農業問題と環境問題は人類存続の根本問題であり、解決を迫られている現代の焦眉の課題であ る。8億人以上の人びとが栄養不足の状態におかれているのに、食料の供給は多国籍企業(アグリ ビジネス)や巨大商社が支配している。各国は「資源戦争」とともに「食糧戦争」をしているが、
合理的農業のあり方を真剣に検討しなければならない。環境問題はいまやグローバルな次元での解 決を迫られている。自然と共生しながら、生命と健康を維持し発展させることができる経済社会シ ステムへの転換が必要である。環境問題については現代資本主義シリーズ第4部で考察すること にして、本章では主として農業問題を取りあげよう。
土地という自然は本源的生産要素だが、資本といえども任意に作りだすことはできない。本来自 然や土地は、資本主義社会以前の共同体的諸社会においては「万民共有のコモンズ(共有財産)」
であったが、土地が私的に所有されるようになり、土地所有階級が近代の三大階級の一つとなっ た。資本主義社会の支配的階級となった資本は、借地契約によって土地を土地所有者階級から借り て、経済法則(価値法則・生産価格法則)にのっとり土地を包摂した。すなわち、さまざまな地代 を借地料として土地所有者に支払い、社会全体での資本間の競争によって生産価格法則を形成し て、平均利潤を獲得した374。農業問題や環境問題の根底には、本源的生産要素である土地や自然 と人間との物質代謝過程がある。その合理的なありかたが農業問題や環境問題解決のための基礎と なっているから、まずこの根源的活動から考察しよう。
第 1 節 農業における物質代謝過程
「自然と人間の物質代謝過程」一般の説明は省略して、本節は農業に焦点を絞って考察する
375。
第 1 項 物質代謝過程と農業
農業は、人間の生命と健康に直接関係する食を供給する本源的生産分野であるが、資本主義的私 的所有のもとでは合理的農業経営が妨げられている。マルクスはつぎのように告発していた。少々 長いが、マルクスの物質的代謝過程論と合理的農業観を知るには最適な文章なので引用しておこ う。「土地―共同的・永遠的所有としての、交替する人間諸世代の連鎖の譲ることのできない生存 条件および再生産条件としての土地―の自覚的・合理的な取り扱いの代わりに、地力の搾取と浪費 が現れる。・・・╱小土地所有が前提するのは、人口のはるかに圧倒的な多数が農村人口であり、
社会的労働ではなく孤立した労働が優勢であること、それゆえ富も再生産も発展も、再生産の物質 的ならびに精神的諸条件の発展も、それゆえ合理的な耕作の諸条件も、こうした事情ものとでは排 除されているということである。他方では、大土地所有は農業人口をますます減少していく最低限 度まで縮小させ、これに、諸大都市に密集するますます増大する工業人口を対置する。こうして大 土地所有は、土地の自然諸法則によって命ぜられた社会的物質代謝及び自然的物質代謝の連関のう ちに(・・・)取り返しのつかない亀裂を乗じさせる諸条件を生みだすのであり、その結果、地力 が浪費され、この浪費は商業を通して自国の国境を越えて遠くまで広められるのである。」376。
農業における物質代謝は根源的な物質代謝であり、物質代謝の発展段階(労働力の生産力の状 態)に規定される「農業における与えられた化学的発展状態・力学的発展状態」によって影響を受 ける377。そして、マルクスの未来社会(アソシエーション)論においては、「人間と自然との間 の物質代謝を合理的に規制し、社会化された人間・結合した生産者たちの共同的統制」による「人
374 本章は、拙著『現代マルクス経済学』の第14章を書き改めたものであるが、地代の歴史的・
理論的規定は省略した。
375「自然と人間の物質代謝過程」一般の説明については、拙著『現代マルクス経済学』43~4 頁、参照。
376 マルクス『資本論』第3巻第48章、第13分冊、1420~21頁。ただし訳文はMEGAを考証 した小松善雄のものを使用した。
377 小松善雄「物質代謝論の社会経済システム論的射程(下)」『立教経済学研究』第55巻第1 号、2001年7月、155頁。
間と自然との物質代謝の体系的再建」が基軸になっていた378。そしてマルクスにあっての本来的 物質代謝は、無機物質・有機物質を問わず物質における「支出」と「収入」いいかえれば消滅と補 填との関係が均衡を保持して、持続的な再生生産が可能とされている事象とみなされていた、と考 えられる379。
第 2 項 私的所有による「合理的自然利用」の阻害
さきほど引用したマルクスの小土地所有(小経営)は、以下のように崩壊していった。「大工 業の発展による、この土地所有の正常な補足物となっている農村家内工業の破壊。この耕作のもと にある土地の漸次的な疲弊と消耗。・・・共有地の、土地所有者たちによる横奪。・・・大規模耕 作なりの競争。農業における諸改良・・・╱分割地所有は、その性質上、労働の社会的生産能力の 発展、労働の社会的諸形態、資本の社会的集中、大規模な牧畜、科学の累進的応用を排除する。」
380。高利や租税制度も分割所有を衰退させた。
土地の商品化も農業の資本主義化を促進した。土地価格は先取りされた地代の資本化である。土 地の売買は資本と土地との交換であり、農業への資本投下ではない。これは奴隷を買う資本と奴隷 を使役する資本が違うのと同じである。土地購入に投下される貨幣は利子生み資本であり、「擬制 資本」と「現実資本」(土地)へ二重化する。土地価格は利子率と地代によって規制される。しか し分割地所有の場合には農民には容易には信用が供与されないし、貸付可能な貨幣資本が微弱であ ったり分割地経営者の土地需要は高かったから、土地価格は騰貴した。こうした土地の商品化は資 本制生産様式の発展の結果であるが、農民が商品として生産する条件が欠けていれば、土地価格の 騰貴は農民に破滅的な影響を与える。
しかし私的所有は合理的農業・土地の正常な社会的利用を妨げる。すなわち、小土地所有におけ る土地価格は生産そのものの制限となるし、大土地所有における生産的投資の成果は結局土地所有 者の利益となるから、土地の搾取と浪費をもたらす。大工業と大農業が確立すれば、両者に挟撃さ れて土地の疲弊と浪費は一層進展する。マルクスは、「大工業と工業的に経営される大農業[大規 模な機械化農業-引用者〕とが共同して作用する。大工業と大農業とがともに区別されるのが、大 工業はむしろ労働力、それゆえ人間の自然力を荒廃させ破滅させるが、大農業はむしろ直接に土地 の自然力を荒廃させ破滅させることであるとすれば、その後の進展においては両者は握手する。と いうのは、農村でも工業制度は労働者たちを衰弱させ、工業と商業のほうは農業に土地を枯渇させ る諸手段を与えるからである。」381と指摘していた。こうして土地私有に対する批判が必然化す るが、その批判は私的所有そのものに対する批判に帰着する。
第 2 節 土地の商品化
宇宙の惑星・地球の表層である土地は本来、そこで生命活動を営む生命体全体が生活している コモンズとしての自然環境である。人間はこの自然環境と生命体と共生していかなければならない のに、傲慢にも自然の支配者のごとく振舞ってきたために、自然の生態系と人間自身の生命体を破 壊してきた(環境破壊と公害)。そして土地は、そこで直接に生産し生活する人びとと分離され、
私的に所有されるようになってきた。資本主義経済そのものが商品の私的所有と資本主義的領有に 立脚しているから、土地の私的所有を制限できないばかりか、土地の私的所有を強化してきた。な んらかの労働が投下されて生産される一般商品は価値を持つが、本源的自然である土地は労働価値 をまったく形成しない。ところが土地の私的所有は、資本主義経済に包摂させられて、地代として の社会全体で生産された剰余価値の一部を取得することができるか、その所有権利が売買され商品 化する。
1.土地価格 土地の売買価格はどのように決まるのか。芸術品や地位や名誉まで資本主義経済は
商品化するが、それらの価格は「買い手の購買欲と支払い能力によって規定される」独占価格であ る。土地価格は、擬制資本と同じように客観的であるが擬制的に規定される。すなわち、土地は期
378 小松善雄「物質代謝論の社会経済システム論的射程(上)」『立教経済学研究』第54巻第3 号、2001年1月、81頁。
379 小松善雄「物質代謝論の社会経済システム論的射程(中)」『立教経済学研究』第54巻第4 号、2001年3月、165頁。
380 マルクス『資本論』第3巻第47章、第13分冊、1,410頁。
381 同上書、1421~2頁。