 会で「景気循環の変容論」と題して報告した本文に若干加筆した。
479 拙著の文献番号は以下のようになる。文献[1]:拙著『景気循環論』(青木書店、1994年)、
文献[2]:拙著『現代の景気循環論』(桜井書店、2006年)第Ⅰ部、文献[3]:拙稿「恐慌・景気 循環論」(鶴田・長島編『マルクス経済学と現代資本主義』桜井書店、2015年)の第6章、文献 [4]:拙稿、Business cycles of contemporary capitalism,The Rejuvenation of Political Economy,edited by N.Yokokawa,K.Yagi,H Uemura and R.Westra,Routledge,2016,Capter5、文献 [5]拙稿:「資本主義の発展段階(1)∼(4)」『東京経大学会誌』第291(2016年12月)・第 293号(2017年2月)・第295号(2017年12月)・第297号(2018年2月)(拙著『資本主義発 展の段階理論』(東京経済大学学術リポジトリ)に収録)。筆者は、(1)の課題については文献 [1]・[2]・[3]、(2)については 文献[2]・[4]・[5]で試論を提示した。
480 拙著『資本主義発展の段階理論』、参照。