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金融寡頭制のイデオロギー支配

第 4 章。

第 4 節 金融寡頭制のイデオロギー支配

第 1 項 イデオロギーの影響

そもそも資本の価値増殖を担うのは生身の人間であるから(資本の人格化)、思想やイデオロギ ーは資本の運動に重要な影響を与えてきた。まず経済学や社会科学において、社会システムとして の資本主義をめぐってそれを擁護・弁護する経済学と、批判する経済学が誕生した。宗教の世界で は、プロテスタンティズムが勤勉と節約を美徳とするよって新興ブルジョアジーの宗教となった。

649 詳しくは拙著『戦後の日本資本主義』序章・第1章、参照。

650 このような政・官・財の相互関係については、『現代マルクス経済学』第24章の24.3.2

「政・官・財複合体の腐敗」を参照。またこの複合体は、学会やメディアとも結びついてカタスト ロフィー的危機をもたらした「原子力村」を形成してきた(拙著『社会経済システムの転換として の復興計画』績文堂、2013年、Ⅶ「『原子力村』との戦い」中の1、参照)。

ブルジョア革命の理想であった「自由・平等・博愛」をめぐって、資本主義商品経済における「営 利活動の自由」や「機会の均等」なる名目のもとに功利主義的に受け継ぐ資本主義派と、資本制生 産様式を廃棄したあとの「アソシエート生産様式」に継承発展させようとする社会主義派が登場し た。マルクス経済学に対抗して形成された「限界学派」にはじまる近代経済学の根底には、マルク スが精力的に批判した「三位一体」範式がある。その階級的本質は、第10章第1節第1項で考察 したように、資本・土地所有・賃労働の関係を、生産の3要素を提供しその報酬として所得を得 る平等関係として説明することによって、資本主義体制を永遠に進歩的なシステムとして描こうと する虚構にある。資本主義が確立し、その諸矛盾が白日のもとに曝け出されることによって、資本 主義を批判する経済学や思想や社会主義的運動が誕生してきた。「三位一体範式」とその根底にあ る効用価値説を根底に批判するのが、労働価値説である。マルクス=エンゲルスの科学的社会主義 は、「資本=賃労働」関係は搾取関係であることを証明し、生産手段と土地が私的に所有されてい るがゆえに、剰余価値が利潤と地代に分配され、近代社会の三大階級が存立する経済的基礎を明ら かにした。そして、搾取社会を根絶するための社会主義・共産主義(アソシエート社会)を構想し た。

こうした経済学説や社会科学としてのイデオロギーのほかに、民族や宗教や風土などに規制され たさまざまなイデオロギーや思想が資本の価値増殖運動に影響を与えてきた。日本社会についてい えば、戦前の国家的イデオロギーは天皇制(明治憲法)であったが、戦後は平和憲法(日本国憲 法)によって象徴制天皇制に変わった。そして被占領状態から東西冷戦体制下のアメリカ陣営に組 み込まれ、日本国民は戦前の侵略戦争を反省し、アメリカ的な生活様式や民主主義を受けいれてい った。

第 2 項 戦後日本のイデオロギー

1.会社主義 占領軍によって軍国主義が一掃され、アメリカの民主主義が導入されたことは、戦

前の日本帝国憲法下の日本社会の「革命的」な変化であった。金融資本の形態は、戦前の財閥から 新企業集団に変貌した。戦前の財閥は封建的な家族支配であったが、戦前・戦中の企業のリーダー たちは退き、新しい「三等重役」たちがリーダーとなった。しかし「経営者革命」が起こったので はなく、会社や企業集団に忠誠を誓う経営者たちが、アメリカ的な合理性にしたがって組織全体を 代表するようになった。封建時代の大名の家臣団が「お家と名」を存続させることを最優先させた のに似て、ビジネス・リーダーたちは巨大企業と企業集団を存続させ発展させることを目標とし た。「会社が会社を支配し、会社が会社に支配される」法人資本主義になり、そのイデオロギーと して会社主義が誕生した。

それに対応するように労働組合も、総労働の立場や産業全体の立場(産業別労働組合運動)から 後退して、企業の存続を優先させた企業別組合運動が支配的となった。企業内の従業員は、年功序 列と終身雇用制の影響もあって、企業の発展によって生活を向上させることを目標にし、生産性向 上に積極的に協力して「成長のパイ」の分配闘争に力を傾注するようになった。こうして経営者と 同様に従業員にも、会社主義意識が形成された。高度成長の終焉とその後のバブルの崩壊以後の、

激しいリストラと非正規社員の増大と新自由主義的労働攻勢によって労働組合は弱体化し、年功序 列制や終身雇用制とともに会社主義も大きく動揺している。

しかし、日本社会全体が株式会社によって支えられているというかたちに姿を変えながら、会社 主義は依然として根強く国民的イデオロギーとして存続している。企業内部での会社主義は、企業 体制が日本社会の体制であるかのような「日本株式会社」論や「会社社会」論を生みだした。前節 で考察したような政・官・財複合体制が形成され、政・官の「行政指導」に誘導されながら、業界 全体の発展こそ国家そして国民の発展であるとする国民的イデオロギーが作りだされた。戦前の植 民地獲得が国益とされたように、アメリカの生産力水準にキャッチング・アップしていくことが国 民的課題とされ、それに勤労者・農民・市民は刻苦精励し汗水を流した。しかし国民的イデオロギ ーは政・官・財複合体の利害の追求であり、国民の生活水準は向上したが公害や過密・過疎問題な どの環境破壊をもたらしたばかりでなく、古典的貧困を新たな姿で深めている。

2.輸出主義 日本は資源の多くを世界に依存しなければならない。戦前の財閥の支援を受けた軍

国主義は資源と市場を求めて軍事的に侵略したが、戦後は植民地体制が世界的に崩壊したし、軍事 力の対外発動を禁じた日本国憲法(平和憲法)は戦前型の軍事的資源確保路線を不可能とした。そ こで輸出を振興し、獲得した外貨で資源を輸入していくことが至上命令となった。こうした国民的 課題の名のもとに、政府と独占的大企業は輸出産業の保護と育成を最優先させた。

戦後復興過程において、石炭・鉄鋼・海運を中心とした基幹産業を優先した融資政策(傾斜生産 方式)から、重要産業の独占的巨大企業を優先した融資政策(集中生産方式)へ転換した。1950

年代の初頭に政府系金融機関が設立・改組され、政府系の資金が重要産業の有力企業に優先的に貸 し付けられた。しかしこの時期には、まだ輸出産業を優先する政策ではなかった。むしろ、国内の 重要産業の近代化と新鋭化が優先された。しかし高度成長期になり、新鋭の重化学工業の建設と新 製品が叢生するようになると、政府は輸出競争力に劣る先端産業は手厚く保護し、輸出競争力がつ いた産業から貿易自由化要求に応じていった。こうして、輸出競争力を強化し経済大国化していこ うとする輸出主義が登場してきた。輸出市場こそ日本の生命線であり、輸出を量的にも質的にも拡 大することが国民的課題であるかのようなイデオロギーとなった。実際に1960年代後半、アメリ カの生産力水準に追いつき部分的には追い越すようになると、日本は経済大国となった。さらに、

貿易黒字で稼いだドルが資本輸出されるから、やがて世界一の債権国家になった(1980年代)。

こうした高度成長・経済大国化・債権大国化は輸出主義の成功によってもたらされたといえるが、

その背後で払った国民の犠牲は小さくなかった。たとえば環境破壊の進展・福祉や教育の軽視・内 外価格差などであり、資源・エネルギー・食糧は輸入に頼る産業構造が定着した651

3.文教政策 国家は国民統合機能を果たさなければならないが、文部省(現文部科学省)は文教

政策によってその中心となってきた。戦前の教育理念は天皇制イデオロギーと軍国主義教育であっ たが、戦後は平和憲法のもとでの民主主義教育を基本としてスタートした(教育基本法・学校教育 法)。戦前の日本では一種の集団主義と全体主義が支配し、侵略主義に反対した自由主義者・民主 主義者・キリスト教信者・社会主義者たちは激しく弾圧され、大正デモクラシーは挫折した。戦前 の日本社会に民主主義は定着しなかったし、生まれたばかりの戦後民主主義が育つ間に、日本資本 主義は近代的な国家独占資本主義を確立し、民主主義教育も次第に変質していった。政府の文教政 策は、高度成長と会社主義や輸出主義に役立つ人間を養成する政策となっていった。そのために、

市民社会の責任ある一員としての自立した個人の形成と、その連帯と協同の重要性を教えるものか ら、会社や国家に貢献できる従順で、国際競争を担える人材の養成が重視されてきた。こうした文 部省の文教政策に真っ向から闘ってきたのが、教育の現場を守る教師たちの団体である日本教職員 組合であった。しかし新自由主義の台頭とともに日教組も後退し、教育の現場に市場主義が浸透し ている。

4.戦後日本のイデオロギー論争 戦後のイデオロギー論争として、ナショナリズム問題(「民族

問題」)、「教科書問題」、憲法論争を取りあげよう。マルクス=エンゲルスは『共産党宣言』に おいて、労働者階級は国民を代表する階級であると言及しながら、世界のプロレタリアートに団結 を呼びかけた。しかしその後の歴史は、インターナショナリズムが前進して、世界革命に向ったの ではなかった。20世紀の「社会主義」は、「一国社会主義」として誕生しかつ崩壊していった。

未来の社会主義を構想するためには、ナショナリズムとインターナショナリズムとの相互関係を正 しく位置づけることが必要不可欠である。

(1)「民族問題」 「民族問題」としてのナショナリズムのマルクス主義からの全面的解明はな

されておらず、いまや「マルクス主義のアキレス腱」といってよい。あの悪名高いスターリンの著 作ぐらいしか、もともに民族問題を扱ったマルクス主義文献は存在しない。高島善哉の「階級・民 族・体制」論や「生産力理論」は、この民族問題を社会科学から解明しようとしてきた652。戦前 の日本ではナショナリズムは軍国主義に悪用されたが、民族やその文化や生活様式の独自性・固有 性は、地球環境が多種・多様である以上存続しつづける。その独自性を互いに尊重し合い相互に理 解しあうことによってはじめて、世界レベルの共通の交流と団結が可能となる。ちょうど自立した 自由人の連合として共産主義社会が成立するのと同じく、自立した平等互恵の民族の連帯として世 界共産主義が構想されなければならない。戦後の金融寡頭制は、会社主義・輸出主義・「日本株式 会社」といった経済主義によって、国民感情を操作し利用することに一応は成功した。しかし現代 版の金融寡頭制は、愛国主義を鼓舞し、憲法9条を改悪し、虎視眈々とナショナリズムを悪用し ようとしている。そして2010年代に入って、第2次安倍政権は一連の安保法制(戦争法)を強行 採決して集団的自衛を可能とさせ、中国との尖閣諸島をめぐる「領土問題」と北朝鮮の原爆・ミサ イル開発に対処するために、公然とした日米合同訓練に実施にまでに踏み切った。

(2)「教科書問題」 ナショナリズム論争は、教科書問題によって鋭く提起されてきた戦前の戦

争の性格をめぐる論争にもなった。アジア・太平洋戦争は明らかに侵略戦争であり、帝国主義列強 による植民地獲得競争が引き起こした戦争であり、第2次世界戦争の一環であった。侵略戦争で

651 村上研一は、こうした輸出大国化・債権大国化・食糧自給率の低下は限界にぶつかっており、

地域循環経済に転換しなければならないと論じている。村上研一「『輸出大国』の行き詰まりと地 域循環経済への課題」『政経研究』No.108(2017.06)、11~5頁。

652 たとえば、高島善哉『民族と階級』(『著作集』第5巻、こぶし書房、1997年)第2章、参 照。