第6章 現代の労働過程・労働関係・生産関係の変容
第 1 節 戦後技術革新と産業構造の変化
第 1 項 科学=産業革命
戦後の技術革新の内容、軍事との結びつき、科学=産業革命としての性格については、現代資 本主義シリーズ本書の第1部において考察したので316、本節では、現代の生産力構造との関連で 考察する317。
1.戦後の技術革新 資本主義の歴史上、戦後は第3次科学技術革新の時期になる。産業革命期
(第1次)には動力源に蒸気機関が導入され、機械制大工業となった。19世紀末の重化学工業化
(第2次)では動力源に内燃機関や電気が導入され、電気・機械・鉄鋼・石油・化学などの重工 業が主力となった。第2次世界戦争後には動力源として原子力発電が導入され、エレクトロニク ス・エーロノスティック・オートメーション・合成物質が登場した。21世紀になっても科学技術 は日進進歩であるが、基本的にはこれらの戦後技術革新の延長や組み合わせである。これらの技術 革新は、在来の重化学工業の革新と新産業の出現を促進した。例えば、鉄鋼業における一貫生産方 式、造船業における大型ブロック工法、工作機械における炭化タングステン工具の一般化とトラン スマシーンの展開、航空機産業でのエンジンのジェット化などである。新産業としては、例えば、
電子産業で開発されたトランジスタ・ダイオードや集積回路はいわゆるハイテク産業の基礎となっ た。この技術は電子産業の革新をもたらしただけでなく、人工衛星に代表される航空宇宙技術と結 びついて、ほとんどあらゆる生産・交通・通信・生活面でのコンピュータ化やオートメーション化
313 たとえば、飯田和人「資本主義の歴史区分とグローバル資本主義の特質」『政経論叢』第77 巻第3・4号(2009年3月)、飯田和人・高橋輝好・高橋輝編『現代資本主義の経済理論』日本 経済評論社、2016年。菅原陽心「資本による労働編成の史的展開」SGCIME編『グローバル資 本主義と段階論』(御茶の水書房、2016年)の第3章は、「労働編成の変化と非市場的関係によ る補完の段階論的類型化」を提起している(同書、100頁)。
314 SGCIME編『グローバル資本主義と企業システムの変容』(第Ⅰ集「グローバル資本主義」
第3巻)御茶の水書房、2006年、6~12頁。
315 拙著『エコロジカル・マルクス経済学』桜井書店、2010年、第2章第1節で紹介している。
316 拙著『資本主義発展の段階理論』(東京経済大学学術リポジトリ)123頁、159~60頁。
317 本項は、拙著『現代マルクス経済学』第5章「資本の生産過程」の5.1.1を書き改め、若干追 加した。
をもたらした(ICT革命)。また、エネルギー源は石炭から石油に転換したが、石油化学はプラ スティック・人造繊維・薬品・肥料などの合成物質を生みだし、消費生活を一変させた。こうした 産業は大量生産を求め、それに対応して大量消費経済を出現させ、人間本来の欲望を疎外する浪費 経済をもたらした318。
21世紀に入った現代資本主義の生産力基盤は、機械制大工業の飛躍的発展と情報通信技術革命 の発展との結合である。インターネットの発展は、デジタル化の原理(情報をプラスとマイナスの 電子回路の運動・電路の開閉)と電気の原理の融合であるが、最も最先端の技術開発はAI(人工 知能)に代表される。AIが進化した要因でもある現段階の情報通信革命は、①半導体の超過密集 積と電子工学技術による基礎材料の開発によって、精巧なAIロボットが開発・製造され、②通信 技術の発展と通信インフラの建設・整備による高速通信の5G段階になり、③インターネットの発 展によって膨大な情報量の処理が可能となり、④ディープラーニング技術によるアルゴリズム開発 によって画像などの特徴量の抽出、⑤人間の脳や生命の研究、と特徴づけることができる319。
労働手段としてのコンピュータの特徴は、①デジタル化による情報処理機械としての汎用性が あるが、データ間の相関関係の統計的確率的分析であり、因果関係の論理的解明はできない、②電 波によって情報の高速処理と高速通信とを結合させているが、③情報処理過程は不可視性が強く、
④集積性と分散性(モバイルのような可動性)を持ち、⑤コンピュータのネットワーク化・インタ ーネット化・グローバルな通信ネットワークによって、労働過程の内と外とを結びつける、と要約 できる。ディープラーニング(深層学習)によってコンピュータが人間の精神的作業を代替する可 能性があり、IoTはビッグデータと労働過程の情報とを繋げようとしている320。
2.科学=産業革命 20世紀末からのグローバル資本主義化を産業面から推進した情報通信技技術
革命は、戦後の科学技術革新の延長と組み合わせである。ここでは、戦後科学技術革新を産業=科 学革命と呼ぶ理由を述べておこう321。19世紀までの技術革新は個人的な科学的発見や技術的発明 が産業に導入されていったが、独占資本主義になると製品差別化競争の一環として独占的大企業自 身が企業内に研究所を設立し、利潤目的の科学技術を開発するようになった。さらに国家独占資本 主義になると、国家は戦略的に先端技術の研究・開発に力を入れるようになった。大学などのアカ デミックな研究者や研究所は、莫大な研究資金が必要となるので、企業や国家と提携するようにな ってきた(産官学提携路線)。国立大学の研究活動はもとより私立大学の研究活動においても、政 府(科学技術会議など)が最先端と認めた研究活動に重点的に研究資金を配分するようになってき た。本来、科学研究活動は企業や国家から独立した自由で創造的な活動であるべきである。しかし 現代では、科学研究活動の範囲と内容が研究予算によって制約され、産業に導入され企業活動に貢 献するような研究内容が優先されるようになってきた。しかもそこでの科学者の労働には、「共同 性」が求められている。研究・開発労働が重要な生産的労働になってきたから、科学研究・開発労 働のあり方が厳しく問われはじめてきた。このように現代では科学研究自体が産業での利用を最優 先させたものになったおり、単なる産業革命ではなく、科学研究そのものを包摂した産業=科学革 命とてらえなければならない。これからの社会経済システムの選択には、どのような科学技術が必 要であるかを問い、生産の目的と対象を人類的観点から選択することが含まれている。この点は環 境問題との関連で、本格的には現代詩本主義シリーズ第4部において考察したい。
3.「産軍学」共同路線 現代では科学研究活動の範囲と内容が研究予算によって制約され、産業
に導入され企業活動に貢献するような研究内容が優先される。しかも産業に導入される以前に、直 接的に軍事目的のための科学技術開発が目標になっていた。すでにアメリカでは1940年代の「マ ンハッタン計画」から、「産軍複合体制」のもとで軍事目的に科学研究開発がされるようになって いた。日本では平和憲法の「集団的自衛権」の禁止に制約され三木内閣以来「GDP1%内の防衛費 用」原則が守られ、アメリカ並みの「産軍複合体」は形成されていなかった。ところが、安倍政権 が「国家安全保障戦略」(2013年12月、閣議決定)を打ち出したのに呼応して、防衛庁は省に 格上げされ、「防衛生産・技術基盤」(2014年6月)、「安全保障技術研究推進制度」(2015 年度から)と、軍事生産・研究開発計画を打ち出した。2015年には安倍政権は、立憲主義に反す る憲法解釈によって、自衛隊の「集団的自衛権」のもとでの海外派兵の道を強行決定してしまった
(一連の「戦争法案」)。「武器輸出三原則」を廃止して、「防衛装備移転三原則」を作り本格的
318 拙著『資本主義発展の段階理論』(東京経済大学学術リポジトリ)135頁。
319 友寄英隆『AIと資本主義』本の泉社、2019年5月、35頁、45~8頁。
320 同上書、131~5頁。
321 都留重人『体制変革の展望』新日本出版社、2003年の第二「資本制社会の変革をめざして」
によれば、科学=産業革命という呼び方と内容についての影の著者はスウィージー(The Industrial Revolution,Model,Roland&Stone,1957)であった。
に武器輸出を開始した。「安全保障技術研究推進制度」は2015年度から実施されはじめ、「軍学 共同」路線が本格化した。この「産学共同」路線は、「国立大学の法人化」以来研究費の縮小に直 面している科学者に、豊富な研究資金を提供することによって、軍事目的の技術研究を強制するよ うな「研究者版経済的徴兵制」であるともいえる。その事業費は2015年度3億円、2016年度6 億円であったが、2017年度予算には110億円が防衛省予算案に盛り込まれ、着々と拡充されてい る。
防衛省や文部科学省が一体となった安倍政権の政策に対して、「学問と民主主義の危機」を感じ 取った良心的科学者たちは、「軍学共同反対アピール署名の会」(代表・池内了)や「大学の軍事 研究に反対する署名運動」(代表・野田隆三郎)などの署名運動を開始した。また大学自体が、学 術会議の「軍事研究をしない」という伝統的精神を受け継いで、「軍学共同」路線に反対し、参加 しない声明を出しはじめてきた。「安全保障技術研究推進制度」以前から琉球大学は、軍事研究に 関与しないという「琉球大学憲章」(2007年)を宣言した。「新潟大学非核平和宣言(1988年3 月)」をすでに宣言していた新潟大学では、「軍事に寄与する研究はしない」という取り組みをし て、「科学者倫理行動規範中の行動指針(2015年)をだした。滋賀県立大学は「研究資金と倫理 的基準」に取り組み、「名古屋大学平和憲章」(1987年)を先駆的に出した名古屋大学において も、「名古屋大学における軍学共同研究・教育について」について全学的に討議されている322。
科学者はこうした「軍学共同」路線の下で、「真理を追究する学問と研究の自由」という倫理と
「研究資金が得られる」といる実理のあいだ苦しんでいるのが実情であろう。「軍学共同」に反対 する科学者たちは、軍学共同に加担する科学者の言い訳につぎのような反論を加えている。①「軍 事研究はデュアルユースである」という言い訳に対して、軍事利用の可能性を排除できないと反論 し、②「戦争は発明の母だ―軍需品でも民生利用されて人びとの役に立つ」という言い訳に対し て、「軍事資金が発明を惹き起こしたのであり民生化は副産物にすぎない」と反論し、③「軍事研 究は科学・技術を発達させる」という言い訳に対して、現代の科学=産業革命のもとでの科学研究 は軍事優先と利益確保によって歪んでいると反論し、④「自衛のための軍事研究は許容される」と いう言い訳に対して、「専守防衛」には歯止めがないと反論し、⑤「研究費の支給はありがたい」
という言い訳に対して、しらずしらずに軍拡論者になり、やがて科学者としての人格が破壊される 危険があると反論している。筆者はこの反論のほうが正しいと判断するが、こうした科学者の倫理 観とよって立つ方法論については、人文・社会科学者全体も問題にしなければならないと考える。
そして、「軍学共同」が学術にもたらす悪影響(「学問の自由」の侵害、研究現場の萎縮、教育的 悪影響、市民と科学者との連帯の崩れ)323を批判していかなければならない。
4.資本の技術導入条件 マルクスは、社会主義そして理想社会とする「自由の王国」を準備する
「生産力の飛躍的発展」をもたらすことを、資本主義の歴史的使命とした。しかし生産力を発展さ せること自体が資本主義の直接的目的ではなく、あくまでも剰余価値を生産させ搾取する手段とな っていることを鋭く告発した。個別資本の競争の世界では、発明・発見された新技術を産業に導入 して費用を個別的に低下させれば、それに成功した個別資本は特別の利潤(特別剰余価値)を獲得 できる。新技術の導入に遅れた資本は、市場価格の低下に直面して利潤が減少するから、競って新 技術の採用に走る。新技術は急速に導入され、やがては一般的に普及して、新技術が標準的な技術 になっていく。そして、従来の標準的技術は陳腐化した限界的技術に追いやられ、やがては排除さ れていく324。このように資本主義は、個別資本のミクロ利益追求競争に媒介され強制されて、生 産力を発展させてきた。この競争は、独占資本主義が全面的に支配する現代においても貫徹してい る。こうしたように剰余価値・特別乗価値生産に従属しているのが、「機械導入の資本主義的条 件」となっている。
5.長期波動論と技術革新の波 マルクスが鋭く洞察した資本主義経済の推進力としての技術革新
は、近代経済学の主流派のなかではほとんど無視されてきた。しかし資本主義の長期的動態を重視
322 池内了・小寺隆幸編『兵器と大学』岩波ブックレット、2016年9月、「はじめに」および第8 章。
323 同上書、第1章。
324 マルクスが考察した新技術の開発・導入・普及(標準化)過程として景気循環論を構築したの がシュンペータであった。シュンペータのイノベーション(画期的技術革新)には、生産方法の革 新(プロダクション・イノベーション)と新製品の革新(プロダクト・イノベーション)の両方が 含まれており、後者は独占資本主義のもとでの製品差別化競争との関連で重視しなければならな い。ジョセフ・シュンペータ著、吉田昇三監修・金融経済研究所訳『景気循環論』全5巻、東洋 経済新報社、1958~64年。